ボーイミーツセクサロイド? 5
遺物の鑑定を待つ間、ミクの登録をやってしまうことにした。
といっても、べつに難しいことはなにもない。
書類に必要事項を書き込み、探索者としての誓約書にサインするだけである。
身元保証人はシリングができるため、こちらも簡単に済んでしまう。
「駆け出しはF級。そこから実績を積み上げてランクアップしていくんだ」
「シリングは何級なの?」
「俺はC級だな。四年でCってのは、けっこう早い方なんだ」
ちょっとだけ胸を反らす少年だった。
ただ、じつはランクアップには運の要素がかなり絡んでくる。
持ち帰った遺物の価値によって実績値は違うし、そもそも見つけられるかどうかだって運次第だからだ。
もちろん、運もまた実力のうちである。
「なら、今回のトレジャーでまた出世できるんじゃない?」
ミクが笑う。
なにしろ本百冊分の図書データだ。
「ところが、そう簡単でもないのさ。お嬢ちゃん」
戻ってきた女性係員がハスキーな声で言った。微妙な表情を浮かべながら。
首をかしげるシリングとミク。
もう鑑定が終わったのだろうか。
遺物を預けてから、まだ三十分と経っていないのに。
「えらく早いな。エンジュ」
「まだ全部終わったわけじゃないよ。鑑定人たちが総出で作業してるけど、完了まで二、三日はかかるだろうね」
肩をすくめてみせる。
微妙な表情のまま。
「なんだよ? なんか言いたそうだな?」
「小僧が持ち込んだ遺物な。あれは大変に貴重なもんだ、と、思う」
「お、おう」
「ただなあ。王国が求めてるものとは、ちょっと違うんだよなあ」
ぽりぽりと頭をかいたして。
少年と少女が顔を見合わせた。
係員の言っていることがよく判らない。
貴重だけど違うとは、どういう意味だろう。
「まだ全部鑑定できたわけじゃないから、すべてがそうだとはかぎらない」
「ああ」
やたらともったいつける係員に、ごくりとシリングが喉を鳴らす。
「あれは、ほとんどみんな官能小説だ」
「は?」
「へ?」
きょとんとするふたり。
いま係員はなんといったのだ。
なんか、ものすごい単語が飛びだした気がする。
聞こえてはいるけど、頭が理解を拒否するような、そんな言葉だ。
「エロ小説だ」
「言い直さなくていいよ! 言葉の意味が判らなかったわけじゃねーよ!!」
地団駄ダンスを踊るシリングだった。
つまり彼らはカンナギ遺跡から、えっちらおっちら四日もかけて、エロ小説を運搬してきたということである。
しかも、それを狙って盗賊が襲ってきたりとか。
「か、かなしすぎる……」
がっくり膝をついちゃった。
もうね。徒労感というのはこういうものを指すのだろう。
そもそも遺跡のメインコンピュータのデータバンクに保管されていたのが、エロ小説だけなんてことはありえない。
あのコンピュータ、わざわざ選んでそれを印刷したのだ。
「うん……知ってたよ……あの人ってそういう人だよね……」
「いや小僧。大変に価値はあると思うんだ。チキュウの風俗を知る貴重な資料だし。けど、あれに書いてある知識は我々の生活を向上させるためにはあまり役立たないというか、そもそも公開して良いかどうか判断がつかないというか」
長台詞は、係員も困惑しているからだろう。
持ち込まれた遺物が、ちょっと予想の斜め上すぎて。
「相応な価格での買い取りはできると思うが、これでランクアップというのはちょっとな……」
「いや……買い取ってもらえるだけで充分だから……」
しおしおとしおれるシリングであった。
「あのエロコンピュータっ! エロコンピュータっ! エロピュータ!!」
がーっと酒をあおり、ストレスとともに悪口を吐き出す少年。
いっぱいあるじゃん! 出せるデータなんて!
もっと生活に密着した、役に立つような情報が載ってるやつが!
チキュウ人たちのエロ知識とか、べつに求めてないから。
「まあまあシリング。お金にはなるんだからいいじゃない」
空いたジョッキに酒を注いでやりながらミクが笑う。
組合近くの酒場である。
遺物の輸送中だったため、これまで酒は控えてきたのだ。酔っぱらってなくしたりしたら大変だから。
けど、そんだけ気を張って守ってきた荷物がエロ小説百冊分だなんて。
泣ける!
「金のためにトレジャーハンターやってるわけじゃねーし」
ひとしきり喚いて気がおさまったのか、ぽりぽりとツマミのナッツをかじりながら、シリングが落ち着いた声を出した。
富豪というわけにはいかないが、トレジャーハンターはわりと金を持っている。
F級などは食い詰め者ばかりだが、C級までランクアップしているということは、それなりに価値のある遺物を何度も手に入れているという証拠だから。
シリングだって、そこそこの貯蓄がある。
一生遊んで暮らせる、というわけにはいかないけど。
「じゃあ、なんのためにやってるの?」
「いつかは、俺の名前を王国史に刻んでやりたい」
目を輝かせて応える。
ミクがいたカンナギ遺跡は、もともと名前が付いていたタイプの遺跡だ。看板が発見されたから。
そうでない遺跡の方がずっと多い。
そして、なにか貴重な遺物が発見された遺跡には、あらたに名前が付けられることがある。
発見者の名前が。
それが王国史に名を刻むということ。
じつは、ミクのことを王国に伝え彼女を献上したら、カンナギ遺跡はシリング遺跡と名を変えるくらいの発見だったりする。
が、それを選択することはできない。
約束したから。
あのエロコンピュータと。
少女を外の世界へ連れ出す、と。
「この約束を違えるわけにはいかないからな」
「けっこう義理堅いよね。シリングって」
「男が交わす約束ってのは、そんくらい重いんだぜ」
金より名誉より、あるいは自分の命より重いのである。
だから、責任の取れない約束はしない。
「きゃー シリングかっこいい」
「お? 惚れた?」
「それは最初にあったときから惚れてるわよ。私はそういう存在だもん」
『でも、エッチはしない』
ふたりで声を揃え、笑い合う。
ヨッパライたちだ。
ミクは酒に酔ったりしないが、ちゃんとシリングにつきあって陽気になっている。
あと、頬も少し紅潮しているくらいだ。
表情豊かなのである。
王都ソルレイの夜が、にぎやかに更けてゆく。
で、二日酔いになるわけだ。
「いててて……あたまいてぇ……」
「飲み過ぎなのよ。シリング」
食卓でへばっている少年に、少女が水を差し出す。
「面目ねえ……」
どうやって家に戻ってきたのか憶えてない。
たぶん背負われて帰ってきたとか、そういう感じである。
深酒しすぎだ。
ミクに家の場所を教えて合い鍵を渡して置いたのは、シリングにしては上等な判断だった。
幾重にも面目を失したかたちで、少年としてはひたすら平身低頭するしかない。
あのまま酒場で寝こけていたら、いまごろは装備品も財布も全部盗まれて丸裸だ。
下手したら命まで失っていたかもしれないのである。
平然と野宿できるほど治安の良い街なんて、世界中探したってあるわけがないのだから。
「まあ、そういうときのために私がいるんだから、べつに謝ることじゃないけどねー」
相棒でしょ、と付け加える。
「ありがてえ。ありがてえ」
「反対に、私が動けなくなったときはシリングが連れて帰ってね」
「まかせとけ」
「で、朝ご飯どうする? 食欲ある?」
「あんまり」
と、シリングが肩をすくめたところで、玄関の扉が叩かれる。
うるさかったので苦情を言いにきた、という感じの叩き方ではない。
もっとずっと折り目正しいノックだ。
「なんだろ? こんな朝から」
小首をかしげながら、ミクが応対に向かう。
二、三言の会話のあと、端正な紳士をともなって少女が戻ってくる。
「シリング。依頼人だって」
「依頼?」
少年もまた首をかしげた。




