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セイカン大トンネル 5


 王宮に行くことになった。

 魔力炉(エーテルリアクター)を国外に持ち出すよって話を、アマル王に納得させなくてはいけないのである。

 

「わけわかめ……」

「むしろ俺には、その台詞がわけ判らないけどな」

 

 謎の嘆き方をするミクに、やれやれと肩をすくめるシリングだった。

 

 まあ、嘆きは判るけどね。

 なんだって異国まできて王様に謁見しなくてはならないのか。

 自分の国の国王にすら会ったことないのに。


「そもそもエーテルリアクターを簡単に持ち出せると思っていたのが、じつにテンテンらしいな。相変わらず考え方が雑というか大雑把というか」

 

 アーネストが笑う。

 目元のあたりに少しだけ懐旧の靄を漂わせて。

 少年少女の視線に気づき、こほんと咳払いする。


「まあシリリンとミックミクに交渉しろなどと鬼畜なことを言うつもりはない。国王くんの説得は吾輩に任せてくれたまえ」

「国王くん……」

「どうしよう……不安しかない……」


 なんでこのエルフはこんなに自信満々なのか。

 話を聴く分には、魔力炉というのは容易に軍事利用できるようなシロモノだ。

 そんなもん、簡単に国外に持ち出せるわけがない。


 そのあたりをまったく考慮ないでシリングとミクを派遣したヴォーテン卿は、けっこう剛の者といえるだろう。


 むしろ、なんで持ち出せると思った?

 ぜってー無理じゃん。


「吾輩と国王くんはツーカーの仲だから、わりと説得自体は簡単だ。相応の利益があれば、彼は頷くだろう。問題はそこではないな」


 そこまで言って、アーネストがくすりと笑った。

 あるいは昔を懐かしむかのように。


 ヴォーテン卿という人物は、たしかに発想力はすごかったらしい。彼女に師事していた幼少の頃から。

 師匠であるアーネストが驚くほどのアイデアを出すこともあった。

 ただし、実行段階における困難度とかを一切考えてないってのが玉に瑕だ。


「玉に瑕っていうか、致命的じゃないですかね。それ」

 

 あきれるシリング。

 どんな計画だって実行するより先に失敗なんかしない。

 

「そうだな。シリリン。しかしそこさえクリアできれば、ものすごい成果が得られる」

「あ。シンカンセンを手に入れたのもそうかも」

 

 アーネストの言葉に、ミクがぽんと手を拍った。

 けっこう行き当たりばったりの計画だったもの。結果的には成功したけど、犠牲者だって出たし。

 

「しかし、そのシンカンセンがあるからこそ、テンテンはこの計画を思いついたのだろう」

「というと?」

 

 シリングが首をかしげる。

 ヴォーテン卿がなにをたくらんでいるのか、アーネストはわかっているようだ。

 

「まだ内緒だ。こういうのは、もったいぶったほうがありがたみが出るからな」

 

 いたずらっぽく笑う大陸一の錬金術師である。





 


「……それを朕が許可するとでも思っているのか? アーネスト師」

 

 押し殺したような、なにかに耐えるような声を玉座の上の人物が発した。

 当代のアマル王、リヒャルドである。

 

 四十代とおぼしき顔は、まさに苦虫を噛み潰したようなって表現がぴったり当てはまる表情だ。

 順番を十人ほど飛ばして謁見の間に通されたあたり、アーネストの扱いが推測できるというものだが、彼女の要求は特別扱いの枠をはるかに超えている。

 軍事転用できる技術を国外に持ち出していい? って話だもん。

 

 これを「おっけーいいよー」なんていう王様は、たぶん地平の彼方まで探してもいないだろう。

 

「許可もなにも、エーテルリアクターは吾輩が開発したものだし、吾輩はきみの家臣ではないぞ。リヒャヒャ」

「リヒャヒャ……」

「つっこんだら負けだぞ。ミク」

 

 後ろの方で、ミクとシリングがぼそぼそいっている。

 もちろん一顧だにされなかった。

 

「朕を威迫するつもりか?」

「力ずくで押し通していいというならそうするが?」

 

 にやりと笑ったんだろうな、と、シリングは想像したが、彼が拝跪しているのはアーネストよりうしろなので顔は見えない。

 べつに残念ではないけれど。

 

「いっつも! いっつも先生ってごり押しですよね!」


 突如として王様が大声を出した。

 ていうか、キレちゃった。

 

「……普段からどういう付き合いをしてるのか、わかってしまうよな……」

「シリング。つっこんだら負けよ」

 

 ぼそぼそいう少年少女。

 これって交渉とか説得でいいんだろうか、と、わりと深刻に考えてしまう。

 

「リヒャヒャ。怒ると血圧が上がるぞ。こないだだって倒れたではないか」

「誰のせいで……」

 

「味の濃いものを好みすぎなのだ。そのくせ、吾輩が作ってやった薬はちゃんと飲まないし」

「苦すぎるから……」

 

「そもそもきみは肉ばっかり食べるからよくないのだ。ちゃんと野菜も食え」

「なんで四十も過ぎて先生に説教されないといけないんだよ……」

 

 何の話をしているんだか。

 ほっといたらどこまででも脱線していきそうなので、ごほんとシリングが咳払いして軌道修正する。

 

 なにゆえ他国の王宮の、しかも謁見の間で王様とその師っぽい人の漫才を見なくてはいけないのか。状況がシュールすぎるというものだろう。

 

「そもそも、エーテルリアクターの所有権はアマル王国ではなく吾輩にある。したがって、それをどこで使おうと吾輩の勝手というものなのだが、それではさすがに義理が立たないので挨拶にきただけなのだ」

「…………」

 

 しゃらくさい言い分に歯ぎしりしそうなリヒャルド王である。

 

 魔力路開発のために、たしかにアマル王国は資金援助をおこなったわけではないし、なにか協力したわけでもない。

 アーネストの屋敷が王都ミオスレイにあり、彼女がそこで研究しているというだけなのだ。

 

「そんな顔をするな。リヒャヒャ。黙って持ち出すつもりなら、とっくにそうしている。わざわざ王宮にきたのは、折衷案を示すためだ」

「というと?」

「共同開発という体裁にして、両国の友好の架け橋にすればいい」

 

 大陸一の錬金術師が何を言っているがわからず、リヒャルトが首をかしげる。

 そしてそれは王の専有物ではなく、シリングとミクも顔を見合わせた。




 



シンカンセンに魔力路を搭載し、浮遊客車(フロートキャビン)として王都ソルレイとイケブクロ遺跡群を結ぶ。

 アーネストがヴォーテン卿の書簡から読み取った計画である。

 

 説明を受け、リヒャルド王もシリングも、ミクさえも息をのんだ。

 あまりにも壮大な計画に。

 まず、シンカンセンを浮かせるなんてことが、そもそも可能なのか。

 

「べつにヒコウキみたいに空を飛ばせるというわけではないのだから話は難しくない。地面との摩擦をなくす程度に浮けばいい」

 

 具体的には二センチも浮けば充分だろうと大魔法使いは付け加えた。

 人を乗せることを考慮してシンカンセン『ヴォーテン・ハヤブサ』の底部に六基の魔力炉をとりつける。

 浮かせるだけなら四基で釣りがくるらしい。

 

 そして、この六基が相互干渉しながら前進後退、横移動も担う。

 コントロールは、運転席からおこなえるようにすればいい。

 

「むろん、改造には一ヶ月やそこらはかかるだろうがな」

「……壮大な計画だけど、先生。それって我が国にどんなメリットがあります?」

 

 リヒャルドが口を挟んだ。

 口調が王様のそれではなくなっている。

 気にならないほど、シリングもミクも驚いてた。

 そして、本当の衝撃は次の言葉によってもたらされる。

 

「走らせればいいではないか。アマル王国も。シンカンセンを」

『!?』

 

 驚愕の三重奏。

 なんとこの大魔法使いは、ガリア王国とアマル王国をシンカンセンで結んでしまえといっているのだ。

 

「ニホンを走っていたシンカンセンほどの速度はでないだろうが、それでも時速で百キロ近くは出る計算だ。ここからイケブクロまでなら一日でいけるのではないか? セイカン大トンネルもあるしな」

「シンカンセンが……もう一回走る……?」

 

 両手でミクが口元を押さえた。

 そうしないと叫んでしまいそうだったから。

『ミキシング』から百年を経過して、もう一度新幹線が大地を駆ける。日本人にとって特別な思い入れのある乗り物が。

 

「こんなことって、あるんだね……」

 

 目頭が熱くなるのを感じた。

 ぽんぽんとその肩をシリングが叩いた。

 相棒の内心に去来するものを、もちろん彼は知らない。

 

「もちろんやることは多いがな。ミックミク。肝心のシンカンセンをとってこなくてはいけないし。エーテルリアクターもあと四つばかり作らなくてならない」

 

 材料がそろっているわけではないのだ。

 いまあるのはアイデアだけ。

 ようするに絵に描いた餅なのである。

 

「しかし、その餅のなんと旨そうなことか」

 

 ふうと息をついたリヒャルドが玉座から立ち上がった。

 

「アーネスト師の提案を是とする。シリングとミクは師を補佐して計画を完遂させよ」

 

 王笏を振る。





 

「実際のところ俺たちは何をすればいいんですか? アル先生」

「材料を取りに行くのさ」

 

 シリングの問いにアーネストが笑った。

 謁見の間で話したとおり、魔力炉の数が足りないらしい。

 といっても、すでにいくつかは完成しており、製造のノウハウも確立しているため、材料さえ揃えば数日で作れるのだという。

 

「吾輩はの製法を他人に明かすつもりはない。もちろんテンテンといえどもね。現物を貸与する、というかたちになるだろうよ」

「現物があったら研究されるんじゃない?」

 

 ミクが小首をかしげる。

 ヴォーテン卿はアーネストの弟子だし、とびきり優秀なことは大陸一の錬金術師だって認めている。

 そんな彼が、借りっぱなしに甘んじるだろうか。

 

「研究して、完成させたなら、それはテンテンの功績だろう。吾輩の生み出した魔力増幅回路の秘密まで、ぜひたどり着いてほしいものだ」

「勝者の余裕っぽい発言だー」

「違うよ。ミックミク。弟子の成長を願わぬ師匠がいるものか。彼が吾輩の域に達することをこそ、吾輩は望んでいるのだよ」

 

 定命(じょうみょう)の身でありながら、永遠の時を生きるエルフの知識に迫ろうとしているヴォーテン卿。

 もうちょっとだ。

 あとすこしで、その高みに到達できるだろう。

 

 そうしたら、人間の歴史が再び歩み始める。

 八千年の昔に失われた文明に至る、はるかな道を。

 

「で、どこに取りに行くんですか?」

 

 シリングの声で、アーネストは無作為な思考を中断した。

 

「ゴリョウカク城塞跡さ」

「遺跡ですか?」

 

 であれば、トレジャーハンターであるシリングの本領発揮だ。

 むしろアマル王国に存在する遺跡なら、ぜひ潜ってみたい。

 どんなお宝があるか、ものすごく気になる。

 

「遺跡であるともいえるし、そうでないともいえるな」

「というと?」

「ガリアに現れたチキュウ人たちは現地文明を尊重し理解しようと交渉を持った。この地に現れたチキュウ人たちはそうではなかった、ということだ」

 

 当時はアマル王国ではなく、ミサラギ帝国の一部だった。

 おそらくチキュウ人と帝国、双方の歩み寄りが足りなかったのだろう。戦争になってしまったのである。

 

 その際、チキュウ人が拠ったのがゴリョウカク城塞と呼ばれる場所だ。

 五芒星のかたちをした要塞で周囲には堀が巡らされており、近くには巨大な物見塔もあって、難攻不落にだったそうである。

 が、結局のところチキュウ人たちは数の差で敗れる。

 一週間ほどの攻防で。

 

 かなりの武装もあったらしいが、ゴリョウテカク自体には生産力がないため、もし長期戦になっていたら、どのみち降伏するか餓死するかしかなかっただろう。

 

 ともあれ、チキュウ人と帝国軍あわせて千人以上が犠牲になった激戦だった。

 その後、ゴリョウカクはミサラギ帝国が接収し、あらためて城を作ったものの、アマル王国の勃興とともに軍は撤収して放棄された。

 

「で、アマルとしても交通の要衝でも戦略上の要地でもないゴリョウカクを維持する理由がないので、そのまま放置することになったのだ」

 

 これがざっと七十年前の話だ、と、アーネストが話を締めくくる。

 

「チキュウとミサラギのミックス遺跡ってことですか」

「そういうことになるが、たいしたものは残ってないと思うぞ。アンデッドモンスターだらけで危険だから、誰も近づかないし」

「ていうか、アルずいぶん詳しくない?」


 ミクが首をかしげる。

 まるで見てきたように語るから。

 

「城塞部分を倉庫として使っていたのだ。十五年くらい前だな。誰も近づかないから便利だと思って」

 

 ひどい理由である。


「ようするに、自分の倉庫に自分の荷物を取りに行くだけかよ……」

 

 落胆のため息をつくシリングだった。

 せっかく、冒険できると思ったのに。


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[一言] 兼定あるかな。
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