伯爵家の暗闘 4
短期的に大金を稼ぐなら、遺跡に潜るのが最も効率が良い。
ただし、命がけのギャンブルだ。
「ヴォーテン卿は『シンカンセン』ヴォーテン・ハヤブサを持ち帰ったことで、一生どころか三生や五生かかっても使い切れないほどの金銭を得た。けど、その探索に同行した傭兵のふたりは途中で亡くなり、遺族にはそれなりの見舞金が送られただけ」
歌うように告げるシリング。
「オールオアナッシングね」
アメリカ語で言ってミクが笑う。
すべてを得るか、まったくの無か。まさにギャンブラーの発想である。
「僕たちの場合は、無どころかマイナスだけどね。すでにシリンへの負債で首が回らなくなってる」
肩をすくめるのはアリザードだ。
シリングとミク、そしてアリザードチームの六人はイケブクロ遺跡群を訪れている。
アリザードたちにとっては因縁の地だ。
目的はもちろん、遺物の回収である。
冗談交じりには言ったものの、アリザードたちがシリングに借りている金は相当な額で、わりと洒落になっていない。
なにしろ六人が装備を調えたり、冒険者としてスタートを切るための準備資金である。
小さな額であろうはずがない。
さらに、宿代や食事代だって、シリングに借りたものだ。
「このままいくと、僕たち六人の身体で払いますってことになってしまう」
「俺としてはそれでもいいんだけど」
「肉体での支払いは、シリングが十八歳になるまでお断りなのよ」
かぶせて言ったミクに、当のシリングが肩をすくめてみせる。
イケブクロ遺跡群で手に入れた遺物を、ミタラの街の組合で買い取ってもらう。
どういうものが高値になるのか、どういう遺跡を狙えば良いのか、若きC級トレジャーハンターのシリングがつきっきりでレクチャーしてくれるのだから、アリザードたちはかなりラッキーではある。
普通は、そんなことを丁寧に教えてくれるハンターはいない。
わざわざライバルを育ててどうするって話だから。
これはシリングがすでにそれなりの地位にいるからという事情と、なにより彼自身の性格に由来する。
ようするにお節介なのだ。
「頑張って稼いで、一日も早く借金を返さないとな」
勢い込むアリザードだが、べつにそれだけが目的でイケブクロ遺跡群に通っているわけではない。
わざわざミタラを拠点として一ヶ月以上も活動するのは誘い出しだ。
もちろんエルダーの。
何度も遺跡に赴いて、隙を見せている。
なにしろ遺跡の中で起きたことまで、王国軍の目は届かない。
官憲が探ることもない。
エルダーにしてみれば、アリスと接触するチャンスだ。
本来、紋章入りのナイフを持参して死を告げた使者を疑うというのは大変なマナー違反である。ぶっちゃけ、決闘騒ぎになっても誰も驚かない。
まして、疑ったあげく別口に調査するとか、貴族としての常識を疑われるレベルで、社交界で総スカンされても不思議ではないほどなのだ。
だからエルダーは表立っては動けない。
尾行者の報告で、アリスは生きているかもしれないと思っても、ミタラの街で訊ね歩くということはできないし、そもそもそんなことをしたらシリングはシャノア伯爵家の非礼許しがたしと王国に訴え出る。
そうなれば、シャノア伯爵家は躊躇なくエルダーを切り捨てるだろう。
後継者でもなんでもない妾腹の子供をかばうことなど、絶対にありえない。
で、その程度のことはエルダーも判っているだろうから、違う手を使う。
すなわち、さきにアリザードたちの正体について確証を得てしまうことだ。もしシリングが嘘を吐いていたと証明されれば、もうエルダーはやりたい放題だ。
偽証の罪で斬り殺したって、どっからも文句なんかでないのである。
ただし、そう簡単に証明なんかできない。
偶然すれ違ったときにアリスと声をかけたら振り返った、なんて間抜けな事態があるわけでないし、まちなかで服をひん剥くなんて暴挙ができるわけもないからだ。
となれば遺跡などが舞台となる。つまり、荒事がおきても誰も気にしない場所。ここなら襲いかかろうが裸にひん剥こうが、後からいくらでも口裏を合わせることができるから。
「当然、遺跡にいるときを狙ってくるわよねえ」
にまぁ、と、ミクが人の悪い笑みを浮かべる。
つまりイケブクロ遺跡群に足繁く通っているのは、資金稼ぎであると同時に、エルダーを誘い出すためだ。
「ついでに、お金になりそうな装備類とか持っててくれたら最高だよね」
アリザードも笑う。
実の兄を殺して身ぐるみ剥いじゃう気まんまんである。
なかなかにひどい兄妹愛だが、相手は犯す気まんまんなので、わりとお互い様だ。
しゅっとアドルの右手が霞み、豚鬼の首が宙を舞う。
噴水のように血を吹き上げながら、どうと巨体が倒れた。
「お見事」
「シリングも」
ぱん、と、右手をぶつけ合う。
建物型の遺跡の一室で十匹ほどの豚鬼の集団と遭遇したが、難なく撃退完了だ。
アドルがさすがに頭ひとつ抜きんでているものの、他の戦士たちも強い。
なんというか、きちんと戦い方を学んでいる感じである。
小鬼どもに敗れて捕まり、犯されていたなんて信じられないくらいだ。
あれは、完全に数の差で負けたということだろうが。
百対六では、どうやったって勝ち目なんかない。
「出番なし。つまんない戦いだったわ」
豚鬼にぶつけるつもりで持っていた瓦礫をミクが捨てる。ガゴ、と、かなり重くて危険な音がした。
おもわず戦士たちが顔を引きつられてしまう。
だって、一投一殺の援護投擲はものすごく頼もしいけど、ちょっと手元が狂ってアレが自分の方に飛んできたら間違いなく即死だから。
「ミクの出番はない方が良いさ。もちろん強いことは知ってるけどな」
言ったシリングが探索に入る。
モンスターは遺物を貯め込んでいることがしばしばあるのだ。
「といっても、機械的なものの価値なんてこいつらには判らないからな。ただ集めてねぐらに持ち込んでるだけ」
習性みたいなもんだろうと付け加えながら、部屋の隅に置かれていた箱を調べる。
とくに鍵はかかっていなさそうだ。
開くと、中には宝石類がごっそりとつまっている。
思わず口笛を吹いちゃうトレジャーハンター。
アタリだ。
おそらくイケブクロ遺跡群には宝飾店などもあったのだろう。
ごく稀にだが、そういうのが放置されていることがある。
『ミキシング』後、チキュウ人たちが拠点にした場所は住宅街と呼ばれる場所で、商業地はそのまま廃墟化した場所も少なくなかったりする。
あるいはイケブクロ遺跡群も、そういう場所のひとつかもしれない。
「こんな浅い階層で、しかもオークごときがアタリの宝箱を持ってるとは。今日はついてるな」
なにしろ宝石は減るものでも腐るものでもない。
金銀やプラチナだって、ものすごく価値が高い。
破損の少ないモノであれば、もちろん歴史的な価値だってある。
「ふひひひ……」
「やばい。シリンきもい」
ちょっと引いちゃうアリザードだった。
元貴族の令嬢は、宝飾品くらい見飽きているのである。きっと。
ただ、かつては見飽きていたのだとしても、今は貴重な収入だ。
アリザードたち六人とシリングとミク、探索で得たものは八人で等分する。
活躍の度合いで配分は決まらない。騎士だスカウトだ魔法使いだと職業でも決まらない。リーダーとか新入りとかも関係ない。
活躍の如何に関わらず、生きている者で等しく分けるというのが、探求者たちの不文律なのだ。
「む……」
大雑把に宝石類を仕分けしていたシリングの手が止まる。
それから、ゆっくりと唇の端が持ち上がった。




