42.王弟殿下の追及 その2
威圧感ありまくりの王弟殿下の追及に、仕方なくこの場所に戻ってきた方法を暴露する羽目になった私は、『聖魔の書』の呪いの力を使ったことはキレイにすっ飛ばし、自分で考えた転移の魔法を使った事だけを告白した。
すると。
「ハァ……。常識の範疇を越えたような真似しやがって……」
大きなため息と共に吐き出された王弟殿下の言葉には、僅かに疲れのようなものが滲んでいる気がする。
──何だろうこの反応。……もしかして呆れてるとか?
盛大にカミナリが落ちると思っていただけに、予想と違ったその反応に私は内心首を傾げてしまった。
更にジッと反応を窺っていると、目が合った王弟殿下がニッコリと魅惑的な笑みを浮かべながら、私の頭の上に置かれたままになっていた大きな手に力を込めていく。
え!?ちょっと何?!
何をされるのかわからず戸惑う私を他所に、その手の力は更に強くなり。
「イッ、タァいーーーーッ!!!」
頭部を鷲掴みにされたままギリギリと締め付けられるという、地味に痛い攻撃に、私は思わず大声を上げてしまった。
「しかも、テンパってたせいで、どういう術式を使ったかわからないだと……?──お前の頭の出来は三歩歩けば忘れる鶏並みか!!思い出せ!!今すぐに説明しろ!!」
「だから、無理なんですってば!!本当にわからないんだから説明のしようがないんです!!こんなことされても思い出せませんよ!!」
早く解放してもらいたい一心で私は必死に言い募る。
そもそもどういう魔法を使うか決めたのは私だが、その術式は『聖魔の書』の恩恵の成果ともいえる古代魔法語での術式構成──しかも自動で頭の中に浮かんでくる呪文付き──なので、現段階での説明は不可能だ。
「自分した事がわからないなんて、そんな馬鹿な言い訳が通用すると思ってんのか!!」
通用するとは思ってないが、今の私の実力レベルでは、さっき使った魔法を解析して現代魔法語で再構築してみせるなどという真似は到底不可能なので、そう言っておくしかない。
もしも私が相手の顔を目印にして転移できる術式を自力で構築出来るような実力がある真の天才だったら、王弟殿下が私の指導に来る事はなかったし、冒険の旅に出ることもなく、森で迷子にもならず、こんなところで怒られることもなかっただろう。
そう考えると、自分の凡庸さが恨めしい。
「わからないものはわからないんです!!」
不甲斐ない自分に対する苛立ちを抑えきれず、思わず語気を荒げると、何故か私の頭を締め付けていた王弟殿下の手の力が緩んでいった。
痛みが無くなると同時に、私は自分が仕出かしてしまった事のまずさを認識してみるみる青くなっていく。どんな理由があろうとも王族相手に怒鳴り返すなどという事は絶対に許されないのだ。
『不敬罪』
そんな言葉が脳裏を過る。
ロザリーとしての人生に続き、アーサーとしての人生も終わるかもしれない。
私はすかさず一歩下がって距離を取ると、跪いて腰を折り、深く頭を下げた。
「……申し訳ございません」
一体どうなってしまうのかと戦々恐々としながら謝罪の言葉を口にした私に対し、王弟殿下は全く意に介していない様子で話し出す。
「……まさかお前内緒にしといて、後でこっそり自分の家に逃げ帰るつもりじゃねぇだろうなぁ?」
「はい?」
全く思いも寄らなかったことを言い出され、私は王弟殿下を見上げたままキョトンとしてしまった。
なるほど。そういう使い方も出来るのか……。
魅力的な提案ではあるものの、そんな事だけは絶対にしないと胸を張って言える。
私にとって『逃げるということ=人生の終わり』ということになる以上、どんなに辛くとも、王太子殿下の計画どおり天才魔術師としてデビューする他に残された道はない。
「そんなことは考えてもみませんでした。考えようによってはそういう使い方も出来るんですね……」
感心したようにそう言った私に、王弟殿下は疑わしそうな視線を向けてくる。出会ったばかりで信用がないのはわかるが、納得してもらわなければ話が終わらなそうなので、私は苦笑いしながらも、絶対にそうはならない理由を端的に説明した。
「本当にそんな使い方はしませんよ」
「……何故そう言い切れる」
「僕には僕の帰りを待っている人も、帰る家もないので使う必要がないからです」
キッパリと言い切ると、王弟殿下の表情が僅かに曇った。
アーサー・ロイドは天涯孤独という設定になっているし、ロザリー・クレイストンとしても同じような境遇になっているので、嘘は言っていない。
急に黙り込んでしまった王弟殿下に私は何も言えず、気まずい沈黙が流れ始めた、その時──。
「遅くなりまして申し訳ありません。只今戻りました」
私を探しに行っていたクルトさんが戻ってきてくれたのだ。まさしく天の助けとも云えるタイミングで。
「クルトさん!」
「アーサー。無事で良かったです」
穏やかな笑み浮かべて私の手を取ると、立ち上がるよう促してくれる。私はすぐにその手を取って立ち上がると、真っ直ぐにクルトさんの目を見て謝罪した。
「クルトさん。ご迷惑おかけして本当に申し訳ありませんでした」
「あなたが無事ならそれでいいのです。でも次は気をつけましょうね」
神だ……!神がいる!!
最近容赦ない対応をされる事が多かっただけに、クルトさんの優しさが心に沁みる。
うっかり涙腺が緩みかけた私だったが、視界の端に映った王弟殿下の顔を見たら、涙もあっさり引っ込んだ。
「アルフレッド様も私に免じてこの場を収めていただけませんか?」
王弟殿下はジッとクルトさんと視線を合わせると、不承不承という感じで頷いてくれ、とりあえず追及の時間は終了したのだった。
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