星空の守り手 3
話が通っているのか、人食い鬼はシリングたちに襲いかかってこなかった。
ごく普通に二人を誘ってくれる。
「どうしよう。ツッコミどころしかないぜ」
ぼさりと呟く少年。
ミクがこくこく頷く。
人食い鬼と、どうやって意思疎通するのか。
それができたとして、人間を襲わないよう命令することなんて可能なのか。
まったく、世界は不思議と不条理に満ち満ちている。
「どうなってるんだろうな……」
「あの建物よ」
少女が指さすのは巨大な建造物だ。
あれの屋上にプラネタリウムがあったのだという。
「あったっていうか、いまもあるんだろうけどね。マルティナの口ぶりからすると」
肩をすくめる。
『ミキシング』から百年。自家発電装置のある施設だって、ほとんどすべてが稼働を止めているのだ。
どうしてマルティナが今も動いているのか。
その一事だけでも充分に首をかしげるような事態なのに、プラネタリウムとか、従順なオーガーとか、わけが判らなすぎる。
「そして、エレベーターまで動いてるとかね」
ため息しか出ない。
一階は明るい光に満たされている。
電気が生きているのだ。
「どうなってんだこりゃ……」
シリングも驚きに目を見開いている。
「自家発電です。お客さま」
ほほえみをたたえマルティナが近づいてきた。こつこつと足音を立てているのは、立体映像ではないと教えるためか。
「そりゃ判るけど、百年もの間ずっと動いてるなんて」
「情報共有をしたいんだけど、かまわない?」
問いかけるシリングを制し、ミクが申し出る。
一瞬だけきょとんとしたマルティナだったが、花が咲くように笑った。
「とても久しぶりに、その言葉を聴きました」
「百年ぶりくらいでしょ」
少女たちが腕を伸ばし、右手を合わせる。
『情報共有開始』
声を揃えて。
そして十秒ほどで離れた。
「と、いう事情なのです。ミクさま」
「ありがと。マルティナ」
これで情報が共有されたらしい。
まさに脅威のテクノロジーだ。
「すげえな。チキュウ文明」
「でも、それは失われていくんだって気付いた人がいたの」
呆れたような顔のシリングに、ミクが笑いかける。
『ミキシング』の後、最初に捨てられたのは遊興に関する施設だ。
ゲームセンター、パチンコ、カラオケなど、生活する上で絶対に必要とはいえない施設を維持するような余裕を、当時のニホン人たちは持っていなかったのである。
そしてその中には、プラネタリウムも含まれていた。
マルティナが案内役を務めるここも、また例外ではなかった。
主電源を落とされ、打ち捨てられた彼女がふたたび目をさましたのは、『ミキシング』から十五年後のことである。
「起こしたのが、チキュウ文明の喪失を悟った人たちね」
「彼らは言いました。もう地球に戻ることはできないのだ、と」
シリングに対し、美少女アンドロイドと美少女ロボットが交互に説明してくれる。
当初は必死で帰還の方法を探していたチキュウ人たちだが、十五年という歳月は彼らに絶望のみを与えた。
地球という惑星は、この宇宙のどこにもないのだ、と。
それが観測の結果である。
次元を渡ったのか、世界を渡ったのか判らない。
とにかく見上げる夜空には、チキュウ人の知っている星座はひとつもなかった。
「当時のチキュウの科学をもってしても、次元を渡る方法は存在しないわ」
「『ミキシング』が偶発的に起こった事態だと仮定して、次にそれが起きるのは最短でも四十万年後、というのが科学者たちの立てた推論でした」
すなわち、チキュウ人たちは帰還の術を完全に失ったのである。
この世界の一員として生きるしかない。
もう夜空を見上げても、懐かしい星座を見ることはできない。
夏の大三角形も、オリオン座も、月すらも。
「そうと知ったとき、彼らの考えたのはプラネタリウムを復活させようってことだったの」
「イケブクロ周辺の廃墟から、とにかく物資が集められました」
『ミキシング』から十五年。
自家発電用の燃料だってとっくに底をついている。
しかし、プラネタリウムを動かすためには絶対に電気が必要なのだ。
イケブクロ界隈に残っていた太陽光パネルがかき集められ、小規模ではあるがソーラー発電施設が造られた。
もちろん、それだけではすぐに限界がくる。
保守し、維持し、管理するシステムを構築しなくてはいけない。
マルティナには、そのためのプログラムがなされたし、近隣を根城にするモンスターどもにも幼体のうちから教育がなされた。
施設を守る者としての。
約十年の歳月をかけ、プラネタリウムとそれを守る体制が築かれた。
「なんというか、壮大な夢だな」
右手で下顎を撫でるシリング。
なんともコメントに困ってしまう。
もう二度と取り戻せない星空を守るため、ただそれだけのために注がれた情熱の熱量に。
せっかく作った発電システムなら、他にできることがいくらでもあっただろう。
水耕プラントを作るとか、水の浄化システムを作るとか。
生きることを優先する方がずっと現実的だ。星空なんか食べられないのだから。
そう思いつつも、少しだけシリングにも彼らの気持ちがわかってしまう。
トレジャーハンターだって、夢追い人だから。
見たこともないようなモノを見たいから、危険な遺跡にだって潜るのだ。
もう二度と見られないモノを守り、受け継いでゆくというのとは方向は違うけどベクトルは似ている。
「ですが、チキュウ人が肉体的に脆弱だという部分は、覆しようがない事実でした」
困ったような顔のマルティナだ。
口調と顔が合っていない。
惜しんでいるような、嘆いているような声なのに。
顔は、さっきシリングが食い気味の質問をしたときと同じだった。
少し不思議思っていると、搭載されている表情パターンが少ないため、哀しんでいるときの表情がすべてこれになってしまうのだとミクが説明してくれる。
「第一世代のチキュウ人は、『ミキシング』から三十年ほどでいなくなってしまいました。その後は現地の方々と交流し細々と命脈を保ってはきましたが」
もう生きている人間はいないのだという。
いるのはマルティナのようなロボットと、この施設を守るように教育されたモンスターの末裔たちだけ。
「じゃあもうプラネタリウムを見る人はいないわけか」
「はい。シリングさまとミクさまは、じつに八年ぶりお客様です」
「そうか。なら楽しまないと」
シリングが微笑する。
見る人も、訪れる人もいない施設を、ずっと維持してきた者たちに尊敬と寂寥をこめて。
「都心部では街の灯りが強くなりすぎて、星を見ることができなくなってしまいました」
マルティナの声が聞こえる。
寝そべるように座ったシリングとミクの耳に。
天頂すべて覆うようなスクリーン。
「ですが、私たちの頭上にはいつでも星が輝いています。今日は、街灯や工場の灯りを消してみましょう」
瞬間、二人の視界を満天の星空が埋め尽くす。
シリングの知らないニホンの夜空だ。
思わず息を呑んでしまう。
「さて、ぐるりと星空を見まわしてみますと、北の空に明るい七つの星の並びがあるのが判るでしょうか」
解説を続けるマルティナの声が、ごくわずかに嬉しそうだ。
案内ロボットとしての仕事ができているからなのか、あるいは久しぶりの客だからなのか、もちろんシリングには判らない。
隣に座っているミクの瞳が潤んでいる。
郷愁か、あるいは違う思いが去来しているのか。
これもまたシリングには判らない。
「……判らないことだらけだよな……俺って……」
口に出さず呟く。
世界を見せてやってくれ、と、頼まれた。
しかし、彼自身が世界のことをなんにも知らないのだ。
右手がそっと握られる。
「一緒に、いろんなものを見て回ろうな。ミク」
握り返す手に、すこしだけ力を込めた。




