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012・では、改めまして自己紹介を

 七海のリクエスト通りのスクランブルエッグと、こんがり焼かれたトースト。かぼちゃの冷製スープに、シーザーサラダ。それらがきっちり二人分テーブルの上に並べられており、どれもが一目でわかるほどの見事な仕上がり具合である。


「わ、すごい」


 素直に称賛の言葉を口にする七海。それを聞いた空羽は満足げに微笑み、エプロンを着けた胸を誇らしげに張った。


「さ、七海さん。遠慮せずにどんどん食べてくださいね」


「遠慮せずって……食材は私の提供じゃないですか。しかも、冷蔵庫の中身を勝手に使ったくせに」


「はは、そうでした」


 ジト目の七海に対し、空羽は右手で頬をかいて苦笑いを浮かべた。その後、七海の視線から逃げるように、そそくさとキッチンに戻ってしまう。


「まったくもう」


 七海は小さな声で控え目な悪態を吐く。すると、空羽と七海のやり取りを横目で見ていたアモンがクツクツと笑い、次いで口を開いた。 


「そう言うな。あれは空羽なりの気遣いだ。それに、冷蔵庫の中なら私も見たが、七海だけじゃ処理できないと思うぞ? あの量を三日間ではな」


「……え?」


 アモンの言葉の中に、七海は不穏な何かを感じ取る。


「あの、それはどういう?」


「後で話す」


 七海の発言を軽く流し、再びテレビへと視線を戻してしまうアモン。そんなアモンの後ろ姿を七海が不安げに見つめていると、キッチンの方で空羽が声を上げた。


「七海さ~ん。あの、冷蔵庫の中のミネラルウォーターなんですが、全部口が開いてるんですけど、どれを持っていけば~?」


「あ、一番減ってるのでいいです~」


「は~い」


 返事が聞こえてから少し間をおいて、残りが三分の一ほどのミネラルウォーターのペットボトルと、コップ二つを手に、空羽がキッチンから戻ってきた。


「どうぞ」


 空羽から手渡されるミネラルウォーターとコップ。七海は小さく頭を下げてからそれらを受け取った。


 さっそくミネラルウォーターをコップに注いでいると、空羽が七海の向かいの席に腰かける。それを見た七海は、空羽のコップにもミネラルウォーターを注いだ。


「ありがとうございます」


 七海の小さい気遣いに、素直に礼を返す空羽。


 コップにミネラルウォーターを注ぎ終えると、七海は隣のアモンに視線を向ける。


「えっと、アモンさんとデカラビアさんの分は?」


「私たち想力体は、基本的に飲食を必要としない。気にするな」


「飲み食いできない……わけじゃないけど……」


 いつの間に復活したのか、空中を浮遊し、空羽に近づいていくデカラビア。先程と比べて特に変わった様子はない。


「空羽……七海から……サインもらったの……」


「うん、キッチンから見てたよ。よかったね」


 ほんの少しだが弾むような声のデカラビア。そんなデカラビアの小さい体を右手の人差指で触れながら、空羽は笑う。


 触れてくれたことが嬉しかったのか、デカラビアは目を細め、空羽の右手に自身の体を擦りつけるように動く。その様子は、まるで飼い主にじゃれつく小動物のようだった。


「さて、それじゃ七海さん」


 右手をデカラビアの好きにさせつつ、七海と向き直る空羽。彼の表情は、少し真剣なものへと変わっている。


「話をしましょうか」


「……はい」


 雰囲気の変わった空羽に反応し、七海も真剣な顔になり、背筋を伸ばした。もっとも、寝癖のついた髪とパジャマ姿なので、どうにもピリッとしない。


「まあ、言いたいこと、聞きたいこと、多々あると思いますが、とりあえずこちらの話を聞いてください。あ、食べながらでいいですので」


 緊張した面持ちの七海に気を使ったのか「どうぞ」と料理を勧める空羽。声から悪意の類は感じなかったので、七海は勧められるままにスプーンを手に取り、かぼちゃの冷製スープを口にする。


 その味は――


「おいしい!」


 緊張で硬化した舌でもそう感じられるほどにおいしかった。


 思わず破顔して、続けて二口、三口とスープを口にする七海。そんな七海を見つめながら、空羽はにっこりと笑う。


「そうですか、よかった。お口に合ったのなら幸いです」


 この言葉に込められた感情は安堵。やはり悪意の類の感情は感じない。どうやら今すぐに命の危険等はなさそうだ。


 緊張を緩め、今度はミネラルウォーターを口にする七海。そんな七海を見て頃合い良し思ったのか、空羽が若干身を乗り出し、口を開いた。


「では、改めまして自己紹介を。僕の名前は門条空羽。十五才の中学三年生です。もっとも、もう中学には卒業式と、その練習くらいしかいく予定はないですけどね」


 空羽は「もうすぐ卒業です」と、嬉しさと寂しさが混じった声でつけ足す。


「なんの因果か偶然か、ここにいるアモンやデカラビアたちと契約して、けっこう前から想力師をやっています。以後よろしく、七海さん」


 七海の名前を口にすると同時にさわやかな笑顔を浮かべ、空羽は自己紹介を終わらせた。次いで、七海の隣にいるアモンに視線を向ける。


 アモンは空羽の視線に応えるように小さく頷くと、その口を開いた。


「私の名はアモン。アモンだ。他にも色々とあるが、とりあえずそれだけ覚えてくれればいい。ソロモン七十二ななじゅうにちゅう・NO7だ」


 こう言った後、アモンは首を少し振り「次はお前だ」とデカラビアに合図を送る。それに気付いたデカラビアは、空羽の手にじゃれつくのをやめ、空羽の顔のすぐ横に移動。そして、体を四十五度傾け、一礼してから自己紹介を始めた。


「ソロモン七十二柱・NO69 デカラビア……遅くなったけど……はじめまして……」


 言い終えると共に、再度体を四十五度傾け、デカラビアは一礼する。


「七十二……ちゅう?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる七海。


「あ、神事しんじに係わらない方には聞き慣れない言葉ですよね。主に、神を数えるときなどに使われる助数詞です。漢字は『はしら』が使われます。木編に主役の主の『はしら』です」


「正確には……そのまま『はしら』と読んで……『ソロモンななじゅうふたはしら』って読むほうが……一般的……でも空羽が……『ソロモンななじゅうにちゅう』って読むから……私たちも……そう読むことにしてる……」


「空羽は知っていてワザとそう読むから気をつけろ。まあ『ちゅう』と読んでも間違いではない。少数派というだけだ」


 神に使われる助数詞。つまり、アモンとデカラビアは――


「じゃあ、アモンさんと、デカラビアさんは……その、神様なんですか?」


「いえ、悪魔ですけど」


 空羽の間髪いれない訂正に、七海の肩が大きく落ちる。


 そうか、悪魔か。日本語って難しいな。


「そう、私たちは悪魔。ソロモン七十二ななじゅうにちゅうの悪魔と呼ばれる存在だ。もっとも、七十二柱の魔神と呼ばれることもあるから、神と言えば神だな」


「悪魔なのに『ちゅう』という助数詞が例外的に使われているのは、これが理由だと言われています。本来悪魔の助数詞は『人』か『匹』ですので」


「そうですか……悪魔……」


 七海はそう呟いた後、ミネラルウォーターを口にし、喉元まで出かかっていた「本物なんですか?」という言葉を飲み込んだ。


 ショッピングモールでアモンが起こした超常現象の数々、先程から目にしているデカラビアの説明不可能な生体、これらも悪魔なら納得がいく。少なくとも「偶然見つかった突然変異なんです」とか言われるよりは説得力がある気がした。


 それに、彼らは自己紹介のときに自分で悪魔だと名乗り、その言葉に偽証の類の感情は感じなかった。なら、彼らは本物の悪魔なのだろう。


 何より、無知を理由にしてアモンとデカラビアを傷つけたくなかった。誰だって、自分の存在を否定されたら嫌なはずである。


「私は御柱七海です。私立明声学園高等部・芸能科・声優コースに在籍しています。現在は二年生。エプタメロンという声優事務所に所属する、声と水に拘りのある女です。みなさん、どうぞよろしく」


 人間として当然の疑問、疑惑。それらすべてを飲み込んで、七海は自己紹介を返した。それを見聞きした空羽は驚いた顔をし、そのまま口を開く。


「ここでのその反応は想定外ですね。七海さんがここでするであろう質問に用意していた回答が、全部無駄になっちゃいました」


「空羽さんたちが嘘を吐いていないのは、声を聞けばわかりますので」


 七海がこう言うと、空羽は驚いた顔から、先程と同じ――いや、先程よりも更に真剣な顔になり、言葉を返してくる。


「嘘が見抜ける――とでも?」


「嘘というか、声に込められた感情が読めるんです。その感情図で大体のことは……」


 七海は真顔で「集中していればですけど」とつけ足し、じっと空羽を見つめながら、今度は視線で「だから、隠しごとや、はぐらかしはやめてくださいね」と告げる。


「……想定外です。不世出の天才声優とは聞いていましたが、これほどとは……わかりました。そういうことでしたら、さっそく本題に入りましょう」


 七海の目を見つめ直し、空羽は話を先に進める。


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