第四話
次の日。
割り振られた競技場に集まった私達は早速練習していた。
練習方法は本番を想定した、三対三の対戦形式である。私、カフィル君、イケマ君の年下三人と、ミモザ先輩、マロウさん、オナモミさんの年上三人というチームに分かれている。
「くっ、やっぱりシトラスは硬いですわね!」
コートの反対側で狙撃魔法を防がれたミモザ先輩が歯噛みしているのが見える。が、こちらもこちらでヒヤヒヤしている。理由は単純。カフィル君がとんでもないダークホースだったのだ。
いや、マジで。昨日の自分を殴りたい。何が暴嵐要素は無いだ。暴嵐要素しか無いわ!
魔法にはその威力に応じて階位というものが存在する。零から七までの八段階で、数字が大きいほど強い魔法だ。ただし、基礎魔法はその威力に関わらず全て零階位換算である。また、防御の魔法は何階位の魔法が防げたか、で階位が決まる。四階位の魔法が防げたら四階位防御魔法、三階位なら三階位防御魔法である。
ゴオッ、と風が渦を巻く。風系四階位魔法・風弾が起動する。
本来のそれは、名前の通り風の弾丸が敵へと飛んで行くものだ。場合によっては自動追尾などの魔法を組み込んで使う、地味だが使える魔法の代名詞である。
その風弾が、中衛を担うカフィル君から射出される。
勢い良く飛び出した風の弾丸は、半分程が明後日の方向へ、四分の一程が前方へ、残りの四分の一程が私の方へ飛んで来た。
「またか!」
唸りながら、まずは明後日の方向に飛んで行った風弾が競技場の設備を壊さないように、コートの枠に沿って防御魔法を展開。淡い金色に輝く魔力の障壁が現れるのを確認せず、視線をどう見ても逆走している風弾に移す。眼前まで迫って来ているそれに対し、魔力弾という魔力をそのまま射出するシンプル極まりない魔法で応戦する。
私は精霊魔法が使えないが、その分、精霊を介さない基礎魔法の類は死ぬ気で練習したので、基礎魔法といえどそこらの精霊魔法に負けない強度と威力を誇る。なので、本来なら全力で投げた硬いボールくらいの威力しか無いはずの魔力弾でも、四階位の攻撃魔法を相殺できる。
「す、すみません!大丈夫ですか⁈」
魔法を発動したカフィル君の謝る声が聞こえる。
「大丈夫!こっちは良いからもう一回やってみて!イケマ君、手足りてる?」
「まだ大丈夫だ。」
一人で前衛を担当しているイケマ君に声を掛けると微妙に不安な返事が返る。まだ、っておい。
そんな会話の間に、コートの反対側からミモザ先輩の狙撃魔法が飛んで来る。的確に防御魔法の薄い所を突いてくるそれに、思わず舌打ちを漏らす。
「相変わらず良い腕してますね!」
「どういたしまして。褒めても手を抜いたりは致しませんわよ。」
向こうのチームで防御を担当するのは植物系が得意だと言っていたオナモミさんだ。火炎系の魔法を使うイケマ君は相性が良いが、防御を突破して攻撃に移る前にミモザ先輩とマロウさんから砲撃を喰らって、そちらの対処をしているうちに防御を立て直される、というのが今までのパターンだ。
(やっぱり、私も攻撃に参加した方が良いか?でも、そうするとカフィル君のカバーが薄くなる。あの子、壊滅的にノーコンだけど威力はあるから、当たりさえすれば……。)
「って、ちょっと待って。」
「どうかしましたか?」
そのカフィル君が振り向いた。どうやら口に出ていたらしい。
「ん。何でもない。」
そんな会話の間にも明後日の方向に飛んで行く風弾や鎌鼬や小さな竜巻などを撃ち落とす。もうほとんど反射的な作業だ。
(この子、自己紹介で戦術Ⅲ級って言った割には四階位とか五階位の魔法をバカスカ撃つよね。そんな事したら、魔力切れ起こしそうだけど、そんな気配はない……。もしかして……!)
「すみません!ミモザ先輩、ちょっと試合中断して良いですか⁈」
突然、試合中断を訴えた私に、どちらの陣営からも疑問の声が上がる。
その声には答えず私はカフィル君に近寄る。
「あのさ、間違ってたら申し訳ないんだけど、カフィル君ってもしかして保有魔力量は高い?」
「え?」
「や、違うなら私の勘違いだけど。」
魔法使いが魔力量と言った時、示すのは自分が一度に制御できる上限の量の事を指す。これは、殆どの場合自分が保有できる魔力量とイコールだ。けれど、偶に制御できる魔力量より保有できる魔力量の方が多い人がいる。そういう人は大抵、魔法のコントロールが苦手だ。理由は魔力量に対して魔法を構築する回路が狭すぎる為である。要は圧がかかるのだ。そして、発動の瞬間に解放された圧力が魔法のコントロールを奪う。
「どうして、気付いたんですか。」
カフィル君が問う。
「前に何度か同じ様な症状の人を見た事があったから。もしかして君もそうなのかなぁって思っただけだよ。」
「……すみません。」
「何で謝るの?」
「だって、魔法をコントロール出来ない魔法使いなんて使えないでしょう?シトラスさんは精霊魔法が使えなくても凄く強いですけど、僕みたいな足手まといがいたら皆さんの迷惑になります。」
何だか話がおかしな方向に行きそうだぞ。
「まあ、魔法のコントロールというのは一朝一夕に身に付くものでもないし、大会までに治すのは難しいか。」
マロウさん、本当に空気読まないな。っていうか、あれ?治らない?
見回せば他の面々も困った顔をしている。
「いや、あの、治りますよ?」
「え?」
私以外の全員の声が重なった。知らなかったらしい。
「まあ、場合にもよりますけど、大体は治ります。」
皆の目が点になっている。そんなに衝撃的だろうか?割りと直ぐに思いつく解決案だと思うのだが……。
「えーと、実演して見せた方が早いですかね、これは。じゃあちょっとカフィル君こっち来てくれる?」
「は、はい!」
カフィル君の声が裏返っている。衝撃が抜けきっていないらしい。
「まず、カフィル君の保有できる魔力量ってどの位か目処はついてる?」
「えっと、戦略Ⅱ級程度だと思います。」
そりゃまた随分と差が大きいな。これは化けるぞ。ていうか、そんなに差があると一人でやるのは難しい。
「あー、 モノは試しに聞いてみるんですけど、この中で風系の上級精霊と契約してる、なんて人はいないですよね?」
「いたら、先程までの練習試合で使わなかった理由を聞きたいですわ。」
ミモザ先輩の皮肉げな口調に皆頷く。では仕方ない。そのミモザ先輩にちょっと働いてもらおう。
「じゃあ、ミモザ先輩。悪いんですけど、風系の上級精霊を一人、召喚してもらえますか?できれば優しそうな奴がいいです。」
「無茶な注文をつけないで下さる?どんな精霊が来てくれるかこちらで選べないのは知っているでしょう?」
「言ってみただけですよ。」
まったく、と溜息をついてミモザ先輩が杖をかざす。先端に取り付けられた石が淡く輝き、ミモザ先輩の眼前の地面に魔法陣が展開する。
流石戦略Ⅲ級。無駄の無い綺麗な魔法だ。
やがて、その魔法陣から風が吹き出す。一瞬、強く吹いた風の中から現れたのは金色の髪のハーピィだった。
『私を呼ぶのはだぁれ?』
「初めまして、ハーピィ。召喚に応じてくれてありがとうございます。用があるのは私なんです。」
召喚に応じてくれたハーピィに礼を告げて、注意を引く。
私の声に応じてこちらを振り向いたハーピィはその瞬間、目を輝かせた。
「あら!あらあらあら!シトラスじゃない!なになに、精霊に用があるなんて、珍しい!今日はツイてるわ、シトラスのお願いなら何でも聞いちゃう!」
甲高い笛のような声がまくし立てる。
精霊との会話は基本的に、精霊が思念として放った魔力を精霊回路で汲み取る、という形で行われる。しかし、上級精霊はその限りではない。というのは、彼等は肉体を持ち、直接空気を震わせる音声での会話が可能だからだ。
また、私は精霊に好かれる質であり、本来、人間を種としてしか認識していない精霊達が、私の事は個人として認識している。結果、妙に懐かれ、こうして、用事の内容も言っていないのに手伝ってあげる宣言をされている。
「それで、私に用って何なのかしら?」
その問いに私はカフィル君を示しながら言う。
「彼、ちょっと回路が狭すぎるみたいで。だから、増設するのを手伝って欲しいんです。」
「?!?!?!」
「あら、ホント。これはちょっと人の手には余るわね。」
ハーピィがカフィル君の顔を覗き込みながらそう言う。
その後ろで、私とハーピィ以外の人が全て、驚きの表情のまま固まっていた。
「シ、シトラス?今、何て言いました……?」
おそるおそる、という風にミモザ先輩が問いかけてくる。多分、この中で唯一私と元から知り合いだったからだろう。己が止めねばという責任感ゆえだと思われる。
「回路の増設、です。保有魔力量は減らせませんから、変えるなら回路の方でしょう?回路っていうのはある程度練習で広げられますから。これは自論ですが、凡人だって死ぬ気で練習すれば戦略Ⅲ級位までは行けますよ。」
「……いえ、確かにシンプルで分かりやすい対処法ですし、それが出来れば問題ないというのは理解できなくもないのですけど。ですが、やはり、他人の回路を増設するというのは常識を空の彼方にぶっ飛ばした所業ですわよ……。」
何やらぶつぶつと呟くミモザ先輩。他の面々はまだ衝撃から抜けきっていないらしい。
回路というのは魔力値10に対して一本程度、と言われている。戦術Ⅲ級は魔力値50〜60なので、回路は六本あるはずだ。カフィル君は保有魔力量が戦略Ⅱ級程度というから、あと二本程増設すればまともにコントロールできるようになるだろう。
「そもそも、回路の増設など一体どうやるんだ……。」
復活してきたらしいマロウさんが呻く。
「自分で自分の限界の上にもう一本作るのは結構大変ですけどね。自分より魔力回路が多い人に作ってもらう分には簡単です。ただまあ、私も一人でやるのは難しいので精霊にお手伝いを頼んだわけですが。ほら、精霊って全身回路じゃないですか。ちょっと分けてもらおうと思って。」
上級精霊は肉体を持つと言えど元は魔力の塊。その魔力量は百や二百ではきかない。当然、それら膨大な魔力を扱うのに十分な回路を備えている。そして、彼等は人間とは違って結構簡単に自分の回路を増設できる。保有魔力量に限界がある人間と違い、精霊は魔力を取り込めば取り込むだけ強くなるからだ。
「そんな訳でハーピィ。ちょっと手伝ってもらっていいですか?」
私がカフィル君を突ついて遊んでいたハーピィに声を掛けると彼女は笑顔で頷いた。
「任せて!シトラスの為なら明日のお天気くらいまでなら操るわ!」
「それはいいです。」




