イケブクロ遺跡群 4
どこからか飛来した石が小鬼の頭を破壊した。
高いところから落としたスイカみたいに、派手な音を立てて爆発する。
わけのわからない状況に、小鬼どもの注意が迫りくるシリングから逸れる。
それは一瞬のことでしかなかったが、その一瞬で彼には充分だった。
敵中に躍り込み、右に左にと小鬼を切り捨てる。
女性を犯している連中を中心に。
なにしろこいつらは武器すら構えてないので、じつに殺しやすい。
その間にも、ミクが投擲した石が次々と小鬼を壊してゆく。
あるものは脳漿をぶちまけ、あるものは胸に大穴を空け。
ちょっと信じられない死に方だ。
足下に背負い袋をおき、まるで投球練習のように美しいフォームで石を投げるミク。球速はだいたい三百キロくらいだろうか。
こんなもんが当たったら普通は死ぬ。
恐慌に陥り逃げまどう小鬼は、シリングが次々と屠ってゆく。
そしてそれだけではなく、小鬼が持っていた粗末な短剣や槍などを解放した女たちの方に蹴り飛ばすのだ。
自分たちの仇を討て、と、叫びながら。
戦力として期待していたわけではない。
そもそも、今の今まで犯されていた裸の女に何ができるかって話だ。
武器を持っていてくれるだけで良い。そうすれば小鬼は女たちを攻撃しづらいだろう。
しかしシリングの思いは良い方に裏切られた。
剣や槍を拾った女たちが、手近な小鬼を殺しはじめたのである。
もちろん戦闘効率は悪い。
身体はボロボロに衰弱しているだろうし、全裸だから鋭く踏み込めない。小鬼の武器がかすっただけでも大怪我だから。
ただ、敵の注意が幾分か逸れただけでもシリングにはありがたい。
戦場において集中を欠いてしまうというのは、すなわち敗北の条件だ。
しゅっと右手が霞むたび、頸動脈を断たれた小鬼が地面に倒れる。
戦闘開始から一分もしないうちに、廃墟前広場は制圧された。
が、本番はここからである。
騒ぎに気付いたボス格が廃墟からのそりと姿を現した。
二十匹ほどの小鬼を従えた、かなり大きな個体。
小鬼英雄と呼ばれるものだ。
鋭い視線をシリングが投げつける。
意外だったのではない。これだけの群れだから、ボス格がいることは最初から織り込み済みだ。
ただ、ぶっとい腕で、裸の女を抱えていたのが気に入らなかっただけである。
年の頃なら彼と同じくらい。まだ少女といっていいくらいの金髪の女だ。
ぐったりとしてるため顔は見えない。
「アリスさま!」
「ご無事ですか!」
女たちが叫ぶ。
手に手に粗末な剣や槍を構えて。
なるほど、と、シリングは首肯する。
おそらく彼女たちはアリスと呼ばれた少女の護衛なのだろう。しかも騎士階級とか、それなりの身分の者たちだ。
だから、小鬼どもに犯されても嬲られても心を折らなかった。
主人を助ける機会を虎視眈々と狙っていたから。
まさに忠臣である。
女たちが無謀な突撃を敢行するより前に、シリングが進み出た。
左手で彼女らを制しながら。
小鬼英雄なんて、防具すら身につけていない状態で戦えるモンスターじゃない。
せっかく助けた命を無駄遣いさせるわけにはいかないのである。
「さがっていてくれ」
ショートソードを右手にモンスターへと歩を進める。
不遜な挑戦と受け取ったのか、小鬼英雄がアリスを捨て吠え声をあげた。
そして、そのままゆっくりと後ろへ倒れてゆく。
飛来した石に頭を破壊されて。
固唾を呑んで見守っていた女たちが、あんぐりと口を開けた。
「えー……なにそれー……」
「一騎打ちとか……そういう場面じゃ……」
なんかぼそぼそ言ってるし。
「いやあ。ゴブリンチャンピオンと一騎打ちして、勝ったとしても誰にも自慢できないしな。それよりその子を」
言い訳じみた台詞を放ちながら、シリングはボスを失って動揺する小鬼どもを斬り伏せてゆく。
なんというか、騎士道精神とかそういうやつとは無縁の戦い振りだ。
まあ、小鬼を相手に騎士道を説いたところではじまらないのである。
こいつらナリは人間に近いけど、相互理解が可能な生物ではない。できるのは相互殺戮だけ。
であれば、より効率的に、より確実に倒すべきなのだ。
自分の部屋に害虫が出たときや、畑に害獣が出たときと同じ。
シリングとミクの徹底した戦い方に感化されたのか、女たちも小鬼の狼狽に付け込み、効率よく殺していっている。
アリスを守るため周囲を固めた二人を除いて。
ようするに実効戦力としては、シリングの他、女性が三人。遠距離から間断なく援護投擲を続けるミクという五名ということになる。
本来なら数の差で勝負にならないが、小鬼どもはボス格を失って動揺し狼狽し混乱している。
逃げようとするもの、なお戦意を失わないもの、どうして良いか判らずに右往左往するもの。様々だ。
そしてそれこそが弱敵の弱敵たる所以である。
トップを失った場合、どういう方針で行動するのか、きちんとした取り決めがなされていないのだ。
最低限、逃げるか戦うかだけでも決めておかないと、ひどいことになってしまう。
まさにこの小鬼たちのように。
立ちすくむものから斬られ、戦意あるものは飛んでくる石に頭を割られ。
正直、戦いの体は為していない。
「一方的な虐殺だな。みんな油断するなよ」
シリングが声をかける。
勝ち戦のときこそ人間は油断してしまうものだから。
もはや小鬼どもに逆転の目はない。掃討戦といって良い状況だからこそ、ここで油断して命を失うのは、いささか馬鹿馬鹿しいというものである。
やがて、文字通りの意味で小鬼どもは全滅した。
一匹も逃がすな、などとわざわざ指示する必要なんかない。
彼女らにしてみれば絶対に許すことのできない相手だし、そもそも背を見せて逃げようとする敵など、ただの的である。
攻撃しない理由を探す方が難しいだろう。
「全部で七十匹くらいだったわね。先に潰した連中が戻ってなかったのは運が良かったわ」
拳大の石をもてあそびながらミクが姿を現す。
撃墜数は、もちろん彼女がトップだ。
なにしろ一投一殺だもの。
「おつかれさま。ミク」
「怪我はない? シリング」
「俺はな。問題はあっちだけど……」
視線を投げる。
ぐったりとしたまま動かないアリスと、悲痛な表情を浮かべる女たちに。
深刻な状況だろうというのは、ミクにもすぐに判った。
「どうする?」
一応は訊ねてみる。
答えなんか最初から判っているけど。
「手持ちのポーションを放出しよう」
ほらね。
きっぱりと言うシリングに、軽く頷くミクであった。
こういう状況を見過ごせるやつじゃない。小鬼から救っておしまい、なんて自己満足な助け方は絶対にしない。
「で、近くの街まで連れて行ってあげるんでしょ。皆までいうな」
「いつもすまないねえ」
「良いってことよ。お前さん」
冗談を交わしながら女性たちの方へと近づいてゆく。
みんな全裸だけど、身体を隠す余裕もないようだ。
「状況はどうだ?」
余計な挨拶で時間を空費することなく訊ねる。
ちらりとシリングを見た比較的年かさの女性が首を振った。
「このままではアリスさま……主人は助からないでしょう……」
アリスと呼ばれた少女は、暴行の痕も痛々しい。
おそらく何ヶ所も骨折しているだろうし、内臓も傷ついているだろう。
このままでは間違いなく死に至る。
「わかった。ハイポーションを使う」
隠しから薬瓶を取り出し、躊躇なく封を切った。
女たちが驚愕の表情を浮かる。
並の回復薬ではない。死んだ直後であれば死体だって蘇らせることができるレベルの高度な魔法のかかった霊薬だ。
もちろん非常に高価で、お値段は、使用人つきの屋敷が買えるくらいの金額である。
色気もへったくれもなく、ずぼっと瓶をアリスの口に突っ込む。
少女の身体が、眩い魔力光に包まれた。




