40.聞くと見るとは大違い その2
がむしゃらに焚き火に使う小枝を集めていた私は、いつの間にかうっかり森の奥深くまで入り込んでしまっていた。
……はっきり言って、絶賛迷子中です(泣)
両手で抱えきれないほどの小枝を集めることできたことは喜ばしいが、哀しいかな。帰り道がわからない。森は同じような木があちらこちらに生い茂っていて、どこもかしこも似たような景色となっており、自分がどこから来て、どこに戻ればいいのかさっぱりわからない状態になっているのだ。
そういった場合はどうすればいいのか。自分の中に蓄えてきた知識を必死に呼び起こしてみる。
森で迷ったら、まずは落ち着いて、太陽の位置を頼りに自分の行きたい方角を推測するんだったよね……?
早速私は、それを実践してみることにした。
日が暮れかけている今、太陽があるのは西の方角。私がいる『魔の森』は王都の北側に位置している。
……ということは、南の方角に歩いて行けば王弟殿下がいる今夜の宿泊ポイントに行き着くはず!!
そう考えた私は小枝を抱えたまま、ひたすら南と思われる方角に進んでみた。
ところが──。
王弟殿下がいるはずの場所に全く辿り着く気配がない。しかも、何故だか来た時の倍くらい歩いている気さえする。
この方法は私自身は本で読んだだけの知識ではあるが、数々の本で取り上げられてきた方法であり、何かしらの根拠があって試されてきた方法に違いないのだ。
もしかして、覚え間違いしてるとか……?
不安な気持ちになっているせいか疲労感が増してきて、湿った地面を踏み締める足がやけに重く感じられる。それでも私は自分自身を鼓舞するように回復の魔法を使いつつ、王弟殿下がいると思われる方角に向かって森の中をひたすら歩き続けた。
やがて日はとっぷりと暮れ、元々薄暗い森が完全に闇に覆われる頃、私はある決断をした。
……というかさすがにせざるを得なかった。
夜になったらなったで、星を読んで方角を確認するという方法もあるらしいが、背の高い木々に囲まれて空もろくに見えない状態じゃ、目印となる星を探すだけでも一苦労だし、最早それを試そうと思うだけのガッツが足りない………。自分の知識と本来の実力だけで勝負するのは潔く諦めることにした。
私には『聖魔の書』の呪いという素晴らしい恩恵があるのだ。
全てを失ってまで手に入れた能力を、こんな時に使わないでどうする!!
自分でも現金なものだとは思うが、すぐに気持ちを切り替えると、どんな魔法を使って今夜の宿泊ポイントに戻ろうか考え始めた。自力での術式の構築は大の苦手だが、呪いの力を使うのならば面倒な工程は全て省くことが出来る。
なんといっても、頭の中でこういう感じの魔法が使いたいって思うだけだし。
カイル様には、『他人に仕組みを説明出来ない力は余程の場合でない限り使わないほうがいい』と言われているが、今、この状態は『余程の場合』に該当すると思うので、遠慮なく使わせてもらうことにする。
うーん。どうせだったら一気にあの場所まで戻れる魔法がいいな。
となると、転移魔法か……。
転移魔法といえば、遠く離れた場所にいる者同士で手紙などのやり取りが簡単にできる術式が既に存在している。ただ、その術式は大きな魔力を必要とするため、術式が込められた魔石は非常にお値段も高く、一般には流通していないし、それを持つことのできる人間は王族や有力貴族、裕福な商人達に限られている。しかもその通信手段はそんな彼等でさえも緊急連絡以外の目的で気軽に使用することはまずない。
小さな手紙を送るだけでも相当な魔力を必要とするんだったら、人間ひとりを移動させるとなると一体どれ程の魔力が必要となるんだろうか?
…………。
暫し考えてみたものの、全く見当もつかないので、とりあえず身を持って経験してみることに決めた。
もちろん難しい術式であることは間違いないと思うが、『聖魔の書』の力で構築した術式なら、既存の転移魔法ほど魔力を必要としないかもしれない。それに万が一多くの魔力を必要とするものでも、今の私はベルク国内で一番高い魔力を持った人間なのだ。普通の魔術師で補えるレベルならば、それほど問題はないかもしれない。
聞くと見るとは大違い。
言葉そのものの意味はちょっと違うかも知れないが、『聞いた話(本で得た知識)』と『実際に見たもの(実際の状況)』とでは大きな違いがあるという現実を、この僅か数時間で嫌というほど思い知った私にそれを試さないという選択肢はない。
よし決めた!すぐやろう。遅くなればなるほど王弟殿下に馬鹿にされる度合いも跳ね上がる。
かといって特殊な魔法を使ったことがバレるのも困るから、すぐ近くまで転移して、そこからは大急ぎで走ってきたことにしよう!!
早速近くに転移しようと考えたところで、自分の今いる位置も、転移する場所がどこかということもわからないことに改めて気付き愕然とする。
確か転移魔法って予め決められた目印となる場所に物を送るという術式だったような。
ところが、ここはどこも同じような景色が広がっているだけの森。目印になりそうな物など思い当たらなかった。
どうしよう……。
少しだけ悩んだ結果。
物じゃなくても、いいよね!目印があればいいんだから!!
疲れすぎていて変なテンションになってしまい、やたらポジティブになっていた私は、すぐにあの場所で一番目立つ王弟殿下の顔を思い浮かべ、そこから少し離れた位置に移動するという事をイメージした。
途端に頭の中に古代魔法語の呪文が浮かんでくる。
その言葉を口にすると──。
一瞬の浮遊感と共に、いきなり視界が大きくブレた。
思わず反射的に目を閉じてしまった私が、いきなり何かにぶつかったような衝撃に驚き、目を開けた瞬間に見たものは──。
ゆらゆらと揺らめく炎。バラバラに散らばった小枝。驚いた様子のディルクさん。
そして──。
明らかに不機嫌そうな王弟殿下の顔だった。
「何でこんな真似したのか、遅くなった理由も含めてじっくり聞かせてもらおうじゃねぇか」
確かに少し離れた場所ってだけで、具体的な距離とかは考えなかったけどさ……。
王弟殿下との距離、推定1メートル。
この距離ってどうなの!?
私は自分の失敗を覚り、盛大に顔を引きつらせたのだった。
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