25.生への執着
「ロザリー・クレイストン。キミには消えてもらう」
王太子殿下の口から紡ぎだされた処罰の内容に、私はゆっくり頭を垂れた。
やっぱり……。
覚悟していたこととはいえ、いざそういう判断を実際に下されると想像以上に辛い。
「……はい。……承知、……致しました」
私は爪が掌に食い込むほどに両手をギュッと握りしめながら、なんとかそう口にすることができた。
──私の人生は終わった。
これからの私に残された時間は、ただ刑が執行されるまでのカウントダウンという意味合いしか持たないものに変わってしまった。
……その事実が、ただ、ただ、恐ろしい。
処刑までの時間が長ければ長いほど、精神的な苦しみは増すということを何かの本で読んだ気がする。
いつまでこの恐怖が続くのだろう……。
余計な知識を呼び起こしてしまった途端、ゾクリと背中が寒くなり、身体が勝手に震えだしそうになってしまった。
家を出る時に決意した、『せめて最後くらいは貴族らしく』ということを自分の最期の時にも当て嵌めて考えていたのが、それがいかに浅慮であったかということを実感させられた。
何も考えずに済むその瞬間まで、貴族としての矜持どころか正気を保つことができるのかどうかすら怪しい。
今この瞬間ですらも、死への恐怖と、そこに至るまでの間に自分がどうなってしまうのかという不安。そして、後悔を始めとする色んな負の感情が一気に自分の中に渦巻いてきて、──苦しいのだ。
今すぐにでも、この苦しみから解放されたい。
今なら次兄が問答無用で私を叩き切ろうとしていたことが、優しい対応だったように感じてしまう。
私は自分の中に芽生えてしまった不安と恐怖で押し潰されそうになっていた。
「あのさー、もしかしてキミ、死ぬ覚悟とか決めちゃってる?でもって、結構ビビってるとか?」
王太子殿下が興味津々に、おそらく青褪めているであろう私の顔を覗き込んでくる。
こんな時まで容赦ない性格を発揮してくださるとは……。
怯えているのは確かだけれど、それを王太子殿下に知られてしまうのはなんとなく癪な気がして、私は返事をするかわりに、顔を上げると、王太子殿下を真っ直ぐ見据えた。
その様子を見た王太子殿下がニヤリと笑う。
「ねえ、ねえ、もしさー、キミを助けてあげられる方法があるっていったらどうする?」
「えっ……!」
人間というものは現金なもので、助かるかもしれないという望みをチラつかせられたら、たった今までイケ好かないと思っていた相手にでも、すがらずにはいられない。
私の生への執着もなかなかのものらしい。
私は身を乗り出す勢いで、王太子殿下の話に食い付いた。
「あ、興味あるよね~。そうだよねー。──じゃあさ、助ける代わりにキミの人生、僕にちょうだいって言ったらどうする?」
「それって……「あ、あらかじめ言っとくけど結婚して欲しいとかじゃないから」
どういう意味ですか?と聞こうとしたところで、被せ気味に、ちょっとだけ脳裏を過った王道乙女展開を、黒い笑顔で否定されてしまった。
そうですよねー。私と王太子殿下でそんな展開あり得ないですよねー。
どうやら夢見がちな癖が治ってなかったみたいです。あはは……。
もしそんなことになっても、王太子殿下にいびり倒される未来しか浮かんでこないので、むしろこっちから願い下げだ。
そう考えたところでふと気付く。
さっきまで死の恐怖に支配されていたはずなのに、私の脳はいとも容易くその事を忘れていたことに。
意外に私って図太かったんだな……。
自分の事ながら呆れてしまった。
王太子殿下はそんな私の脳内事情などお構い無しに話を進めていく。
「キミが手に入れたその能力を、一生僕と国の為に使ってくれないかって言ってるんだよ。こういう言い方だと聞こえはいいけど、ようするに命だけは助けてやるから、死ぬまで僕と国の為に尽くせ。──つまりは一生僕の駒として生きていけって言ってるんだけど」
「駒……?」
「そう、駒だ」
王太子殿下が口の端を更に吊り上げた。…………やっぱり黒い。
「駒はプレイヤーの意思に反して勝手に動くことはない。でも、プレイヤーが計算し尽くした一手を確実に刻んでいくのが駒の役割だ。わかるか?」
意味はわかるが、自分とその役割を担うであろう人物像があまりにかけ離れ過ぎているように感じて、急に不安になってしまう。
「私はキミにその駒の役割を求める。異論は認めない。無理だと思うことも認めない。キミは私の求める通りに動いて、ただ私の望む結果を出せばいい」
一見単純なようで途方もないほどの難題に、先程感じた死の恐怖の時のように勝手に身体が震えていく。
「それでもいいというのなら、この場で跪いて忠誠を誓うがいい。私はどちらでも構わない。───選択権はキミにあるのだから」
先程までの話し方とは違い、威厳を感じさせるようなものに変わった王太子殿下の言葉が、私の内部にゆっくりと浸透していく。
これが、王者の声。──もっと言うなれば、これからの私の人生の全てを支配する相手の声なのだということを、本能レベルで実感させられた。
駒は所詮道具に過ぎない。使えないと判断されたら終わりだ。
果たして私はなれるのだろうか……?王太子殿下が望む駒に。
ウジウジ考えていても、結局私に用意された答えはひとつしかない。
死ぬか、生きるか。
選択肢がそれしかないのなら、私は最初から後者を選ぶ意外、道はないのだ。
私は両手でスカートを軽く持ち上げると、両膝を折って王太子殿下の前に跪いた。
「──慎んでお受け致します。わたくしの今後の人生と忠誠を王太子殿下に捧げます」
王太子殿下は跪いた私のすぐ前に立つと、佩ていた剣を鞘ごと外してその先端を私の肩に乗せた。
「ベルク王国の王太子、フェリクス・ライナルト・フォン・ベルクの名において許可する」
本で読んだことのある騎士の叙任のような一幕に、私の胸は高鳴った。
なんかこれはこれでありかも……。
雰囲気に流されて甘い事を考えた次の瞬間──。
「じゃあ、僕との契約はこれでヨシとして、次は『聖魔の書』との契約だねー」
雰囲気ぶち壊しもいいところといった口調と、予想外の言葉に私は面食らってしまった。
「はい……?」
「あれ?カイルから聞いてない?」
一体何を???
その言葉を口に出して問い返すことこそしなかったが、明らかに疑問で一杯といった表情で顔をあげると、事情を察した王太子殿下がわざわざ丁寧に説明してくれた。
「今のキミの状態は、『聖魔の書』選ばれただけなんだ。つまり、使用許可を貰っただけってこと。ちゃんと自分の能力として使いこなせるようになるには、別途契約が必要なんだよ」
「契約……?」
本に呪われて人間魔石になったという話は聞いていたが、ちゃんと魔術師になる手段があるとは聞いていない。
「そう。とりあえずキミの遺伝子情報をこの本に認識させるからさー。そうだなぁ、手っ取り早く指でも切ってみてよ」
「はい!?」
何で!?遺伝子って!?しかも、指を切れって、どういうこと!?
あ。──もしかして血で契約ってこと!?でもその血をどうやって使うわけ!?
まさか、本に垂らすとか……?
「…………………」
いやぁぁーーっ!!!
幻の本とまで云われてる稀少本を私の血で汚せっていうの!?
っていうか、もしかしなくても今までもそんな方法で契約してきたってこと!?
コーワーイーーーーッ!!!
やっぱりあの本は呪われてるんだ!間違いない!!
半ばパニックになりながら、あれこれ目まぐるしく考えていると、頭上から冷たい声が降ってきた。
「さっき言ったよねぇ?──異論は認めない。無理だと思うことも認めないって」
王太子殿下は念を押すようにそう言うと、いつのまにか懐から出していたらしい短剣を私の目の前に突き付けてくる。
「死ぬ気になればなんでも出来るよねぇ?──じゃ、とりあえず、サクッとやっちゃってよ」
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