夏影 〜あの青空へ〜
お気に入りの歌の歌詞を自分なりの解釈の元、表現してみました。かなりベタで急ぎ足な所もありますが読んでいただけたらうれしいです。
水平線までまっすぐ伸びてる青い空。
いったいどこまで続いてるんだろう――。
ボクの住んでる町はとても古い。今にも崩れそうな家もたくさんあるしボクの家は何箇所も雨漏りしてるし歩けばギシギシって音が聞こえる。
おじさんが言うには『古い町にはそれだけフゼイがある』んだって。
意味はよくわかんないけどボクもみんな優しくて温かいからこの町が大好きだ。
「あーくんあそぼっ」
突然聞きなれた声が聞こえてきた。
幼なじみのなっちゃん。この町には同い年の友達はなっちゃんしかいないし、家が隣同士だからよく遊ぶ。とっても元気な女の子だ。
「うんっ。今日はどこに行く?」
「うーんとね。暑いから川遊びしよ」
ボクとなっちゃんは二人で一人。だからボクたちはいつも一緒だった。
泥だらけになってお母さんたちに怒られるときも一緒。山に行ってセミを捕まえておじさんに褒められるときも一緒。おやつを食べるときも一緒だ。
「えいっ」
ぼーっとしてるボクになっちゃんは手のひらに川の水を溜めてかけてきた。
「うわっ。いきなりはダメだよ〜」
そう言いながらボクもなっちゃんに水をかけると、なっちゃんも負けじと反撃してくる。
ボクもなっちゃんも笑ってた。笑顔で日が暮れるまで遊んでた。
それがボクたちの毎日。当たり前の世界だった。
小学5年生の冬のある日、いきなりボクの身体がおかしくなった。
朝起きてご飯を食べているといきなりお箸を持ってた手に力が入らなくなって目の前が真っ暗になった。
目が覚めると少し黒ずんだ天井が見えた。ボクはこの天井に見覚えがある。きっとお医者さんの家だ。
手が温かいコトに気づいて横を見るとお母さんがボクの手を握って泣いていた。
「何で泣いてるの?」
下を向いてたお母さんの顔がボクを見つめる。するとお母さんは何度も何度も謝ってきた。
「睦……ごめんね……ごめんね……」
お医者さんからボクが重い病気にかかってて、もう治せないほどひどくなってると聞かされた。でも不思議なくらいボクは何も思わなかった。
死ぬってどういうものか知らないわけじゃない。おばあちゃんが死んじゃったときボクは悲しくてわんわん泣いた。
特に身体が変じゃないから何も感じないのかもしれない。お母さんも看護士さんも自分のコトのように泣いていた。
帰る途中、なっちゃんと会った。今日はプールの日だったから手には水着が入ったビニールの手提げを持っている。
「どうして学校休んだの〜? みんなに心配かけちゃダメだよ」
頬を膨らませ少しだけ怒った口調のなっちゃん。そんな顔を見てたら本当に悪いコトをした気になってくる。
「ごめん。もう大丈夫だから」
「よかった。明日は一緒に学校行こうね」
「うん!」
ボクたちは手をつないで帰りだす。手が温かくなって心も温かくなった。
でもそれと同時に考える。ボクがいなくなったらなっちゃんと離れ離れなんだって……。
お医者さんの話では長くても来年の夏まで生きれたらいいというコトだった。
お医者さんとお母さんからは入院するようにって言われたけどボクは言うことを聞かなかった。
だって入院なんてしたらなっちゃんと遊べなくなるから。それだけは絶対イヤだった。
お母さんも渋々納得してくれてボクはずっとボクの家にいるコトができた。
それから半年経ち、ボクは最期の夏を迎えた。
静かに流れる波の音と木々からセミの鳴き声も聞こえる。
梅雨に入る前からボクはとうとう学校に行けなくなってしまってしまい家にいるコトが多くなった。
お母さんがなっちゃんや、なっちゃんのおじさんおばさんに理由を話したらしい。なっちゃんは泣いてたと聞かされた。
それからなっちゃんは毎日ボクの家に来るようになった。学校で何があったのかを楽しそうに話してくれてボクも楽しい気持ちになれた。
そして今は夏休み。朝から夕方までずっと一緒にいてくれてとても楽しかった。
あと一週間で夏休みが終わる……そう思っていると、ついにその日が来てしまった。
朝起きてまだ頭がぼーっとしていたが、何となく解ってしまった。
もうすぐ死ぬんだって。
どうしてそう思ったのか……やっぱり理由は何となくだと思う。
ボクは立ち上がると最近着てなかった外用の服を着てなっちゃんが来るのを待った。
時間は朝の9時。まだまだ一日は長い。
それから30分ぐらいしてなっちゃんがやって来た。
「どこかに出かけるの? 身体悪いんでしょ?」
「もう元気になったから遊びに行こう!」
ボクは今できる精一杯の笑顔をして無理やりなっちゃんを連れ出した。
久しぶりに外に出ると太陽がとても眩しくてまともに目を明けるコトができない。走ってる と足がもつれそうになる。
それでもボクは一生懸命なっちゃんの手を引いて色々なところに行った。
山に行って蚊に刺されながらセミを採った。町に行って冷えたジュースを買って二人一緒に飲んだ。川へ行って小魚を捕まえたけど足が滑って転んだ。
そんなボクの姿を見てなっちゃんが笑って、ボクもやっぱり笑ってる。
この町には思い出がつまってる。おじいちゃんみたいに長生きしてないけど、ボクの心にボクだけの思いがたくさんある。
大好きな人たちとの大事な記憶がある。
少しづつ日が傾いてきてもうすぐ帰らないといけない時間が近づいてくる。
「あーくん。次はどこに行くの?」
「最後に行きたいとこがあるからついてきて」
引き続きボクはなっちゃんの手を引いて歩いているが、どんどん身体が動かなくなってきてるのが自分で分かる。一歩踏み出すたびに倒れそうになる。
それでもボクは足を止めない。まだ止めちゃいけないから。
ボクたちは町一番の長い坂の前に来た。『あそこ』に行くためにはどうしてもこの坂をのぼらなくちゃいけない。
「よーし。なっちゃん。どっちが早くのぼれるか競争しようよ」
「うん!! いいよ」
「じゃあいくよー。よーい……どん!」
ボクたちは同時に走り出す。ボクはかけっこでなっちゃんに勝ったコトない。でも、どうしても勝負がしたかった。
やっぱりなっちゃんは速くてボクは身体が弱っているというコトもあってどんどん離されていく。ところが
「いたっ!」
「なっちゃん大丈夫!?」
坂の途中でなっちゃんが転んでしまいボクは急いでなっちゃんの所に向かう。
「ひっく……痛いよー……」
なっちゃんの顔が苦痛でゆがむ。膝から血が滲んでいた。ボクはなっちゃんの前に行きしゃがみこんだ。
「ほら。ボクがおんぶしてあげるから」
「う、うん」
ベソかきながらなっちゃんはボクの背中におぶさる。前におんぶしたときは軽かったのに今はすごく重く感じた。
ふらつきながらどうにか坂をのぼりきり、やっと『あそこ』が見えた。ボクは力を振り絞ってなっちゃんをおんぶしながらゆっくり歩いた。
目の前には先が見えないほどの海。たまに風が水面にさざなみを立てている。陽が傾いて夕日がきれいだった。
すっと目を閉じる。海のにおいがする。風を感じるコトができ、葉がこすれる音も聞こえてくる。
目を開けてなっちゃんを見ると黙ったまま俯いている。やっぱりまだ足が痛いのかな?
「今日は楽しかったね……」
今にも消え入りそうなほど小さい声でなっちゃんが言う。
「うん。前みたいに遊べてよかった」
二人いつも一緒で遊んでた頃。当たり前の時間。川みたいにゆるやかに流れていく時間は戻ってこない。
同じようで違う毎日。当たり前の中の小さな変化。だから楽しいと思える。だから一緒にいる。
「また今度遊ぼうね。あーくんの病気が治ったらまた遊ぼうね」
なっちゃんは今にも泣きそうな顔になってる。でもボクは言わなくちゃいけない。
「ダメだよ。ボクはもう行かなきゃならないから」
なっちゃんは何も答えない。
「今日までいっぱい楽しかったからあの雲よりも遠いところに行かないとダメなんだ」
ひと言ずつ言葉を紡いでいくボク。
「そんな顔しないでよ。なっちゃんは笑っていないとボクも悲しいから。もう遊べないけど――」
「イヤっ!! また遊ぼうよ! 今日みたいに私と遊んでよ! あーくんがいなくなったら私!」
溜めていた想いが溢れだすようになっちゃんの目から涙を流していた。
「大丈夫だよ。なっちゃんはボクに笑顔をくれるみたいにみんなにも笑顔をあげられるすごい女の子なんだから」
「あーくん……」
「ねぇ。ひとつだけ約束しようよ」
誰もいない砂浜。サラサラとした砂を掬いながら言う。
「ボクは一足先になっちゃんと遊んだ楽しい思い出をお空に持っていってお空に笑顔をあげるからなっちゃんにはこっちでみんなに笑顔をあげ続けてほしいんだ。ボクとも笑ってバイバイしてほしいんだ」
「ムリだよ! 笑ってバイバイなんて言えるわけないよ! もう会えなくなるのに……!」
なっちゃんの口からそれ以上の言葉が出なかった。
「大丈夫。ボクがここからいなくなっても思い出だけはちゃんと残るから」
なっちゃんは唇をかみ締めた。
「だから最後まで笑っててよ。ボクの思い出を最後まで楽しい思い出にしてよ。これはなっちゃんにしかできないコトだから」
ボクたちは砂浜を後にして自分たちの家に向かって歩き出した。
お互い顔を見ないまま手だけをしっかりつないで。
「ねぇ。なっちゃん」
「なに? あーくん」
「今、笑ってる?」
「うん。笑ってるよ」
絶対に顔は見ない。見ちゃいけないと思ったから。
「あーくんは笑ってる?」
「ボクもちゃんと笑ってるよ」
涙が頬をつたってるのがわかったけどボクは知らんぷりした。
「お別れはつらくない?」
「うん。つらくない。だってボク笑ってるから」
「私たちみたいにずっとずっと笑い続けて、みんなが笑顔になって幸せに生きていけたらいいね」
「そうだね……」
ついに家の前までたどり着いた。お別れを言わなくちゃいけない。
「じゃあなっちゃん。笑顔でバイバイって言おうね」
「うん……バイバイ…あーくん」
「バイバイ。なっちゃん」
最後だけはどうにか笑顔になれた。
温かな手がすっと離れる。ボクは一人で自分の家に行く。最後までボクもなっちゃんもお互いの顔を見なかった。
今までありがとう。とっても楽しかったよ――。
水平線までまっすぐ伸びる青い空。いったいどこまで続いてるんだろう……。
私はあの日行った海岸に来ていた。睦と最期に話した思い出の場所。今では店をかまえる人もいてずいぶん変わってきてるなと思う。
それでも私の中ではあの頃のままだ。
「あーくん……今年もまた夏が来たよ」
睦はホントにあの次の日に病院に運ばれてそのまま目を開けるコトはなかった。
月日が経つのは早いもので睦が死んですでに6年、私は町にある唯一の高校に進学して医大に行くために勉強をしている。
睦みたいな子供の命を一人でも多く救いたいと思ったから。
「ホントはね、あの日一緒に行きたくなかったんだよ」
私のつぶやきは空に吸い込まれて聞こえなくなる。
「あーくんと最期に遊んだあの日、ドアを開けてあーくんが待ってたとき私わかったんだ。あぁ……今日でお別れなんだって」
だってあのとき睦は笑ってたけど、無理をしているのが誰の目にも明らかだったもの。
「森に行って遊んでたときも、ジュースを飲んでるときも川で遊んでるときも必死さが伝わってきてたから。時間がないって伝わってきてた」
だから私も必死に笑った。睦が頑張ってるのに私が頑張らなくてどうするの? って思いながら。
「でも……最後のかけっこのとき我慢ができなくなっちゃった」
睦は転んで痛かったから泣いたと思ったかもしれない。でもホントは違う。
「足も痛かったけど……それより心が痛かったなぁ」
この坂上りきったら睦とお別れなんだって考えるとこれ以上涙を堪えられなかった。
「そのあとも私ワガママ言っちゃってごめんね」
わかってた。最初からどうするコトもできないんだって。それでも運命に抗いたくなるでしょ? それが残酷なものならなおさらね。
「それとね、私は……あーくんが思ってるほどすごくないんだよ」
私は睦を笑顔にするだけでよかったんだから。私にほかの人を笑顔にする力なんてない。睦の笑顔が見たかったから私もずっと笑ってた。
「それなのにあーくんってばあんな約束させて」
少し怒った口調で言う。
「みんなに笑顔をあげ続けてほしいなんて言われても私が困るだけじゃない」
それに、と、私は付け加える。
「自分が泣きじゃくってるくせに人に笑顔を強要しないでよ」
まぁ、それに関しては私も泣いてたから同罪かな。
「あとね、今だから言うけど私あのとき嘘ついたんだ」
笑ってる? って訊かれたとき、私は笑ってなんかいなかった。だって涙を堪えるのに精一杯で笑顔なんてできるわけなかった。
「それでもお別れのときは頑張って笑ったんだよ。そこは褒めてほしいな」
結局、一度も顔は見なかったけどやっぱり睦も泣いてたのかな? それとも笑ってたのかな?
「うーん……やっぱりこっそりと横顔見とけばよかったなー」
ホント、今さらだけどね。
「……ねぇ。あーくん……君は今も笑ってる?」
私は空を見上げながら言った。
「どーしたの? 夏海。物思いに耽っちゃって」
突然声をかけられたから私は思いっきり驚いた。
「きゃっ!? ――ってなんだ友美か。驚かさないでよ」
「別に驚かせてないから。それよりさ、さっき言ってた『あーくん』ってカレシ?」
「……どこから聞いてたの?」
「教えてほしい?」
そう言うと友美は悪そうな笑みを浮かべた。
「いや、いい。何か恥ずかしいから」
「あれだけ大きな声で言っておいて恥ずかしいはないんじゃないかな〜」
「えっ!? そんなに大声だった!?」
自分でも気づかないほど大きくなってたかもしれないと思い訊ねる。
「そりゃこの海岸全体に聞こえるぐらい大きかったわ」
「うぅ〜」
一気に顔が赤くなったのがわかる。……私は穴があったら入りたい気分になった。
「冗談だから本気にしない。ってか、これほどうろたえる夏海見るの始めてかも……これはかなり貴重ね」
持っていたカバンから大学ノートを取り何かを書き始める友美。
「ちょっと待った! メモってどうするつもり!?」
「何って……あんたに好意を寄せてる男たちに売ろうと思って」
……もう呆れて何も言えないよ。
「そんなのもらったって誰も喜ばないって」
「これも冗談。でも夏海の情報は売ろうと思えばかなり売れると思うけどね」
「どうして?」
ホントにわからなかったから訊ねると、途端に友美が呆れ顔になる。
「まったく鈍感にもほどがある……」
「何の話?」
「いい? あんたはウチの学校でトップ5に入るほどモテてるの! 誰にでも優しくていつも笑顔だからかなりの男子にモテてるの! わかる!?」
あー。そういえばたまにそんな噂を聞くかも。
「ああそれなのに! 誰とも付き合わないなんて何様!?」
「って、どうしてそこで友美がキレるのよ……」
まったく……勝手なんだから。
「言っとくけど私は別に好きで笑顔を振りまいてるわけじゃないから。いつも笑顔を心がけてるのは大切な人と約束したからよ」
小学校のときにした約束なんて時効だと思うけど最後のお願いくらい聞いてあげなきゃね。
「へぇ。それがさっき言ってた『あーくん』ですか……一途だねぇ。それで、モテモテの夏海さまに好かれてる彼は今どこに?」
「えーっとね……空? かな」
「はぁ? 飛行機のパイロットか何かやってんの?」
「や、違うから」
飛行機と聞いて私は閃いた。
「――あっそうだ。友美、一ページだけノートもらっていい? あとシャーペンも貸して」
「いいけど何に使うの?」
「いいから」
私はノートとシャーペンを受け取りスラスラと書き出す。
「おやおや? ひょっとしてラブレター? あーくんって人に書いてるの?」
「そうよ。だから見たら怒るから」
「見ないわよ。馬に蹴られたくないから」
そうこう言っているうちに書き終えると私は近くにあった木製のテーブルの上で書いた紙を折りだした。
「え? どうして折り曲げるの? あーくんにあげるんでしょ?」
「えっと、紙飛行機にしようと思って」
「今日の夏海は本当に意味わかんない。書き間違えたならもう一枚あげようか?」
「これでいいの――っと、できた!」
私の心が詰まった紙飛行機。睦が作るの上手で教えてもらったときのコトを思い出した。
「へぇ。なかなか上手だね」
友美が隣で関心してる。
「じゃあ早速飛ばすよー!」
「ええっ! せっかく書いたのに捨てちゃうの!?」
「捨てるんじゃなくて届けるのよ」
訝しげな表情の友美を無視して私は海に向かって紙飛行機を投げた。
(どうか空にいるあーくんまで届きますように……)
祈りを込めた紙飛行機は風に運ばれて空へ舞い上がる。
雲のようにうっすら影を残し、ゆるやかにどこまでも流れるように……どんなに遠くても必ず届くと信じて……。
「さてと、スッキリしたし予定通り買い物に行こっか」
私は歩き出す。これから先辛いコトがあるかもしれない。
でも私はずっと笑顔でいるから。あーくんとの約束を守るから。
だから、あーくんもずっとあの青空で笑っててね。
約束だよ――。
台詞回しが小学生っぽくないのはスルーの方向でお願いします。