第三話
私の家は広い。
二階建ての一軒家は、一階に両親の仕事部屋とキッチン、リビング。このリビングがとても広い。一階の面積の4割近くがリビングである。
二階には娘三人の私室と両親の共同寝室、それに普段は使わない客室まである。
さらには、地下に小規模ではあるものの、魔法の実験演習場まである(これは母の希望で作ったらしい)。
しかし、その広い家に現在は三人しか住んでいない。
姉と私と妹。その三人である。
両親は五年ほど前に手紙を一つ残して世界旅行に行ったきり帰ってこない。死んでないのは時々届く絵葉書と偶に帰ってくる父と契約している精霊達が教えてくれるが、何をしているのかはさっぱり分からない。
元々、特に母が、奔放な人で一つ所に留まる事を嫌う性格だった。
精霊達に聞く所によると、特に怪我や病気も無く、元気にやって居るようなのであまり気にしていない。
…いや、最初の頃は不安でしたよ?でも五年も経てば慣れるものである。
幸い、それなりの額の貯金があった事と、姉がすぐに就職した事もあり、特に困った事にはなっていない。
魔法使いは普通の人に比べて稼ぐ手段が多いのもある。競技大会には賞金が付くし、依頼の褒賞も現金であることが多い。
まあ、その分お金を使う場面も多いのだが。
家にはまだ誰も居なかった。姉は普通に出勤しているし、妹もやたら友達の多い奴だ。どこかで遊んでいるのであろう。
(競技大会のエントリー、いつからだっけ?)
靴を脱ぎながらそんな事を思う。先程のチラシはあまりしっかり読めなかったので、家に置いてあるパソコンから大会の公式ホームページにアクセスする。
調べると、既にエントリーの受付は始まっていた。
(時間あるし、やっちゃうか。)
名前や住所など、必要な情報を打ち込んでいく。
魔法系競技会は、完全ランダムによるチーム編成を行う。運営側が競技毎に決められた人数のチームを勝手に組むのだ。小さな大会ならば、知り合いと同じチームになる事もあるが、春の魔法競技大会はかなり大きい大会だ。そもそも、友達の殆どは部活として出るだろうから一般の部には居ない。
一般の部に出る学生は何かしら訳ありか、レギュラーになれなかった奴くらいだろう。私は訳ありの方である。
「参加競技はっと…、一般のブレッドブレイクは結構危ないし、トールダウンだけにしとくか。」
魔法競技大会には、通常競技を魔法仕様に合わせてアレンジしたものと、魔法の出現に合わせて新しく作られた競技とがある。
私は基本的に後者しか出場しない。
ブレッドブレイクとは、コート内を自走する円盤を壊す競技で、壊した数が多かった方の勝ちという単純な競技だ。個人戦はプレイヤーが動かないので狙撃ゲームのようになるが、対戦時は円盤と一緒にコート内を駆け回って、自軍の円盤を守りつつ敵軍の円盤を破壊する。ドローンと一緒にサバゲーをしてる気分だと誰かが言っていた。相手の円盤を破壊する過程で誤爆や巻き込みが起こるため、割と危ない。
トールダウンとは、サッカーコート程の広さのコートに石柱を3×3の9本立て、相手チームの石柱を先に倒した方が勝ち、制限時間内に倒れなかった場合は、より損傷率の低い方の勝ち、という競技である。こちらは一般の部でも、石柱以外に対する攻撃魔法の使用を認められていないので、比較的安全である。勿論、石柱に向けて撃った魔法が範囲攻撃だと巻き込まれる場合もあるが、その辺は自己責任である。
大会には腕の良い治癒魔法使いが待機しているので、ちょっとやそっとの怪我ならば心配はいらない。
一応、フライトバトルというコート内に映し出された幻影を壊す競技もあるのだが、あれは本当に危険で、未成年には出場資格すら無い代物である。死者が出ないのが不思議でならない。
いやまあ、身代わりの魔法を使っているので死者が出ないのは当然なのだが。でも、身代わり魔法なかったら確実に死者が出るな。
「よし、こんなもんかな。」
もう一度見直して、抜けがない事を確認してエントリーする。エントリー番号が表示されるのでそれをメモしておく。
受付が締め切られてから、数日後にはチームの発表が行われる。このチーム編成が中々曲者で運営側はメンバーの魔法級には一切頓着せず、機械的に組んでいく。結果、量産級ばかりが集まったチームや戦略級ばかりが集まったチームなどが出来る事もある。
それから二週間の練習期間があって、試合開始である。
練習日の初日。
競技を行う競技場へ向かえば、私のチームメイトは既に揃っていた。言っておくが、遅刻はしていない。
そして、そのチームメイトの中に見知った顔があった。
「ミモザ様。お久しぶりです。」
「シトラリーシェ?貴女こちらで出ていたの?」
振り向いて不思議そうな顔をしたのはミモジュール・エルダロッサ。高等部の三年生で性格も顔もキツい美人である。もっとも、決して悪い人ではない。ツンの多いツンデレ、くらいの感じだ。魔法級は確か戦略Ⅲ級。水系の狙撃魔法を得意とする優秀な魔法使いだ。
ふわっとした茶色の髪に、光を弾く金色の瞳が美しい。この国は貴族制を採用しており、彼女は伯爵家の御令嬢である。様付けなのはそのためだ。
とはいえ、貴族と金持ちの平民は大して変わらない。建国以来1500年、王家と貴族と平民は如何なる時も力を合わせて国を存続させてきた。汚職も癒着も無いわけではないが、大国と呼ばれるような他の国と比べると少ないのは間違いないだろう。
私の家は平民だが、魔法が生まれてから起こった二度の大戦において、父と母が大きな戦功を挙げた為、金持ち達のパーティ等に呼ばれる事もあった。彼女とはその中で知り合ったのだ。父と母が旅行に行ってしまってからはそういった集まりは遠慮していた為、交流が無かったがそれまではそこそこ仲が良かった。
「部活で出てる連中ばっかの所に個人参加はどうにも肩身が狭くてですね。ミモザ様こそ、射撃系の種目じゃないんですか?」
「そういうのは大体やりましたもの。偶には毛色の違う種目でどこまで通用するのか試してみようと思いましたの。というか、貴女、3区の高等部に上がったのでしょう?同じ校舎なのだから、ミモザ様なんて他人行儀ではなく先輩と呼びなさいな。」
「そーゆーもんですか。贅沢者の挑戦ですね、ミモザ先輩。」
「言ってなさい。そういう貴女だって十分贅沢者よ。」
そんな風に軽口を叩き合っていると、他のチームメイト達が目に入った。
「ああ、自己紹介がまだでした。えーっと、高等部一年、シトラリーシェ・バルゼガルドです。得意魔法は基礎魔法。っていうかそれしか使えません。あ、でも、そこらの奴には負けませんよ?なんてったって、国家Ⅲ級ですから。」
ミモザ先輩以外の4人のチームメイトは、私の何と返すべきか分からなくなる自己紹介を聞いて、胡乱げな顔をする者、胡散臭そうな顔をする者、若干引いている者、と反応は様々である。
まあ、この特異体質は生まれた時からなので、この様な反応は慣れっこである。
どうやら、他の面々も自己紹介はまだだったらしく、そのまま、順々に口を開く。
「私は、大学部の二年生でオナモルミア・ベレスターチと言います。長いので友人達はオナモミと呼びます。皆さんも好きに呼んでくださって結構です。戦術Ⅲ級で得意魔法は植物系です。」
最初に挨拶したのは黒髪を肩で切りそろえたお姉さんだった。黒縁の大きなメガネを掛けており、ザ・文系といった感じである。
「僕は、カフィル・テンペストです。中等部の二年生で大会は初めて参加します。魔法級は戦術Ⅲ級で、得意魔法は風系です。よろしくお願いします、先輩方。」
にこっ、と満面の笑みでそう自己紹介したのは若草色の髪に桜色の瞳の美少年。うん、僕って言ってたし、多分少年。苗字がテンペストなのに、どこにも暴嵐要素が無い。
一般の部は中学生から参加できる。といっても実際に参加する中学生はそう多くない。部活単位で出る奴が多いというのもそうだが、中学生の部は個人での参加も多いからだ。
なので、カフィル君とやらが何故一般の部に来たのかは謎である。
私もそうだが、こういう奴は大抵訳ありだ。
「ふふん、なるほど。今回は当たりのようだね。私はマロウ・ベルベット。そこのオナモルミアと同じく大学部の二年生だ。魔法級は戦術Ⅲ級だが魔力制御には少々自信があってね。系統の得手不得手もない。援護射撃なら任せたまえ。」
何故か得意げな笑顔と共に自己紹介したのは、やたらと存在感のある金色の長髪と濃い紫の瞳を持つ男だった。何というか、雰囲気がとても派手である。ベルベット家はそこそこの名門だが、こんなキラキラした家系だっただろうか。
「時に君、シトラリーシェと名乗っていたか。君は何故基礎魔法しか使えないのだ?精霊魔法の制御が苦手とか、そういう事かね?」
その疑問はもっともだろう。だが、普通はそんなにはっきり聞かない。なんだこの人。
背景に薔薇でも飛ばしそうな、キラキラしたオーラを撒き散らしながら首を傾げているその人からやや目をそらしつつ答える。なんて言うか、存在が眩しい。
別に隠すような事ではないし、魔法が使えると勘違いされて困るのはこちらなので説明はきちんとするのだが。
「あー、えっと、マロウさん?は、精霊回路失症ってご存知ですか?」
「ふむ、魔法使い特有の病気だな。精霊回路のみが備わっていないというものだ。確率は一万分の1と言われている。先天的なもので治療法は発見されていない。また、それ以外に特に特徴がない為、病気ではなく、一種の個人差だとする意見もあるようだ。」
「や、そんな詳しく解説してくれなくても良かったんですけど。まあ、そういう事ですよ。私はその精霊回路失症で、苦手とかそういうレベルではなく、構造的に精霊魔法は使えないんです。まあでも、その分基礎魔法は本気で練習しましたから。自己紹介でも言いましたけど、魔法級は国家級ですんで、そこそこ戦えますよ。」
詳しいなこの人。精霊回路失症を個人差とする意見があるなんて私も知らなかったよ。
確かに精霊魔法が使えない以外の症状は無いから、病気というにはやや大げさなのかもしれない。薬が必要なわけでも無いし、普通に生活する分には何も問題ない。
そもそも魔法使いに発現すると問題になるだけで、一般人だったら気付かない場合だってあるだろう。
「いや、君の事情に踏み込むような真似をして悪かったな。しかし、短期間とはいえチームとしてやっていく以上ある程度の事情は把握しておきたかったのだよ。」
……案外、馬鹿ではないのかもしれない。
「しかし、精霊回路失症とは。実際の症例は初めて見たよ。それも、こんな高階位の魔法使いでなど、実に珍しい!」
訂正。馬鹿ではないかもしれないが、空気は読めないらしい。
「先輩、いい加減にして下さいな。シトラリーシェが引いていましてよ。」
そこでミモザ先輩が助け舟を出してくれる。ていうか、先輩?
「うん?ああ、そうか。すまないね、ミモジュール。君の事を忘れていた訳ではない。だからそう怒らないでくれ。」
「怒ってなどいませんわ。呆れているだけです。大体、先輩は以前から……」
何やらミモザ先輩によるお説教タイムに突入しそうだったので慌てて止める。
「あの、ミモザ先輩!何だがお知り合いのようですが、取り敢えず先輩も自己紹介をしてください。」
「あら、そうでしたわ。はしたない所をお見せして申し訳ありません。第三区高等部三年生、ミモジュール・エルダロッサですの。今回のチームリーダーを任されておりましてよ。戦略Ⅲ級、得意魔法は水系統。魔法射撃部の部長をしております。宜しくお願いしますわ。」
魔法系競技会はチームの選抜と同時にチームリーダーも運営側が指定してくる。とは言えこれまでの経験上、どうやらメンバー決めと同じくランダムに選出しているだけのようではあるが。
ミモザ先輩の自己紹介が終わり、残るはあと一人である。
「……イケマ・ソゴ。高等部一年。戦術Ⅲ級。得意魔法は火。」
端的っ!
「シトラリーシェ。高等部の一年という事は貴女の同輩じゃありませんの?」
余りに短い自己紹介に、こそこそとミモザ先輩が問うて来るが残念な事に知らない人だ。
「いえ、見た事ないです。多分、他の校舎の人かと。」
国立魔法学院は円形の土地を大きな道路で八等分しており、それぞれ一から八の番号がつけられている。幼稚園と初等部はそれぞれの区に、中等部は偶数区、高等部は奇数区にそれぞれある。ちなみに大学は一区にある一つのみである。
「そう。まあ良いわ。他の方々の実力は練習中に見るとして、先輩とシトラリーシェが居るなら、今回はかなり良い所まで行けますわね。皆様もそのつもりでお願いしますわ。」
後半はチームメンバー全員に向けてそういったミモザ先輩はそれで、と続ける。
「この後、どうされます?練習場の予約日は明日ですから、練習をするなら他に良さげな公園などでやるか、今日はもう解散なのですけど。」
「んー、私はちょっと練習したいですかね。皆さんの実力次第で攻防どっちになるか変わりますし。戦術は早めに固めておきたいですしね、うん。」
その提案に私は練習に一票入れる。こういう時は最初に声をあげた奴の意見が通る場合が多い。事実、私の意見に反対は出なかった。
「それじゃ、場所を変えましょう。どなたか、この辺りに詳しい方は?」
ミモザ先輩が尋ねると、答えたのはイケマと名乗った少年だった。余り人と積極的に会話するタイプには見えなかったので意外である。
「この辺にでかい公園はねぇよ。中央広場まで行った方が早い。」
円形の学院の中央には中央広場と呼ばれる広大な多目的広場が広がる。広場と言ってもその中には花見やバーベキュー用の芝生もあれば本格的なアスレチック、陸上競技場など様々なものがある。
その中の一つに一般開放されている魔法競技用の競技場があるのだ。
「そうなんですの。それなら急いだ方がいいですわね。あそこはこの時期、競争が激しくってよ。」
ミモザ先輩のその言葉に頷くと皆杖を取り出す。基本的に自分の身長よりもやや短い程度のそれは魔法使いにとって魔法を使う為の必需品であり、最も身近な移動手段でもある。
ふわっ、と魔力を熾したミモザ先輩に続いて他の面々も魔法を発動する。
「ミモザ先輩、乗せて下さい。」
ちなみに飛行魔法は風魔法の一種だ。精霊回路がなくては使えない。
「構いませんけど、乗り心地は保証しませんわよ。」
そりゃそうだろう。普通は自分で飛ぶのだから。日常的に後ろに誰か乗せてるのはうちの妹くらいだ。
「別に落としさえしなければ何でもいいですよ。」
「そこまで下手ではなくってよ。」
そんな軽口を叩き合いながら飛び立つ。
目指すは中央広場の魔法競技場。自己紹介をしていたからやや出遅れた感がある。まだ空いているスペースがあればいいのだが。
結論から言うと、中央広場はすでに埋まっていた。やはり自己紹介をしていたのが効いたらしい。
「仕方ありませんわね。今日は解散と致しましょう。」
予約表を見ていたミモザ先輩が振り返って言う。
「ふむ。空いていないのでは仕方ないか。」
残念そうに呟くマロウさんの後ろでミモザ先輩も肩をすくめた。
「まあ、気にする事は無いと思いますわ。わたくし達は明日が公式練習日ですし。皆様、ここまで来て頂いたのに残念ですけど、今日はこれで解散にしますわ。明日は予定通り、公式練習日ですから時間に遅れないようにお願いしますわね。」
魔法競技大会はチームをランダムで組むため、運営側が各区にある練習場を借り切ってくれる公式練習日というものが存在する。割り振りの日付はやっぱりランダムだが、私達のチームは初日に当たっている。練習時間が多いに越した事は無いが、今ここで絶対練習しておきたいという程でもないのは確かだ。
「じゃあ、私も帰ります。」
「あら、乗って行かないんですの?」
踵を返した私にミモザ先輩が声を掛ける。
「はい。ありがとうございます。ちょっと買い物してから帰ろうかと思いまして。」
「そうなんですの。なら、わたくしは先に帰らせていただきますわ。ごきげんよう、また明日に。」
「はい、また明日。」
他のチームメイト達もそれぞれ散って行く。それを見送って私も歩き出した。




