2.恋のおまじない
貴族令嬢としての輝かしい未来を棒に振ってまで何故こんな真似をしているのか。
……それはただ独り善がりの恋心に突き動かされてしまったからに過ぎない。
自分でも言い訳がましいのはわかっているが、恋はいろんなセンサーを鈍らせる要素なのだと思う。(恋だけでなく、私本来の性格もおおいに関係しているのかもしれないが。)
冷静で思慮深く、もっと貴族らしい娘であったなら、これからの人生を棒にふるような真似をしてまで植え込みに隠れていなかっただろうし、そもそも会場を抜け出していない。
植え込みの向こう側で段々とエスカレートしていく行為を、どこか遠い世界のもののように見つめながら、私はぼんやりとこの間見つけた古い本に載っていた、『恋を叶えるおまじない』の事を思い出していた。
あれを使えばもしかしたらもう一度彼の瞳に自分の姿を映してもらえるかもしれない。
そう思った瞬間、無意識に『おまじない』の言葉を呟いていた。
ところが最後の言葉を音にしてしまっても、植え込みの向こういる彼には何の変化も見られなかった。
やはりおまじない程度では人の心は動かせないらしいことがわかり、私は自分のしたことの滑稽さに思わず自嘲した。
この世界には魔法がある。
しかしそれが使えるのはほんの一握りの選ばれた人間のみで、普通の人は使えない。
だから平凡な私が今使ったものも当然魔法じゃなくて、気休め程度のおまじないなのだが、それが載っていたのがやたらと古い本だっただけに、ちょっとくらいは効果があるんじゃないかと心のどこかで信じていたのだ。
結果は、惨敗。
しかし、実際に使って効果がなかったことで、ようやく私は現実を思い知らされた気がした。
思い込みが激しく、全く周りが見えてない残念な私。
そう自覚したものの時既に遅く、そんな私だからこそ、後ろから全てを見ていた視線に気付けるはずもなかったのだ。
「あらあなた。具合でもお悪いの?」
「ひゃっ!!」
突然声を掛けられて、それこそ本当に飛び上がるほど驚いてしまった私は、およそ令嬢らしくないマヌケな声を出してしまった。
植え込みの向こうにいる人物に見つからないために、蹲るようにして木の陰に隠れているつもりだった私は、背後からは丸見えだということをすっかり忘れていた。
後ろからの不意打ちにそれこそ心臓がとまるかと思った私が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは一目見て高い身分だということがわかる御婦人と、見るからに女性にモテそうな見た目の男性だった。
声を掛けてきたと思われる御婦人は、心配そうな顔でこちらを見ているが、隣にいる男性は信じられないモノを見たかのような表情で私を凝視している。
もしかしたらこの男性には私がここで何をしていたかバレてるのかもしれない。
……そう考えるともの凄くいたたまれない。
チラリと植え込みの向こうに視線をやると、自分達以外の誰かがここにいることがわかったからか、不埒な真似をしていた二人は既に姿を消していた。
「いえ、大丈夫です!」
ドレスが皺になるのも構わず、綺麗に敷かれた芝生の上に座り込んでいた自分の状態を思い出し、慌てて立ち上がろうとしたその瞬間。
ずっとしゃがみこんでいた私の足はすっかり痺れていうことをきかず、ドレスの裾に足をもつれさせるような感じで思い切り前のめりで転んでしまったのだ。
咄嗟に手もつけぬままの顔面強打コース!
そう覚悟を決めた瞬間、私の世界は暗転した。
この恥ずかしい限りの出会いこそ、私のこれからの人生を大きく左右することになるものであり、ロザリー・クレイストンというひとりの少女が消えるきっかけとなったものだった。
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