ボーイミーツセクサロイド? 4
襲ってきた男たちは、ただの盗賊だった。
裏も背後関係もない。
夕食をとった酒場で、たまたまシリングとミクを目撃し、羽振りが良さそうだったので襲撃した。
ただそれだけの話である。
「うん。とっても世紀末ワールドね。このいかれた時代にようこそって感じ」
「なんだそりゃ」
男どもを縄で縛り上げながら歌うように笑ったミクに、シリングが首をかしげる。
「チキュウのサブカルチャーよ。アニメの主題歌」
「……もしかして、それもマザーに習ったのか?」
「そそそ」
ほんっとにろくなことを教えないコンピュータである。
ともあれ、異変に気付いて駆けつけてきた宿屋の者に男どもを引き渡す。
ひとりは鼻骨を折っているが、べつに治療もされなかった。
朝になったら役人に突き出されるだろう。
「どうせ農奴落ちだろうしな。健康に気をくばってやるようなこともないさ」
引き立てられてゆく男たちを眺めながら、シリングが肩をすくめる。
「奴隷制度はなくなってないんだったね」
「そこはチキュウ流ってわけにはいかねーさ」
犯罪者にも人権を、というほど甘い世界ではない。
じっさい、たとえば牢獄に期限付きで入れて、それで悪人が真人間に変貌するとも思えないシリングだった。
解放されたら、喜んでまた罪を犯すだろう。
他人様のモノを殺してでも奪おうって考える連中である。
今回は失敗した。次はもっと上手くやる。くらいにしか思わない。
「そもそも、そんなやつらを税金で養ってどうすんだって話だよな」
農奴か鉱山奴隷として公共事業の労働に従事させるのが、世のため人のためというものだろう。
「かっげきー」
「あと二千年くらいもしたら、ガリアだってチキュウみたいに立派な世界になるかもしれねえけどな」
皮肉たっぷりに唇を歪める。
たぶん、民そのものが成長し、権利と義務をきちんと考えるようにならなくては変わらない。
どうして法を守らなくてはいけないのかと訊ねられ、破ったら処罰されるからと答えているようでは、法治国家など夢のまた夢だ。
法というのは、ようするに最低限の道徳なのである。
だから、これを守っていれば聖人君子ということではなく、守るのが当然なのだ。
俺は法律を守ってるぞー、なんて主張は片腹痛いというもの。できて当たり前のことをしているだけなのだから。
その上で、他人には敬意をもって接するとか、弱いものには優しくするとか、困っている人がいたら手を貸してあげるとか、そういうことができてはじめて、人格的な評価はされる。
では、チキュウという世界はそんなご立派な人たちばっかりだったのか、シリングとしてはかなり懐疑的だ。
人間なんて、ぶっちゃけどこでも一緒だと思っている。
悪党はどこまでいっても悪党だし、更生なんかしない。
仮にするとしても、一人の悪党を更生させるために何人もの人間が金と時間をかけて教え導くというのは、ちょっと間尺に合わないだろう。
その金と時間は、善良な人々のために使うべきだ。
「たとえば、俺みたいな」
「それを言わなかったら感心してあげたのに」
ちょっと微妙な空気になってしまったのを誤魔化すようにおどけるシリングに、うまくミクが合わせる。
出会ったばかりだが、しっかりと息が合っていた。
「惜しかったぜ」
「べつに感心したからって、エッチはしないけどね」
「言うと思った。ま、寝ようぜ。夜明けまでもう何時間もないけど」
少年が肩をすくめる。
「明日も歩きだもんね」
ランタンの灯りを少女が絞った。
うららかな春の日差しが降り注ぐ街道を二人が歩む。
夕刻には王都に到着するだろう。
初日の襲撃以来、旅は順調そのものである。
これには少しだけ理由があって、泊まる宿に意を用いたのだ。
具体的には、そこそこの安宿ではなく、セキュリティのきちんとした高級宿に泊まることにした。
もちろん宿代はかさむが、ケチっても仕方がない。
夜ごとに襲撃があるというよりは、はるかにマシである。
それに、そういう宿の方が食事もしっかりしているのだ。夕食時に手をつけなかったパンが翌朝も出てくる、なんてことはない。
「いやまあ、私は食べなくてもぜんぜんかまわないんだけどね。太陽光と水があれば」
とは、ミクの台詞である。
さすがは異世界の技術で作られた機械人間だ。
べつに、腹が減るということもないらしい。
「うらやましいかぎりだよ」
「でも、体内に食料を保存していると思えば、シリングか飢えたときに便利かもね」
「というと?」
「私が排泄したモノを食べれるじゃん」
「だれがウ○コなんか食うか!」
むっきーって怒る。
そりゃそうである。そういう性的嗜好の持ち主でもないかぎり、排泄物なんて食べないのだ。
「汚くも臭くもないのに」
「そういう問題じゃないだろうが……」
ともあれ、旅は順調に進み夕刻前にシリングとミクは街門をくぐることができた。
ちなみに閉門時刻を過ぎてしまうと街には入れないため、野宿確定である。
「この街にシリングの家があるの?」
「集合住宅の一角だけどな。さすがに屋敷もちってわけにはいかないさ」
「おっけ。そこが私とシリングの愛の巣ね」
「どこでそんな言葉を……いや、答えなくていい。判ってるから」
どうせあのマザーが元凶に決まってるもん。
大地をハンマーで殴るようなものだ。絶対に外れるわけがない。
「すぐ部屋に行くの?」
「や。その前に組合いかねーと」
遺物の提出と報告だ。
こんなものを部屋に持って帰ったら危なくて仕方がない。
まさに値千金の宝物なのだから。
盗賊なんぞに押し入られたら、他の住人や大家にまで迷惑がかかってしまう。
「それに、ミクの身分保障もやっちまおうかと」
「どういう設定にするー?」
「凝った設定を作っても仕方ないさ。遺跡近くをうろついていた親なしの孤児で、俺が保護した。で、俺の助手としてトレジャーハンターになる。こんなんでいいべや」
無難というか、じつにつまらない設定だ。
まあ、そこで捻っても意味はないのだが。
「戸籍的なものは?」
「放浪者の数なんて国も街も把握してない。そもそも戸籍なんてあってないようなもんだし」
農村以外では、と、付け加える。
定住が尊ばれる農業地帯なら、人口の把握というのはけっこう重要だ。取り立てる年貢の量にも影響するから。
しかし、人口数万を数える大都市ともなれば話は別である。
出入りも激しいし、すべてを把握するのは現実的に不可能なのだ。
「いざとなったら、俺の妹ってことにしてしまえばいいしな」
「ぜんぜん似てなくない? 顔」
「べつに面接とかするわけじゃない。書類に不備がなければ役所はなんもいわねーよ」
「そういうところだけニホン風にしなくても」
くすくすと笑うミク。
やがて、二人の前に立派な石造りの建物が姿を現した。
組合である。
正式には遺跡探索者連絡協議会というのだが、誰もそんな長ったらしい名前では呼ばず、単にギルドと呼び慣わしてきた。
これは、たとえば商人たちが所属している商工会のことをギルドと呼び、傭兵たちが斡旋所のことをギルドと呼ぶのと一緒で、たいして珍しいことではない。
中に入ったシリングは、真っ直ぐにカウンターを目指す。
応対したのは、二十代の後半に見える浅黒い肌の女性係員だった。
「小僧。まだ生きてたとは悪運の強いこったね」
ハスキーな声で、えらく物騒な挨拶を投げかけてくる。
「さすがに小僧っていわれる歳で死にたくないんでね。ぼちぼちやってるさ」
そういって、背負い袋をどんとカウンターに置くシリング。
ミクもそれにならった。
「遺物だ。カンナギ遺跡のコンピュータからプリントアウトした図書データ。チキュウの本、百冊分」
に、と少年が笑う。
「そいつは豪気だ」
係員が下手な口笛を吹いた。