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047・悲劇も喜劇に変えちゃいます!

「半分近く……持っていかれた、だと!?」


 弾かれたように首を捻りつつ、アモンは驚愕の声を上げた。


 イナゴの軍勢の向こう側、契約者である空羽と、繋がりがある七海がいる場所。その方角に向けて、アモンは視線を固定する。


 アバドンとの戦いの最中、一方通行でしかなかった七海との繋がりが、突然相互通行になったことはアモンも感じていた。そして、七海がぶっつけ本番で想力行使を成功させたことも。


 だが、それら七海の行動に対し、アモンが何かしらの行動を取ることはない。なぜならば、どちらもアモンにとっては些末なことでしかないからだ。


 世界にその名を轟かせ、膨大な想力を有するアモン。そんなアモンにとって、七海が消費する想力など微々たるものだ。素人感丸出しの、目分量での想力行使。明らかに無駄のある使い方であったが、アモンは気にも留めなかった。


 幼い子供が水や電気を多少浪費したようなもの。腹を立てることもない。


 しかし、つい先程七海がおこなった想力行使、こればかりはアモンも看過できなかった。


 なぜならば、アモンが有していた膨大な量の想力。その半分近くを、七海は一度に消費したのである。これほどの大量消費は、想力体として悠久の時を過ごしたアモンにとっても、初めての経験だった。


 そしてこれは、七海が規格外の想力行使を実行したことに他ならない。七海は今、大悪魔アモンの半身を生贄にして、何かしらを具現化したのである。 


「七海の奴、いったい何を具現化した!?」


 ついには体の動きを止め、困惑のままに叫び声を上げるアモン。久しく忘れていた未知との遭遇が、アモンから戦いを忘却させた。そして――


「勝機!」


 そのアモンの停滞と衰退を、アバドンは見逃さない。


 身を隠していたイナゴの軍勢から飛び出し、姿を露わにするアバドン。死角からアモンに急接近しつつ、自身の肉体を変質させる。


 口だ。目以外の器官を備えていないように思えたアバドンの顔が、上下左右四つに割れ、その内側から巨大な口が現れる。


 その口は際限なく広がり続け、すでにアモンの三倍近い大きさにまで広がっていた。アバドンは、その口を更に大きく広げて、アモンへと迫る。


「しまっ――!」


 ここで、アモンもようやくアバドンの接近を察知し、我に返った。自身の体たらくを嘆きつつ、慌てて後ろを振り返る。しかし、ときすでに遅し。アモンの体は、アバドンの口内へと飲み込まれる寸前だった。


 アバドンは蝗の大量発生、蝗害を神格化した存在である。ならば、それに由来するあの特性を持っていても不思議ではない。


 蝗の群れが通過した後には、全ての草本類が食い尽くされ、何も残らない。多くの生物が、飢餓という地獄に叩き落とされる。


 古来より、幾度となく人間を苦しめ、アバドンという形で神格化されるにまで至った、その特性。蝗が群れを成し、蝗害と名を変えたときに発現する、あの特性。


 大食い。


「失態だ」


 そう呟くアモンの姿が、アバドンの口内へと消えていき――


「私の勝ちです! アモン卿!」


 アバドンは高らかに勝ち誇り、その巨大な口を閉鎖した。




     ◆




「何が起きた?」


 自身の尻尾の先、七海へと伸ばした毒針を見つめながら、巨大イナゴは呟いた。


「何が……起きた?」


 再度、巨大イナゴは呟く。自身の尻尾、真っ赤に染まった自慢の毒針を見つめつつ、震える声で。


 そう、現在巨大イナゴの毒針は、余すことなく真っ赤に染まっている。だが、それは七海の血ではない。


 飴だ。


 舐めると甘い、お菓子の飴。


 巨大イナゴの毒針は、今や真っ赤な飴で円形にコーティングされ、見るも無残――と言うよりは、何ともシュールで、見る者の笑いを誘う姿へと変貌していた。


「何が起きたぁあぁぁああぁ!?」


 三度目は、呟きではなく怒りの絶叫だった。叫び終えた後、巨大イナゴは体を左右に振り、イナゴの象徴ともいえる毒針を、あろうことか飴でコーティングし、縁日の出店、その店先に並ぶリンゴ飴さながらの姿に変えるという、実に大それたことをしでかした相手を血眼になって捜した。そして気づく。


 御柱七海の姿がないことに。


 すぐ隣にいる樹梨と、少し離れた場所にいる空羽が、ポカンとした表情で空を見上げ、同じ場所を見つめているということに。


 巨大イナゴは、人間二人の視線を頼りに体を動かし、つい先程七海が体を打ちつけた街灯、その天辺へと視線を向けた。


 そこで見つける。


 街灯の上に、抜群の安定感で直立する、黒衣の女の姿を。


「てめぇ、何もんだ?」


 眉間には皺を、こめかみには青筋を立たせ、ドスの利いた声で巨大イナゴは尋ねる。すると、黒衣の女はその言葉を待っていたと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、漆黒のエプロンドレスと、腰にまで届くストレートロングの黒髪を靡かせながら、威風堂々とした言動で高らかに名乗りを上げる。


「襟元光るは希望の印! 夜天に輝く五つ星!」


 名乗りの途中であったが、巨大イナゴの顔から感情が消えた。空羽、七海と同じく、ポカンとした表情で黒衣の女をただ見つめる。そんな三者の視線の先で、黒衣の女は一切の迷いなく体を動かし、一連のものと思しき名乗りを、断固として続行する。


「甘い香りに誘われて、出てきた悪を切り伏せる! 邪気を消し去る調味料!」


 黒衣の女は、ここで銀色のケーキナイフをどこからか取り出し、右手の上でクルクルと回す。ほどなくしてケーキナイフに変化が起きた。回転する度に徐々に巨大化し、体積と質量を増していく。


 すでに刀と見紛うほどにまで大きくなったケーキナイフを、今度は体全体を使って縦横無尽に振り回す黒衣の女。街灯の上という不安定な足場であるにもかかわらず、実に人目を引く見事な剣舞を披露する。そして――


「魔法洋菓子職人ソルト! お菓子な魔法で、悲劇も喜劇に変えちゃいます!」


 切れ長の目でウインクをすると同時に、ケーキナイフを右手でキャッチ。次いで、決め台詞と共にケーキナイフを構え、凛々しくも可愛らしい決めポーズを炸裂させた。


 都内某所の住宅街に、黒衣の女――魔法洋菓子職人ソルトの声が、他の一切の音をかき消して強く響いた。七海とまったく同じ声が、とても美しい澄んだ声が、どこまでもどこまでも木霊する。


 ソルトの名乗りが終わり、圧倒的な沈黙がその場を支配した。誰もが動かず、誰もが喋らず、時間が止まったかのような錯覚に囚われる。


 その沈黙を破り、再び時間を動かしたのは――


「く、くく……」


 巨大イナゴの失笑だった。「もう我慢できない」と言いたげな顔で、耳障りな笑い声を口から漏らしている。


 ひとしきり笑った後、背中の羽を強く動かす巨大イナゴ。そして、一度後退して反動をつけると、ソルトに向かって突撃していく。いや、正確には、ソルトの肉体を自身の体の上に具現化、上書きしている、御柱七海に向かって――だ。


「ぎゃははは! 想力の基本も知らねぇド素人が、笑わせてくれるぜ! 別人の体を具現化して、体に上書きしても無駄なんだよ! 体と自我が一致してなけりゃ――ぶほ!?」


 ソルトに向かって突撃しながら口を動かす巨大イナゴだったが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。何故ならば、イナゴの攻撃を見て取ったソルトが、ケーキナイフを握る右手を左から右に一閃。それと同時に、振るわれたケーキナイフがその形状を変え、巨大なフライ返しへと変化。巨大イナゴの体を、横から無遠慮に殴り飛ばしたのである


 不意を突かれた巨大イナゴは、一切の防御行動ができないまま吹き飛ばされ、横回転で地面を転がった。次いで信じられないといった顔でソルトを睨み、体を起こす。


「て、てめぇ、よくもやりやが――ぶふぉ!?」


 巨大イナゴは、またしても言葉を言い切ることができなかった。今度は真上から振り下ろされたフライ返しに押し潰され、その身をアスファルトにめり込ませることになったからである。


 フライ返しをハエ叩きのように振るい、巨大イナゴを叩き潰したソルト。その姿を唖然とした様子で見つめつつ、空羽が小声で呟いた。


「アニメキャラクターの肉体を自身の体の上に具現化、上書きし、能力だけに飽き足らず、武器まで完全再現している? た、確かに、具現化したアニメキャラクターの自我を、多重人格として自身の中に有している七海さんなら、理論上は可能かもだけど……」


 今、この場で起こっている事象。想力の性質上、本来ならばありえない異常事態。その詳細を、七海の秘密を事前に聞いていた空羽だけが、正確に把握、理解していた。


 七海は、肉体のコントロールを多重人格であるソルトへと譲渡したのである。その上で、自身の体の上にソルトの肉体を具現化、上書きした。これにより、肉体と自我が完全に一致。七海は、身も心も魔法洋菓子職人ソルトとなることで、具現化したソルトの肉体に秘められたポテンシャル、そのすべてを引き出している。


 顔が違う。体格が違う。目の色が違う。服装が違う。筋力が違う。体の基本性能が違う。ソルトと化したその肉体には、御柱七海の面影などまるでない。完全に別人である。


 ただ、両者の声だけが同じで、とてもとても美しかった。


「でも、そんな……できるのか? 心も、体も、他者に譲り渡すようなまね、人間に?」


 理解はしていても、戸惑いを隠せない。唖然とした顔のまま自問を繰り返す空羽。そんな空羽に向けて、ソルトが口を開く。


「門条空羽さん」


「は、はい! 七海さん――じゃなくて、今はソルトさん……なのかな? えっと……」


「今はソルトでお願いします」


「はぁ……では、ソルトさん。何でしょう? 僕に何か?」


「あの悍ましい蟲の相手は、私がします」


 ソルトがこう口にした瞬間、空羽の顔から戸惑いの色が消えた。ソルトは更にこう続ける。


「ですから、空羽さんはそちらの女性をお願いします。この無益な戦いを終わらせるために、彼女を――」


「ストップ!」


 空羽は、右手を広げて突き出しながら大声を上げ、ソルトの言葉を途中で止めた。そして、困惑の表情で首を傾げるソルトに向けて、次の言葉を紡ぎ出す。


「わかりました。もうわかりましたから、それ以上は言わないでください。あなたがそこから先を口にしちゃ駄目だ。あなたは、夢と希望の体現者なのだから」


 空羽はこう言うと、稲葉樹梨のことを鋭い眼光で睨みつけた。一方の樹梨は、空羽の視線に気がつくと、一度助けを求めるように巨大イナゴに視線を送る。しかし、地面にめり込む巨大イナゴの姿を見て諦めたようだ。空羽に背中を向け、全力で走り出す。そう、逃げたのだ。


 逃走を開始した樹梨。その後ろ姿を見据えつつ、空羽は覚悟を感じさせる声で言う。


「汚れ仕事は、僕に任せてください」


 この言葉を残し、空羽は樹梨の後を追った。

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