第八話
試合開始の笛の音と共に、私は自陣の柱に防御魔法を掛ける。もともと発動速度の速い基礎防御魔法が、笛の残響が消えるより速く完成する。金色の壁が自陣を覆い尽くすのを待っていたかのように、挨拶代わりの初撃が飛んでくる。
これまでの試合で最も速くて強い魔法を前に、チームメイト達は事前の作戦通り、撃ち合うよりも回避を優先する。結果、眼前に迫った炎弾に、私は手に持った杖を軽く振るった。
ドオオォォン!!
派手な音と煙を撒き散らしながら、炎弾が命中する。諸に喰らえば一発で試合続行不能判定を出されそうな威力の魔法に、観客が沸き立つ。
魔法発動後の隙を突くようにしてミモザ先輩の狙撃魔法が飛ぶが、呼応するように放たれた敵チームの魔法によって撃ち落される。その陰から姿を現したカフィル君とイケマ君の魔法は、敵陣の防御魔法に弾かれる。
そして、晴れた土煙の奥からは、双方変わらぬ姿の柱が覗く。柔らかな金色に輝く魔力障壁は互いの攻撃を防ぎ切った。
試合開始からまだ数十秒だというのに、既に観客のテンションは最高潮と言っても過言ではない。
プレイヤー側もこれが最後の試合ということもあり、それまで温存していた大掛かりな魔法をガンガン使う。四階位、五階位の大会規則的に上限ギリギリな魔法が飛び交う。
直径1メートルはあろうかという火球を鎌鼬が切り裂き、水の大蛇を光のレーザーが焼き払う。幻によって増えた人影はしなる蔓にまとめて払われる。
(一見すれば私達が有利に見える。向こうの攻撃は全て防げているし。けど、基礎力の差は大きい。このまま長引けば先に魔力が尽きるのは私達だ。)
興奮で疲労をごまかしていられるのは最初のうちだけだ。そもそもミモザ先輩とマロウさん以外の人は大会出場という経験も少なそうに見える。そのミモザ先輩とマロウさんにしたって個人競技出身者だ。
(さて、どこまで保つかな……。)
結論から言うと以外と早く均衡は破れた。
敵チームの魔法を避けたオナモミさんの体が傾ぐ。
「魔力切れだ!」
観客の誰かが叫ぶ。もとより自分の二階級以上も上の相手と撃ち合うのは無理なのだ。
五対四で保たれていた均衡が崩れる。一気に増えた負担に、前衛を務めるイケマ君が悲鳴を上げる。
「くそっ!せめて、一人は……!」
殆ど自爆にも近い攻撃で相手を一人、試合継続不能にする。けれど。
「悪い、俺も魔力切れだ。」
飛行魔法すら発動できなくなり、コートに足を着く。
一気に二人失ったこちらの旗色ははっきり言ってかなり悪い。
「中衛を潰します!カフィル君、マロウさん、上がってください!」
柱の上から指示を出す。その間にもひっきりなしに撃ち込まれる様々な攻撃を魔力弾で撃墜する。
(敵チームの後衛魔法がうざい。みんなのフォローに集中できない。先に潰してしまうか?)
くる、と杖を回して雨のように降り注ぐ氷の槍を粉砕する魔法を紡ぐ。
最初に張った魔力障壁は傷一つなく耐えている。この感じならば抜かれる事はないだろう。
(問題は、こちらも向こうの防御を抜けないというところか。)
試合時間はすでに三分の一を切った。この時点で双方の損失はプレイヤーのみ。つまり、互いの柱はいまだにその姿を保ったままなのである。
「シトラリーシェ!」
思考の海に沈みそうになった意識をミモザ先輩の声が引き戻す。
「やむをえませんわ。本当はお前に頼りたくはないけれど、わたくしは勝ちたい!攻撃に参加しなさい!」
試合中の指揮は私が担当している。それは、リーダーであるミモザ先輩が前に出てしまうと全体が見づらくなるため、後方から動かない私が担当する方が良いだろうという判断であり、指揮権が移ったわけではない。つまり、どれだけ私が指示を飛ばそうとリーダーであるミモザ先輩の指示の方が優先順位が高い。
*
「……やはり、お前がいるのは頼もしいわね。」
「ずるい、とか思ってるんですか?」
「……ええ、そうね。お前の実力は一大会などで収まるものではないもの。」
「とはいえ、同じチームになったのはただの偶然ですし。」
「分かっていますわ。けれど、できれば……。」
*
に、と口角を吊り上げる。
「そうこなくっちゃ!」
吠えて、一閃。柱の上に仁王立ちし杖を揮う。先端に取り付けられた水晶がまばゆく輝く。
基礎魔法に分類されている攻撃系の魔法はそう多くない。あふれんばかりの魔力を注がれて輝く水晶に、その出口を与える。
きら、と光った次の瞬間にコートの上空を覆うのは百を超える魔力弾だ。
どよっ、と会場がざわめく。魔力消費の多い基礎魔法をこれほど大掛かりに使う魔法使いはそういない。範囲攻撃を掛けたいなら水か火の魔法の方がよほど選択肢が広い。
コート中央の前衛、中衛達を無視して、狙うは後方、敵チームの柱を直接叩く。
ドドドドドド!!!
と、雪崩のような音がして、光の奔流が敵チームに降り注ぐ。
もうもうと土煙が立ち込める。あれだけ騒いでいた観客たちも息をのんで成り行きを見守っている。
試合中とは思えないほどの静寂が会場を包み、土煙が晴れるのを待つ。
その土煙の奥で、金色の輝きが垣間見える。
そこには。
半分以下に本数を減らしながらも、立っている柱があった。
ワアアアァァァ!!!
観客が一斉に沸く。
「あれを受けて持ち堪えるのか!」
マロウさんが感心したように零す。
「ちょっと!あれは敵ですのよ?!褒めないでくださいまし!」
ぴしゃりとミモザ先輩に怒られるがマロウさんの気持ちもわかる。
(決めるつもりだったんだけど、防がれたか。やっぱ国家級は強いなあ。)
基礎魔法に対抗するならば同じ基礎魔法だ。敵チームの柱を覆ったのはこちらの柱を覆うのと同じ基礎防御魔法。穴だらけになり、晴れていく土煙に溶けるように消えていくそれは、発動速度では他の追随を許さない私愛用の魔法だが、致命的な欠陥がある。
「いや、本当にすごいです。全部ぶち抜くつもりだったんですけど。」
くるりくるりと、ゆっくり杖を回す。それに合わせて、魔力を高めていく。立ち昇る魔力の輝きは少しも減っていない。否、先程よりも増えているだろう。
基礎魔法の致命的な欠陥。それは、魔力消費の激しさだ。その消費量は精霊を介した魔法と比べると、数倍以上だと言われている。個人差があるし、私には精霊魔法が使えないので断定はできないものの、三倍以上持っていかれるのは確からしい。
けれど。
「『唯一無二』の名は伊達ではないんです、よっ!」
パシ、と掴み直した杖を振り上げる。実際のところ、魔法の発動に動作はいらないのだが、まあ、気分の問題だ。
空を埋める、魔力弾。その数は、目算でも先ほどの倍はある。
「冗談だろ……。」
その呟きは敵のものか、味方のものか。それとも観客の誰かだっただろうか。ピシリ、と微かに響いた音には目を瞑っておく。未来のことは未来の私がなんとかするだろう。
ちらりと目を向けた敵チームのプレイヤー達は、意外にも戦意は喪失しておらず、全員で防御魔法を発動しようとしていた。同じ魔法ならば発動を阻害することもないし、賢明な判断だと言えるだろう。
無駄だが。
「いっけええぇぇ!!」
掛け声一閃、振り下ろした杖の動きに合わせて、魔力弾が発射される。
耳を聾する轟音と会場を染め上げる灰色の土煙。
正反対に静まりかえった会場は針の落ちる音すら聞こえそうだった。
ゆっくりと晴れていく土煙の向こうには。
もはや見る影もないほどに崩れきった9本分の柱だった岩塊と、見事に全員試合継続不能にされたプレイヤーが6人。
完勝である。
ワアアアアアア!!!
一瞬の静寂の後、爆発するように歓声が弾ける。その大歓声の中、試合終了を告げる笛の音が響いた。
*
その後、閉会式があり、トロフィーと優勝賞品をもらい、荷物をまとめて控え室から出ると、応援に来ていたそれぞれの友人知人に揉まれる。イケマ君が子どもに囲まれてたけど、あれ弟妹かな。
「シトラス。」
声に振り向けば我が親友殿と妹が出迎えてくれる。
「決勝戦見てたよー。相変わらず意味わかんないくらい強いね。」
「褒め言葉だね。」
「やっぱり、シトラスが最強だね。もう反則だよ。」
軽口をたたき合いながらミモザ先輩に目線で別れを告げる。チーム内での挨拶は控え室で済ませているし、このまま帰っても問題ないだろう。
そう思って集団から離れようとすると、引き止める声がする。
「シトラスさん、待ってください!」
振り向けば視界に映るのはふわりと揺れる若草色。
カフィル君である。
「?どうしたの?」
別れの挨拶は済ませ、後は各々帰るばかりと思っていただけに意外である。どうやら、私が帰る気配を察して慌ててきたらしく、離れたところには友達らしき同年代の少年少女が置き去りにされている。
「あ、あの、僕を従弟にしてくれませんか?!」
「……はい?」




