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003・勝手に変なフラグを立てるな

「で、芽春ちゃん。話は戻るけど、どうしてこんな所に? 私たちに用事?」


 隣で七海が「お騒がせしました」と周りに頭を下げている中で、何事もなかったかのように悠里は話を戻す。


「あ、はい! お二人に用事――というか、お願いがあるのです。実はですね、芽春は明日の土曜日、人生初の声優オーディションを受けるのです!」


「明日? 芽春ちゃん、それって……」


「はい! 先輩たちと同じ、アニメ『天使のホイッスル』のオーディションです!」


 握りしめた右手を天井に向かって勢いよく突き上げて、気合いたっぷりに宣言する芽春。七海と悠里は「おお~」と声を上げ、小さく拍手をした。


「もちろん七海先輩の八坂やさか美笛みてきや、悠里先輩の天塚楓みたいな、主要キャラの最終オーディションじゃなく、チョイ役の新人発掘オーディションなんですけどね」


「初めは皆そうだって。そっか、芽春のところの社長さん、GOサイン出したんだ」


「はい! 大西芽春、デビューに向けて本格始動です!」


「ついに飛翔のときだね、芽春ちゃん。でも『天使のホイッスル』のオーディションって、こう言っちゃなんだけど、かなり特殊だよ? スタジオにカメラ入るし。そんなのが初オーディションで大丈夫?」


 悠里はこう言った後、芽春の顔を見つめながら首を傾げた。


 漫画『天使のホイッスル』。


 コミックス累計発行部数一千万部以上の大人気漫画で、一ヶ月ほど前に待望のアニメ化が発表された、今一番熱い作品である。


 当然だが、そのスタッフ、キャストには、原作ファン、アニメファンからの強い関心が集まっており、ネット掲示板等で日夜熱い討論が繰り広げられている。そこに目をつけたスポンサーが、話題作りのために全てのキャストをオーディションで決めることを提案し、その様子はスタジオ内に設置された数台のカメラで記録されることが決定。記録されたオーディションの様子は、後々に発売されるブルーレイ版、DVD版の特典映像になる予定だ。そして、芽春が受ける新人発掘オーディションでも、それは同様である。こちらの様子は特典映像ではなく、ネット公開という形になるらしい。


「参加声優が一堂に会して、顔を突き合わせた状態でのオーディション……でしたっけ? 撮影の都合で、合格者も当日発表だとか……」


「あ、芽春も知ってた? そうなの、かなり特殊な形式でのオーディションになる」


「スポンサー様は、私たちが合否を聞いて、一喜一憂する絵もほしいみたいだからねぇ。まったく、こっちに身にもなれって話よ。演技中に向けられる、他の声優からの目線とプレッシャーが怖いったらありゃしない。いらん恨みを買うんじゃないかって、考えるだけでも憂鬱」


「そうだよね。話題性も大事だけど、もっと全体のことを考えた企画にしてほしいよね」


 こう言った後で、気が重いとばかりに盛大に溜息を吐く七海と悠里。そんな先輩二人を見つめながら、芽春は真剣な表情で口を開いた。


「はい、芽春が今日ここにきたのも、それが理由です。その特殊なオーディションを……人生初のオーディションを受ける前に、偉大なる先輩お二人にアドバイスをいただきたいと思いまして、今日この場に参上した次第です」


 芽春はここまで口にしたところで深々と頭を下げた。そして、頭を下げたまま話を続ける。


「七海先輩、悠里先輩。芽春に何かアドバイスをください。ほんの少しで構いません。若輩者の芽春に、お二人の力を貸してください」


 言い終えた後も頭を上げず、両手でスカートを握り締める芽春。強がってはいるが、やはり不安なのだろう。そんな芽春の本心を察したのか、七海と悠里は顔を見合わせた後、笑顔で口を開く。


「うん、私たちでよかったら喜んで。ね、悠里ちゃん?」


「もっちろん! 芽春ちゃんがオーディションに合格できるように、ばっちりアドバイスしちゃうよ!」


「先輩……ありがとうございます!」


 二人の優しい言葉を聞き、頭を上げる芽春。七海と悠里の目に飛び込んできた芽春の顔は、とても眩しい、彼女らしい笑顔だった。


「よ~し! 芽春、燃えてきました! もうひとつの用事の方もがんばっちゃいます!」


「あれ? まだなにかあるの?」


 首を傾げつつ、七海は尋ねる。


「はい、えっとですね――あ、ちょうどやってます。あれですよ、あれ」


 右手の人差指で、すぐ近くの休憩所を芽春は指差した。そこには椅子、テーブルだけでなく、数台の自動販売機と、無料で見ることができる大型の液晶テレビが設置されている。そのテレビ画面には、妙齢の女性ニュースキャスターが一人と、【連続殺人事件・速報】という不吉な見出しが映っていた。


『本日、都内某所の路地裏にて発見された二つの遺体について、追加情報が入りましたのでお伝えいたします。バラバラという変わり果てた姿で発見された二つの遺体ですが、身元の確認ができたと警察から発表がありました。繰り返します。都内某所の路地裏にて発見された二つの遺体ですが、その身元が確認されたと警察から発表がありました』


 やや早口気味のニュースキャスターの声。その声を聞いた七海と悠里は、ほぼ同時に眉をひそめた。


 これは、一ヶ月ほど前から都内を騒がせている連続殺人事件、その速報である。

この事件は、初めこそ都内で一人の成人男性が惨たらしく殺され、犯人が逃走中という、凄惨だがすぐに忘れ去られるであろう事件だったのだが、一週間が経過した頃、事件はその様相を完全に変えていた。その一週間で、似たような惨殺死体が三体も発見されたのである。


 似たようなという言葉が示す通り、死体にはある共通点があった。


 死体はすべて鋭利な刃物でズタズタにされている。


 殺害現場は、すべて東京都内。


 この二点。


 警察も総力を挙げて捜査しているが、捜査は難航。犯人は逮捕されるどころか、いまだ特定すらされておらず、犯人が一人なのか、複数なのかもわかっていない。


 警察からの正式な発表こそまだないが、世間では、この事件は無差別連続殺人だとすでに認知されており、各メディアでは毎日のように大々的な特集が組まれ、東京都民に注意を呼び掛けている。だが、呼び掛け虚しく犠牲者の数は増え続けており、事件発生から一ヵ月、先ほどの速報の犠牲者を含め、すでに十一人の犠牲者が出ていた。


「そっか……また犠牲者が出たんだ……」


 テレビ画面を見つめながら、悠里がか細い声で呟いた。


「最近のニュースはこれしかやってない気がするよね……でも、これがどうしたの芽春? 確かに怖いけど、あんまり気にし過ぎてもしょうがないでしょ?」


 芽春だけでなく、自分にも言きかせるように、もっともなことを言う七海。


 都内を騒がせる連続殺人。確かに恐ろしい事件ではあるが、一般人にできることには限りがある。また、日々の生活の中でしなければならないことがある。


 現に七海、悠里は、今日も学生として学校へいき、授業を受けた後、声優としての仕事をこなした。だから今ここにいる。都内で殺人事件が起こったとしても、スケジュールが大きく変わることはない。そして、それが当然だ。


 たとえ誰かが不条理に殺されて、それが各メディアを通して世界の明るみに出たとしても、それはテレビの中での話。その当事者以外、大部分の人間には無関係なのだ。同じ街に住んでいる人間でさえも。


 誰しも『自分だけは大丈夫』そう思って生きている。


 だが、芽春は真剣な顔で首を左右に振った。次いで口を開く。


「新しい犠牲者さんの、殺害現場が問題なんです!」


 芽春がこう口にすると、空気を読んだかのようにテレビ画面が切り換った。


 慌ただしく動き回る警察官。ビルとビルの間に張られた『立ち入り禁止』と書かれたバリケードテープ。夥しい数の報道陣。新しい犠牲者が殺害、発見された場所。その生の映像だろう。


「……あれ?」


 何かに気がついたのか、悠里がテレビに向かって一歩踏み出した。次いで目を見開く。


「これ、うちのすぐ近くじゃない!?」


「ええ!?」


 信じられないと悠里が叫び、七海が驚きの声を上げる。


 慌ててテレビに駆け寄る悠里。それに少し遅れて七海、芽春と続いた。


 テレビ画面に齧りつき、事件現場を凝視する悠里。自分の記憶と、現場の映像、その二つを照らし合わせているのだろう。


 ほどなくして、悠里は諦めの溜息と共に深く肩を落とした。


「うん、間違いない……家の近所だ……」


「ここって、いつも悠里ちゃんが使ってる、最寄り駅から自宅までの近道だよね? この前私たちに教えてくれた……」


「そうなんですよ! 芽春もニュースを見たとき、とってもとっても驚いちゃいました!」


 首を大きく縦に振り、芽春は言う。そして、仕切り直すように小さく咳払いをした後、どこか得意げにこう宣言した。


「それでですね、その事実を知ったとき、芽春は思ったんです! 悠里先輩にボディーガードが必要だって!」


「「……何で?」」


 自然と重なる七海、悠里の声。その声には「何で芽春はそう思ったの?」という疑問が、これでもかと込められていた。


 そんな二人の疑問が理解できないのか、芽春はキョトンとした表情でこう告げる。


「え? だってこれ、悠里先輩が殺人鬼に襲われるフラグじゃないですか?」


 一瞬の沈黙。そして――


「「勝手に変なフラグを立てるなぁぁぁあああ!!」」


 七海、悠里の声が、ビルの一階フロアに――いや、そのビル全体に響き渡った。

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