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001・私たちの冒険はこれからだ!

「私たちの冒険は、これからだ!!」


 某レコーディングスタジオのアフレコブース内にある一本のマイク。そのマイクに向かって、熱く、そして高らかに、七海は声を発した。


 七海の声には、これから始まる新たな冒険と、まだ見ぬ世界への期待が込められていた。この声を聞けば、誰であっても心に熱い何かが芽生えるに違いない。そう、たとえ無機質なスピーカー越しであろうとも、だ。


 アフレコブース内に訪れる数秒の沈黙。そして――


「はい、OK! 皆さん、お疲れ様でした!」


『お疲れ様でしたー!』


 文句なし。そう顔に書いた音響監督が、この場にいる全員に向かって労いの言葉を発した。その言葉に、今この場にいるすべての関係者が笑顔で応じる。


 アニメ『ブレーメンカルテット』。その最後のアフレコは、こうして終わりを告げた。


 仕事をやり終えた参加声優たちが、笑い合い、語り合いながらアフレコブースを後にしていく。そんな中、七海はしばし天井を見上げた後、一度頷いてから歩き出す。そして、アフレコブースの出入り口に佇む親友、悠里の姿を見つけた。


 七海と悠里。二人は足取り軽く互いに近づき、右手を上げ、叩き合わせる。次いで、共に清々しい笑顔で口を開いた。


「お疲れ様、悠里ちゃん」


「お疲れ、七海ちゃん」



     ●



「台本を読んだときも思ったけど、ストレートど真ん中な終わり方だったね」


 ビルの一階出入り口に向かって階段を下りながら、七海が笑顔と共に口を開く。


 七海の服装は担当するキャラクターの服装に合わせ、七海と悠里が在籍する私立明声(めいせい)学園高等部の制服だった。ブレザーにプリーツスカート、黒のオーバーニーソックスという出で立ちである。右手には学校指定の鞄が握られており、その鞄のハンドル部分には、魔法洋菓子職人ソルトのフィギュアストラップがぶら下がっている。


「ほんとほんと。でも、私は嫌いじゃないかな、あの終わり方。作品の雰囲気にも合ってたし、監督も狙ってやったわけだしさ。ネットやファンの間で話題になるよ、きっと」


 七海の右隣で楽しげに笑い、悠里は七海の言葉に同意で答えた。


 悠里の服装は、七海と違い私服である。ロングスカートのワンピースで、全体的に白で纏められていた。この服装は、悠里が七海と同じく担当するキャラクターの服装、イメージカラーを意識してコーディネートしたものであり、悠里本人の可愛らしい外見、雰囲気に良く似合っていた。右手には『ブレーメンカルテット』の台本と、途中で着替えた制服、学校で使った教科書等がまとめて入っている大きめのバッグが握られており、そのバッグのハンドル部分には、魔法洋菓子職人シュガーのフィギュアストラップがぶら下がっている。


「あれだよね、開き直ってるようで、実は計算されてるところがにくいよね。でも『ブレーメンカルテット』も最終回かぁ……もう少し続けたかったな。私、原作のファンだし。第二期あるかな? 悠里ちゃんはどう思う?」


「う~ん、原作は順調に連載してるし、最終回もラスト以外は原作に沿った作りだったから……うん、大丈夫! 第二期はあるって思うな!」


「そうだよね! そのときは――」


「また一緒にがんばろうね」


 二人は階段を下りつつ顔を見合わせ、楽しそうに笑い合う。


「ねぇ、悠里ちゃん。悠里ちゃんは今、仕事いくつ抱えてるの?」


「私? えっとね……放送中のアニメでレギュラーが二本で、準レギュラーが一本。四月から放送開始のアニメでもレギュラーが二本。シリーズもののOVAが一本あるし、ラジオで二本――だったかな? またオーディション受けるから、もう少し増えるかもだけど」


「うわ! 仕事八本で、アニメのレギュラー四本もあるの!? さすがだね!」


「ふっふっふ、七井悠里は絶賛売り出し中なのだ! それで、七海ちゃんは?」


「もろもろ合わせて五本。あ、でも『ブレーメンカルテット』は今日で終わりだし、『ベリーベリーベリー』も次のアフレコで最終回だから――三本かな? レギュラーは……ゼロになっちゃう」


 指折りしながら答える七海だったが、悠里に比べると不甲斐なく思ったのだろう。少し顔を伏せ、肩を深く落とした。次いで、不満げに告げる。


「はぁ……もっともっと声優の仕事がしたいよ……」


「仕事の本数に制限がかかってるもんね。七海ちゃんは」


「うん。本数はスケジュール次第だけど、レギュラーは二本以上持てないから……ああ、どうしてこんなことに! 私の声優への情熱は、オーディションがあると聞くたびに飛んでいった、駆け出しの頃からまったく変わっていないのに!」


 オーバーアクションで、声優というよりは舞台俳優のように胸中を吐露する七海。その言動が面白かったのか、悠里は笑った。が、すぐに真剣な顔になり、そのまま口を開く。


「仕方ないよ。七海ちゃんは二年前の夏に、一度倒れてるもん」


「……そうだけど。倒れたときの検査じゃ『異常なし』だったわけだし――」


「『原因不明』の間違いでしょ」


「う……」


 悠里の強い口調に言葉を詰まらせ、七海は踊り場で足を止める。それに合わせ、悠里も足を止めた。


 恐る恐る顔を右に向ける七海。そんな彼女の視線の先には「私、怒ってます」と言いたげな悠里の顔があった。


「七海ちゃん。七海ちゃんが目の前で倒れたとき、私がどれだけ心配したかわかる? 七海ちゃんが病院で眠っているとき、私がどれだけ不安だったかわかる?」


「それは――」


「わ・か・る?」


「……ごめんなさい」


 体を小さくして謝罪の言葉を口にする七海。その謝罪を素直に受け入れたのか、悠里の顔から怒りが消えた。だが、真剣な顔は崩さずに、悠里は言葉を続ける。


「定期検査ではっきりとした原因が解るか、高等部を卒業するまでは会社の意向に従ったほうがいいよ。世間的には、御柱七海は過労で倒れたことになってるんだから、ね?」


「うぅ……はぁい」


「うん、よろしい」


 七海の返事を聞き、悠里はようやく笑顔を浮かべた。次いで足を動かし、階段を再び下り始める。少し遅れて七海も続いた。


「まぁ、七海ちゃんの仕事が少ないのは、私としては助かるかな。今のうちに少しでも七海ちゃんとの差を埋めないとね」


「差って、そんなの――」


「あるよ。すっごい離されてる。私、一度でも仕事で七海ちゃんに勝てたと思ったことないもん。人気絶頂、国内人気ナンバーワン。奇跡の声と圧倒的表現力を持つ、不世出の天才。私の親友で、ライバルで、一番身近な目標。声優・御柱七海」


 悠里はここまで言ってから足を速めた。階段を下りきり、一階に到着すると同時に右足を軸に半回転。そして、七海の姿を下から見上げつつ口を開く。


「ずっとずっと、私の特別でいてね? 七海ちゃん」


 太陽のように明るい笑みと共に放たれる、悠里からの突然の告白。その言葉には、何ものにも言い表せない、悠里から七海への、万感の思いが込められていた。


 親友からの突然の告白に、どう返したものかと七海は一瞬たじろぐ。が、何かに気がついたのか、すぐに呆れ顔になった。そして、呆れ顔のまま口を開く。


「悠里ちゃん、その台詞――」


「きゃは♪ それって、明日最終オーディションがある『天使のホイッスル』のサブヒロイン、天塚あまつかかえでの台詞ですね。ちなみに、原作漫画のコミックス一巻、十五ページ、三コマ目を参照で~す」


「うん、そうそう――ってこの声!」


 無駄に明るいパワフルな声が、七海の言葉を遮って、彼女が言わんとしていたことのすべてを引き継ぎ、補足説明までつけて二人の会話に割り込んできた。その声が聞こえてきた方向に、七海、悠里の顔が同時に動く。


 二人の視線の先には、七海と同じく私立明声学園高等部の制服に身を包んだ女の子が立っていた。小柄で、童顔。栗色の髪をダブルシニヨンにまとめている。発育があまり良くないのか、胸が高校生とは思えないほどまったいらだった。


芽春めばる!?」


 七海に芽春と呼ばれたその女の子は、輝くような笑みを浮かべながら右手を上げ、少しくだけた敬礼をした。次いで口を開く。


「せ~んぱい、どもです」


 童顔、子供体型、アニメ声という、自身が持つ武器を最大限に生かした、その筋の人が見聞きしたら悶絶ものの挨拶を披露する芽春。自分としても会心の出来だったのだろう、挨拶の後ぶりっ子のポーズをして「きゃは♪」と笑っている。しかし――


「魚ちゃん、どしたの? こんなところで? 私たちに用事?」


 悠里の笑顔と共に紡がれたこの言葉を聞いた途端フリーズした。笑顔が硬直し、ぶりっこのポーズを維持したまま、一階フロアに豪快にずっこける。


 僅かだが、確かに三人の時間が止まった。


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