表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

048・アニメが聖書に劣ると、誰が決めたんですか?

「ありがとうございます、空羽さん。そして、ごめんなさい」


 優しい言葉を残し、進んで汚れ役を引き受けてくれた空羽。そんな空羽に向けて、お礼と謝罪の言葉を口にし、小さく頭を下げるソルト。そして、顔を上げると同時に表情を引き締め、フライ返しの下にいる巨大イナゴを見据えた。すると――


「がぁぁああぁあぁ!」


 巨大イナゴがフライ返しを弾き返し、その体を起こした。怒りに狂った表情で、ソルトのことを睨みつける。


「もうただじゃ済まさねぇ! てめぇは殺す! 俺の手でぶち殺してやる!」


「あら? あなたは人が殺せないのでは?」


 巨大化させたフライ返しを収縮、形状をケーキナイフに戻しながら尋ねるソルト。その問いかけに巨大イナゴは短く鼻を鳴らし、こう答えた。


「は! アニメキャラは制約の対象外だ! さっさと殺してやるから感謝しろ! 毒でのたうち回るよりかは幾分か楽だろうよ!」


「毒で? その尻尾ではどのみち無理でしょう?」


 空いている左手を口元に運び、巨大イナゴを挑発するかのように微笑むソルト。次いで、前方に向かって小さく跳躍。街灯の天辺から地面の上へと軽やかに降り立った。そして、エプロンドレスのスカートを指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら、巨大イナゴに向けて優雅に一礼。


「では、改めまして自己紹介を。世界に五人しかいない、五つ星の魔法洋菓子職人の一人、ソルトと申します。趣味は料理とお菓子作り。そして、無塩バターと天然岩塩の黄金比の研究をしております。この二つの扱いならば、全魔法洋菓子職人の中でも随一だと自負しております。そして、もう一つ。これだけは誰にも負けない、そう自信を持って断言できる特技がございます。それは――」


「死ねよやぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」


 ソルトの自己紹介が終わるのを待たず、巨大イナゴが動いた。背中の底無し穴からイナゴの卵を一斉に産卵し、空中に放り出す。次いで、ソルト目掛けて突撃。尻尾を豪快に振りかぶった後、横薙ぎに動かした。


 巨大イナゴの尻尾が、鋭い風切音と共にソルトに迫る。にも拘らず、ソルトは動かない。大地に咲く一輪の花のごとく佇み、次の言葉で自己紹介を締め括る。


飴細工キャンディクラフト


 瞬間、ソルトの周囲に真紅の壁が出現。飴だ。光沢のある飴の壁が、ソルトに迫る巨大イナゴの尻尾の前に、突如として立ち塞がったのである。


 その飴の壁に、イナゴの尻尾が衝突。鴬張りの床を踏み締めたかのような鈍い音が、ソルトと巨大イナゴとの間で響いた。


 そして――


「ぐ……」


 巨大イナゴ口から悔しげな声が漏れる。鈍い音こそしたものの、飴の防壁には罅ひとつ入っていない。


「くそがぁぁあぁ!」


 巨大イナゴは尻尾を小さく、細かく、そして機敏に動かし、ありとあらゆる角度からソルトを狙った。その攻撃に、卵から羽化した眷属版のイナゴ四匹も加わり、業火のごとき手数でソルトを攻め立てる。しかし――


「くそ、クソくそ糞くそぉぉおぉ!」


 そのすべてが飴の防壁に阻まれた。飴の防壁は、すべてのイナゴの攻撃に瞬時に反応、その形状を流体的に変化させ、ソルトの全身を隈なくガードする。死角は何処にも見当たらない。


 魔法の飴によるフルオート絶対防御。アニメ・魔法洋菓子職人シュガーではお馴染みの、ソルトの特殊能力である。だが、魔法洋菓子職人シュガーというアニメの存在自体を知りえない巨大イナゴが、その能力について知っているはずもない。


 鉄壁の守りを誇る、ソルト自慢の魔法の飴。そして、その魔法の飴は、防御だけが取り柄ではない。ソルトの指示一つで、その有りようを瞬時に変える。


「キャンディ・ランス!」


「「「「ピギィ!」」」」


 巨大イナゴと共にソルトを攻め立てていた眷属版のイナゴたちが、突然突き出してきたいくつもの円錐状の飴にその身を貫かれ、串刺しとなった。飴の槍に貫かれたイナゴたちは、即座に絶命し、空気に溶けるように消えていく。


「ぐ……ゴポォ!」


 飴の槍は、巨大イナゴの外骨格をも易々と貫き、その体に深々と突き刺さっていた。紫色の体液を口からぶちまけて、巨大イナゴは体の動きを止める。


「せえ――の!」


 動きを止めた巨大イナゴの眼前で、ソルトはケーキナイフを両手持ちし、長打を狙う強打者の如く豪快に振りかぶる。そして、巨大イナゴの腹部目掛け、ケーキナイフを容赦なく振り抜いた。


 ケーキナイフは、飴の槍に串刺しにされたままの巨大イナゴの腹部に、凄まじい勢いで真横から突き刺さる。それに一瞬遅れて、飴の槍が砕ける音と共に、巨大イナゴの体が錐揉み回転をしながら天高く吹き飛ばされた。


 ほどなくして、巨大イナゴは地面に落下。一度大きくバウンドしてから、その身を力なく地面に横たえる。一方のソルトはというと、豪快にケーキナイフを振り抜いたときにスカートが少しめくれてしまい、頬を赤く染めて、左手でスカートの裾を抑えつけていた。


「な、なぜだ……?」


 巨大イナゴの悔しげな声が、スカートを抑えつつ「誰も見てないよね?」とでも言いたげに周囲を見回すソルトの耳に届いた。慌ててスカートから手を離し、ソルトは表情を引き締める。そんな彼女を鬼の形相で睨みつけ、巨大イナゴは尚も口を動かした。


「なぜだ? なぜだぁぁあぁあ!?」


 怒りの絶叫と共に体を起こし、翼は使わず足で地面を蹴る巨大イナゴ。その巨体でソルトを押し潰そうとでも思ったのか、斜め上からの体当たりを敢行する。しかし、そんな考えなしの攻撃が、ソルトの絶対防御を突破できるわけがない。巨大イナゴの体は、ソルトの眼前一メートほどのところで飴の防壁に阻まれた。


 衝突の衝撃で、全身の傷口から紫色の体液を噴き出す巨大イナゴ。それでも巨大イナゴは足掻き、もがいた。三本の足で飴の防壁を破ろうと、何度も何度も殴打を繰り返す。


「なぜだ!? なぜこの俺が、こうも一方的にやられる!? ヨハネの黙示録に記され、聖書に名を刻むこの俺が! 下賤な大衆娯楽のアニメキャラごときにぃいぃ!」


「アニメが聖書に劣ると、誰が決めたんですか?」


 ソルトは、少し不機嫌そうにこう口にすると、ケーキナイフを一閃。飴の防壁に張りつく巨大イナゴの体を袈裟斬りにする。切りつけられた巨大イナゴは、たまらず体の動きを止めた。


「アニメのキャラクターが、聖書の登場人物に劣るなどと、誰が決めたんですか!?」


 返す刀で逆袈裟斬り。その後も、ソルトの攻撃は止まらない。


「アニメは、神話や舞台芸術とはまた違う、新時代の表現技法です! 世界で最も普及した情報媒体であるテレビ! それを通して人々に夢と希望を与える、現代の英雄譚! 全世界に胸を張って誇ることだってできる、新たな文化なのです! 決して! そう、決っして! 神話や聖書、芸術に劣るものではありません!」


 ここでようやくケーキナイフでの斬撃をやめるソルト。次いで、事切れる寸前といった様子の巨大イナゴを、斜め上前方に向けて豪快に蹴り飛ばす。


「まあこれは、全部七海ちゃんからの受け売りですけどね」


 こう呟いた後で、小さく舌を覗かせるソルト。次いで、蹴り飛ばした巨大イナゴに向けて左腕を突き出す。瞬間、巨大イナゴの体に突き刺さっていた飴の槍に変化が起きた。その形状をドーナツ状の拘束具へと変え、巨大イナゴ体を空中で磔にする。


 すべての足と、尻尾、胴体を拘束され、文字通り身動き一つできなくなる巨大イナゴ。そんな巨大イナゴを斜め下から見据えつつ、ソルトはケーキナイフを両手で持ち、頭上へとゆっくり動かした。次いで、表情を凛々しいものへと変えながら、ケーキナイフを大上段に構える。


「では、最後にお見せしましょう。これが本家本元の!」


 ソルトの言葉に呼応して、ケーキナイフが闇色の光に包まれた。そして、ほんのわずかな溜めの後、ソルトはケーキナイフを垂直に振り下ろし、最強と自負する斬撃魔法を、巨大イナゴに向けて解き放つ。


「シュバルツ・バルダー!」


 闇色の斬撃が、空中で磔にされている巨大イナゴに迫る。そして――


「がぁぁあぁぁあぁ!! 認めねぇ! 認めねぇぇぇえぇぞぉぉおぉちくしょぉぉおぉおぉ!!」


 その体を、真っ二つに両断した。


 絶命し、空気に溶けるように消滅していく巨大イナゴ。友人兼宿主である七海を傷つけた憎むべき敵の最後を見届けながら、ソルトは小さく微笑み、こう口にする。


「追加注文は、なさそうですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ