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041・この私を前にして余所見とは

「さあ、いきますよ! アモン卿!」


 真っ先に仕掛けたのはアバドン。


 樹梨を背後に庇うよう前進しつつ、体の正中線上でぴたりと合わていた六本三対の腕を一斉に動かし、七海から見て右側を空羽に、左側をアモンに向けて突き出してきた。


 初めて腕の末端部分の内側を露わにするアバドン。馬蹄状の外骨格の内側には、アバドンの手が――


「え?」


 ない。


 馬蹄状の外骨格の内側には、手などどこにもなかった。いや、手どころの話ではなく、そこには何もない。そこにあったのは闇、空洞だ。そして、その空洞の内側には、螺旋状の浅い溝が等間隔に刻まれている。


 そのジャンルについて大した知識のない七海にもわかった。アバドンの腕の有り様は、銃身、または砲身に酷似している。


「まさか……」


 七海がこう呟いた直後、アバドンの六本三対の腕が、轟音と共に火を噴いた。けたたましい銃声が響き、連なり、他の一切の音を消失させる。


「――っ!」


 突発的に発生した銃声に対して、一般人が執れる行動の種類など高が知れている。その身を硬直させるか、その場で蹲るか、一目散に逃げ出すかのどれかだろう。


 七海が執った行動は二番目だった。声なき声で悲鳴を上げ、その場に蹲り、両の手で頭を抱え込む。


 三秒弱。七海にとっては永遠にも感じられた時間で、銃声は止まった。


 恐る恐る両の手を頭から離し、状況を確認してみる七海。まずは目の前、空羽とアモン。両者とも健在だ。空羽はその両腕に、アモンは両腕を覆う籠手に、無数の黒い筋ができていたが、それ以外にさしたる変化はない。


 味方である両者に怪我がないことに安堵し、今度は周囲に目を向ける七海。次いで、愕然とした。


 路地裏が、原型を留めていない。


 空羽とアモンの両脇、そのやや後方から三メートルほどの範囲にかけて、凄惨たる光景が広がっていた。


 コンクリート製のビル壁と、舗装された道路が削れ、ひび割れ、砕けている。何かしらの電気配線が切れたのか、壁の一部からは火花が飛んでいた。水道管も傷ついたらしく、水が勢いよく噴出している場所もある。


 無傷な場所を探す方が難しい。そんな有様の路地裏には、アバドンから発射された夥しい数の弾丸がめり込み、突き刺さっていた。


 直径十センチ、長さ二十センチほどの、薄黄色の弾丸。弾丸と言うよりは砲弾に近いそれと、その着弾点に刻まれた螺旋状の傷跡を見つめながら、七海は胸中で呟いた。


 掠っただけでも、たぶん死ねる。


 ものの数秒でこれだけの光景をつくって見せたアバドン。『破壊の場』『滅ぼすもの』の名は伊達ではない。奴は、紛れもない怪物だ。


 だが、敵が怪物なら、味方も怪物。


 周囲の状況と、空羽とアモンの両腕にできた黒い筋から察するに、両者が七海を庇ってくれたことは明白だ。その両腕で、戦車の砲撃のようなアバドンの銃撃を防ぎ、逸らし、勢いを殺して、七海を銃弾の雨から守ってくれたのである。


 そんな両者に消耗の色は見られなかった。空羽などは、口元に笑みすら浮かべている。


「今、何かしたか? 蝗の王」


 両の腕を一振りし、何とも不敵な言葉を口にするアモン。そんなアモンに、アバドンはこう言葉を返した。


「ええ、しましたよ。産卵を」


 さんらん?


 心の中でそう呟き、その言葉の正しい意味を七海が理解しようとしたとき、状況が動いた。


 周囲の至るところに突き刺さり、七海が先程まで弾丸だと思っていたものが、一斉にひび割れ、その中から能面のような色白の顔が現れる。


 イナゴだ。そして、その羽化の瞬間である。


 身の毛がよだつ光景とはまさにこのこと。周囲の壁という壁から、生まれたばかりのイナゴが顔を出し、七海たちを見つめている。


 完全に囲まれた。それに加え距離が近く、数が圧倒的である。


「やれ、我が眷属よ!」


 アバドンの号令に従い、イナゴが一斉に動き出した。背中の羽を広げ、毒針を振りかざし、空羽とアモン、そして七海に向かって、集団で襲い掛かる。


 イナゴの毒は猛毒だ。アモンと同じくソロモン七十二柱に名を連ねるデカラビアが、少量で動けなくなったのである。もし体内への侵入を許せば、アモンとてただでは済まないだろう。人間である空羽、七海は言わずもがなだ。


 この瞬間、七海は理解した。この群としての力、戦い方が、アバドンの本領なのだと。


 空を埋め尽くすほどの蝗の大量発生、つまりは蝗害を神格化した存在、アバドン。その由来通りの、実に単純で、わかりやすい力。


 数。


 数は力だ。


 圧倒的物量、数の暴力の前に、個にできることなどない。為す術なく蹂躙されて、それで終わりである。


 つい先程樹梨も言っていたではないか、数の暴力にはかなわないと。


 この言葉は、自身と契約を結んだアバドンの本質と、能力をよく理解した上での言葉だったのだ。アバドンの契約者たる樹梨は、他の誰よりも数の力、強みを理解している。だからこそ、数で負ける大手とことを交えるのを、自暴自棄になるまで頑なに避けていたのだ。


 その数の暴力に、今まさに全方位を囲まれた七海、空羽、そしてアモン。


 群ではなく、個である七海たちに、もはや抵抗の余地はない――はずだった。


「ふん」


 眼前に迫るイナゴの大群を前に、つまらなそうに鼻を鳴らすアモン。その直後、アモンの背中から凄まじい勢いで黒炎が噴き出し、あるものを形作る。


 それは翼。


 漆黒の炎で作られたその翼は、七海、空羽、アモンの周囲を覆い、絶対の防壁となって、イナゴの進行を阻む。


 何の予備動作すらなく、一瞬で全方位に対する対処をして見せたアモン。圧倒的な数を相手に、一個の力で、あっさりと状況を打開する。


 そんなアモンの隣で、空羽が楽しげに口を開いた。


「まさに、飛んで火に入るなんとやらだね」


「今は冬だがな」


 空羽の言葉に続く形でアモンは呟き、次いで翼を消した。七海の目に再び映った路地裏に、イナゴの姿はすでにない。本体であるアバドンの命に従って漆黒の炎に突撃し、玉砕。灰も残らず燃え尽きたようだ。


「でだ、蝗の王。もう一度聞くが――」


 アモンは、先程とまったく同じ質問を、再度アバドンへと投げかける。


「今、何かしたか?」


 大胆不敵。ヘルムの下ではドヤ顔をしてるに違いない。


 その場から一歩も動かずに、アバドン、イナゴの連続攻撃を軽くあしらったアモン。その大きな背中を見つめながら、七海は思う。


 なんて絶対的な力なんだろう――と。


 アバドンが圧倒的な数の想力体なら、アモンは絶対的な個の想力体だ。

数の優劣など容易に覆す、絶対的な個。そして力。


 悪魔の君主中、最強と称されるアモン。未だ底の見えないその力に、七海は頼もしさを覚えると共に、酷く恐怖した。


 七海は、この化け物に、明日殺されるかもしれないのである。


「ちょ、ちょっと……な、何よあれ……」


「我が眷属たちをああも容易く、さすがはアモン卿」


 アモンの力を目の当たりにし、余裕のない声で呟く樹梨と、どこか楽しげに言葉を紡ぐアバドン。そんなとき――


「な、なんだか凄い音したよ!」


「なになに!? 爆弾!?」


「テロか!?」


「警察呼んだ方がよくない?」


「俺、ちょっと見てくるわ!」


「俺も!」


「おい、やめとけって!」


 七海の後方から、複数の人間の声、足音が聞こえてきた。


 想力体は普通の人間には認識できず、声も聞こえない。だが、実体化した想力体が、世界に干渉した際に生じた現象は別だ。一般人でも認識、知覚できる。


 アバドンの銃撃で生じた音、衝撃は相当なものだった。とてもじゃないが、都会の路地裏に収まりきるものではない。それらは大通りにまで達し、そこにいた不特定多数の人間の耳に届いたはずだ。


 となれば、当然こうなる。間もなくこの場には、好奇心に釣られた人間たちが大挙して押し寄せてくるだろう。その事態が、自らの存在を大手に知られたくない空羽と、後先考えていない樹梨、どちらにとって有利に働くかは、考えるまでもない。


 樹梨の方も七海と同じ思考に至ったのか、その表情を獰猛な笑みへと変え、次いで口を開く。


「ふふ、何だかギャラリーが増えてしまいそうね。あなたにとっては都合が悪いんじゃない?」


 余裕を取り戻した声で、空羽の不安を煽ろうとする樹梨。だが、空羽は動じなかった。浮かべていた余裕の笑みをそのままに、こう口にする。


「見せ場だよ、デカラビア」


 空羽のこの言葉に、樹梨、アバドンが慌てて後ろを振り返り、七海は樹梨の背後へと視線を向ける。


 そんな三者の視線の先には、イナゴの毒に侵され身動きが取れないデカラビアの姿があった。地面に対し仰向けに横たわっているのは先程と変わらないが、一つ大きく違うところがある。


 デカラビアの五芒星の体が、眩いまでの金色の輝きを放っていたのだ。


 瞬く間に輝きを増していくデカラビア。その光量は、すでに七海では直視し辛いものになりつつある。今にも爆発してしまいそうだ。


「何をするつもりかは知りませんが!」


 ことが起こる前にデカラビアを仕留めようと思ったのか、アバドンは左側の腕三本をデカラビアへと向ける。が、そのとき――


「させん」


「っ!?」


 今の今まで一歩も動こうとしなかったアモンが、アバドンを強襲した。瞬間移動ばりのスピードでアバドンの懐に潜り込み、右拳を握りこむ。


 デカラビアからアモンへと視線を戻し、右側の腕の一本をアモンに向けるアバドンだったが、もう遅い。アモンの右拳は、すでにアバドンめがけ動き出している。


「ぐぅ!」


 アバドンの蛇腹状の腹部に、アモンの右拳が深々と突き刺さった。


 苦悶の声を上げ、体を硬直させるアバドン。だがアモンは止まらない。めり込んだ右拳をそのまま振り抜き、アバドンの体を上へと殴り飛ばした。


「この私を前にして余所見とはな」


 こう口にしてから地面を蹴り、自ら殴り飛ばしたアバドンの後を追うアモン。一方のアバドンは、空中で態勢を整え、六本三対の腕すべてをアモンへと向けた。


 アモンの全身から黒炎が吹き出すのと、アバドンが銃撃という名の産卵をしたのは、ほぼ同時。


 黒炎を盾にしたアモンは、轟音と共に降り注ぐ銃撃の雨を焼き尽くしながら突き進み、一直線にアバドンを目指す。


「これでは止まりませんか! ならば!」


 腕からの銃撃ではアモンに通じないと悟ったのか、アバドンは銃撃をやめ、胸部の外骨格を左右に割り開いた。


 胸部の外骨格の内側、そこにあったのは、能面のような色白の顔。目を閉じているが、イナゴの顔だ。しかも大きい。通常のイナゴの二倍近い大きさである。


「これは負担が大きいのですがねぇ……いきなさい!」


 アバドンがこう口にすると、胸中の巨大イナゴは閉じていた両目を見開き、生々しい音と共にアバドンの体外へと飛び出した。そして、飛び出すと同時にその体積を膨張させ、本体であるアバドンと大差ない大きさへと瞬時に成長。アモンに向かって突撃する。


 色が違う。大きさが違う。体のつくりが違う。羽音の力強さが違う。


 明らかに特別なイナゴだ。アバドンの切り札の一つなのは間違いない。


 巨大イナゴは真正面からアモンに突撃し、黒炎の中に突入。そして――


「ほう」


 アモンの口から称賛の声が漏れた。燃えないのである。


 そう、燃えない。巨大イナゴはその身を焼かれながらも前進を続け、燃え尽きることなく黒炎を突破し、アモンに肉薄して見せた。


 巨大イナゴの体は所々焼け焦げていたが、どれも致命的なものとは言い難い。やはり、あのイナゴは他とは違う。


 そんな特別なイナゴが、毒針を振りかざしてアモンへと襲い掛かった。


 だが――


「ふん」


 それもアモンにとっては些細なことだったらしい。イナゴの毒針を右手で容易に掴み取り、左手でイナゴの顔面を抑え、その前進を難なく止める。そして――


「邪魔だ」


 左の掌から今までにない勢いで黒炎を噴出し、巨大イナゴの全身を一瞬で黒焦げにした。


「落ちろ」


 アモンはこう呟きながら、左手で巨大イナゴの顔面を鷲掴む。次いで、左腕を下に向かって一振りし、黒焦げになった巨大イナゴを、地面に向けて投げつけた。


 地面に向かって一直線に墜落していく黒焦げの巨大イナゴ。そんな巨大イナゴの落下地点には、二体の想力体の動きについていけず、呆けたような顔で空を見上げる樹梨の姿があった。


「ひぃ!?」


 巨大イナゴが自身の真上に落ちてくることに気づき、恐怖に引き攣った声を上げる樹梨。慌ててその場を飛び退いた。


 つい先程まで樹梨が立っていた場所に、巨大イナゴが寸分違わず墜落。一方上空では、アモンがアバドンに肉薄していた。


 黒炎を纏った両腕で、アバドンに拳を繰り出すアモン。その光景を大きな瞳で見つめながら、デカラビアが漠然と呟く。


「想力……解放……」


瞬間、東京の路地裏で、金色の光が爆ぜた。

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