紡がれてゆく絆 1
王都ソルレイまで一気に駆け抜けることは可能だが、余裕を持って宿場に一泊し、到着したのは翌日のことである。
そしてその足で、ヴォーテン卿の屋敷へと到着の挨拶に向かう。
「テンテン。久しぶりだな」
「七十をこえた老人にテンテンもありますまい。息災そうでなによりです。お師さん」
大魔法使いと魔導師が抱擁を交わした。
見た目はアーネストの方がずっと若いが、これはエルフだから仕方がない。
寿命というものが存在せず、悠久の時を生きる種族である。
魔法を駆使してもせいぜい百二十年程度しか生きられない人間とは、歳月の降り方が違う。
「良い感じに老けたな。きみは」
「うらやましいですかな」
ふぉふぉふぉと笑うヴォーテン卿。
穏やかな空気だ。
シリングとミクも微笑ましく見守る。
何十年経っても色あせない人間関係というのは、どことなくほっとする。
「俺とミクも、こうやって年をとっていけたら良いな」
「おまえ百までわしゃ九十九まで。ともに白髪の生えるまでってねー。でも私、見た目変わらないし白髪にもならないのだー」
「台無しじゃねーか」
「アンドロイドかサイボーグかわからないけど、さすがに老けていくって機構はついてないんだよ」
「それはちょっとさみしいかな」
「いいじゃん。いつまでも若い女房で」
あいかわらずきゃいきゃいと騒がしいことだ。
まあ、政治的な話になったら、シリングにもミクにも判らない。十六歳とゼロ歳だもの。
「シリングに政治は判らぬ、ってやつねー」
「なんだそりゃ」
「ニホンの有名な文芸作品よ。全裸で走る話」
「それはエロ小説じゃねーの?」
屋外露出プレイとか、そういうやつだ。
べつに知りたくもないけど、カンナギ遺跡から持ち帰った文書にそういうのもあったらしく、ギルドの職員が懇切丁寧に教えてくれた。
「じゃあ、政治も判らない若者に、いきなりウザ絡みされた王様の話」
「そいつほんとに主人公か?」
ニホンの文学は、なかなか奥が深い。
さて、ガリア国王のリーデルハイムには、すでにヴォーテン卿が話をつけているらしい。しかもプラネタリウムまで見せて。
根回しは充分というわけだ。
「ガリアとの行路確立についても、匂わせておきましたぞ。お師さん」
「最初からそのつもりだったというわけか。食えない男になったな。テンテン」
にやりと笑いあっている。
どういうことかと問うシリングに。アーネストが説明してくれた。
魔力炉の国外持ち出しについて、アマル王リヒャルドが唯々諾々とOKサインを出すわけがない。
それを承知で、ヴォーテン卿はアーネストに話を持ちかけた。
彼女なら、うまいこと国王を説得できると知っていたから。
そして条件として、シンカンセン『ヴォーテン・ハヤブサ』のアマル王国への運行が条件として提示されるであろうことも。
シンカンセンを使った交易。
それがガリアとアマルの両国を繋ぐ、新たなる関係だ。
「と、そこまで読んで吾輩を話に巻き込んだのだ。この男は」
大陸一の錬金術師が両手を広げてみせる。
「時代を先に進めぬのであれば、隊商を仕立てるという方法もあるでの」
唖然とするシリングとミクに、魔導師が不器用なウインクをした。
それでモンスターの襲撃は、ある程度まで回避できるだろう、と。
まったく、この老人ときたら。
プラネタリウムの発見を奇貨として、無理矢理にでも歴史を進めようとしている。
セイカン大トンネルの向こう側の国、アマル王国との新たな交流の歴史を。
呆れるしかないとは、こういうことをいうのだろう。
「今後の予定としては、国王陛下と謁見ののち、ウエノ大迷宮でシンカンセンをもう一両手に入れる、ということになろうの」
「もう一両?」
「ソルレイとイケブクロを結ぶシンカンセン。ソルレイとミオスレイを結ぶシンカンセンじゃな」
シリングの問いに老人が笑う。
それは、アマル王国からの旅人たちをプラネタリウムだけ見ただけで帰さない、という意味である。
しっかりと王都ソルレイの賑わいを楽しんでもらうのだ。そしてそれは同時に、ガリア王国の人々もアマル王都ミオスレイを楽しむことができる。
「本当はもう一両あった方が移動がスムーズになるのじゃがのう」
「吾輩はエーテルリアクターが湧き出す魔法の壺など持っていないぞ。テンテン」
アーネストが嫌な顔をした。
二両のシンカンセンで、十二基の魔力炉が必要になるのだ。そしてそれらを連動させる思考結晶も二機。
これで大魔法使い手持ちはおしまいである。
さらに六基の魔力炉と一機の思考結晶となれば、ちょっと短期間には用意できない。
「だいたい、『ヴォーテン・ハヤブサ』にエーテルリアクターを取り付け、その連動を調整するのだって十日以上かかかるんだぞ。相変わらず実務レベルの苦労について、まったく考慮に入れない男だな。きみは」
「いやあ」
「褒めてないぞ」
頭をかくヴォーテン卿を、げしげしとアーネストが蹴りつけた。
麗しい師弟愛である。
ともあれ、国王との謁見や車両の改装、新規車両の調達に関して、シリングにもミクにもできることはない。
ウエノ大迷宮の探索をおこなうとでもいうなら話はべつだが、シンカンセンのあった場所までヴォーテン卿は魔法で跳ぶことができる。
えっちらおっちら歩いて行く必要はないのだ。
「シリング坊とミク坊は、久しぶりにマルティナに会いに行ったらどうじゃ?」
ヴォーテン卿がうながしてくれる。
少年少女が頷いた。
計画がうまく進んでいる、と報告もしたいし。
「『シュバリエ』使っていぞ。というか、今回の骨折りに対する報酬は、あれということにしてしまおうか。テンテン」
「そうですな。費用の半額は儂がお師さんに渡すということで」
頷き合う師弟。
一瞬顔を見合わせたあと、シリングとミクが手に手を取って叫んだ。
『ほんとに!?』
だって、この世に二つとない浮遊車両だもん。
買おうとしたって、そもそも値段なんてつけられない。
「やった!」
「最高じゃん!」
手を取り合ったままぴょんぴょん跳ねている。
「起動キーだ。こいつがないと動かせないから、なくすなよ」
アーネストに手渡された拳大の水晶球を、シリングが両手で受け取った。
使い方はもう知っている。ミオスレイからソルレイまで、だいたいシリングとミクの二人で操縦したから。
アーネストは、後部座席でがっつり寝ていた。
「ありがとうございますっ! アル先生!」
「大事に使うねっ!」
イケブクロ遺跡群までは八日の距離だ。
位置関係はちょっと違うが、ようするにソルレイとミオスレイの中間地点くらいの場所ということになる。
『シュバリエ』なら一日。余裕をもって二日というところだろう。
「街道使わないで直線で行ったら、たぶんもっと速いだろうけどな」
手製の地図を眺めながらシリングが笑った。
久しぶりの我が家である。
浮遊車両は起動キーを取り外し、倉庫にしまい、念のため何か判らないようにぼろ切れで作ったシートをかぶせておいた。
まあ、動かそうとしても動かせないわけだが、屈強な男が十人くらいで物理的に持ち上げてしまったら、そのまま運び去られてしまう。
わけのわからないぼろ切れをかぶせられた何かを盗むために、わざわざ人を集めて集合住宅の倉庫に侵入する酔狂者もそうはいないだろう、という計算だ。
「誰かが『シュバリエ』に触ったら、すぐ判るよ。私がマークしてるから」
食後のお茶を差し出しながらミクが言う。
彼女にはそういう機能もあるらしい。
さすがは自称戦闘用アンドロイドである。
まあ、あれを盗まれるのはミクだって嫌なのだ。『シュバリエ』があれば、文字通りの意味で世界を見て回ることができるのだから。
「明日、早速イケブクロいく? シリング」
「いや、明日は買い出ししようぜ。ずっと遠征続きだったから、消耗品の在庫とか買い足しておきたいし」
「たしかに。今月って家に帰ってきたの何日? ってレベルだしね」
とんだ宿六だ、と二人で笑い合う。
そういえば、探索者連絡協議会から受けた依頼だって、まだ終わっていないのである。
まだ使える遺物をとってきてほしい、というやつだ。
プラネタリウムは、現役ぱりぱりで動いてるけど、まさかあれを見せて終わりってわけにはいかない。
いっそ、マルティナに相談してみるというのも手だ。
あの娘ならイケブクロ遺跡群にも詳しいだろうから、よさげな遺跡を紹介してくれるかもしれない。
「ま、どっちにしても明後日以降の話だな。明日は買い出しと、午後はオフにしようぜ」
「じゃあデートだね。お前さん」
「それって、いつもと変わらなくね?」
「マンネリ夫婦?」
くだらないことを良いながら、ミクがシリングの頬に口づける。
おやすみのキッスだ。
マンネリどころか熱々なのである。
それ以上先には進めないけどね。




