イケブクロ遺跡群 3
※女性が乱暴されているシーンがあります。ご注意ください
非音楽的な音を響かせ、瓦礫と小鬼の頭が砕け散った。
技もへったくれもないミクの攻撃である。
落ちてたコンクリートの破片を小鬼の頭に叩きつけただけ。
さらに、崩れ落ちる死体の足を握り、ぶんぶんと振り回して群れに投げつける。
ちょっと聞いたことのないような音を立てて、二、三匹の小鬼が潰れた。
人間というより人食い鬼みたいな戦い方である。
見目麗しい美少女がそれをやるんだからグロテスクさも非現実感もひとしおだ。
蹈鞴を踏む小鬼ども。
もちろんシリングは、ぼーっとミクの奮戦を眺めていたわけではない。
腰のショートソードを引き抜き、猛然と襲いかかっている。
その戦いぶりはミクよりも地味で、ずっと危険なものだった。
大振りなどせず、派手なアクションも見せず、ただひたすらに一撃で息の根を止めてゆく。
さながら、効率だけを追及する殺戮マシーンのように。
小鬼どもにとっては、まるで悪夢のような状況だった。
あきらかに異常な殺戮者たちに、一匹また一匹と屠られてゆくのだから。
戦うどころではない。
恐怖はあっという間に伝染し、櫛の歯が抜け落ちるように二匹三匹と戦場を逃げ出す。
それで限界だった。
かろうじて踏みとどまっていた小鬼どもも、わっと算を乱して逃げ散る。
十体ほどの遺体を残して。
「ふいー、なんとかなったかあ」
小鬼どもの姿が完全に見えなくなったのを確認し、シリングが短剣についた血糊を拭う。
「よ。殺戮人形のシリング。格好良かったよ」
さっそくミクがからかってきた。
「いやいや。大魔神ミクさんにはかないませんよ」
笑いながら言い返すシリング。
二人の戦いぶりは、もちろん演技したものである。
ミクは膂力を活かして、まるで人食い鬼や一つ目巨鬼のような戦い方をし、シリングは速度を活かしてアサシンみたいな戦い方をした。
やべえこいつらキチ○イだ、と、思わせるために。
寡をもって衆にあたるには奇襲を旨とせよ、という原則の通りだ。
結局、どうやったところで数的な不利はひっくり返せない。だから相手に撤退を選択させる。
そのための手段としての演技である。
「まあ、私の場合は鈍器の方が戦いやすいっても事実だけどね」
ミクがぺろりと舌を出す。
なにしろ人間とは膂力が違いすぎるから、長剣なんかだと軽すぎて戦いづらいのだ。
グレートアックスやグレートソードを片手でぶん回すくらいでちょうど良いのだが、迷宮探索にその武器は大きすぎる。
そこで目をつけたのが、そのへんにいくらでも落ちてる石だ。
投げて良し、殴りつけて良し、しかも無料。
なかなかに万能なのである。
見た目的にかなりあれだけど。
「街に戻ったらメイスでも買うか? がっつり重いヤツ」
「柄も金属なら重量的にはいけるかも?」
「重くて使えないならともかく、軽すぎて使えないってのは珍しいよな」
小鬼どもの遺体を検分しながら苦笑するシリングだった。
まあ、たいしたものは持ってないだろうが、念のためである。
「む……?」
手が止まる。
奇妙なものを見つけた。
「どしたの? シリング」
「紋章付きのナイフだ。なんでこんなもんもってんだ? こいつ」
格式とかを重んじる貴族でもなければナイフに家紋の刻印なんてしない。
かかる金の問題以上に、そんなものの所有権を主張しても仕方ないからだ。
こういうのは使用法がだいたい決まっていて、ぶっちゃけ自決用なのである。戦場で助からない怪我を負ったとき、味方から「慈悲の一撃」をもらうためのもの。
苦しまないよう一撃で殺し、その上でナイフを遺族の元へと届ける、というのが約束事だ。
「まあ、ようするに最初から遺品用として作られるんだ」
「それって認識票で良くない?」
ミクが首をかしげる。
本人のものだと確実に報せるという意味なら、べつにナイフでなくても問題ないだろう。
「そこはそれ、貴族は形式とかが大事だから」
肩をすくめるシリング。
彼自身もそう詳しいわけではないが、話くらいは聞いたことがある。
ナイフを届けられた遺族は、きまった挨拶をしなくてはいけない。「貴殿の慈悲を賜り、故人は幸福だった」と。
それを受け、届けた人は「彼(彼女)の生涯を我が手で終わらせたことは、この上なき痛恨であると同時に、栄誉である」と。
一字一句その通りとはいえないが、だいたいこんな感じやりとりがなされるのだそうだ。
正直、ばかばかしいと思ってしまうが、貴族というのは庶民とはまた違った価値観を持っているのである。
「でもさ。そのナイフをゴブリンがもってるのっておかしくない?」
「ああ。ものすごくおかしい」
立ちあがったシリングがナイフを布で包んで懐にしまう。
小鬼に奪われた、ということなのだ。
そしてそれは非常に危険な状況である。
「追うぞ。ミク」
「あいあいさ」
二人が駆けだした。
鬼族は、ときとして人間の女性を性欲の対象として見ることがある。小鬼や豚鬼などはその傾向が顕著だ。
しかも、混血が可能なものだから始末に悪い。
紋章付きのナイフを持った貴族が単身で遺跡群などにくるはずがない。当然のように部下なり従者なりを伴っている。それも一人や二人ではないだろう。
中には妙齢の女性がいても、なんら不思議ではないのだ。
「ゴブリンどもに掴まって慰み者になっている、というのが予想の最悪だ」
「殺されてるってのじゃないの?」
走りながらの会話だ。
さっきの小鬼どもが逃げた方向へと向かって。
「すでに殺されてるなら、もう助けようがないからな」
死体を持って帰っても意味がない。
せめてこのナイフを遺族に届けるくらいしか、できることはないだろう。
だが、生きているとなれば話は別。助けなくてはいけないし、近くの街まで連れて行かなくてはいけないだろう。
後者はともかくとして、前者は大変に難易度が高い。
「さっきの三十が偵察部隊なり狩猟部隊だとした場合、本隊は八十から百くらいいるだろうなぁ」
「いるでしょうね。もっと多いかも」
絶望的な戦力差だ。
小鬼なんか単体なら怖くも何ともないけど、やっぱり数とは力なのである。
「シリング。近づいてる」
「了解」
走ることしばし、ミクの探知技能の敵が引っかかった。
どうやら崩れかけた遺跡を根城にしているらしい。
「数は……さすがに読み切れないわね。とにかくいっぱいいるわ」
「人間はどうだろう?」
「予想の最悪の方。かすかに悲鳴が聞こえてるわ。二つ三つじゃない感じ」
「OK。全員救出する」
ショートソードのグリップをシリングが確認し、ミクは落ちている石を拾って次々と背負い袋に入れてゆく。
もちろん少女は遊んでいるではなく、武器を補充しているのだ。
まだ遺物をゲットしていないから、たっぷりと弾丸を入れておけるという寸法だ。
やがて、シリングの視界にも小鬼どもの本拠地が入る。
それはなかなかに凄惨な光景であった。
廃墟の前の広場では、人間の女性たちが小鬼どもに犯されている。その数は五名。見つからずに救出というには厳しい人数だ。
「突入する。ミクは援護をよろしく」
「私の投石で全滅させてもかまわないわよ?」
「さすがに人に当たるとまずいから」
「いやいや。針の穴をも通すコントロールだって」
「物理的に針穴は通らないと思うぞ。石は」
小声で馬鹿な会話を楽しみながら、戦闘前の緊張をほぐしておく。
幾度経験しても、この瞬間は神経を削られる、と、シリングは苦笑した。
始まってしまえば、あとは動くだけなのだが。
「そんじゃ、いくわよ。お前さん」
「任せた」
軽く右拳同士をぶつけ、少年が物陰から飛びだした。
その横を、唸りをあげて飛ぶ石が追い抜いてゆく。




