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024・次の勝負で僕と賭けをしませんか?

「……」


 完全にその動きを停止する空羽。打てば響くように答えを返してくれた口の動きも、合わせて止まる。


 その姿と、ダイニングキッチンを満たす重苦しい空気から、七海はあることを理解した。


 地雷を踏んだ。間違いない。


 アモンが険悪な視線を七海に向けている。すぐ隣のデカラビアから「馬鹿……」という小さな非難の声が聞こえてくる。


 喉がカラカラになっていくのを感じつつも、七海は空羽を見つめ続けた。視線をそらせば楽になれるかもしれないのに、どうしてもそれができない。


 七海が見つめる先で、空羽は大きく深呼吸をした。次いで、ノロノロとした動作でダイニングテーブルの上に散乱したカードに手を伸ばす。


「……そっちの家族のことは、話したくありませんね」


 カードを両手で集めながら、空羽は言う。その声に怒気や殺意の類は含まれていない。だが、それ以外の感情が強く込められていた。


 その感情は、後悔。


 深く、暗い、後悔の念を感じさせる、悲しい声だった。


 七海は胸中で安堵の息を吐いた。地雷は確かに踏んだ。しかし、どうやら爆発はしなかったようである。


「家族の話題には二度と触れない」七海は心の中で、何度も何度もそう復唱した。空羽が抱える強い後悔には少し興味があるが、無遠慮に聞いたら今度こそ地雷は爆発するだろう。地雷はあえて踏んで踏み抜くものだとどこかで聞いたが、そんなのは大ウソだ。地雷は踏んだら死ぬ。死ななくとも一生消えない傷を負う。極力近づかないのが正解だ。


「「……」」


 途切れる会話。カード同士がこすれ合う音だけが、ダイニングキッチンにただ響く。


 爆発こそしなかったものの、地雷を踏んだときの重苦しい雰囲気は継続中。ゆえに言葉を発することができない。それどころか、アモンの視線が未だに険悪なままなので、七海は凄まじい息苦しさを感じていた。


 このままじゃ窒息死するかも。七海が本気でそう思ったとき――


「七海さん、今度は僕から質問してもいいですか?」


 空羽が、手を動かしつつこう口にした。


「ふえ?」


「ですから質問です。僕の方も、七海さんに幾つか聞きたいことがあるので」


「え、ええ。どうぞ、何でも聞いてください」


 詰まりながらも言葉を返す七海。そして、一度言葉を発すると、七海の体は思い出したかのように自然な呼吸を取り戻した。


 助かった。そう胸中で呟く七海。次いで、強張っていた全身から力を抜く。アモンの視線は険悪なままだが、会話をすれば気も紛れるだろう。


「では遠慮なく。七海さんは二年前、一度倒れてますよね?」


「調べたんですか?」


 七海が『劇場版・魔法洋菓子職人シュガー』のアフレコ中に倒れたのは有名な話だ。ネットを開き『御柱七海』で検索すればすぐにわかる。


「ええ。それが原因で、七海さんは仕事の量が制限されているとか」


 空羽は、ここでカードから顔を上げ、七海と視線を重ねた。


「病院にも定期的に通っている」


「はい」


「大変ですね。どこも悪くないのに病院通いなんて」


「――っ!?」


 なぜそれを!? と、七海は目を見開き、次いで口を動かした。


「なんで空羽さんがそのことを!? 世間的には私は――」


「過労により体を壊し、倒れた。そのときの後遺症が残っており、仕事の量が制限されているとなっていますね。ですが、それは嘘です。アモンが教えてくれました」


「アモンさんが?」


「今朝、アモンが言ってましたよね? 繋がった相手の状態把握くらいは簡単だって」


「あ……」


「よかったですね、七海さん。体は健康そのもの。どこにも異常はないそうですよ」


 ここで七海は黙った。黙ることしかできなかった。


 空羽の言葉に誤りは一つもない。七海の体は健康かつ万全だ。持病は愚か、ニキビ一つないはずである。仕事の量が制限されているのは、倒れた理由が原因不明で、また仕事中に倒れられたら困るからだ。


「後遺症は嘘。でも、倒れたのは本当。嘘を吐き、仕事量を制限してまで隠し通す、七海さんが倒れた本当の理由。それを僕は知りたい。よければ教えてくれませんか?」


 七海の目をまっすぐに見つめて、空羽は言う。七海が倒れた本当の理由が知りたいと、彼は言う。


 散々こちらからの質問に答えてもらっていた手前、答えてあげたいと七海は思った。しかし、これは、これだけは――


「……すみません。お答えできません」


 ダメだ、言えない。


 あの日、あの時、あの場所で、御柱七海が倒れた理由。これだけは人に知られるわけにはいかない。それを誰かに知られたら、声優・御柱七海が死にかねない。


「そうですか、残念です」


「すみません……」


 心底申しわけなく思いながら、七海は再度謝罪の言葉を口にする。


「気にしないでください、想定内の反応です。それじゃ、次の質問いいですか?」


「どうぞ」


 黙秘権を行使した七海に気分を害した風もなく、次の質問に移る空羽。七海は、今度こそ答えなくちゃと思いつつ、空羽の質問を待った。


「七海さん。あなたは……その、なんで僕と普通に話ができるんですか?」


「ふえ?」


 七海の口から思わず間の抜けた声が漏れる。決意と共に待ちかまえた空羽の質問、その真意がよくわからなかったからだ。


「えっと……それはどういう……?」


「つまりですね、なんで一般人の七海さんが、人殺しの僕と普通に会話できるんですか? ってことです」


「あ~」


 そういうことかと、今度は納得の声を漏らす七海。


「僕は人殺しです。人でなしに分類されるであろう人間です。常日頃から犠牲者を出さないよう心掛けてはいますが、そんなのは努力目標にすぎません。僕は、必要なら誰だって殺しますし、助けられないなら見捨てます。そんな人間と普通に話をして、そんな人間が作った料理を平然と食べて、いくら声から感情が読めるといっても……その、おかしいですよ」


 この言葉には、強い興味と、ほんの僅かに恐怖の感情が込められていた。要するに「僕のこと、怖くないんですか?」と、そう空羽は言いたいのである。


 結論としては、七海は空羽のことが怖くない。七海が空羽のことを怖いと感じたのは、殺されかけたあのときだけだ。


 しかし、その理由も口にすることはできない。なぜなら――


「す、すみません。先程とまったく同じ理由でお答えできません……」


 そう、七海が空羽を恐れない理由は、七海が倒れた理由に直結してしまう。ゆえに言えない


「倒れた理由と同じ……ですか?」


「はい、同じ理由です。でも、信じてください。理由は言えませんけど、私、空羽さんのこと、怖くないです。平気です」


「……ふむ」


 空羽は集め終えたカードを縦にし、ダイニングテーブルの上で何度か叩く。そして、考えごとをするかのように目を閉じた。


ほどなくして――


「それじゃ、こんなのどうですか?」


 空羽は、目を開けると同時に口を開き、ある取引を七海に提示する。


「七海さん、次の勝負で僕と賭けをしませんか?」


「賭け……ですか?」


「はい。僕とポーカーで一対一の一発勝負です。僕が七海さんに勝てば、七海さんは先程の僕の質問に答える。七海さんが僕に勝てば――」


 空羽はここで言葉を区切ると、綺麗に整えられた山札を、ダイニングテーブルの中央に置いた。そして、表情を真剣なものへと変えながら、次の言葉を口にする。


「僕の家族のことをお話しますよ」


「……え? ……ええ!?」


「空羽!?」


 デカラビア、アモンの順に、驚愕の声を上げた。どうやらこの二柱にとって、空羽のこの提案は信じがたいことらしい。


「どうです?」


 意味深な笑みを浮かべて、七海に回答を促す空羽。


 七海は悩んだ。自らの秘密と、空羽の秘密。その二つを胸中で天秤にかける。


 そして――


「賭け……ですか。面白いですね、いいですよ」


 七海も、空羽と同じように意味深に笑い、こう返した。


 平時の七海。普段通りの御柱七海なら、このときの回答はNOだっただろう。しかし、明後日には死ぬかもしれないという異常な状況と、空羽の家族への興味が重なり、七海にこの回答をさせた。更にいえば、七海は現在二連勝中で、この勢いのまま突っ走れば、次の勝負にも勝てるという、厳しい実力社会で生き抜いた者としての確信があった。


「交渉成立ですね」


 意味深な笑みを、楽しげな笑みに変える空羽。次いで、こう言葉を続ける。


「では、勝負です」

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