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018・私は、偶然に殺されかけたんですね

 割と新しい感じの雑居ビル。一階がファーストフードの飲食店で、二階~四階がネットカフェ、五階に金融業といった割り振りである。七海にとっては仕事の行き帰りで何度も前を通ったことのあるビルだが、実際に利用したことは一度もない。


「おっとと、いきすぎちゃうところでしたね」


 慌てて足を止める空羽。次いで、ビルの前に置かれていた看板に目を向ける。手作りと思われるその看板には、時間ごとの基本料金と利用規約。そして『アルバイト募集中。社員割引あり』という文字が書かれていた。


「三十分・二百円。非会員制、身分証明不要。これは理想的です。七海さん、早速入りましょう」


 空羽は七海の返答も聞かずにビルの入り口へと向かった。七海は慌ててその後に続く。


 階段を上がり、ネットカフェに入店。受付で入店時間と部屋番号が印刷された紙を受け取った後、すぐに中へ。


 割と綺麗な店内だった。外から見た印象よりも、ずっと広く感じる。


 空羽は漫画で埋め尽くされている本棚や、無料ドリンクバーには目もくれず、最短距離で指定されたカップルシートへと向かった。七海も共に入室する。


 二畳半ほどの広さの個室だった。中にはパソコンとテレビが一台、デスク、大きめのソファーが一つある。


「さてと……」


 空羽は早速ソファーに腰かけ、パソコンと向かい合った。次いでインターネットを開く。スタートページに設定された、世界で最も有名な検索サイトが液晶画面に現れる。


 カップルシートで男の子と二人きりだというのに(正確にはデカラビアもいるが)まったく色気がないな――と、七海は苦笑いを浮かべつつ、空羽の隣に腰掛けた。


「あの、空羽さん。言われるがままにここまでついてきましたけど、パソコンなら私の部屋にもありますよ?」


 空羽のすぐ横で、パソコンの画面を見つめながら、七海は口を開く。


「いえ、自宅のパソコンやスマホだと、万が一がありますので……」


 空羽はそう言うと、検索は使わず、アドレスバーに直接アドレスを入力し始めた。


 メモ一つ見ずに、複雑で長いアドレスをブラインドタッチで入力していく空羽。二秒足らずでエンターキーが押される。


 画面に表示されたのは『怨嗟の声』という名前のサイト。バックは黒塗りで、文字はすべて白。簡素ではあるが、異様な迫力を感じさせるトップページだった。


 見た瞬間、七海は察する。これは、俗に言うアングラサイト。現実では表に出せない心の闇で作られた、ネットの裏側そのものだ。


 なるほど、自宅のパソコンやスマートフォン、それらでは接続を躊躇うサイトである。コンピューターウイルス、ワンクリック詐欺、他にも警戒すべきことがわんさかだ。確かにそれらは怖い。怖いが――それだけだ。これをわざわざ七海に見せる、空羽の意図がわからない。


「空羽さん、このサイトがいったい?」


「このサイトはネットの暗部で有名なんです。曰く、ここの掲示板に殺したい相手の名前を書き込むと、掲示板に宿る殺人鬼がその相手を殺してくれる」


「……は?」


 七海の口から呆れた声が漏れる。


「は、はは、もう空羽さんたら、何言ってるんですか。そんなバカな話、あるわけないじゃないですか」


「そうですね。それがまともな人間の反応です。ですが七海さん、これを見ても、あなたは同じことが言えますか?」


 空羽はマウスを操作して、トップページの『画像』と書かれたリンクをクリックした。パソコンの画面が切り替わり、七海は驚く。


「これ、昨日の!?」


 右手から無骨なナイフを生やした、黒い包帯で全身を余すことなく包む、筋骨隆々の大男。昨夜、七海の目に焼きついた、異形の殺人鬼。


 その殺人鬼が、液晶画面の中にいた。


 一瞬写真かと思ったが、違う。パソコンのグラフィックソフトを使って描かれたイラスト、CGである。


「これが昨日の想力体。その原型です」


 イラストの上にカーソルを移動させながら、空羽は言う。


「なんで、あの殺人鬼がここに……?」


「ことの発端は、ここの掲示板に書き込まれた、ある書き込みです」 


 唖然としている七海を尻目に、空羽はマウスを操作してトップページに戻る。次いで『掲示板』と書かれたリンクをクリックした。画面が切り替わり、殺したい相手の名前を書き込めば殺人鬼が殺してくれるという、くだんの掲示板。その中へ。


「――っ!」


 掲示板の中を一目見た瞬間、七海は咄嗟に顔を背けた。怨嗟の声。そのサイト名に相応しい書き込みが、画面いっぱいに現れたのである。


 見ちゃだめだ。


 これは、御柱七海が見るべきモノではない。


「えっと、あの書き込みは掲示板の……もうちょっと後ろかな? 書き込みが多いから、場所がすぐずれるんですよね。日付が確か……」


 七海と違い、他人の怨み辛みなど知ったことではないと、円滑にマウス操作を続ける空羽。


 ほどなくして――


「あ、あった。七海さん、これがすべての起点となった書き込みです」


 画面から目を背けている七海の肩を軽く叩き、画面を見るよう促す空羽。七海は、恐る恐るパソコンへと視線を戻す。戻して、言葉を失った。




 投稿者・名無しさん

『この前、この掲示板に死んでくれって書き込んだ奴、交通事故で死んだ! マジ嬉しいんですけどww』




 なんて身勝手な書き込みだろう。


 その後の書き込みは、不幸な事故であるはずのその事件を羨むものや、自分にも同じことが起きないかと、死んでほしい相手の名前を書き込むものなど、見ているだけで気持ちが悪くなっていく書き込みが続いている。酷いものになると、死んでほしい相手の個人情報まで書き込んであるものもあった。まるで、殺しの依頼でもしているかのようである。


「次に起点となった書き込みがこれです」


 人の心の闇にあてられ、徐々に顔色が悪くなってきた七海を尻目に、空羽は再度マウスを操作する。そこには――




 投稿者・名無しさん

『やった! 願いが通じた! 私の書き込んだ人も死んだ!』




「次にこれ」




 投稿者・名無しさん

『すっげ、まじすっげ! 俺の書き込んだ奴も死んだ! この掲示板すげーよ! 絶対何か憑いてるよ! このサイト作った奴、まじで神!』




 画像も添付できるタイプの掲示板だったようで、この書き込みに至っては証拠画像までついていた。


 書き込みと共に添付された画像には、テレビで流されたニュースの一場面らしきものが映っている。そこには犠牲になった人の名前と年齢、そして、その死因が映っていた。


 死因・刃物による刺殺。


 この書き込みの後は凄かった。明確な証拠写真が提示されたことと、死因が殺しだったからだろう。この掲示板の力と、このサイトの管理人を褒め称える書き込みが、延々と続いている。


 やがて、書き込みの中に、ある共通した書き込みが出はじめた。


 この掲示板には、殺しの願いを叶える殺人鬼が宿っている――と。


「そして、これが最後の起点です」




 投稿者・名無しさん

『この掲示板に宿る、私たちの殺人鬼を描いてみました』




 この書き込みにも画像が添付されていた。それは、先程見た殺人鬼のイラストと同じもの。先程の画像は、これのコピーだろう。


 改めて見ると、このイラストがとてもうまいことがわかる。プロのイラストレーターが描いたのではないかと思えるほどのでき栄えだ。そう思ったのは七海だけではないらしく、掲示板にはこのイラストを称賛し、受け入れる書き込みが多々ある。


 この掲示板で、あの殺人鬼は多くの人に知られ、受け入れられた。そして、それと同じ量の想力を獲得したのである。


「都内を騒がせた殺人鬼は、ここで生まれたんですね……」


「はい」


「で、でも空羽さん。こんなアングラサイト、知っている人はほとんどいないはずですよね? いくらなんでも想力が足りないんじゃ?」 


 想力体の説明をしたとき、空羽は一万、十万、百万といった数を口にした。例として上げた大雑把な数であろうが、想力体が自我を確立するには、最低限それくらいの想力が必要だということだろう。こんなアングラサイト、いくらネットの暗部で話題になったところで、万単位の人間に知られているとは到底思えない。


「その通りです。確かに、このサイトだけでは想力は足りません」


「ですよね。なら、想力はどこから?」


「先程のニュースですよ」


 空羽はこう言うと、マウスを操作して、掲示板を先程の証拠画像、テレビで流されたニュースの一場面が映っている場所へと戻した。


「このニュースが報道されたとき、犯人は逃走中。しかも、その犯人の情報は一切公開されませんでした。皆無です。警察も手詰まりだったのでしょうね、むしろ視聴者に情報提供を求めるぐらいでした」


「情報が皆無……」


「はい。凶悪な殺人犯が逃走中。なのに、情報は一切ない。さて、七海さん。こんなとき、このニュースを見聞きした人間は、いったい何を考え、何を想うのでしょうか?」


「え?」


「凄惨な殺人事件。犯人は逃走中。その犯人は、顔も、性別も、背格好もわからない。こんなとき、人間はいもしない殺人鬼を、頭の中で勝手に想像してしまったりしませんか?」


 あり得る話だ。全員とは言わないが、そのような想像をする人間は、かなりの数がいるだろう。


「つまり、このニュースが日本全国に報道された瞬間――」


「いもしない空想の殺人鬼が、多量の想力を得た」


「その通りです。しかし、その想力は曖昧で、方向性がバラバラ。とてもじゃありませんが、一個の想力体として具現化できるようなものではありません。しかし、この掲示板には、その事件の犯人であると決めつけられた殺人鬼の画像と、それを信じる掲示板の閲覧者たちがいます。そして、曖昧な想力には、明確な方向性を持つ想力に引っ張られるという性質があります」


 空羽は、改めて殺人鬼の画像をパソコンの画面に表示した。七海は、その殺人鬼の画像を直視する。


「ここの掲示板に集まる想力には、明確な方向性があります。そして、その明確な方向性を持つ想力に、膨大な量の曖昧な想力が引っ張られ、そして――」


「多量の想力を獲得したこの殺人鬼が、自我を確立。想力体となった」


 それが、十一人の東京都民を惨殺し、昨夜七海を殺そうとした殺人鬼。その正体。


「全部、偶然じゃないですか……」


 そう、偶然。殺人鬼の正体は、ただの偶然だった。


 この掲示板が作られたのも、その掲示板に名前が書かれた人が殺されてしまったのも、殺人鬼の噂が広がったのも、その殺人鬼に画像がついたのも、それらすべてが偶然だ。


「私は、偶然に殺されかけたんですね」


「想力体が生まれる原因は、そのほとんどが偶然の重なりですよ。で、偶然の重なりにより生まれたこの殺人鬼と契約した想力師。つまりは昨日のあの男ですが、このサイトの管理人だったりします」


「え!?」


「こっちの話は単純です。掲示板の閲覧者たちに神だのなんだの誉め称えられて、その気になっちゃったんでしょうね。そして、心の底から自分に特別な力があると信じてしまったあの男は、想力体を認識できるようになった。もっとも、これは事前調査からの推測ですがね」


 その後で、この殺人鬼と契約したのか。


 掲示板から生まれた想力体と、その掲示板の管理人。この二人が出会い、契約を結んだのは、幾つもの偶然の中、唯一の必然だったのかもしれない。


「まあ、そんなこんなでこの掲示板は、殺したい相手の名前を書き込めば殺人鬼が殺してくれる、殺人掲示板になっていったんです。殺人鬼の方は、テレビなどの報道で自分自身の想力を更に増やすために。管理人の方は、掲示板の閲覧者に褒め称えられるために。ひたすらに人を殺し続けました。殺人が都内に集中したのは、移動が面倒だったからでしょうね。地方より話題になりますし」


 それが、都内を騒がせた無差別連続殺人事件の真相。


「なんていうか、その……ちゃんと色々調べてから動いてるんですね、空羽さん」


「人一人殺すんですよ。間違いでしたではすみません」


 かなり声を小さくして言葉を返す空羽。個室とはいえ、周囲の人に聞かれることを警戒したのだろう。


「今回は、いろいろ考えた末に殺しを選択しました。話し合いでけりがつくとは思えませんでしたし、事件の性質から迷宮入りさせるわけにもいきません。ですので、あの男には死体という形で世に出てもらいました。鉄骨で潰して、事故死に見せかけて、ね」


「なんで迷宮入りはダメなんです?」


 事故死に偽装した理由は何となくわかる。殺人では事件が続いてしまうからだ。だが、なぜ世に出す必要があるのだろう? 世界の裏側と言える想力が深くかかわった事件だ。迷宮入りの方が何かと都合がいい気がする。


「想力体は、想力、つまりは知名度が一定値以上を保ち続ける限り、時間をかけて復活するからです。何度でも」


「時間をかけて復活!? 何度でも!?」


「はい。何せ、実体のない空想上の存在ですから。想力を用いた攻撃によって、一時的に無力化することはできますが、それでは根本的解決になりません。想力体にとっての死は、人に忘れられること……それだけです。ですから、迷宮入りして何年も捜査や報道が続いたり、都市伝説になったりしたら、本当の意味での解決に何十年、何百年とかかるんです。この殺人鬼が、ちょっとした切っ掛けで再度想力体として復活する可能性が、いつまでも残り続けます」


 空羽は「その度に面倒見れません」と、小声でつけ足した。


「しかし、事件が解決され、世間の明るみに出ればそうはなりません。あの男が無差別連続殺人事件の犯人だと各メディアで報道されれば、この事件は凄惨で、不幸な事件だったものの、ただの人間が起こした事件になります。多くの人が想像していた『いもしない空想の殺人鬼』が消えるんです。そうなれば、この事件は本当に解決。あの殺人鬼は、二度と想力体としてこの世界に現れることはないでしょう」


 こう口にした後、空羽はマウスを操作して掲示板の先頭へと戻る。そして、キーボードを操作し、掲示板に最新の書き込みをした。




 投稿者・名無しさん

『さっきの臨時ニュースで報道された、建設途中のショッピングモールで死んだ男。このサイトの管理人で、無差別連続殺人の犯人らしいよ。ソースは秘密。警察もこの掲示板を見つけたみたいだから、殺人依頼をしていた人たちはやばいんじゃないかな?』




「これでよしと」


 自分の書き込みが掲示板に書き込まれたことを確認した後で、空羽は小さく頷いた。


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