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013・これは食事しながらする話じゃないと思います!

「実は昨日、家に帰った後でここにいるアモン、デカラビアを含めた家族みんなで会議をしたのですが、少々まずいことに」


「まずいこと?」


「はい。実は七海さんを生かしておくことに反対だという意見が出まして」


「多数決に……なったの……」


 空羽は「すみません」と頭を下げ、デカラビアは悲しそうに俯いた。


「揉めたら多数決。それが私たちのルールでな」


 補足したのはアモン。


「結果は賛成二、反対二、中立が一です」


「お前のせいで家の中が真っ二つだよ」


 あと一票でも反対票が投じられていたらどうなっていたのだろう? と、七海は体を震わせ、生唾を飲む。


「あの……ちなみに賛成票を投じてくれたのは?」


 七海の質問に、空羽、デカラビアの両名が無言で手を上げる。


「じゃあ、中立って言うのは?」


 今度は、アモンが無言で右翼を上げた。


 どうやらこの場に反対派はいないらしい。七海はほっと胸を撫で下ろす。


「中立にしておいてなんだが、意外な結果だったよ。穏健派のあいつらが反対に回るとは思っていなかった」


「いつもは僕の意見を尊重してくれるんですけどね」


 空羽は申しわけなさそうに「まあ、想定内の反応でしたが」と続ける。


「えっと、ざっくり整理すると、私を生かすか殺すかで、空羽さんたちは揉めていると?」


「はい」


「デカラビアなんて、口論の末に反対派の一柱と殺し合い寸前のところまでいった」


 デカラビアの方に視線を向け、アモンは言う。すると、デカラビアはバツが悪そうにそっぽを向き、次いで声を発した。


「あれは……向こうが悪い……私は謝らない……」


「別にかまわんさ。敵対するものは排除する。それは悪魔として正しい」


「でも、仲間内でやられたら困るよ……」


 空羽は「間に入る身にもなってよ」と肩を落とす。そんな空羽の言葉に小さく頷き、アモンは言葉を続けた。


「空羽の言うことももっともだ。そこで、私は一つの提案をした」


「提案?」


「揉めている原因は私の中立票。だから、賛成か反対かちゃんと結論を出すために、御柱七海を見極める時間をくれ――とな」


 アモンはそう言うと、七海の目をじっと見つめた。瞬間、七海の体が大きく震える。


「確か、今日を含め三日でいいんだったな?」


 特徴がないにもかかわらず、もの凄い迫力を感じさせる声で、アモンは七海に最終確認を取る。


「え、えっと……」


「いいんだったな?」


「はい! 明後日の『ベリーベリーベリー』最終回のアフレコにさえ参加できれば! ええ、それで!」


 自分が口を出せないところで、自分の生死の境が決まろうとしている。そんな不条理に、胸中で滝のように涙を流しながら、七海は叫ぶように言葉を返した。


「よし。空羽、デカラビア、聞いての通りだ。会議での提案通り、私は明後日に結論を出す。それがどんなものであれ、その結果には従って貰うぞ。それでいいな?」


「うん。僕はそれで」


「ルールには……従う……」


 すでに納得していたのだろう、空羽とデカラビアは素直に同意の言葉を口にした。


「そういうわけだ、七海。お前が私たちにとって有益かどうか、見極めさせてもらうぞ?」


「具体的にはどうやって?」


 涙目で、力なく項垂れつつ七海は尋ねる。そして、心労で今にも倒れそうな七海に追い打ちをかけるかのように、アモンはとんでもないことを口にした。


「なに、三日も一緒に暮らせば自然とわかることだ」


「……は?」


 七海は顔を上げ、目を見開きながらアモンを見つめる。


「一緒に、暮らす?」


「ああ」


「誰と、誰が?」


「七海と、私たちが、だ」


 アモンの言葉を聞くなり、七海は錆ついたブリキ人形のような鈍い動きで、空羽の方に視線を向ける。空羽はその視線に対し手を振り、笑顔で応えた。


「空羽さんも……ですか?」


「当然だ」


「それは無理です!!」


 七海は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「なぜだ? 年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは駄目とか言うつもりか? 悪魔に人間の倫理観を説いても無駄だぞ?」


「いや、その、あのですね、年頃の男女が一緒に暮らすというアニメや漫画における古典的かつ王道な展開には職業柄理解のある方ですし、どこかで憧れていた面も無きにしも非ずなんですが、いろいろと問題が!」


「と言うと?」


「私は声優ですが、歌手、アイドルに近いことも多くやってまして! 自惚れを差し引いてもですね、けっこう人気がある――つもりです!」


「だから?」


「だから……その、特定の男子と深い関係を持つのは会社から禁止されているというか、恋愛御法度というか、今は仕事をしてる方が楽しいっていうか、ファンサイトが炎上するというか、仕事に差し支えるようなスキャンダルは困るな~なんて……」


 後半は勢いを失ったのか、七海らしからぬ控え目な声だった。


 口を閉じた後、胸の前で人差し指をモジモジさせる七海。そして、アモン、空羽、デカラビアと、おのおのの顔色を伺うように視線を動かした。


 そんな七海をしばらく無言で観察していた一人と二柱だったが、ほどなくしてアモンが口を開く。


「ふむ、つまり七海は、空羽と一緒に暮らすのは嫌だと?」


「嫌と言うか、無理と言うか……」


 七海は「せめて、アモンさんとデカラビアさんだけでお願いします」と目で訴えながら、アモンに返答する。


 その返答にアモンは「仕方ない」と言うように小さく頷いた。


「そうか、わかった」


「わかってくれましたか!」


「ああ。七海――」


 アモンはここで言葉を区切り、右翼を大きく広げる。


「今、ここで死ね」


「わ~い、嬉しいな♪ こちらの都合を考えない突然の同棲イベントなんて、まるでアニメの中みたい♪ ドッキドキ~のワックワク~♪」


 私って、大ピンチのときでもこんな明るい声が出せるんだな~と、心の中で呆れつつ、七海は精一杯の笑顔をアモンに向けた。


 営業スマイル全開だ。出し惜しみはしない。したら死ぬ。確実に死ぬ。


 七海とアモンの間には、いつの間にかデカラビアがいて「だめ! だめ!」と、涙目で体を左右に振り、孤軍奮闘してくれていた。


 一方の空羽はというと、ダイニングテーブルを挟んだ反対側で、七海とアモンのやり取りの行方を、じっと見守っている。


「……」


「あは……あはは……」


 アモンのプレッシャーに押され、徐々に笑顔が引き攣っていく七海。体中の産毛が逆立ち、冷や汗が溢れ出てくるのをひしひしと感じていた。


 そして、七海には永遠のように思われた数秒が経過し――


「そうか、ならいい」


 アモンがこの言葉と共にゆっくりと右翼をたたんだ。瞬間、七海の全身を包んでいたプレッシャーも消える。


 大きく息を吐いた後、椅子の背凭れに体を預け脱力する七海。次いで、ミネラルウォーターのペットボトルを右手で引っつかみ、そのまま豪快にラッパ飲みする。そうしないと、今にも不平不満が口から飛び出してしまいそうだったからだ。


 正直、納得できないことは多々ある。そりゃあもう、今すぐ空羽の胸倉を掴み上げて「ふざけるな!」と、怒鳴り散らしたいぐらいだ。


 しかし、しかしだ。現在、七海の生殺与奪の権利は、目の前の一人と二柱が握っている。それは事実であり、現実だ。怒鳴り散らして彼らの評価を下げるなど自殺行為、愚の骨頂である。


 耐えろ! 今は耐えるんだ、御柱七海! 輝かしい未来をその手に掴む、その日まで!


「んぐ! んぐ!」


 心の中で己の葛藤と戦いつつ、七海はミネラルウォーターをがぶ飲みする。


 ものの数秒で七海の体内に消えていくミネラルウォーター。そして、ペットボトルの中身がなくなると、七海はそれをテーブルに叩き付け、その勢いのまま空羽に向かって口を開く。


「空羽さん!」


「はい?」


「これは食事しながらする話じゃないと思います!」


 こう叫んだ後、七海は涙を流しながらトーストに齧りつく。次いで「やけ食いじゃ~!」と、朝食を口の中に掻き込み始めた。


「そうかもしれませんね」


 そう答えた後で苦笑いし、空羽も朝食を口へと運ぶ。

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