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50.理想の自分

 結局、私のやや残念な頭ではクルトさんのお願いを上手に断る言い訳が思い付かず、仕方なく『姿替えの魔法』というものを披露することになった。


 とはいえ、すぐ近くでジッと見つめられている状態というのがどうにも落ち着かず、ダメ元で少し離れたところにいてほしいとお願いしてみると、クルトさんは笑顔でそれを了承してくれた。

 これが王弟殿下だったら絶対に、『四の五の言わずにさっさとやれ』と言われていたに違いない。


 私はクルトさんが視界に入らないように軽く目を閉じると、心を落ち着かせ、自分の姿を変えるということをイメージした。それだけですぐに頭の中に必要な呪文の言葉が浮かび上がってくるのだからありがたい。

 契約の対価という呪いさえなければホントに便利なんけどな……。


 そんな事を考えながら、その呪文を声に出そうとしたところでふと気付く。

 そういえば、『聖魔の書』の呪いの恩恵で使う呪文は古代魔法語で、今は失われた幻の言語だったんだっけ……。

 クルトさんが古代魔法語や『聖魔の書』の存在を知っているかどうかはわからないが、明らかに今使われてる魔法言語と違うものを使うのはマズい気がする。


 少しだけ考えた後、今回はあえてそれを口に出さず、試しに心の中だけで唱えてみることにした。もし変身出来なかったら、やっぱり無理でしたと誤魔化して、後でこっそり魔法を使って出掛ければいい。


 そう決めてから、『姿替えの魔法』の呪文を心の中で詠唱したのだが──。



 ──結論からいうと、私の変身は成功した。確かに成功したんだけどさ……。


 部屋に備え付けられている姿見に映るのは、艶やかな金髪に深い湖のようなエメラルドグリーンの瞳を持つゴージャスな美女だった。体型なんてまさに、ボン、キュッ、ボン。


 すごい……。


 偽物だとわかっていても、うっかり見惚れるほどのパーフェクトボディを前にして、私は自分の状態を確かめるという振りでさりげなく気になる部分に触れてみた。


 ………。うん。やっぱりない。


 鏡に映るのは豊満な胸に触れている自分の姿の筈なのに、実際の感触は、いつもどおりの平坦なものだということに、思わず渇いた笑いが出てしまう。


『姿替えの魔法』というのは、本当に姿が変わるものでなく、自分が想像した姿の幻を身体に纏わせるというものなので、身体の構造自体が変化する訳じゃないということはわかってた。……わかってたけど!

 何の違和感もない生身の姿に見えるんだから、期待しちゃうでしょ!!


 鏡に映る自分の理想どおりというか、逆に云えば自分のコンプレックスが何かということが如実に現れた結果に、見れば見るほど言い様のない虚しさが込み上げてくる。


 うん。もう見るのはやめよう。


 ひっそりと落ち込みながら鏡に映る自分から視線を外すと、この恥ずかしい一部始終をバッチリ見ていたらしいクルトさんと目が合った。

 物凄くいたたまれない……。

 しかし、クルトさんは私のアホな行動を見ていたことなどおくびにも出さず、大人の対応をしてくれた。



「素晴らしい出来映えです。本当に普段のあなたとは全く違いますね。しかもこんな難しい魔法を無詠唱でやってのけるなんて、さすがは王太子殿下が見込んだ方です」



 純粋に感心しているであろうクルトさんの『普段とは全く違う』という言葉に地味に傷付きながらも、無詠唱という言葉には曖昧に笑っておくことにする。


 だって、声に出さなかっただけで心の中で詠唱してたからね……。

 まあ、何はともあれ、成功してよかったと思うことにしよう。



 斯くして、理想どおりのゴージャス美女という幻の姿を手に入れた私は、見覚えのない宿泊客に戸惑う宿の女性から必要な物を売っている店の情報を聞き出した後、無事街へと繰り出したのだった。




 ◇◆◇◆




 ひととおり必要な物を買い揃えることが出来た私は、寄り道するような勇気も元気もなく、真っ直ぐに宿へと向かっていた。


 マズい……。なんかお腹痛くなってきたかも。

 じわじわと鈍い痛みが内側から生まれ、全身に倦怠感が広がっていく。生理痛が始まったのだ。


 とりあえず、どこかに座ってちょっと休もう。

 そう思い、座れるようなところはないかと辺りを見回したところで、前方に見覚えのある人影を発見し、自然に足が止まってしまう。


 間違いない。あれ王弟殿下だ……。


 私は咄嗟に顔を伏せ、ついでにすれ違うことすら避けるため、不自然にならないよう進行方向を変えることにしたのだが。


 そこは安定して間の悪い私。


 踵を返そうとしたところで突然クラリと視界が揺らぎ、踏ん張りきれずに身体が傾いでしまう。勝手に暗くなっていく視界と、音を拾い難くなっている耳の聞こえ具合で、自分のこの症状が貧血による目眩なのだと自覚した。


 あ、私倒れるかも……。

 ぼんやりとそう思った瞬間。


 誰かの手が私に触れ、崩れ落ちる寸前だった身体が抱き止められるのを感じた。



「大丈夫ですか?」



 すぐ側にいるはずなのに、耳鳴りのせいでやけに遠くに聞こえるその声に応える余裕もなく、私は歪む視界のあまりの気持ち悪さに目を開けることも出来ず、グッタリと相手の身体に身を委ねるように凭れ掛かったまま、動くことすら出来ずにいた。


お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価ポイントつけていただいている方、本当にありがとうございますm(__)m

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