星空の守り手 1
エルダーの死について、シャノア伯爵家が特段なにか発表するということはなかった。
「継承順位でいえば五位が六位の公子が、溺愛する妹の死を認められなくて遺跡に赴き、そこでモンスターに襲われたか事故に遭ったか。そんな解釈だろうね」
「捜索隊も出されないってのは、ずいぶんと寂しい話だけどな」
苦笑を浮かべながら、アリザードとシリングがカップをぶつける。
一応は祝杯ということになろうか。
貴族のくびきから逃れ、新たな人生を歩み出したから。
そして、別れの乾杯でもある。
借金を完済したアリザードたちは、ミタラの街を離れるという。
やはりシャノア伯爵領からほど近い場所というのは、正体がバレてしまう可能性がある。
アリスやアーシアを見知っている人間と行き会うこともあるかもしれない。
否定すれば良いだけの話だが、わざわざリスクを背負う必要もないのだ。
ガリア王国を離れ、シャノア伯爵なんて誰も知らない土地に移り住んでしまうというのも悪い選択ではないだろう。
ちなみに、行き先はシリングも知らない。
訊きもしなかった。
もう彼女……ではなく、彼らを縛る鎖など存在しないのだ。
風の吹くまま気の向くままに旅をする権利がある。
「元気でな」
「シリンも。もし何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。必ず力になるから」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
差し出された手を握り返す。
行き先も判らないのにどうやって頼るんだよ、とは言わなかった。
いつか、またいつか、縁があれば会うこともあるだろう。
生きての別れなのだから。
「惜しかったー とか思ってるんじゃない? シリング」
くすくすとミクが笑う。
イケブクロ遺跡群へと向かう道すがら。
アリザードたちがいなくなっても、探索そのものは終わらない。
まだ使える機械、という遺物の発見には至っていないから。
「まあ、このまま一緒にやっていけたら楽しそうだな、とは思ってたさ」
シリングが肩をすくめた。
貴族臭くなく、けっこう気の良い連中だったし。
「ハーレムパーティーだったしねー」
「そっちは嬉しくない。気を使うだけだからな」
男女混合チームというのは難しい。着替え、入浴、排泄、そして月のもの。適当に済ませるってわけにはいかない問題も多いのだ。
アンドロイドのミクと生身の人間は、かなり違う。
「シリングとアリスがくっついちゃって、私が捨てられるなんて結末にならなくて良かったわ」
「あるわけないだろ。そんなこと」
「いやいや。わたしゃ哀しいロボットだもの。いつかは捨てられる運命なのよ」
よよよ、と、泣き真似をしている。
ウェットに富みすぎだ。
これでロボットとか自称しているんだから。
「ずっと一緒にいてくれよ。ミク」
「ストレートにきましたねー」
久しぶりの二人きりでの行動になんだか浮かれている感じである。
思えば、一ヶ月近くに渡って八人チームだった。
「戦力も索敵能力も落ちてるからな。気を付けないと」
たしなめるように、ぽむぽむとミクの頭を撫でるシリングだった。
雄叫びをあげ、人喰い鬼が突進してくる。
身の丈は三メートル近く、ボリュームでは二百キロをくだらないだろう。
こんなのが振り回す棍棒でぶん殴られたら、人間なんてぺしゃんこに潰れてしまう。
「当たんなきゃ、どってことないさ」
ひらりひらりと身をかわしながら、シリングがうそぶく。
遺跡群に入るとすぐに、人食い鬼と遭遇してしまった。
角を曲がったらばったり、という典型的な遭遇戦である。
群れでなかったのは幸いだが、なかなかについてない。
「それを言った人は、けっこう当たってるわよ」
「なにそれ!?」
後方からかかったミクの声に喚き返す。
この美少女アンドロイドは、たまに謎の知識をぶん回すのだ。
たぶん教育係だったカンナギ遺跡のコンピュータが余計なことを吹き込んだのである。
ともあれ、こうも接近してしまうと必殺の魔法は使えない。
振り回される棍棒をかいくぐり、短剣で小さなダメージを蓄積させるしかない。
「ていうか、援護射撃できないから距離とってよ」
「簡単に! 言ってくれるぜ!」
ものすごい大振りだけど、人食い鬼は間断なく攻撃を続けている。
しかも、こちらが一歩退けば二歩踏み込んでくるくらいの積極性を持った相手なのだ。
普通にさがったら、一気に敗勢に追い込まれてしまうだろう。
「どりゃっ!」
それでも、なんとか斬り込んで人食い鬼の腹を浅く薙ぐ。
たいしたダメージではないだろうが、ややたじろいた隙に後ろへと跳んだ。
次の瞬間、ミクが投擲した瓦礫が鬼の顔面に命中する。
とどろく絶叫。
まさに絶妙なタイミングだ。
大きくのけぞった人食い鬼にシリングが左手を向ける。
「これでもくらえ!!」
放たれた光が鬼を一打ちした。
炎でも雷でもない。
精神の力だと師匠のヴォーテン卿は言っていた。
攻撃魔法をその胸に受け、ゆっくりと人食い鬼が後ろへと倒れてゆく。
さすがにミクの攻撃とシリングの魔法を連続で受けては、恐るべき鬼といえどもひとたまりもなかったようだ。
どう、と、地面に倒れる。
「ふぃー……初戦で魔法を使ってしまったぜ」
右腕で額の汗を拭うシリングだった。
一日にそう何度も使うことはできないのだ。弾数に制限があるというより、精神力がもたない。
「いきなりオーガーだもんね。お疲れさま」
戦闘の妨げにならないよう投げ捨てた背負い袋を、ミクが拾ってきてくれた。
受け取りつつ、最近はずっとラクをしていたな、と自省する。
アドルをはじめとした戦士たちがいたから、前衛は分担して務めることができた。
今の場合だって、囲んで倒すことができただろう。
人数が多いというのは、やはりそれだけ強みなのだ。
「しっかし、なんでこんなとこにオーガーがいたんだろうな」
呟きつつ、人食い鬼の死体を検分する。
このくらい強力なモンスターになると、洞窟でも遺跡でも深いところを住処にするものだ。
つまり良い場所である。
敵襲の危険が少なく、人間が押し寄せることもなく、安心して眠ることができる場所だ。
小鬼や犬頭小鬼が地上をうろうろしているのは、そういう住みやすい場所は強い連中に取られてしまうからだったりする。
「む? なんか持ってるな」
粗末な腰布に、何か貼り付けてあるのをシリングが見つけた。
金属製のボタンのようなもの。
「勲章とか、そんな感じかな?」
人食い鬼にそんなもんを付ける習慣があるとは、ちょっと聞いたことがないが。
「缶バッジよ。勲章というよりはアクセサリーに近いわ」
横にしゃがみこんだミクが説明してくれる。
チキュウの文化のひとつで、ファッションアイテムのようなものらしい。
服や帽子、鞄などに付けるモノだそうだ。
「……勲章より意味が判らないな。なんでオーガーがおしゃれするんだよ」
「それは、付けたのがオーガーじゃないからじゃない?」
くすりと笑い、手を伸ばしたミクがバッジを腰布から外す。
アンゼンピンという道具で取り付けてあるのだと解説しながら。
「たしかに。こいつはオーガーには無理だな」
シリングが左手で下顎を撫でた。
べつに複雑な構造をしているわけではないが、そこそこ繊細な手順でセットするアイテムである。
人食い鬼の無骨な手では無理だろう。
つまり、何者かがこのバッジを人食い鬼に付けてやった、ということになる。
「誰が何のためにって話だけどな……」
「まあ、行ってみれば判るんじゃない?」
「どこへ?」
「これ、プラネタリウムのお土産品よ」
にっこりとミクが笑った。




