ウエノ大迷宮 1
トレジャーハンター個人が直接的に依頼を受ける、ということはないわけではない。
なんといっても遺跡探索のプロフェッショナルだから。
彼らがいるといないでは、探索の難易度がぜんぜん違うのである。
現れた紳士も、そういう依頼を持ってきたひとりだった。
彼は魔導師ヴォーテン卿の使いで、近くおこなわれる遺跡探索行のため優秀なスタッフを募っているのだという。
「組合に依頼は出さなかったのかい?」
「出してはおりますが、集まってくるのは報酬額に釣られた有象無象ばかり。とても主人の眼鏡に適う人物はおりませんでした」
シリングの問いに苦笑する紳士。
F級など素人に毛が生えたようなものである。
そんな連中をいくら雇っても意味がないと困じ果てていたところ、昨夜、組合の係員から新進気鋭の若手ハンターが街に戻った、という情報を得た。
そこでヴォーテン卿の陣営は、方針をオープン依頼から指名依頼へと切り替えたのである。
「新進気鋭か。恐縮してしまうね」
「昨日も、貴重な宝物を持ち帰ったとか」
「…………」
心の傷をしれっとえぐられ、思わず黙り込んじゃうシリングだった。
お願い。その話題には触れないで。
「ちなみに、どこの遺跡に挑むつもりなの?」
お茶を出しながらミクが訊ねる。
「ウエノ大迷宮」
勿体つけるように一拍おき、紳士が答えた。
おもわずシリングが下手な口笛を鳴らす。
ガリアの十大ダンジョンに数えられる遺跡である。もとはレッシャという乗り物が発着する駅だったらしい。
かつては地上部分もあったというが、今はすべて地下に埋もれている。
その規模は十階層とも十二階層ともいわれており、全容は明らかになっていない。
「そりゃ、たしかにぺーぺーには任せられないよな」
ぺろりと上唇を舐めるシリング。
その瞳は、まだ見ぬダンジョンの誘惑に惹かれ、ぎらぎらと輝いていた。
一日、組合の会議室で顔見せがおこなわれた。
依頼主は魔導師ヴォーテン卿。口入れは遺跡探索者連絡協議会。
参加メンバーはシリングとミク、護衛役の傭兵が二人と当のヴォーテン卿、そして執事のウィルソン氏だ。
「その若さでC級。しかも助手まで連れているとは、たいしたものじゃのう」
ふぉふぉふぉ、と笑うヴォーテン卿。
髪も髭もすっかり白くなった好々爺いう雰囲気の人物である。
もちろん、人が良いだけで魔導師になれるわけがない。充分な実績があるからこその出世だろう。
魔法使いの位階は三つ。
魔法使い、魔導師、大魔法使いである。
階ひとつが大変に大きく、万人に一人の才能と呼ばれる魔法使いたちから、さらに選ばれたものだけが次のステージに進むことができるのだ。
シリングの記憶が正しければ、王都ソルレイだって魔導師なんて三人くらいしかいないはず。
「運がよかっただけですよ。ヴォーテンさま」
「なんのなんの。運も実力のうちじゃて」
「だといいんですが」
にこりとシリングが笑う。
丁寧な口調と態度なのは、依頼人だからというより賢者と相対しているからだ。
魔道を極め、世の理を知る魔法使いたちは、しばしば賢者という尊称で呼ばれるのである。
「目的地は最下層です。『ミキシング』のときに放置されたレッシャ『シンカンセン』を目指します」
ウィルソンが説明し、一同が軽く頷く。
行動計画については、すでに書面で受け取っているし、完全に頭に入っている。
この顔見せは最終確認。互いの顔と名前を一致させるのが目的だ。
「内部にはモンスターがうろついてるわ」
「潜ったことあるの? リリア」
「一層だけね。小鬼や犬頭小鬼程度だったけど、けっこうな数はいたわね」
女傭兵のリリアとミクの会話である。
この人選も、もちろんウエノ大迷宮に挑んだ経験の有無が考慮された。
コンビを組むザガートとともに、それなりに名の知れた二人なのである。
「ウエノも広いからね。モンスターが根城にするのにちょうど良いかも」
「ほほう。詳しいのう。お嬢ちゃん」
「勉強してるもの! これでもシリングの弟子なんだから!」
「ふぉふぉふぉ。善哉善哉」
お爺ちゃんと孫娘って感じのヴォーテン卿とミクであった。
ともあれ、ウエノ大迷宮が広大なのは事実であり、入り込んでいるモンスターの数だってけっして少なくない。
戦闘になることも充分に予測されている。
「あてにしてるぜ。ザガート、リリア」
「判ってると思うけど、俺たちの優先順位はヴォーテン卿だ。シリングたちは自分の身は自分で守ってくれ」
「当然」
こつんと右拳をぶつけあう傭兵とトレジャーハンター。
女性陣とは違い、なんだか物騒である。
ただ、ザガートが明言したとおり、彼らはあくまでもヴォーテン卿の護衛だというのは厳然たる事実だったりする。
まず守らなくてはいけないのはヴォーテン卿。次いで執事のウィルソン氏。そのあとに自分たちの命だ。
その上で余力があればトレジャーハンターたちにも救いの手を差しのべる。
当たり前のことである。
逆に、シリングやミクは護衛役ではないため、命を賭してヴォーテン卿を守らなくてはならない、ということはない。
そういう契約なのだ。
「ただまあ、根っこはドライな契約関係だとしても、六人がチームであることには変わりないから。互いに助け合っていこう」
言って、シリングが右手を差し出す。
魔法使い、傭兵、トレジャーハンター。立場の違う三者がチームを組むのだ。
依頼主と受注者という部分はあるにせよ、互いに協力し合わなくては大迷宮の攻略など夢のまた夢だろう。
大きく頷いた五人が、右手をそれに重ねた。
ソルレイからウエノ大迷宮まで、徒歩の旅なら八日ほどだ。
距離になおすと、ざっと二百四十キロ。
途中にいくつもの宿場を挟む大行程である。
この行程を、シリングたちの一行は馬車を使って進む。一頭立てなので移動速度は徒歩と変わらないが、パーティーには高齢のヴォーテン卿もいるので、彼の体力を必要以上に消耗させないという配慮が必要になるのだ。
もちろん大迷宮までの間は野宿の予定はなく、必ず宿場で疲れを癒す段取りにはなっている。
が、それでも不測の事態は起きるものだし、もし野営することになったら馬車の客室を寝台がわりにできるため、地べたに寝るよりはずっと良い。
「とまあ、理由はいくつも挙げられるがの。移動で疲れるのはつまらん、という話じゃよ」
座席に深々と腰掛けたヴォーテン卿が笑う。
彼にしても、トレジャーハンターコンビにしても、傭兵たちにしても、じつはそれなりに裕福である。
馬車を仕立てたり、きちんと旅篭に泊まったりする程度の散財を惜しんだりはしない。
というより、むしろヴォーテン卿が食い詰め者のトレジャーハンターや傭兵を雇わなかった理由がそれである。
金目当ての味方に寝首を掻かれる、なんて事態は、どういう方面から考えても馬鹿馬鹿しかったから。
目先の金に目が眩んだりしない程度に余裕があって、しかも実力的にヴォーテン卿が求める水準、というのがシリングやザガートたちだった、というわけだ。
「ただ、最後の宿場から大迷宮は歩きになりますけどね。入口前に馬車を放置するわけにもいかないし」
「そこは私が残りますので大丈夫です」
シリングの言葉に、御者台のウィルソン氏が応える。
どうやら彼は迷宮内には同行しないらしい。
確認するようにヴォーテン卿を見ると魔導師は軽く頷いてみせた。
ソルレイを旅立って四日、彼は自分のことは自分でやっており、誰かの手を借りる必要はない。
ダンジョンの中まで、執事がくっついてきて世話を焼く理由はないし、そもそもそういうのが必要なら下男か雑役女を伴っていただろう。
「それ以前の問題として、介護が必要な老人がダンジョンに挑めるわけがないのう」
朗らかに、介護の必要でない老人が笑った。