路上ミュージシャンによせて
ある駅の東出口を出ると、そこは大通り。沢山の人が往来したり、たむろしたりしている。
通りに面して茶色のガードレールが、ずーっと連なっている。
そこには沢山のパフォーマー達が等間隔で存在し、自らの芸を見てもらおうとしていた。
ギターを持って演奏している人
人笛を吹いている人
歌を歌っている人
けん玉をしている人
漫才をしている人
多種多様なやり方で、人々の関心を引こうと行動している。
ある男が東出口を出てくる。
その男は黒くて丈の長いパーカーを着て、所々に穴の開いたジーンズを履いている。
度が過ぎたO脚でゆっくりと歩を進める。
歩道を往来する人とは垂直に、男はガードレールを目指している。
男がガードレールの傍まで来ると、担いでいたギターケースを徐に地面に置いた。
ギターケースに着いた留め金を手慣れた手つきで外すと、ケースを開く。
中に入っているのはレスポールタイプのアコ―スティックギターだ。
ギターは大して高級なものではない上、塗装が禿げあがっている箇所も見受けられる。
男が5年前にギターを弾けるようになりたいと思い、近所の中古屋で仕入れてきたものだった。
大したことないギターであるが、男はそれに満足していた。
ギターをケースから取り上げると、ギターストラップを首にかけ、男は弦を右手で上から順に叩き始める。
男は思った音が出ていないと感じたら、ペグを回して自分の納得のいくように調整を始めた。
男は3分ほどでチューニングを終えると、持ってきたアンプにギターとマイクを接続させた。
そこで一旦ギターをケースの上に中途半端に置くと、持ってきたマイクのスタンドを設置し、マイクをそこへ装着する。
再びギタ―を拾い上げると、男はギターを構えて得意とする簡単なフレーズでアンプの調子を確かめた。
アンプもマイクもギターも準備が整った。
男は往来を見つめる。
この時点で男が今から始めることに興味を持つものなど、誰もいなかった。
現在時刻は18:23。天候は晴れ。
男は深呼吸を一つすると、用意していた口上をマイクを通して、往来に向けて発信する。
「初めまして。***と申します。"鈍行列車に乗って"という曲を作ったので、披露します。良かったら聞いてください。」
男がギターでイントロを演奏し始めると、往来の何人かが男の方を向いた。
だが、立ち止まることはなくそのまま歩き去っていく。
出口でたむろしている人達も何度か男に視線を合わせるが、自分の感性に合わなかったのか、聴いてるほど暇ではないのか。
スマートフォンを弄ったり、どこか別の方角を向いている。
他のパフォーマーに目を奪われている人達もいた。
男は歌い始めたが、誰も聞いている様子はなかった。
男は最後のフレーズを歌い上げ、ギターをジャカジャカと激しく鳴らすと演奏を終えた。
男は往来に視線を泳がせると、誰かこの演奏を聴いている人がいないかを探した。
しかし残念なことに誰も聴いてくれていないようだった。
(今回のはいまいちだったみたいだな)
男はため息をつくと、帰り支度をいそいそと帰り支度を始めた。
他のパフォーマー達の元に、人だかりが出来ているのを横目に、男は東出口に消えていった。
路上ミュージシャンによせて 終