30.新たな目的
「どうした!?」
「何があった!?」
私の上げた全く色気のない悲鳴を聞きつけ、カイル様と王太子殿下が乱暴に扉を開けて部屋に飛び込んできた。
「「え……?」」
上半身は裸。下半身はペチコートだけという姿の私を見て固まる二人。
私は私で今の自分の状態を思い出し、慌てて胸元を両手で隠すと後ろを向いてしゃがみ込んだ。
「キャーーーッ!!!入って来ないでーっ!!!」
今度は女性らしい悲鳴をあげた私に驚いた二人は、慌てて扉を閉めて出ていった。
──そして十分後。
濃紺のチュニックと黒いズボンに焦げ茶色のブーツという服装に何とか着替え終わった私は、重い足取りで王太子殿下とカイル様がいる部屋へと向かった。
「……先程は大声で騒ぎ立ててしまい、誠に申し訳ありませんでした」
別に私が悪い訳ではないが騒がせてしまったことは確かなので、一応二人に謝罪しておく。
部屋に入るなり謝罪した私に、ソファーに座っていた王太子殿下は意地の悪そうな笑顔を浮かべ、その向かい側に座っていたカイル様は酷く居心地の悪そうな顔をした。
「……いや、こっちこそ許可も取らずに扉を開けて悪かった」
真摯に謝ってくれるカイル様に対して。
「女って怖いよねー。どういう仕組みになってるか知らないけど、脱ぐまでホントの体型がわかんないんだもん」
……やはりというかなんというか。
王太子殿下は直接的な言い方こそしなかったものの、一番嫌なポイントをきっちり押さえた発言をしてくださった。
「殿下」
非難するような視線を送って王太子殿下を諌めようとしてくれたカイル様の勇気ある行動も虚しく、王太子殿下は情け容赦なく当然のことのように私にトドメを刺してきた。
「それにしてもあんな見事な絶壁を人並みレベルに盛りたててみせるなんて。着付けた人、天才だね~!!」
全てを見られていたことまで示唆され、私は絶句した。
普通そういうのは、見えたとしても見えてないという態度をとるのが礼儀なんじゃないのでしょうか……。
胸が無くなったことも相当なショックだというのに、更に男性にほぼ全裸の姿をバッチリ見られてしまったのだ。
あまりにダメージが大きすぎる出来事に、私は危うく魂が抜けかけてしまうところだった。
「…………。もうお嫁に行けません……」
王太子殿下は、羞恥のあまり涙目になりながら呆然とそう呟いている私の前に移動してくると、キラッキラに輝く王子様スマイル浮かべながら私の肩にポンと手を置いた。
「あのねぇ。キミにはもう一生嫁に行く予定はないんだから、そんな心配しなくても大丈夫だよ。それにあれなら余計な手間をかけて変な工夫をしなくても、素のままで男でいられるんだから良かったと思わなきゃ!」
ダメ押しで至近距離で見つめられ、私はなんだか急に王太子殿下の言うことが正しいことのような気になってきた。
そっか……。男として生きるなら確かにこのほうがいいよね……。
そう納得しかけたところで、カイル様の物言いたげな視線に気付き、慌てて我に返った。
──って、ダメでしょ!!
危うく王太子殿下の似非スマイルに騙されるところだった……!!
一瞬とはいえ王太子殿下の本性を忘れて騙されそうになっていた私は、本当に単純な人間なのだ気付かされ、さらに輪をかけて不快な気分になってしまった。
思わず恨みがましい視線を送ると、さすがに罪悪感があったのか、王太子殿下はちょっとだけ視線を泳がせてから、急に真面目な表情を取り繕って話し出す。
「というのは冗談として、一体どういうことなのか、説明してよ。──キミ、元々絶壁だったの?」
なんてこと!?真面目な表情なのに、聞かれた内容が酷すぎる。
私は必死に状況を説明した。
「違いますっ!!……そりゃ、そんなにグラマーではなかったですけど、……それなりにありましたっ!!……その、……し、下着を脱いだ途端に、……キレイサッパリ無くなってしまったんですっ!!」
まさか男性にこんな事情を赤裸々に話すことになるなんて思いもしなかったが、少しだけ話を盛ってしまったことは、乙女のささやかな見栄だと思って許して欲しい。
ところが、恥を忍んで口にした私の説明はあっさりスルーされ、王太子殿下は興味を無くしたようにさっさとソファーに座ると、カイル様と一緒に難しい表情で何かを話し合い始めてしまった。
「じゃあ、やっぱりこれも契約の対価ってことか……」
「そう考えるのが妥当でしょう」
「そうだよねー。──ねぇロザリー。他に何か変わったところはないの~?」
少しの間、完全放置状態だった私は、突然話を振られたことで奇妙な声をあげてしまった。
「はい!?」
他に変わったところ……?
少しだけ考えてみたのだが、胸のことがあまりにもショックすぎて他に構っていられなかったため、よく確認していないが、おそらくこれほどに変わったところはなかったと思う。
「いえ、特にはなかったと思います……」
ちょっと自信がないので、『ないです』とは言い切れないのが悲しいところだ。
「本当に~?よく見たの?色々減った分、代わりに他に出てきた部分とかなかったー?」
「え……?他が出る……??」
王太子殿下の質問の意味がわからず、頭の中にハテナがたくさん浮かんだところで、カイル様のため息が聞こえてきた。
「殿下……。お止めください」
「いや、だってこれ結構重要な質問だよね~」
「どこか確認したほうがいいところがあるのですか?」
ひとりだけ全く話が見えていなかったため、大真面目に聞き返してみたのだが、何故かまたしても王太子殿下とカイル様に聞き流されてしまった。
私はもう二人の会話に参加することは諦め、邪魔にならない程度に程よいタイミングで相槌を打つだけに留めておくことにした。
その結果、二人の話を要約すると──。
魔術書との契約の対価は元々持っている魔力の高さに応じて変わってくる傾向にあるらしい。
魔力が高ければ、それだけ対価も少なくて済む。
私の場合は、魔力の魔の字もないような状態だったので、ここまで身体的に目立つような対価になってしまったのではないか。
──という話だった。
何ソレ……?
やっぱり呪いで決定だよね……。
「ということは、もう私の身体は元には戻らないということなのですね……」
私は絶望的な気分で、俄には信じがたいこの現象の総括を口にした。
ささやかで慎ましやかな主張しかせず、コンプレックスにしか感じていなかった部分ではあったが、全く無くなってしまった今となれば、あのサイズでも無いよりずっとマシだ。
落ち込む私に、王太子殿下はまたしても爽やかな笑顔を見せてくださった。
それを今度は即座に認識し、どんな毒の籠った有難い言葉が飛び出すのかと、咄嗟に身構えてしまう。
「だったらキミがその対価を別のもので払えるだけの魔術師になればいいんじゃない?もしくはその仕組みを解明できるほどの力を手にいれるとかさ~」
予想外にも至極まともな言葉をかけられ、私はその言葉を上手く認識できずに惚けてしまった。
「……え?」
「だからさ~、すごい魔術師にさえなれれば、全てが丸く収まるんじゃないっていったの!」
二回目はだいぶ端折られてしまったが、私が王太子殿下のいうところの天才魔術師になれれば、呪いを解く道も見つかるかもしれないということだろう。
──なるほど。それも確かに一理ある。
私だって、目的もわからずただ王太子殿下の駒になれるよう嫌々努力するよりも、自分の身体を取り戻すという確固たる目的の為なら、がむしゃらに頑張れそうな気がする。
「私、自分の為にも殿下の御期待に添えるような天才魔術師になれるよう頑張ります!!」
「期待しているよ」
私の決意を聞いた王太子殿下は満足そうにそう言うと、今度こそは本当に裏のない(と思われる)笑顔を返してくれた。
王太子殿下にまんまと乗せられて、あっさりその気になった私は、カイル様が再び物言いたげな表情をして私を見ていたことに、全く気付いていなかった。
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