68.王都への帰還
翌朝目を覚ますと、既に起きていたクルトさんとディルクさんから私が眠ってしまった後に決まったという今日の予定を聞かされた。
王弟殿下があのような事になってしまった以上、修行の旅の続行は不可能。すぐに王都に戻らなければならないということで私の転移魔法で一気に移動することになったのだが、先程その王弟殿下の現状を聞いた後では、少しだけ王都に戻るのが怖い気もする。
身体の傷は塞がっても魔力が全く回復せずに意識が戻らないなんて……。
これも魔術書と契約し自らを魔王と名乗った人物が仕組んだ事だったとしたら、私に出来ることはあるのだろうか……。
そう考えたところで何か重要な事を忘れているような気になったが、頭の中にかかっている靄が一層濃くなっていき、結局何も思い出せなかった。
「そろそろ頃合いの時間ですね。アーサーよろしくお願い致します」
「はい。わかりました」
右手をクルトさん。左手をディルクさんとしっかり繋いだ状態で、転移魔法を発動する。予めクルトさんから行き先はカイル様のところにして欲しいと言われているので、迷うことなくカイル様の顔を思い描き、頭の中に浮かんできた呪文を声には出さずに詠唱した。
すると一瞬の浮遊感の後、すぐに景色が切り替わり、目の前にカイル様の姿が現れた。
見覚えのある部屋の様子に、ここが一ヶ月ほど前まで『天才魔術師デビュープロジェクト』ために私が滞在させてもらっていたエセルバート公爵家の魔法訓練用の施設内だということがわかる。
私は自分の魔法が成功したことに安堵しつつも、こんな事態を引き起こす原因を作ってしまったことに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「お疲れ様でした。湯あみと着替えの準備は出来ています。食堂に朝食の用意をしてありますので仕度が済み次第いらして下さい。──詳しい話は朝食の際に」
「わかりました。では御言葉に甘えて」
「お心遣い感謝する」
クルトさんとディルクさんは其々カイル様に一言ずつ言葉を掛けてから、この場を後にする。
しかし私は、二人の後に続いて行くべきだということはわかっていても、まるで身体が固まってしまったかのように微動だに出来ずにいた。
「どうした?もしかして魔力切れで動けないのか?」
「……いえ、そういう事ではないのです。すみません。すぐに準備を整えて参ります」
何とか平静を装って答えてはみたものの、意図せず涙が頬を伝っていく。全くそんなつもりはなかっただけに、自分の事ながら驚きを隠せなかった私は、慌ててドアに向かうことで何とかこの事態を誤魔化した。……つもりだったのだが。
「ちょっと待て」
不意にカイル様に腕を掴まれ部屋から出ていくことを止められた。
──どうやら泣いていることに気付かれてしまったらしい。そんな自分が本当に情けなくて、より一層泣けてくる。
「どんな理由があったにせよ、王族に瀕死の重症を負わせたんだ。気にするなとは言えない。でもな、起きてしまった事をあれこれ考えてクヨクヨするよりも、今はそれに対する解決策を考えて実行するのが先じゃないのか?」
こんな時にその場しのぎで慰めたり、甘やかしたりしないところがカイル様らしい。最初は真面目過ぎて厳しい人だとしか思えなかったけど、間近で接していくうちに本当はすごく優しい人だということがわかった。
今だってこうして私に厳しい言葉を掛けながらも、私の事を心配しているのがありありとわかる表情をしている。
そうだよね。私は自分が持っている最大限の力を使って全力で出来る事をやらないと!
その時、ふと脳裏に誰かに言われた言葉が蘇る。
『新たに手に入れたその力で仲間を助けてあげてね』
それを言われたのがどういう状況だったのかは思い出せないものの、新たに手に入れた力というものがどういう種類のものだったのかということを突如思い出すことが出来た私は、自分の中から弱気になっていた気持ちが徐々に消えていくのを感じていた。
そうだ……。私、新しい魔術書と契約したんだ。ということは、今までより魔力も増えてるし、もしかしたら使える魔法の種類も違ってるかもしれない。
だったら王弟殿下を助けるための手段が見つけられる可能性は高い。
確固たる根拠はないものの光明を見出だせたような気がした私は、やや乱暴な手付きで涙を拭うと、顔を上げて真っ直ぐカイル様を見つめた。
「カイル様。いつも私を助けてくださってありがとうございます。絶対に王弟殿下を死の淵から救いだして見せますから」
強い決意を持ってそう告げた私に、カイル様は少しだけ驚いたような表情をした後、一言「頼んだぞ」と言ってくれた。
私は大きく頷くと、先ずはお城に入れてもらえる姿になるために、着替えが用意されている部屋へと向かうことにした。
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