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ゴリョウカク城塞跡 3


 ゴリョウカク要塞には、もともと本丸にあたるような施設があったらしい。

 ハコダテブギョウショという。

 

 ただ、それはあくまでも観光用の施設で、実戦に耐えるようなものではまったくなかった。

 

 それに、堀を乗り越えて侵入された時点でほとんど詰みなので、城を造ってもそんなに意味はない。

 ゴリョウカクの最大の強みとは、どの方向から接近しても、必ず十字砲火(クロスファイア)に晒されるという点だ。

 接近させないことにこそ主眼を置いた要塞なのである。

 

 それでもミサラギ帝国は城というものに一定の価値をおいていたらしく、占領後ゴリョウカクにはそれなりの規模の城が建築された。

 地上三階立てで、一応は五十名ほどの兵が寝起きできるだけの設備がある。

 

「ほんとにそれなりですね」

 

 アーネストの説明にシリングが肩をすくめた。

 城というより砦ていどの規模である。

 

「仕方がないさ。ここは戦略上の要地というわけじゃない。昔も今もね。アマルと同様に放置というのが、本来正しい選択だろう」

 

 主街道からも離れている。一番近い村までも一日以上かかる。

 他国の侵攻を受け止めるような場所でもない。

 

 周囲にあるのはハコダテ遺跡群と呼ばれるものだけ。しかもチキュウ人とミサラギ帝国軍との戦いで、さんざん荒らされちゃって、遺物の回収など不可能だろう。

 

 土地にも建物にも価値がない、というやつだ。

 

「いっそ解体してしまった方が後腐れもなかったのだがな。その予算を計上するのももったいない、というのが本当のところらしいな」

 

 頻繁にアンデッドモンスターが出没するから野盗が根城にする心配もないし、たとえば反乱を起こした民たちが占拠したとしても、どこにも補給線が伸びてないので手詰まりになる。

 

 維持する理由もなければ、壊す金すらもったいない。ようするに朽ちるに任せていたわけだ。

 

「なんで悲しい扱い。ニホンでも屈指の浪漫スポットなのに」

 

 よよよ、と、ミクが泣き真似をする。

 

 五稜郭といえば、日本人と日本人が覇を競った最後の内戦、箱館戦争の最後を飾る舞台だ。北の大地に野心を燃やし、情熱のすべてを賭けて戦った男たちの夢の跡である。

 それが、べつにいらんしなー、という扱いでは落涙のひとつもしてしまう。

 

「ゆーてミックミク。維持にしろ破棄にしろ、必要のないものに莫大な金をかけるというのも、馬鹿馬鹿しい話ではないか」

「ロマンてきなアレは考慮にいれてくれないのね」

「ロマンで腹はふくれないからな」

 

『貴様ら! さっきから黙って聞いていれば! 我の居城をそれなりだの価値がないだの必要ないだの、悪し様にいいおって!』

 

 またまた声が響いた。

 なんだかとっても怒ってるっぽい。

 

「べつに、きみの城ではなかろう。勝手に居座ってるだけで」

 

 そして火に油を注ぐアーネストである。

 

『うるさいうるさい! この城の美しさがわからんような輩と話す舌をもたぬ! 帰れ帰れ!!』

 

 帰れって言われちゃった。

 

「美しさは認めるわよ? チキュウの各地に残ってるんだけどね。どれもこれも一見の価値ありって美しさだもの。けど、やぱり私はニホン産だからゴリョウカクが一番ね」

 

 ミクさんってば敵に同意してますよ。






 城の中はものすごく片付いている。

 ちゃんと掃除も手入れも行き届いて、住んでいる者の城への愛情がうかがえた。

 ものすごく意味不明だが。

 

 先導する骸骨戦士(スケルトンウォーリア)に従い、シリングは何度目かのため息をついた。

 

 城のことを褒めたミクのことを、敵の親玉はいたく気に入り、あれよあれよという間に交渉が成立してしまったのである。

 で、案内役としてやってきたのが、この骸骨戦士だ。

 

 プラネタリウムのオーガーたちに引き続き、人間を襲わないモンスターとの二度目の邂逅である。

 まあ、アンデッドモンスターに意思は存在しないので、上位者の命令には絶対に逆らわないのだが。

 

 ともあれ、シリングたちはゴリョウカクを攻撃しない。城主はアーネストのマジックアイテムを無抵抗で返還する。という談合が成立した。

 それで、城主のいる第三層まで案内されているというわけだ。

 

 時折、ゴリョウカク城塞跡の各所を手入れしている骸骨たちが窓から見えるが、シリングは見なかったことにする。

 芝生や植木の手入れをしているアンデッドとか、たぶん白昼夢でも見たんだからね。仕方ないね。

 

 どおりで城門からずっと手入れが行き届いているわけですよ。

 遭遇したレイス以外、みんな保守要員じゃねーか。

 

「ゴリョウカクの中にお城ー? っておもったけど、あんがい悪くないわね」

 

 なんだかえらそうにミクが論評している。

 

 もともと、このような星形要塞というのは火砲の出現によって生まれたのだという。それまでの城では、銃による攻撃に対してあまりにも脆弱だったから。

 高くてでかい建物なんて、いい的なのだ。

 

 それで防塁を広く作り、そこに兵を配置することで接近そのものを阻む。

 どの方向から攻めようとしても必ず数ヶ所からの攻撃に晒される。この構造が、後に十字砲火という強固きわまる防御陣形へと昇華することになった。

 

 とはいえ、榴弾が発明されると星形要塞は無敵ではいられなくなる。上からの攻撃には弱い、という弱点が露呈してしまったから。

 

「武器と防具の開発競争は、だいたい武器に軍配が上がっている、というやつだな」

 

 アーネストが笑ってみせた。

 完璧な防御法など存在しない。

 人間でも要塞でも同じだろう。必ずどこかに弱点があるものなのだ。

 

 対して武器は簡単だ。

 とにかく威力を上げていけばいい。

 小型化や軽量化は、後からついてくる。

 

「でも、ゴリョウカクに求められるのは、そこじゃないのよ」

 

 ふんすと胸をそらすミク。

 大切なのは景観だ。

 もう発想が、城塞でもなんでもない。

 

『わかるか。娘よ』

 

 また声が聞こえる。

 ちょいちょい会話に混ざりたがる城主なのだ。

 

 やがて骸骨戦士に案内され、一行は城主の部屋を訪れる。

 

 待っていたのはリッチだった。

 漆黒のローブをまとい、杖を持った骸骨である。

 

「少し意外だな。享楽的だからヴァンパイアだろうと読んでいたのだが」

 

 やれやれとアーネストが肩をすくめる。

 テーブルの上には、五十センチ四方ほどの箱がのせられていた。

 おそらくは、あれが大魔法使いが置いていた荷物の一つたる魔水晶なのだろう。

 

「ようこそ。客人たちよ」

 

 身振りで椅子を勧めるリッチ。

 歓待されるいわれはあんまりなくて、必要なアイテムを受け取ったらとっとと引き上げるつもりだったのに、ミクがしれっと座っちゃう。

 

 表情もなにもない骸骨なのに、リッチさんったらなんか嬉しそうだ。

 寂しがり屋なのかもしれない。

 

「ミクよ」

「マルストルだ」

 

 なんか名乗りあってるし。

 仕方ないから、シリングとアーネストも名乗っておく。


「ほほう。大陸一の錬金術師、大魔法使いアーネストとは貴殿のことだったか」

 

 と、アーネストには多少の興味を示したものの、シリングについてはまるっとスルーである。

 ひどい扱いだ。

 アーネストにもシリングにもかまわず、マルストルは熱心にミクに話しかけている。

 

「我はことのほか城が好きでな。生ある身では世界中の城は見られぬ為ため、不死の法を使ったのだ」

 

 なんと、城マニアのリッチである。

 スルーされてよかった、と、わりと心の底から安堵するシリングだった。

 

 こんなのとお友達になりたくない。

 

 ちなみに不死の法というのは、力のある魔法使いが肉体を捨ててアンデッドになる魔法だ。もちろん禁呪である。

 そんなもんを使ってまで、集金稼ぎなどから狙われる身になってまでお城探訪をしたいとか、ちょっと頭おかしすぎる。

 

「そういえば魔術協会(世界塔)から追放された魔導師がいたなー……三百年くらいまえに……」

 

 ぼそりと呟くアーネスト。

 もちろん華麗にスルーされた。

 

「肉体を捨ててよかった。『ミキシング』によってチキュウの城も現れたのだからな。見事なものばかりだった」

「チキュウのお城好き?」

 

「もちろんだとも。ダノター城、ノイシュバンシュタイン城、ヒメジ城、どれも素晴らしかった」

「本気で世界中まわってんのねー」

 

 あきれたような、感心したようなミクである。

 マルストルが大きく頷く。

 我の生涯はこのためにある、と。

 

「魔水晶をあらためさせてもらっていいか」

 

 横から口を挟んだアーネストだったが、好きにしろと手を振られた。

 この扱いの雑さよ。

 

 肩をすくめ、シリングとともに部屋の隅に移動して箱を開ける。

 中にはこぶし大の宝珠がいくつも入っていた。

 これらすべてが魔力を帯びた宝石である。

 

「すごいですね。アル先生」

「全部が全部使えるわけではないがな。エーテルリアクターの心臓部になるのだから、やはり高純度のものの方がいい」

 

 言って、いくつかの宝珠を手に取る。

 けっこう無造作に。

 

 たぶん一つだけでもものすごい価値があるんだろうな、と思って見ていると、大魔法使いが箱の底から何かを取り出した。

 なにかっていうか、短剣である。

 

「シリリン。この剣を使え」

「どうしたんです? アル先生」

「きみの剣は性能が悪すぎる」

「けっこう高いやつなんですけどね」

 

 苦笑する少年だった。

 傭兵や賞金稼ぎではない。身を守るために持っているだけで、そこまでのこだわりはないのである。

 本人が言うように価格としてはかなり高いやつで、上等な鋼を鍛えられた逸品だが、マジックアイテムというわけではない。

 

「これも元はノーマルソードだ。魔水晶と一緒に保管していたら魔力が染みるかもと思って実験していたやつだな」

「漬物(ピクルス)じゃないんだから……」

 

「もちろんそのままだと馴染むわけもないので、いくつか魔法的な処理をしているがな。三十年経って、いい感じになったようだ」

 

 まるで吸い込まれるような光沢の刃と、あつらえたように手に馴染むグリップ。

 かなり力を持った魔力剣であることはシリングにも判った。

 

「ほんとにもらっていいんですか?」

「いいさ。実験して結果が出ることに意味があるんだ。ものはわりとどうでもいい。せっかくだから、シリリンの感想通りピクルスとでも名付けようか」

「本気で雑ですねえ」

 

 シリングの愛剣、魔剣ピクルス誕生の瞬間である。   

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