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025・私、御柱七海は……

 七海は、見つめていた空羽の顔から視線をそらし、ダイニングテーブルの中央に鎮座する五十三枚の山札へと視線を移した。そして、その山札に右手を伸ばしつつ、真剣な口調で次の言葉を口にする。


「空羽さん……真剣勝負なので、山札はカットさせてもらいますよ?」


「当然ですね」


 空羽からの了承を得た七海は、右手で山札を手に取り、無作為に三等分する。そして、これまた無作為に、その三等分した山札を再び一つにまとめた。


「カードはどう配りましょう?」


 視線を山札から空羽へと移し、七海は尋ねる。


「そうですね……では、互いに一枚ずつ山札から引いていくという形で」


「わかりました。では、先程の勝負に勝った私から」


「どうぞ」


 空羽の了承を得た七海は、自身の一挙手一投足を注視する一人と二柱からの視線を全身に感じながら、山札へと右手を伸ばし、一番上から一枚カードを引いた。次いで、空羽が山札へと右手を伸ばし、七海と同じく一枚カードを引く。


 その後、七海、空羽、七海、空羽と、互いに五回カードを山札から引き合い、両者とも、その手中に五枚のカードを収める。


 七海の手札は、ダイヤの4、5、8と、クラブ5に、スペードのJ。つまりは、5のワンペアだった。


「……」


 弱い手だ。ブタじゃないのは助かるが、正直それだけの手。


 ポーカーでのチップなし、一発勝負。掛け金を上乗せして相手を勝負から降ろすという駆け引きができない以上、この勝負で求められるのは単純な手の強さのみ。その状況で、5のワンペアというのはあまりに心許ない。


「空羽さん、そちらの手はどんな感じですか?」


 ここで空羽の表情を伺いつつ、軽く牽制を仕掛けてみる七海。そんな七海の質問と視線に対し、空羽は無言無表情で答えた。理想的なポーカーフェイスである。鼻息一つ荒げやしない。


 空羽のその対応に、七海は胸中で舌打ちをする。声の一つでも出してくれれば、そこに込められた感情を読み取り、空羽の手をある程度予想できたのだが、さすがに勘づかれたようだ。むしろ、先程の行動、質問から、こちらの手を見透かされたかもしれない。


 こうなれば、いよいよ頼れるのは己の運と、手役の強さのみである。


 改めて、七海は自分の手札を確認してみた。


 ダイヤの4、5、8と、クラブの5に、スペードのJ。


 この場合、七海がとれる次なる一手は、ダイヤの5とクラブの5以外のカード三枚を交換し、5のワンペアを保険としつつ、5のスリーカード、もしくはフォーカードを狙うか。もしくは、ダイヤの4、5、8を残し、カード二枚を交換して、ストレートないし、ダイヤのフラッシュを狙うか、である。


 七海は胸中で自問する。どうする? どちらが正解だ?


 当然だが、いくら悩んでも答えは出ない。山札の上にあるカードがわからない以上、出るはずもない答えだ。


 七海は目を閉じ、一度大きく深呼吸をした。そして――


「二枚、交換します」


 こう宣言した後、手札二枚を表側にして、ダイニングテーブルの上へと捨てる。


 手札に残したのは、ダイヤの4、5、8。


 狙いは、ストレートとフラッシュの両天秤。


 こちらを選択した理由は二つ。一つは、ワンペアを残し、どんなカードを引いても空羽がブタなら勝てるという、弱気な考えで勝負に出たくなかったこと。もう一つは、ただ純粋に高みを目指してみたいと思ったこと。


 現状、七海が望むことが出来る最高の役は、ダイヤの4、5、6、7、8のストレートフラッシュに他ならない。その役を、純粋な気持ちで目指してみようと思ったのだ。


 七海は山札へと右手を伸ばし、一枚目のカード引く。


 一枚目――ダイヤの6。


 七海は、よし! と、心の中で叫んだ。


 次に引くカードが、ダイヤの7ならストレートフラッシュ。7でなくとも、ダイヤならフラッシュ。ダイヤ以外の7ならストレートだ。


 七海は生唾を飲んだ後、意を決っして山札へと右手を伸ばした。己が運命を託した右手を山札に乗せ、震えながら二枚目のカード引く。


 引いたカードは――ダイヤのA!


 七海は、胸中で盛大にガッツポーズを決めた。


 七海の手は、ダイヤのA、4、5、6、8のフラッシュである。まず負けることはないであろう強い手だ。


 これで安心だと、七海は手札を見つめて安堵の息を吐いた。すると「三枚チェンジです」という空羽の声が七海の耳に届く。その声に反応し、七海が自分の手札から視線を上げると、七海が捨てた二枚のカードの上に被さる形で、空羽の捨てた三枚のカードが見えた。


 クラブの3、ハートの6、そして、ダイヤの7。


 ダイヤの7は空羽さんの手の中か――と、七海は少し残念に思ったが、それは流石に高望みだよねと、すぐに思い直す。


 フラッシュという手ができたのだ、これで満足。七海はそう思い、早く見せたいと言わんばかりに、次の言葉を口にした。


「勝負!」


 自信満々。勝利を確信しつつ、七海はその手札を場に晒した。


「フラッシュです!」


 どうだ見たかと、満面の笑みを空羽へと向ける七海。そんな七海に対し、空羽は不敵な笑みを返してきた。次いで、無言のままその手札を場に晒す。


 空羽の笑顔に不穏な何かを感じ、恐る恐る視線をダイニングテーブルへと落とす七海。そして、その表情を凍りつかせた。


 空羽の手札が、ロイヤルストレートフラッシュだったのである。


「……は?」


 急転直下とはまさにこのこと。七海のテンションは瞬時に大暴落し、本日の最安値を記録した。


 ありえない。そう思いながら、七海は空羽の手札を再度確認してみる。


「嘘……」


 そこには、紛れもないスペードのロイヤルストレートフラッシュがあった。ジョーカーこそ使われているが、確かにロイヤルストレートフラッシュである。


 ポーカーにおける最高役が、そこにはあった。


「私の……負け?」


 あまりの事態に硬直し、真っ白になる七海。


「僕の勝ちですね」


 呆然自失といった様相の七海に対して、笑顔で言葉を投げかける空羽。七海はか細い声で、「は……はい……」と答え、自身の敗北を宣言する。


「この状況でロイヤルストレートフラッシュとか……ありえないでしょ? どこぞの漫画の主人公さんですか、あなたは?」


 これが運命力という奴なのか? はたまた、英雄たる資質を持った者の必然なのか? 七海はそんなことを考えながら、苦々しく呟く。


 この七海の言葉に、困ったような笑顔を浮かべる空羽。そして、仕切り直すように咳払いをした後で、その表情を引き締める。そして――


「それでは七海さんの秘密、お聞かせ願いましょうか?」


 早速と言わんばかりに、先程の勝負に賭けられていた賞品を要求してきた。容赦のないその行動に、七海はがっくりと項垂れ、両の肩を深く落とす。


 しばらくその態勢で硬直していた七海だったが――


「……わかりました」


 この言葉と共に顔を上げた。あれほどの劇的な負け方ならば納得できると胸を張り、真剣な表情で空羽を見つめる


 秘密を打ち明ける。そう決めた瞬間、心の中に風が吹いたように七海は感じた。


 今の今まで、家族にも、親友にも、誰一人として教えることのなかった、声優・御柱七海の秘密。墓穴の中まで持っていくつもりだったものだが、もしかしたら、心のどこかでは誰かに知ってほしいと願っていたのかもしれない。


「それではお話しますね。私、御柱七海は――」


 七海はここで目を閉じた。


 覚悟を決めろ。


 そう自分に言い聞かせ、七海は自らの秘密を開示する。


「多重人格者です」


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