伯爵家の暗闘 5
「公子。獲物がエサに食いつきましたぞ」
側近の言葉に、エルダーは座っていた床几から立ちあがった。
美々しいブレストプレートが陽光を照り返す。
「予定通りにしろ。アリス以外は殺してかまわない」
にやりと笑う。
とくに、アリスが死んだなどと伝えてきた小癪なあの探索屋だ。ご丁寧にアリスの懐剣まで持参して。
とんでもない男である。
見目の良い少女を連れ、アリスたち六人の女性を侍らせ、モテモテぶりをアピールしているつもりか。
まさに同性の敵というべき存在だろう。
だがまあ、アリス以外の有象無象についてはどうでも良い。
許せないのは、愛しい妹を彼から奪ったことと、あの美しかった髪を切り男装させていることだ。どんな特殊性癖の持ち主なんだって話である。
「男装プレイとか意味不明すぎるぞ。変態め」
手筈通りに散ってゆく暗殺者たちを眺めながら呟く変態兄貴だった。
もちろんシリングは、変態に変態呼ばわりされていることなんか知らない。
モテモテハーレム野郎だと思われてるなんて知ったら、全力で否定することだろう。
なにしろミクの倫理規定とやらによって、満十八歳になるまでそういう行為は厳禁なのだ。
もし万が一、アリスやアーシアにヨコシマな思いを抱いたとしても、間違いなくミクに妨害される。
妨害っていうかオシオキされる。
だから、エルダーの妄想なんぞ見当違いも良いところだし、そもそもそんなもんにかまってはいられない。
「みんな。ついにお客さんのお出ましっぽいぜ」
ぐるりと仲間たちを見渡し、トレジャーハンターが告げる。
アリザードの顔に緊張が走った。
安心させるように笑ったシリングが、宝箱の中からか豪奢なネックレスを取り上げてみせた。
「こいつはチキュウ産じゃない。ていうか、ここ一、二年で作られたもんだろうな」
こんな仕事をやってれば、遺物なのかそうでないのかの違いくらいはわかると付け加える。
歳月の重みというのは、ちょっと古く見えるように汚したくらいでは再現できないのだ。
「俺たちがお宝を見つけてうっはうは。それに気を取られている隙に襲いかかろうって寸法じゃねえかな」
「そういうことなら話は難しくない。我々は相手に騙されたフリをすれば良いんだ」
最も軍事に詳しい元騎士のアドルが薄く笑う。
騙し討ちというのは、相手が騙されているときでなくては意味がない。わりと賭博性の高い戦法なのだ。
少数での奇襲や、あっと驚く奇策が目立つのは、そもそもそう簡単に成功しないから。
滅多にないことだからもてはやされるというだけだ。
余計なことなど考えず、敵より多くの戦力を揃えて正面から決戦を挑むのが、最も正解に近い。
いわゆる正攻法である。
新味はないが、本来軍略というのは新しさを求めるようなものではない。
消耗戦とかだって忌避されるけど、確実といえば確実な方法なのだ。
数の多い方が順当に勝つから。
「エルダーというのは、策に淫する傾向があるようだな。じつに性格が出ている」
主家の若君だった男を呼び捨てにし、アドルが仲間たちに作戦を指示した。
言い争う声が聞こえる。
内容は、宝物の分配についてだ。
よくあるパターンである。
利益が少ないときは、わりとチーム全員が我慢できるのに、莫大な財宝を得てしまうと、独占欲が生まれてしまうのだ。
まあ、一生遊んで暮らせるほどの金銀財宝だって、八人で分けたら数年で消えてしまう。
独り占めしたいと思ってしまうのは、人間感情としてはそうおかしなものではない。
「ましてや下賎な探索屋ではな」
にやりと笑った男が、その姿勢のまま崩れ落ちた。
彼の後ろにいた二人の部下も、声もなく倒れる。
「探索屋風情なら財宝に目が眩んで周りが見えなくなるだろう。前提にしてるのがだろうだったら、そりゃ間違うよな」
息の根を止めた短剣を被害者の服で拭いながら、シリングが苦笑した。
まずは三人。
「こちらも片づいた」
アドルも近づいてくる。
部屋への進入路は四ヶ所あった。このうち三つは巧妙に隠されていて、注意して調べなくては見落としてしまう。
この三ヶ所から同時に暗殺者がなだれこみ、宝物を手にして浮かれているシリングたちを皆殺しにして、アリザード……アリスを連れ去るという算段だったのだろう。
なので、シリングとアドル、そしてミクが部屋の外に出て進入路近くに穏行していた。
そして突入のタイミングを計っていた彼らに後ろから接近して倒した、というのが顛末である。
この部分だけを語ると、どんだけ間抜けなアサシンだよって話だが、じつは不意打ちされていたらシリングたちは間違いなく全滅していただろう。
せまい室内でのバックアタックである。
それにプラスして、もし宝箱に熱中していたら戦闘態勢を取るのにも時間がかかる。
もし上手くいっていたら、必勝といって良いくらいの作戦なのだ。
「どんな作戦だって実行するより前に失敗することはないのだがな」
とは、アドルの言葉である。
彼らは予想というより期待を前提条件にしてしまった。
それが敗因だ。
相手は油断しているはず。貧乏人なのだから宝に目がくらむべき。
「はずとべきで立てられた作戦は必ず失敗する。軍学の教科書通りの結果になった、というだけの話だな」
元騎士がにやりと笑う。
「それじゃ、仕上げといきましょ」
自分の持ち分を片付けたミクが、ロープで数珠繋ぎにした暗殺者を引き連れて戻ってきた。
実力差がありすぎたため、殺さずに無力化したのだろう。
「お。ミクもご苦労さん」
「とりあえず生かしておいたけど、こいつらどうする?」
「縛ってそのへんに転がしておけば、モンスターが片づけてくれるべや」
「いやいや。ラクにしてやれよ」
おざなりなことをいうシリングに苦笑しながら、腰の剣を抜いたアドルがアサシンたちにとどめを刺す。
非情なようだが、モンスターに食い殺されるよりは、一撃でラクにしてやってほうがずっとマシだ。
もちろん、逃がしてやる、という選択肢は最初からない。
これは相手も同じで、アリス以外は全員を殺すつもりだろうから、お互い様だ。
暗闘があったということの証人を残すわけにはいかないから。
「久しぶりだな。兄上」
怯えた表情のエルダーに、アリザードが笑いかける。
悪意に満ち満ちた笑みだ。
「アリス……」
「その名は捨てた。いまの僕はアリザードだ」
「なにを言って……そうか! その男に騙されてるんだな!」
びしっとシリングを指さす。
「えー……?」
とうの少年が、ものすごく嫌そうな顔をした。
騙すも騙さないも、アリスたちがこの道を選んだのは自らの選択である。
命を助け、金を貸し、再出発を支援したのに騙したといわれるのは、とってもとっても不本意だ。
「兄上には判らないだろうな」
ふうとアリザードが嘆息する。
彼にとって、自分の意に添わないことはすべて誰かの策略なのだ。
アリスがガウリーム侯爵家へ赴こうとしたことだって、この男は何者かの策略だと思っていることだろう。
エルダーから逃げるためだなんて思いを致すこともなく。
「男言葉をやめるんだ。アリス。どうしてしまったんだよ。その男の言うことなんて聞かなくて良い。お兄ちゃんと一緒に帰ろう」
ぞわり、と、アリザードは肌が粟立つのを自覚した。
この目だ。これが気持ち悪かったから逃げたのだ。
家族愛以上のものが籠められた視線が。
「アリスではないとすでに言った。その意味が理解できないから」
たんと踏み切り、右手で抜き放った長剣を一閃させる。
驚愕の表情のまま、エルダーの首が宙を舞った。
「僕は結局、あなたを殺すしかなかったんだ」
頭部を失った身体が、血を吹き上げながらゆっくりと後ろへ倒れてゆく。
赤い驟雨に打たれながら小さく呟いた言葉には、哀しみの色は宿っていなかった。
 




