ゴリョウカク城塞跡 1
ゴリョウカク城塞跡までは、徒歩2日ほどの距離らしい。
「とはいえ、えっちらおっちら歩いて行くというのも手間なので、これを使う」
そう言ってアーネストがシリングとミクを倉庫のような場所に案内する。
そこで二人が目にしたのは、箱だった。
「いやいや。箱ってことはないだろう」
非常に不本意そうな顔をする大魔法使い。
そんなこといわれたって、金属製っぽいただの四角い何かである。
「箱としか言いようがないと思うんですけど……」
「強いていえば、コンテナ?」
「浮遊客車の試作品だよ。失敬だな。きみたちは」
ぷんすかと怒りながらアーネストが箱に触れると、箱の上部が開く。
馬が繋がれておらず、車輪もない荷馬車みたいだった。
「乗りたまえ」
さっさと乗り込んだ大魔法使いが手招きする。
興味津々の体でシリングとミクが箱に入れば、申し訳程度に座席が設置してあった。
「ではいくぞ」
二人が座るのを確認し、アーネストが操作盤に触れる。
ふわりと音もなく浮き上がる浮遊客車。
「おおっ!?」
「イオンクラフト! エアカー!」
シリングが驚愕の、ミクが歓喜の声を上げる。
少女が口にした名前は、チキュウ世界における夢の技術だ。ミクがいた西暦二一三九年現在、まだ実用化はされていない。
「残念ながら車が空を飛ぶ予定はなさそうだったわ。未来は現実的なのよ」
「ちょっと何いってるかわからないな」
きゃいきゃい騒いでいる乗客たちに出発を告げ、アーネストが浮遊客車を発進させる。
ガトゴト音もせず、揺れもしない。
まさに滑るように進む。
「すげえ……」
「加速するぞ。揺れはしないが加圧はあるので振り落とされないよう保護棒につかまれ」
操縦席から声がかかり、シリングとミクは座席横に設置された金属棒を握った。
同時に景色が流れ始める。
ぐんぐんと。
「か、風が……」
「オープンカーだからけっこうすごいね!」
時速で六十キロ以上は出ているだろう、ミクはともかくとしてシリングには未知の領域だ。
保護棒とやらを握った手に力が籠もる。
「シートベルトとかないと怖いかもねー」
一方、ミクは平然としたものだ。
ちらりと後ろを振り返ったアーネストがにやりと笑う。
快調に飛ばす浮遊客車。道行く人々が驚いて街道を空ける。なかなかに迷惑な話だ。
そして、ものの一時間ほどでゴリョウカク城塞跡が見えてくる。
話では五十キロくらい離れているはずなのに。
「速すぎだろ!?」
「シンカンセンはもっと速いわよ」
「まじか……想像の外側すぎる……」
「そうやってチキュウはどんどん狭くなっていったわけよ」
徒歩で十日もかかっていた場所に数時間でいけるようになり、ものも大量に運べるようになった。
通信機器の発達は、チキュウの裏側ともタイムラグなしで会話を可能にした。しかも画像付きで。
「そうやって築き上げた文明も時空震のひとつで消滅してしまう。儚いものだな」
操縦席のアーネストが口を挟み、浮遊客車が速度を落とし始める。
やがて、出発したときと同様に静かに地面に降りた。
ここからは歩きということである。
さすがに遺跡の中まで浮遊客車で進入するというわけにはいかないらしい。
「ふう。なんだか足元がふわふわしてる感じだ」
とん、と地上に降りたシリングの感想だ。
べつに不調というわけではないが、地に足が着かない感じである。
「それは仕方ないわね。シンカンセンを降りた乗客も、似たような感覚を味わう人もいるっていうし」
続いて降りたミクが笑った。
そして最後に降車したアーネストが車体に触れると、上部ハッチが閉まり、浮遊客車は完全な箱状になる。
「どこからどう見ても、ただのでっけー箱だよなあ」
「だからこそ、盗もうなどとは思わないだろ? シリリン」
あんがい防犯に役立つかもかもな、と、今考えたようなことを言う大魔法使いだった。
こんな巨大な箱、盗もうとしても盗めるものではない。
そもそも操縦盤も見えないから、本当に何かわからないし。
「けど、さすがにもう少しかっこよくてもいいと思うわ。フェラーリみたいに、とまではいわないけど」
「試作品に何を求めているのだ、ミックミクは」
苦笑しつつ城塞跡へと歩を進めるアーネスト。
しかし、十歩も進まないうちに足を止めてしまう。
扉の前で。
「こいつは参った」
などと言って。
「どうしたんです? アル先生」
「大変に間抜けなことに、屋敷に鍵を忘れてきてしまった」
情けなさそうな顔をする。
確かに間抜けである。
盗賊やモンスターなどが入り込まないよう城塞に入る扉は施錠されているらしい。
いきなり一歩目で躓いてしまった。
「取りに戻るのはさすがに面倒だな。壊すか」
ローブから短杖を取り出す。魔法使いの杖というものにはさまざまな形があるというが、アーネストのそれはあまり見栄えがしない。
なんだか見習い魔法使いみたいだった。
ヴォーテン卿は大きくて立派な杖を使っているのに。
どうにもこの大魔法使い。モノの姿形にはあんまりこだわらないっぽい。
「待ってアル。ここは私に任せて」
右手を挙げて制し、ミクが前に出る。
そして扉に触れた。
「開け」
彼女が唯一使える魔法である。
ありとあらゆる錠を外してしまうという便利魔法だ。
これが第一位階なんだから、魔法というのは恐ろしい。
「ほほう。ミックミクは魔法が使えるのか」
「いっこだけ。おじいちゃんに教わったの」
「なるほど。テンテンは相変わらずだな」
苦笑いである。
その意味を、たとえばミクは理解できなかった。
しかし理解できた者もいる。
いつ抜いたのか、ぴたりとアーネストの首筋に当てられる短剣。
音もなく大魔法使いの背後に忍び寄っていたシリングだ。
相棒が息を呑む。
「どうして自分でその魔法を使わなかったんですか? アル先生」
使えないから、とは言わせない。
仮にも、大陸一の錬金術師と呼ばれる人物が。
「ミクに魔法を使わせようとしましたね?」
「なるほど。よく見えている。ご名答だよ。シリリン」
「理由を」
「検証したかったからだな。本当にミックミクがアンドロイドなのか。それともべつの何かなのか」
「え?」
思わずシリングが間の抜けた声を出しちゃう。
どうしてアーネストが、ミクの秘密を知っているのが。
「テンテンの手紙に書いてあったからだな」
「ヴォーテンさまっ!?」
「おじいちゃんっ!?」
絶叫するふたり。
信じられない。信じられない。シンジラレナーイ。
秘密にするって約束したじゃん。
いくらお師匠だからって話していいもんのじゃないでしょ。しかも口頭でなくて書簡でとか。
証拠が残ってしまうんだよ?
「言っただろう? 彼は考えなしなんだ。思慮が足りないともいうな。手紙は燃やしたから安心したまえ」
くすくすと大魔法使いが笑う。
びっくりですよ。
「ミックミクがアンドロイドという人造人間であること、にもかかわらず魔法を習得できたことについて、新説を展開していた。魂があれば魔法は憶えられると」
人間だろうとそうでなかろうと、そんなことは問題ない。
ものを考え、ちゃんと感情がある。
であれば魔法は習得できる。
ミクがその実例である、と。
「阿呆かと思ったがな。考え方が逆方向に走りすぎて」
「逆?」
「ああ。説明してやるからその物騒なものをしまえ。歩きながら話そう」
うなずき、シリングは短剣を鞘に戻した。
ミクを見れば、なにやらきょとんとしている。
「大丈夫か? ミク」
「私はアンドロイドじゃないってことなのかなぁ。超強い戦闘用なんだけど」
アーネストの後を追って二人が歩き始める。
「魂のある者すべてに魔法が使えるとしたら、犬や猫にだって使えなくてはおかしいことになってしまう。人間ほど複雑ではないが彼らだって意思疎通のための言語がある。ものも考える。かなり本能に従った思考ではあるが」
つまり、人間だけが特別というわけではない。
しかし魔法を使えるのは人間だけだ。
「ここでいう人間とは、吾輩のようなエルフやホビット、ドワーフなどの亜人も含まれる。ようするに文明を持ち、社会を構築し、言葉を操り、他者のとのコミュニケーションを言語によっておこなうもの全般だな」
そしてそれには一部のモンスターも含まれたりする。
ともあれ、ミクが魔法が使えたから、たとえばホムンクルスや犬や猫なども魔法が使えるか、という話だ。
答えは否である。
「テンテンの考えは逆なのだ。魔法が使えたということは、すなわちミックミクが人間なのだという証明なのだよ」
アーネストの言葉に顔を見合わせるシリングとミク。
ミクの戦闘力などは幾度も目にしている。
カンナギ遺跡のコンピュータも、第六世代型有機アンドロイドだと説明していた。
いまさら人間といわれても。
「言い方が悪かったな。ミックミクは人造人間ではない。改造人間だ」




