ボーイミーツセクサロイド? 2
ゆらゆらと漂う少女。
緑色の長い髪が、水中にふうわりと広がっている。
幻想的な光景である。
「なんだ……? これ……」
ずっと見ていたいという欲望をねじ伏せ、シリングが周囲を確認する。
生きているのか死んでいるのか判らないが、少女の裸体をじろじろ見続けるというのは、さすがに失礼だろうから。
「あれは……」
視線がとまったのは部屋の一角、操作台のようなものだ。
歩み寄る。
そしてまた、解読できない文字に困惑することとなった。
「汎用……暗殺……? 第六世代? 有機アンドロ……? ううむ。さっぱりわかんねえ。けど、たぶんこれは暦だな」
AD2139、とあった。
おそらくは西暦二一三九年に、この少女は封印されたとか、そういう意味なのだろう。
彼の記憶に照らせば、『ミキシング』の一年前だ。
「となると、いったいナニをやらかして封印されたのかって話なんだよな」
腕を組む。
もし生きている人間で、しかも『ミキシング』前の知識があるなら、これは大変に貴重である。
失われたチキュウ文明の復活に、ひいてはガリアの繁栄に大いに貢献するだろう。
ただ、それならって簡単に起こすのはまずい。
どうやって起こすのかっていう方法についてはちょっと置くとしても、なんで封印されているのか考えないといけないのだ。
暗殺とか、すごく不穏当な言葉もあったし。
ものすごい大悪人で、それで封印されているのだとしたら、起こしてしまっては封印したチキュウ人たちの遺志を無にすることになってしまうし、なによりガリアに災厄の種を蒔くことになってしまう。
仮に無害な人間だとしても、チキュウ人というのは、ガリアではそんなに長く生きられない。
「どうしたもんか……俺が扉を壊しても警報すら鳴らなかったしな。もし施設が死にかかってるなら、このまま放置するってのはさすがにない話じゃねえかな」
『その通りです。ガリア人の少年』
呟いた独り言に返答があり、思わずシリングは身構えた。
が、すぐに警戒を解く。
目の前のコンソールから音が響いていることに気付いたから。
「音声認識か。こっちの言葉がわかるんだな。アンタは?」
『この施設のメインコンピュータです。はじめまして。異境の少年』
「シリングだ。なんで話しかけてきた?」
『きみが言ったとおりの状況だからですよ。シリング』
機械音声に混じる苦笑の気配。
この施設の命は、あと四十八時間ほどで尽きるらしい。
自家発電能力は限界に達し、必要最小限のエネルギー消費でなんとかやりくりしてきたが、もうそれも終わりだ。
何をどうやっても。
『機能停止間際にきみが現れたことは僥倖でした。お願いしたいことがあるのです』
「俺にできることなら」
軽く頷く。
死にゆく者の頼みを無碍にするほど、彼は無情でも薄情でもない。
『その子を連れて行ってくれませんか?』
「そこ封印されてる女の子か?」
『封印。なるほど、きみたちの認識ではそうなるのですね』
言い置いて、声が説明する。
あのカプセルは封印ではなく、培養槽であると。
少女はチキュウで生まれ、一度も外に出ることのないまま、施設の停止とともにその生を終えようとしている。
あまりに不憫というものなので、外に連れだして欲しい、と。
「なるほど。そういう事情なら引き受けるのはやぶさかじゃねえけど……」
シリングは口ごもる。
連れだしても、王宮につれていかれるだけだ。
遺跡で見つけたトレジャーだから。
それが仮に人間だったとしても、報告しないというわけにはいかない。そしたら、結局また籠の鳥なのではないか。
「……うまく誤魔化せってことだよな……」
『このデータバンクに保存されている図書データを印刷して差し上げましょう』
取引というわけだ。
本は、トレジャーハンターにとっては最も価値のあるもののひとつである。
なにしろ、チキュウの知識が詰まっているから。
それが、たとえ娯楽小説であったとしても、得られる知識は多い。
願ってもない取引材料である。
苦笑するシリング。
「コンピュータって、もっとずっとロジカルなものだと思ったぜ」
『私は特別です。最後は人間として判断するようカンナギ博士に作られましたので』
人として何かを成して死ぬ、それが施設のメインコンピュータが望んだ終末か。
「わかった。条件を呑むよ。どうすればいい?」
少年はおおきく頷いた。
人間としての最後の願いに、人間として応えよう。
ゆっくりと少女が目を開ける。
碧の瞳に映るのは、少年の顔だ。
「目が醒めたか?」
「……ええ。名前を付けてくれる?」
鈴を鳴らすような声で少女が応える。
頷いたシリングが、ミクと言った。
施設のメインコンピュータから習った初期設定である。まず名前を付け、それから自分の名前を教える。
どんな名前を付けるのも自由なのだが、シリングはちょっと悩んでしまった。
ガリア王国風の名前より、チキュウ風のものが良いのではないかと。
最後の一人なのだから。
メインコンピュータに知恵を借りたところ、製造年から取るというケースもあると教えてくれた。
皇紀二六〇〇年にちなんで、ゼロ戦とか。
ならばと西暦二一三九年生まれの少女は三九。ニホン語の読み方を当てて、ミクにしたのである。
「ミク。良い名前をありかとう。あなたは?」
「俺はシリングだ」
「シリングね。憶えたわ」
微笑んで、一度ミクが目を閉じる。
「ミクのことを教えてくれないか?」
ほんの少しだけ時間をおいてから少年が訊ねた。理由はよく判らないが、こうせよとメインコンピュータから言われているのである。
「私は、汎用型暗殺・戦闘用第六世代有機アンドロイド」
「違う」
「私は、愛玩用セクサロイドよ」
「OK」
これもまたよく判らない。
訊ねて、最初の答えを否定するように指示されたのだ。
素直に従ってはいるものの、シリングには言葉の意味も判らないのである。
そもそも、アンドロイドとかセクサロイドってなんだ?
「ちなみにセクサロイドってなに?」
「エッチなことをする相手」
「ままままじでっ!?」
どぎまぎする少年。
さんざん裸も見たし、メインコンピュータに指示されたとおりに服だって着せたのに、この反応である。
純なのだ。
あと、エッチなことにもたっぷり興味はあるのだ。
オトコノコだもの。
ぶっちゃけこんな美少女とエッチするとか、最高じゃないですか。
ぬふーぬふーと鼻の穴が広がる。
「んー、シリングは何歳?」
「え? 十六だけど?」
「ざーんねん。十八歳未満とはエッチできないのよ。はやく大人になってね」
「なにその上げて落とすスタイル!?」
頭をかきむしる少年だった。
夢やぶれたり。
ともあれ、とくに問題もなく初期設定はおわり、シリングはミクにとって守るべき者として登録された。
「問題ありだよ……オオアリクイだよ……」
「いいじゃない。あと二年なんだから」
希望を打ち砕かれさめざめと泣いているシリングの肩を、ぽむぽむ叩いてやるミクであった。
ともあれ、あまりのんびりしてもいられない。
最後に残った電力でメインコンピュータが印刷してくれた図書データを持ち帰らなくてはならないのだ。
軽く見積もって三十キロほどはある紙束である。
行程は相当の困難が予想されるが貴重なトレジャーだ。一枚たりともなくすことはできない。
「さて、ひとしきり落ち込んだし、帰るとするか」
「私が言うのもなんだけど、シリングって切り替えはやいわねえ」
「過ぎたことをいつまでもぐちぐち言ってたら、トレジャーハンターなんてやってられないさ」
立ち上がり、コンソールに向かって軽く手を挙げてみせるシリング。
もう、コンピュータは何も応えなかった。
ミクとチキュウの知識をシリングに託し、逝ったのだ。
「間違いなく預かったからな。安らかにねむれよ」
踵を返して歩き出す。
教えてもらった出口へと向かって。