第2話:始まり
海賊団を壊滅させた一行。
だが、ヴィンセントには確かめたい事が有る様だ。
シンたちは商船用の港に入港して全員が降りた後に船が淡く光ると船の姿は消えて艶やかな黒髪を腰元まで伸ばし、シンと同じく身に纏うスーツ、パンツ、ハイヒール。その全てを黒で統一した美女がそこに現れる。だが、島の者たちは見慣れた光景なのか驚く様子も無く作業を進める。
ヴィンセントは周囲を見渡して
「俺の記憶が正しけりゃ、ここの連中は入港にすら金を取る守銭奴だったと思うんだが。どうなってるんだ?」
眉間に皺を寄せながら呟くヴィンセントを見たシンは首を横に振り
「さぁな。まぁ、来ないんなら良いんじゃねーか?」
シンはそう言うと港から続く緩やかな坂を3人の少女と共に登っていく。
すると、何処からか現れた見張り役と思われる港湾管理の職員が声をかけて来る。
「入港料1000レド払って頂けますか?」
シンが払わずに街に向かった為か機嫌が悪い様だ。その様子を見た黒髪の美女が微笑みながら職員の耳元で何かを囁くと職員の顔色がどんどん青ざめていく。
「わかってもらえたなら良いわ。お仕事頑張ってね」
黒髪の美女はそう言うと職員に背を向けてシンの後を追う様に歩き始める。
「なぁ?ブラック。あいつに何、言ったんだ?尋常じゃない事になってるが」
ヴィンセントがブラックを追いかけて訊ねるとブラックは歩みを止めてヴィンセントを見上げたかと思うとニコリと微笑み
「知らなくても良い事はこの世にいくらでも転がってるわ。それと、私を呼び捨てにして良いのはシンと私が許可した者のみよ」
そう言うとスタスタと歩いて行ってしまう。
「まぁ、知り合って間も無いし、信用されて無いのも頷けるけどさ」
ヴィンセントは呟きながらエメラルド・アイへと向かうのだった。
ブラックとヴィンセントがエメラルド・アイに着くとシンと3人の少女はテーブル席で大騒ぎしていた。
「マスター!早く飯持ってきてくれ!腹減った!!」
「私、コーンスープ飲みたい!」
「私はミネストローネ!」
「メイデンはオニオングラタンスープ!!」
ヴィンセントとブラックは苦笑いしながらテーブル席に着くと「4人」の子供を窘める。
「ダメでしょう?お外では。マスターのお店では特にイイ子じゃないといけないわよ?」
「シン。周りの客の迷惑も考えろ。お前は大人だろ」
3人の少女たちは申し訳なさそうにして反省の弁を述べる中、本来であれば保護者のはずの男は注意をした男に反論した。
「本当に迷惑なら誰かしら言ってくると思うし、マスターも俺たちを追い出すと思うぞ」
自信に満ちた表情でシンがヴィンセントに反論するとシンたちの注文を台車で持って来た青年が口を開く。
「追い出して良いなら追い出すがな。俺の店を追い出されたら行く宛て無くして飢え死にしてそうだから、そうそう見捨てる訳にもいかねぇんだよ。わかったらさっさとツケを清算しやがれ。どうせ今日のもツケ払いなんだろ?」
マスターは憎まれ口を叩きながら焼き立てのパン数種類と共にシンたちの注文をテーブルに並べていくと
夜空に輝く星の様に輝く銀髪を揺らしながら銀縁眼鏡の奥に碧の瞳を光らせてヴィンセントとブラックの方を向き「お前さんらは何食うんだ?」と訪ねてくる。
一級品のスーツと仕立ての良い革靴に身を包んだマスターの姿は酒場の主と言うよりはどこかの商館の館長の方がしっくりくる物だった。
「私はブラックコーヒーとサラダをお願いしたいわ。ソースはマスターにお任せします。スープは大丈夫。どうせ、メイデンが残すからそれを食べます」
「俺は、ハムエッグとコーンスープを」
ブラックとヴィンセントの注文を聞いたマスターはメモに注文を取ると
「了解。あ。女子の飲み食いは無料だが、男のはちゃんと金取るからな」
「おう。ツケ払いで頼む。んで、俺もハムエッグ!んー。2人前!!」
シンが能天気に注文するとヴィンセントはため息をつきながら子供と張り合う様にパンを食べるシンを眺めてからブラックの方を向き
「えーと。ブラックさん。で、良いのかな?ブラックさんも大変だな?シンと結婚して」
ヴィンセントが話しかけるとブラックは目を丸くしてヴィンセントをじっと見つめる。
「俺、何か変な事言ったか?」
ヴィンセントがシンに訊ねるとシンはブラックとヴィンセントを交互に見てから首を傾げて
「悪い。聞いてなかった。何の話だ?」と答える。
ブラックはクスクスと笑いだし
「ヴィンセントには私とシンが夫婦に見えてるみたいよ?」
ブラックの言葉を聞いてシンも笑いだす。
「マジかぁ。ブラックと夫婦かぁ。毎日怒られそうだな」
「え?だって、初めて会った時に「シンは私の主です」って言ったじゃねーか」
ヴィンセントがブラックに訊ねるとブラックは頷き
「そう。それで誤解させたのね。なら、私が悪いわね。ごめんなさい」
「いや。謝って欲しかったんじゃない。お前ら、どういう関係なんだ?え?じゃあ、この子たちは?」
「え?それって。私たち、シンの子供だって思われてたって事?」
「マジか」
「メイデンのママは一人だよ?」
ヴィンセントが混乱する中、マスターが追加注文を持って来る。
「どうした?何かあったのか?」
マスターが訊ねるとヴィンセントはマスターの目を見つめる。
「おいおい。俺には野郎を愛する趣味は無いから目を見つめるな。とりあえず、難しい話なら飯を食ってからにするんだな」
マスターはそう言うとカウンターの中へと戻っていく。
「そう言えば、あの事件の後に起きた事まだ話してなかったな。アジトに戻ったら話すよ。とりあえず食おうぜ?」
シンが真面目な口調で言うとヴィンセントとブラック以外の者は大騒ぎしながら朝食を食べるのだった。
「マスター。ありがとな。また来るぜ」
「おう。今度は払えよ」
シンとマスターのいつもの挨拶にもなっている会話が終わると朝日を浴びた少女たちは大あくびをする。
「あらあら。そう言えば夜通しだったものね。私、この子たちを連れて先に帰るわ。シンはヴィンセントとゆっくり戻ってくると良いわ」
ブラックはそう言うとウトウトしている3人の少女の手を取ると魔法陣でアジトへと転移する。
「さてと。じゃあ、あいつらの事を軽く紹介するかな」
シンはそう言いながら歩き始める。
「あぁ。頼む」
ヴィンセントがシンと並んで歩くとシンは口を開く
「まずはブラックだな。あいつは魔石。きちんと鑑定した訳じゃないけど、おそらくはブラックオニキスって宝石に何かの拍子に魔力が込められて自我が出来た。って思ってる。あいつ自身もそこら辺はよく覚えて無いらしいから聞かないでやってくれ」
「あぁ。承知した。で、あの子供たちは?孤児なのか?」
ヴィンセントが訊ねるとシンは首を横に振る
「孤児なら海賊の俺の傍に居させるよりもクラリスの所に預けるさ。あいつらは3人とも魔宝だ」
シンの言葉を聞いたヴィンセントは歩みを止める。
「魔宝?魔宝ってのは悪魔が作った宝にして人智を超えている物品だろ?魔宝は一つで国一つ滅ぼせる程の力を持つと聞いてる。あの子たちにそれ程の力が有るとは思えないし、もし仮にそれ程の力を持っているならホイホイ外を歩かせるのは得策じゃないと思うんだが」
ヴィンセントの言葉を聞いたシンは再度歩き出して口を開く。
「まぁ、ヴィンセントが言うのもわかるさ。けど、あいつらが俺の仲間になった時に約束したんだ。「外の世界の楽しい事を教えてやる」ってさ」
ヴィンセントはシンの言葉を聞いて頷くと追う様に歩き出す。
「お前がそう決めたら誰に何と言われようとも捻じ曲げないのは知ってるがな。あの子たちは「何」なんだ?」
ヴィンセントが訊ねると
「だから、魔宝。アラストルは処刑用の儀礼剣に悪魔が宿って魔宝になった。イフリートは古代の民の戦闘用の籠手の中に居た魂。メイデンはよく知らん。でも、一人にする訳いかないから連れて来た」
シンの話を聞いてヴィンセントは首を傾げる。
「先の2人はまぁ、お前が魔宝と言うのも頷けるがメイデンに関しては疑問しか無いな。物は確認してないのか?」
シンはヴィンセントの問いに頷き
「あぁ。聞いてもメイデンって名前と、ママが居たってのと、ママの為に色んな奴に抱きついてた。って事しかわからなかったな。んまぁ、人間が生きてられるような環境じゃない場所に居たから魔宝って断定してるだけだけどな。悪魔でも人間でもないから俺が思うにそれしか思い浮かばなかった」
シンの言葉を聞いてヴィンセントは俯き
「そうか。俺が居ない間に色々有ったんだな」
シンは鼻で笑い
「正確にはお前に裏切られてから。だけどな」
そんな話をしている内に島のはずれにある洞窟の前に辿り着く。
とは言っても、常人には岸辺の岩山にしか見えないだろうが。
「んまぁ、入れよ。岩の仕組みはお前が居た頃と変わってないからよ」
シンはそう言うと岩の一つに手を当てる。すると、岩が横にずれて扉の様に開く。
シンと共にヴィンセントが中に入るとそこは洞窟の中と言うよりもどこかの城の中ではないかと思う程に整備された室内にして豪華絢爛な調度品に溢れていた。
「俺が居た頃より綺麗だな。略奪しないで、よくこんな良い品物入手出来たな?」
ヴィンセントがアジトを見て感動した様に言うとシンは背中の大剣を抜いて壁に立て掛けるとソファーに腰かける。
「半分以上はマスターからの贈り物さ。「女が居るんなら安全が保障された空間位は良質な家具で心安らかに過ごさせてやれ」ってね。バロンたちの知り合いに家具職人が居たのもあって比較的安めには入手出来たけどな」
シンはそう言うと立ち上がり、酒瓶の並ぶ棚からラム酒の瓶を2本取り出して瓶を軽く振りながらヴィンセントに訊ねる。
「ヴィンセント。お前は家に帰って来たのにずっと棒立ちしてるつもりなのか?来いよ。一緒に呑もうぜ?話すと長くなるし、昔話をする時は酒を飲むって決まってるだろ?」
シンに言われてヴィンセントは頷きながら腰の刀をシンの大剣の傍に立て掛けてソファー席に向かう。
ヴィンセントが座るとシンは瓶を手渡し、栓を開けると瓶から直に飲んでからヴィンセントの目を見つめる。
「何処から話そうか?そうだ。あの日の朝。そこから話そう」
シンがそう言うとヴィンセントも栓を開けてシンの言葉に耳を傾けるのだった。
2話目読了感謝です。
このお話以降は過去回想編にしてシンの冒険の幕が開きます。
稚拙な文章ですがお付き合いくださると助かります。