表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/52

034・こんにちは、御柱さん

 七海が芽春に覆い被さった直後、路地裏に様々な音が響き渡る。


 神経を逆撫でする羽音。


 体節が擦れ合う、蟲特有の動作音。


 イナゴたちの断末魔。


 他にも、他にも――


 耳を塞ぎたくなるような悍ましい音の数々。その中で唯一、間近から聞こえる力強い風切音だけが、七海を励まし、勇気づけてくれた。


 ほどなくして、それらが一様に聞こえなくなってから、七海は恐る恐る顔を上げる。


 見えたのは、夥しい数のイナゴの死体と、事切れる直前の半死体。そして――


「デカラビアさん……」


 器である髪飾りから飛び出し、七海と芽春を守ってくれたであろう、五芒星の悪魔の後姿だった。


「七海……無事? 怪我は……ない?」


「あ、はい。私は大丈夫です」


 自分の体を見下ろし、所々触れながら七海は言う。特に異常は見当たらない。


「そっちの子は……?」


「芽春? 大丈夫、芽春?」


 芽春の体を優しく揺すり、問いかける七海。だが――


「芽春!?」


 返事がない。


 地面に仰向けになったまま、芽春はピクリとも動こうとしない。七海は、その体を慌てて抱き上げた。


「芽春!? しっかりして、芽春!?」


 脳内を駆け巡る嫌な予感。両の目から涙が溢れるのを感じつつも、七海は胸の中にある芽春の顔を覗き込んだ。


そして、見つける。


「きゅ~」


 芽春の額から浮き出た、大きなたんこぶを。


「……」


「きゅ~」


「これって……」


「うん……頭を打って……気絶してるだけだね……」


 七海と同じように、上から芽春のことを見下ろしながらデカラビアが言う。恐らく、背後から組み伏せたときに、地面に額を打ちつけ、そのまま気絶したのだろう。間の抜けた気絶顔を見るに、命に別状はなさそうである。


「よかった……よかったよ~」


 芽春の無事を確認し、心底安堵する七海。涙を拭うその傍らで、デカラビアも声を発した。


「そうだね……気を失ったのは……好都合……」


 デカラビアはそう言うと、腕を伸ばして七海から芽春の体を取り上げた。そして――


「ちょ!?」


 そのまま腕を縮め、いつぞやのサインのときと同じように、芽春の体を窓の中へと収納してしまった。


「これでよし……」


「な、ななな、何やってるんですかデカラビアさん!?」


「ん? 身柄の確保……ここが一番安全……」


「生き物を入れちゃって大丈夫なんですか!? 消化しちゃったりとか!? 空気とか!?」


「大丈夫……ことが済んだら……出せばいい……」


 冷静に語るデカラビア。その様子を見るに、本当に問題はなさそうである。


「まあ、何にせよ……七海が無事で……よかった……」


「あ、はい。デカラビアさんも無事で――って、傷だらけじゃないですか!?」


 正面から見たデカラビアの姿に驚愕し、七海は声を張り上げる。


 デカラビアはボロボロだった。本体と思われる黄金の五芒星にこそ傷はないが、そこから伸びる無数の腕には、夥しい数の傷が見て取れる。特に酷いのは、イナゴの毒針によってできたと思われる刺し傷で、刺された場所が毒によって変色し、お椀型に腫れ上がっていた。見ているだけで痛々しい。


「ん……この腕たちは……もう使えない……かな……」


「そんな……」


「だから……破棄する……」


 え? 破棄? そう困惑する七海を尻目に、デカラビアは右の窓から新たな腕を出すと、手刀を作り、その手刀で傷ついた腕のすべてを無感情に切り落とした。本体から切り離された無数の腕は、すぐさま空気に溶け、消滅する。


「これでよし……」


「い、いいんですか? 腕、切っちゃって?」


「ん……明日には……生える……次は……」


 そう口にし、すべての腕を窓の中へと収納するデカラビア。次いで、周囲に横たわる半死半生のイナゴたちを見据え――


「消え……ろ」


 この言葉と共に目を見開く。


 瞬間、デカラビアの瞳から幾重もの蒼白い閃光が迸る。その閃光は、まるで意思を持つかのようにイナゴたちの体に降り注ぎ、息の根を止め、瞬く間に焼き尽くした。


「うわぁ……すごぉ……」


 目からビームを出したデカラビアと、綺麗になった路地裏を交互に見据え、驚嘆の声を漏らす七海。


 あれだけの大群を相手に、七海を守りながらものともしない強さ。ソロモン七十二柱、その力の片鱗を垣間見た。


「眷属は自我が希薄だからね……束になっても……私の敵じゃない……」


 デカラビアはここで言葉を区切り、路地裏の先を見据えた。次いで、こう告げる。


「眷属なら……ね……」


 鋭い眼光と共に紡がれた、この言葉。これが何を意味するのかを、七海は瞬時に悟る。


 そして――


「これはこれは」


 七海の耳に、地の底から響いてきたかのような、重苦しい声が届いた。


「精強で知られる我が眷属たちを瞬く間に屠った手並みから、相応の手練れだと想像してはいましたが、まさかこれほど高名な方とは思わなんだ」


 追いつかれた。心中でそう呟き、声が聞こえてくる方向に視線を向け、目を凝らす七海。だが、声の主は路地の影、都会の闇の中に紛れており、七海の目にはまだ見えない。


「この出会いに私はどうするべきか? 数奇な出会いと嘆くべきか、地獄の大侯爵をこの目にできたと喜ぶべきか、さてはて」


「以外に饒舌……ですね……」


「そう言うあなたは、少しばかり舌足らずなご様子」


 こう言葉を交わした直後、互いの口から小さく笑い声が漏れた。


「ソロモン七十二柱が一柱、デカラビア卿とお見受けいたしますが、いかに?」


「相違ない……そちらは……蝗の王・アバドン殿……ですね?」


「いかにも」


 七海の眼前で、王と侯爵が言葉を交わす。立場あるもの同士、互いが互いを尊重しているようにすら聞こえるその語らいは、重厚な雰囲気こそあるものの、今のところ実に穏やかだ。出会い頭に殺し合いになると思っていた七海としては、いささか以上に意外な光景。


 アバドンと語り合う最中、デカラビアの視線は決してぶれることなく、闇の中の一点を真っ直ぐに見据えている。七海にはまだ見えないが、デカラビアにはすでにアバドンの姿が見えているのだろう。そして恐らく、アバドンと行動を共にする想力師の姿も。


 アバドンと共に想力師が近づいてきているのは、少し前から七海にもわかっていた。


 姿は未だ見えないが、足音は聞こえる。女性用の下履き、その堅い踵が、コンクリートで舗装された地面を叩く音。狭い路地裏で反響したその音が、七海の耳にしっかりと届いている。


 その足音は次第に大きくなり――


「こんにちは、御柱さん」


 昨日と同じ挨拶と共に、一人の女性が、都会の闇の中から現れた。


 蝗の王を、引き連れて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ