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045・アフレコに参加できないくらいなら、死んだ方がましだ!

「きゃぁああぁ!」


 空羽の右手に抱えられた七海が、恐怖の悲鳴を上げる。その悲鳴が、都内某所の住宅街に響き渡った。


 すでに戦場は路地裏ではない。敵の攻撃が七海に集中しだした途端、空羽が押され始め、戦線が徐々に後退。ついには路地裏から押し出されてしまったのである。


「この!」


 空羽、後退しながらも左手で三連打。接近してきた眷属版のイナゴ三匹をほぼ同時に粉砕する。しかし――


「くそ、手数が!」


 そう手数が足りない。更に二匹のイナゴが毒針を振り翳して接近。七海めがけて突撃してくる。


 ひとまず右に向かって跳躍し、イナゴの攻撃をやり過ごす空羽。眷属版のイナゴは空羽の動きについていくことができず、そのまま直進。そして、進行方向の先で偶然歩いていた通行人に、その毒針を突き立てた。


「――!?」


 イナゴの毒針が刺さった瞬間、通行人の体が激しく痙攣。次いで、通行人は胸を両手で掻き毟りながら転倒。白目を向いて、口からは泡を吐き、地面を激しくのたうち回った。


 ヨハネの黙示録に記された、イナゴの毒。その毒が、人体にどのような効果を齎すのか目の当たりにし、顔面を蒼白にする七海。しかし、その光景に対して顕著な反応を示したのは七海だけだ。幾つもの修羅場を潜り抜けたであろう空羽や、見慣れている樹梨だけでなく、他の通行人までもが、まるで興味を示さない。


 だが、それもそのはず。ここは想界の中であり、その中に存在する住人は、想力で作られた存在だ。彼らは『町には人間がいるもの』という当たり前のイメージから作られた人形であり、それだけの存在なのだろう。自我はなく、周囲の変化や、他者の言動に対して反応できないのだ。その証拠に、イナゴなどという巨大な蟲が街中を飛び回っているにも拘らず、悲鳴一つ上げようとしない。虚ろな表情で、黙々と歩き続けるだけだ。


「ご無事ですか、七海さん!?」


 不規則にのたうち回る通行人が邪魔だったのか、今度は後方に飛び退きつつ声を上げる空羽。その声に、七海は舌を噛みそうになりながらもどうにか答える。


「は、はい! 何とか!」


「そうですか。すみませんが、もう少し辛抱願います」


「わかりました! で、でもすみません! 私、思いっきり足手纏いですよね!?」


「そんな展開、七海さんを助けると決めたときから想定済みですので、お気になさらず。ただ――」


「ただ!? 何ですか!?」


「七海さんが足手纏いになる展開は想定内ですね。ああ、テンションが下がる」


「下げてる場合じゃありません! 大ピンチですよ!」


「心配ご無用。過程がどうであれ、最後に勝つのはこの僕です!」


 不敵な笑みを浮かべ、自信に満ちた声でピンチを笑い飛ばす空羽。その声からも、彼がまだ敗北を意識していないことがわかる。しかし――


「あははは! さっきまでの勢いはどうしたのよ!? 防戦一方じゃない!」


 そうなのだ。空羽は、反撃の切っかけを一向に掴めていない。


 樹梨、巨大イナゴの側は、ただ七海を標的にして延々攻撃を繰り返せばいい。それだけで空羽の行動は七海の防衛に限定され、攻撃を封じることができる。そして、空羽が攻めあぐねているうちに眷属版のイナゴを量産し、更に手勢を増やしていく。すでに巨大イナゴの背後には、戦闘に加わっていない予備戦力のイナゴが大量に飛行していた。


 対する空羽と七海はというと、時間が経てば経つほど敵の数が増えていくので、不利になっていく一方だ。アバドンを連れて彼方の空へと消えたアモンは、苦戦しているのか一向に帰ってこない。このままではじり貧である。


「お仲間は助けに来ないんですか!? 契約した悪魔はまだいるんでしょう!?」


「来ませんね、連絡手段がありません。想界は、次元を隔てて存在する異空間。外側との意思の疎通は不可能。そしてもちろん、想界を一時的に消すなんて選択肢は論外です」


「ならデカラビアさんは!?」


「イナゴの毒に侵された体では、想界の維持でいっぱいいっぱいのようです。戦闘なんてとてもとても」


「八方塞がりじゃないですか!? どうするんです!?」


「むう……確かにこのままだと少々まずいですね。仕方ありません。七海さん、勝利のために賭けに出ますよ」


「え? わ!?」


 空羽は一方的に会話を終わらせると、七海を無遠慮に地面に放り出した。次いで、七海の姿を樹梨と巨大イナゴから隠すように仁王立ち。そして、制服の胸ポケットから右手で何かを取り出すと、それを仰向けに倒れている七海に向けて、背中越しに放り投げる。


「受け取ってください。約束の期日が過ぎた後、七海さんに渡そうと思っていたものです」


 空羽の口から唐突に放たれた、あまりに真剣な声。その声に反応し、七海は慌てて体を起こした。次いで、両手で空羽から放られたものを受け止める。


 七海の両手の中に納まったそれは、直径二センチ、長さ五センチほどの、円柱状ガラス製の小瓶だった。その中には、なにやら黒い液体が湛えられている。


「な、何です? これ? この黒いの?」


「簡単に言うと、アモンの体の一部です」


「ふえ? アモンさんの?」


「はい」


「こ、これを私にどうしろと?」


「飲んでください」


「ええ!?」


 唐突に告げられたその申し出に、七海は驚愕の声を上げた。


「飲む? これを……私が?」


 自身の置かれている状況を忘れ、小瓶の中身、アモンの体の一部だというそれを、マジマジと観察する七海。


 黒い。あまりに黒すぎる液体だった。まるで、この世に存在する負の因子、それらすべてを凝縮したかのような液体である。毒か薬かと問われれば、百人中百人が毒と答えるであろう液体だ。


「なんで私がこんなものを!? アモンさんの体なんて飲まなきゃ――っ!?」


 生理的嫌悪感に突き動かされて、拒絶の言葉を口にしながら視線を空羽へと向ける七海。すると、両手両足を目にも止まらぬ速度で動かし、自身と七海の防衛に全力を注ぐ空羽の姿が目に飛び込んでくる。必死の形相で、気力、体力を振り絞るその姿に、七海は言葉を詰まらせた。


 すでに振り返る余裕もないのか、空羽は七海の声に言葉だけでこう答える。


「アモンが七海さんの血液を摂取したときに、アモンと七海さんとの間に繫がりができたのは知っての通りです! ですが、それは『七海さんからアモンへ』の一方通行にすぎません! 現状では、七海さんはアモンからの想力供給を受けられない!」


「え……」


「七海さんがアモンから想力を受け取るには『アモンから七海さんへ』の繋がりを作る必要があります! そのためには、七海さんがアモンの体の一部を、体内に取り込むしかないんです!」


「つ、つまりなんですか!? 今この場で、私にその繋がりを作って、想力師になれと!?」


「理解が早くて大変助かります!」


 思わず絶句しかける七海だったが、今はそんな場合ではない。どうにか気持ちを繋ぎ止め、とにかく口を動かした。


「そんな、無理ですよ! いきなり想力師になれだなんて!」


「大丈夫です! 想力師には小難しい呪文の詠唱や、魔法触媒だの、魔法のステッキだのは要りません! 昨晩お話しした通り、イメージというフィルムに、想力という光を当てて、世界というスクリーンに投影する! これだけです!」


「こ、これだけって……無理ですよ! 私、空羽さんみたいに戦えない!」


 命を懸けた実戦など、七海には縁遠い話だ。自己暗示が使えればどうにかなるかもしれないが、とてもじゃないが使える精神状態じゃない。今の七海は、声優の仕事をしている以外はただの女子高校生だ。はったりを駆使しての時間稼ぎならともかく、想力を使っての実戦、直接戦闘など、無謀以外の何ものでもない。


 御柱七海は普通の人間。嘗て七海の中に存在していた別人格、アニメのキャラクターたちとは違うのだ。


「自分自身の強化をしろとは言いません! 一緒に戦えとも言いません! 想力を使って、僕がイナゴに特攻する切っかけを作ってくれればいいんです!」


「無理! 無理です! できっこありません!」


 戦闘への恐怖。自身が変質する恐怖。想力への恐怖。樹梨への恐怖。アバドンへの恐怖。イナゴへの恐怖。そして、何よりも死の恐怖。


 今の今までどうにか抑え込んできたそれらが、七海の中でついに爆発した。七海は両手で頭を抱え、蹲り、思考を停止。外界との繋がりを可能な限り絶つ。


 もう、何も聞きたくない。もう、何も見たくない。


「……いいんですか?」


 縮こまった七海に、空羽の言葉が降り注ぐ。先程までの、真剣で、余裕のない声ではない。どこか冷たい、七海を責めるような声、そして口調。だが、七海は空羽の声に反応を示さなかった。ピクリとも体を動かさない。


 聞こえない。私は何も聞こえない。


「いいんですか?」


 聞こえない。何も聞こえな――


「明日のアフレコ、参加できなくてもいいんですか?」


「ふぐぅ!?」


 縮こまっていた七海の体が、まるで拒絶反応を起こすかのように激しく震えた。そして、空羽は更にこう続ける。


「今日、ここで死んだら、明日の『ベリーベリーベリー』最終回のアフレコに、参加できませんよ? いいんですか?」


 あえて言葉を区切り、一字一句を強調した空羽の言葉。その言葉を聞いた瞬間、七海の中を埋め尽くしていた数多の恐怖が、銀河系の彼方にまで消し飛んだ。そして、ある強い思いが七海の中を駆け抜け、心に熱い炎を灯す。


「駄目だ……」


 アフレコに、参加できないのは、駄目だ。


 ダメだ。だめだ。ああ駄目だ。ダメダ。え、ありえないんだけど? だめだ。それだけは絶対に駄目だ。


 アフレコに参加できないくらいなら、死んだ方がましだ!


「私はファンを裏切らない。私は夢を諦めない! 私はキャラを見捨てない!!」


 七海は両手を頭から離すと、目の前に転がっていた小瓶にすぐさま手を伸ばした。次いで、目を見開きながら小瓶の蓋を毟り取る。そして――


「ええい!」


 その中身を一気に飲み下した。大悪魔アモンの体が、七海の口内に消えていく。


 味は――幸か不幸かわからなかった。

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