63.対価の意味
目の前にいる滅多にお目に掛かれないレベルのこのイケメンが『聖魔の書』だという。
不覚にも暫し見惚れてしまった私は「ちょっと聞いてんの?」という不満そうな声で我に返った。
「聞いてます。……けど」
「けど、何?」
「正直、急に言われても信じられないというか、何というか……」
「もしかして疑ってるの?」
いくら私が単純で、目の前にいるこの人が人間離れした美貌のイケメンだろうと、『聖魔の書』だと名乗られて『はいそうですか。やっぱりそうだと思ってました』とはならないと思う。
尚も疑いの目を向けてしまう私に、『聖魔の書』は何かを企むかのようにニヤリと笑った。
「じゃあさ、証拠見せたら信じてもらえる?」
「え?」
証拠なんてあるなら是非見せてもらいたい。
もしかしたら、この場であの本の姿に変わるんだろうかと考えていると。
「契約の対価としてもらったものを一時的に君に返してあげるから」
「は?」
『聖魔の書』を名乗るイケメンは、そう言うなりキザったらしい仕草で指をパチンと鳴らした。
すると。
短かった私の髪はロザリーだった頃の長さに一瞬にして戻ったのだ。
「えぇーーーッ!?」
あまりに突然の事に目を白黒させている私に『聖魔の書』は得意気な表情をしている。
「信じてもらえた?」
「……まあ、はい……」
かつては当たり前だった腰の辺りまで伸びた髪に戸惑いつつも、もうひとつの対価となっていた筈のものを思い出し、さりげなさを装って確認する。
……あれ?……ない。
「君の場合はその髪が月光を編み込んだかのようにとても綺麗だったからつい欲しくなっちゃって、それを対価にさせてもらったんだ。実はちょっと前にも同じ色の髪の子と契約したことあってさー、彼女の場合はオレのほうから無理矢理契約させてもらったから、時々その髪に触れさせてもらうっていう約束だけだったんだけど。
あ、因みに本当はオレ達魔術書の精霊は、対価なんてなくても気に入った人間になら力を貸すこともあるんだよ。それでねー……」
私はショックのあまり、『聖魔の書』が何気なしに重大な話をしていたことなど全く気付かず、完全に上の空状態でというかやたらと長い話にやきもきしながら彼の口が止まるタイミングを窺っていた。
「……君のことも結構気に入ってるから、時々こうして触れさせてくれれば返してあげてもいいけど。どうする?」
ヨシ!今だ!!
「べつにそれは構わないんですけど!──あの……、……胸のほうは?!」
髪なんて自然に伸びるから返してもらわなくても一向に構わないが、胸はもう成長しないので、返してくれると言うならむしろこっちを返して欲しい。
かなり恥ずかしかったものの、思いきって尋ねてみると。
「あ、あれ? あんなあってもなくても変わらないようなもの見苦しいだけだから、いっそのこと無くしたほうがいいかと思って、平らにしておいたんだー。オレって美意識高いからさ!」
「なッ……!!」
あれは対価などではなく彼の美意識に反していたものだから変えられたと聞かされ、言葉を詰まらせた。
しかし、正直過ぎる『聖魔の書』の発言はこれだけでは終わらず。
「そういえば君、『姿変えの魔法』を使った時、胸を大きくしてたっけ。やっぱり自分が見苦しい状態なのを気にしてたんでしょ? 平らが嫌だったら大きくしておいてあげる」
乙女の秘密をネタにされた上に、また見苦しいと言われ、ついに私は静かにブチキレた。
この人、デリカシーゼロだ。これ以上話してると私の精神衛生上よくない気がするからさっさと話を終わらせよう。
「……無駄話はいいので、ここがどこでどういうつもりで私を呼んだのかだけさっさと聞かせてもらえませんかね?」
「あ、そうだった。大事なこと忘れるところだったよ。君と話が出来るのが嬉しくて、つい」
『聖魔の書』は無邪気に笑いながら再びパチンと指を鳴らすと、一瞬で私の髪をすっかり馴染んでしまった短さに戻してから、再び口を開く。
「ここは夢と現実の狭間って感じのところかな。今回は緊急事態が起きたから君のその身体ごとオレ達がいる世界に転移させたんだ。──君も漸くオレの呼び掛けに応えてくれたしね」
緊急事態と聞いて、私は何か大事な事を忘れているような気になったものの、考えれば考えるほど頭の中にかかっている靄のようなものが濃くなっていく気がして、思い出すことが出来なかった。
その感覚がやたらと恐ろしく感じられ、思わず自分の身体をギュッと抱き締める。
「どうしたの?寒い?」
「……いえ。なんか大事な事を忘れてる気がして不安で……」
「ゴメン。それ、オレの力でわざと思い出せないようにしてる。それから、君の世界に戻ったらオレと会ったことも曖昧になっちゃうと思う。目が覚めたら夢の内容を覚えてないってことよくあるだろ?それと一緒だと思って」
あっさりとそう言われるが、記憶を操作されてると聞けばいい気はしない。
あからさまに眉を顰めてしまった私に、燃えるような赤い髪に、見る角度で色彩を変える不思議な瞳を持った神々しいほどの超イケメンは真剣な眼差しを向けてきた。
「君の大事な人達はオレが責任持って護るから、今は何も考えずにオレに協力して欲しい」
今の私にはその大事な人というのが誰のことだかさっぱり思い出せないが、胸を締め付けられるような焦燥感は少しずつ大きくなっていく。
「……わかりました。私に出来ることならば」
一刻も早く現実世界に戻りたい。
その一心で返事をすると、『聖魔の書』はあからさまにホッとしたような表情を見せた。
そして。
「実はさ、君に契約してほしい魔術書がいるんだよね」
「は?」
このイケメンが『聖魔の書』だと言われた時以上に何を言われてるのかわからない状況に呆けていると。
「じゃーん。これがその魔術書。君たちの世界では『聖邪の書』って呼ばれてるんだ」
「……セイジャノショ?」
「そうそう。『聖』はオレと同じ『聖』。『邪』は邪悪の『邪』ね」
そのネーミング。明らかに呪いの臭いがするんですけど。
私は早くも安易に承諾の返事をしてしまったことを後悔したのだった。
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