エピローグ
サラス王国の行動について、ガリア王国は公式には非難しなかった。
国境付近に領地を持つ諸侯に通行料を支払ってまで遺跡のモンスター退治に出かけたのに、なんら得るものもなく撤退。
表面だけ見れば、サラスが独り相撲をとっただけだから。
もちろん裏の事情は関係者すべてが判っている。
水面下では、ガリアとアマルの両国から、がっつりと圧力をかけられたサラスである。
そりゃあ、人類の宝であるプラネタリウムを奪おうとしたことや、それがあるイケブクロ遺跡群に軍を侵攻させ、あげく戦闘行為までおこなって、まだ生きている貴重な遺跡を壊してしまうところだったのだ。
秘密外交の場では、本気でぶっ潰すぞてめーら、くらいの勢いだったらしい。
結果、すべての責任を背負わせる形で、サラス王国は騎士ギュスタブレ卿を追放した。
もともと上層部に疎まれていたから、火中の栗を拾うような任務に就かされたという事情もあるだろう。
あげく責任をとらされて追放とか。
お気の毒としか言いようにない結末だ。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。ギュスタブレ卿が追放されたと知るやいなや、『ホープ』がスカウトに動いた。
サラス王国上層部が評価しなくても、たとえばアリザードとアドルは彼の軍才を目の当たりしている。
これほどの人材を捨てちゃうとか、普通にありえない。
どこかの田舎にでも隠遁しようと企んでいたらしいギュスタブレを、もう手練手管を尽くして『ホープ』に引き込んでしまったのである。
こうしてアリザードは、アドルとギュスタブレという両翼を手に入れた。
しかも、ギュスタブレに忠誠を誓っていた部下たちも丸抱えだ。
これがざっと三十名くらいいたから、人材の面で『ホープ』はかなり増強されることとなる。
まあ、人がそろっても仕事がなければ食べてはいけない。
そちらの方面は、シリングとミクが大魔法使いと魔導師に口をきいたことで解決した。
プラネタリウムを守って戦った勇士たちである。
アーネストもヴォーテン卿も粗略に扱うつもりはない。新たな仕事を用意した。
しかも、そんじょそこらに転がっているような仕事ではなかった。
世界で初めての仕事である。
曰く、シンカンセンの運行をとりまとめる組織『ホープ』の誕生であった。
ガリア王都とアマル王都を結ぶ『アーネスト・コマチ』と、ガリア王都とイケブクロを結ぶ『ヴォーテン・ハヤブサ』。このふたつの維持管理をおこなうのである。
もちろん操縦や護衛も同時に。
巨万の富と人が動く大事業だ。
当然のように狙ってくる盗賊団だっているだろう。あるいは盗賊団のふりをした他国の軍とかね。
そういった連中を退ける手腕を『ホープ』は期待されたのである。
ところで、二両のシンカンセンのうち、一方はグリーンではなく赤のカラーリンクだ。
名をコマチという。
ニホンの言葉で、美人という意味らしい。
ウエノ大迷宮にシンカンセンを回収に行ったとき、アーネストが「どーしてもこれにする」と駄々をこねたため、ハヤブサではなくコマチを持って帰ることになった。
相変わらずの傍若無人っぷりである。
で、名称は『アーネスト・コマチ』に決まった。
ただし、車体の改修作業にはそれなりに時間がかかるため、こちらの運行は少し先になる。
まずはソルレイとイケブクロを結ぶ行路だ。
「リヒャヒャには業腹だろうが、当初目的はプラネタリウムを見せることだしな」
とは、アーネストの言葉である。
シンカンセンの一両目に乗れるのは三十名くらい。中間車両は七十名以上が乗れるから、比べるとずいぶん少ない。
理由は操縦席があるからだ。
この操縦席部分が、『ホープ』の詰め所になる。
外敵の襲来に備え、やはり十名程度の護衛が同乗することに決まったのだ。
「まあ、三十人乗りが狭い、なんて事態はそうそうないじゃろうがの。万が一そうなったら、今度は中間車両をもってくるだけじゃ」
「またテンテンは適当なことを。連結して浮かせるとなったら思考結晶もエーテルリアクターも、さらに必要になんだぞ」
魔導師と大魔法使いが、やいのやいのと騒いでいる。
王宮前の乗降場は大賑わいだ。
ソルレイ発イケブクロ行き一番機の発進を一目見ようと、何百人もの民衆が詰めかけているのである。
あと、初の乗客に選ばれた幸運な人々と。
「王様や大臣も、ものすごく乗りたがったらしいぜ」
「気持ちはわかるけど、さすがに一番機はまずいでしょ。狙ってくれって言ってるようなもんじゃん」
車両に乗り込みながら、シリングとミクが会話を交わす。
イケブクロに行きたいなら『シュバリエ』を使えよって話だが、シンカンセン開通の立役者として招待されたのだ。
ヴォーテン卿やアーネストはもちろん、ウエノ大迷宮で亡くなったザガートやリリアの遺族も。
なんだかんだと関係者が多くなってしまったが、抽選で一般市民も招かれている。
「応募者多数で、倍率は三千倍だったらしいぜ」
「ずいぶんとプラチナチケットねえ」
「で、たぶん今後も倍率はけっこう高いだろうって、アリザードが言ってた」
「ていうかあんたたち仲良すぎない? 浮気とか疑うんですけどー」
「そんなばかな」
きゃいきゃいといつも通りの馬鹿話で騒いでる二人だ。
プラネタリウムや地球の技術について学びたい学者や魔法使いなどで、予約はいっぱいらしい。
ただ、方針として、民衆にもプラネタリウムを見せたいというものがあるため、つねに半分ほどの席は専門家以外のためのものだ。
これを巡って、壮絶な抽選バトルがおこなわれるんだってさ。
王都ソルレイに事務所を構えることになったシンカンセン運行組織『ホープ』にちょくちょく顔を出すシリングが仕入れてきた情報である。
まあ、ミクに浮気を疑われても仕方ない。
アリザードもアドルも男装しているが、じつは女だから。
「俺はミク一筋だって」
「男はたいていそう言うって、マザーが言ってた」
「ほんっとロクこと教えてねーな。あのエロピュータ」
カンナギ遺跡のメインコンピュータのことだ。
くだらないことを話しているうちに出発時刻が近づき、車体前方のスタッフルームからアリザードが姿を見せる。
りりしくも美しい制服に身を包んで。
ミクが提供した車掌の制服デザインを参考に仕立てられた『ホープ』の隊服だ。あまりにもかっこいい姿に、乗客の女性たちが黄色い悲鳴をあげる。
右手を挙げて制し、アリザードが口を開いた。
「本日は『ヴォーテン・ハヤブサ』号に乗車してくださり、大変ありがとうございます。車長のアリザードです。当機は三日をかけイケブクロ遺跡群まで飛翔します」
乗客がどよめく。
いままで八日かかっていた距離を、たったの三日。
じつはこれでも、かなり余裕を持ったスケジュールなのだ。
さほど無理をしなくともその日のうちに到着できるから。
ただ、途中の宿場町から、ぜひ泊まって欲しいという要望があったため、行きで二泊、帰りで二泊することとなった。
もちろん、それぞれ止まる宿場町は違うし、日によっても異なる。
このあたりの匙加減は『ホープ』の腕の見せどころだ。
「ちょっと緊張してるっぽい?」
「そりゃ軍を指揮するときとおんなじってわけにはいかんべよ」
「やー そのうち注目されるのが快感になるかも」
「どこの変態だよ」
勝手なことを言っているミクとシリング。
その声が聞こえたのが、車長さんがぎろっと睨んだ。
舌を出して身をすくめる少年少女。
ゴホンと咳払いして、アリザードがぐるりと乗客たちを見回す。
「定刻となりました。『ヴォーテン・ハヤブサ』号、発進いたします。みなさま、良い旅を」
ふわりと宙に浮く白とグリーンの車体。
音もなく滑り出す。
およそ百年ぶりに、風を切って。
降り注ぐ陽光に、その身を煌めかせながら。