18.現場検証
乙女の憧れの王子様が結構どころかすっごく自由な感じの人だということがわかったところで、私達四人は今日きた目的を達成するため、図書館へと入っていった。
普段なら平日の昼間でもちらほらと利用者の姿を見かけるのだが、今日に限って職員以外の姿は見当たらない。
男性三人が喜色満面の笑みを湛えた館長に連れられて館長室へと案内されている間に、私は図書館がら空きの理由を馴染みの司書さんにこっそり尋ねることにした。
返ってきた答えは単純明快。簡潔明瞭。
今日は急遽王太子殿下がここを視察されることになったため、一時的に職員以外の立ち入りを禁止したのだそうだ。
なんて迷惑な……。
そう考えて、その原因を作ったのが自分だったことをすぐに思い出し、遠い目になってしまった。
私もまさか王太子殿下が兄と一緒にいらっしゃるとは思っていなかったし、それで図書館が貸し切りになるなんて思ってなかったんだよ。うん。
申し訳ない気持ちで一杯になりながら馴染みの司書さんの顔を見ていると、彼女は何故かキラキラと瞳を輝かせ、熱い視線を私に向けていた。
そんな目で見られる理由がわからず戸惑った私が理由を尋ねてみると、司書さんは興奮した様子で理由を教えてくれた。
……美形三人に囲まれるようにして現れた私を見て、彼女のイマジネーションがいたく刺激されたのだそうだ。
その後『逆ハー、逆ハー』という謎の言葉を呟きながら、どこか遠い世界に精神を飛ばしている彼女からさりげなく離れると、館長との挨拶を済ませて出てきた男性陣と合流し、視察らしく適当に図書館内を見て回った後、本来の目的地である閉架書庫へと向かったのだった。
◇◆◇◆
王族による『お願い』という名の絶対命令により、今閉架書庫の中にいるのは私達四人だけになっていた。
市民が利用する街の図書館ではほとんどあり得ない王太子殿下の視察ということに張り切りすぎて、やや空回りしていた感のある館長が渋々この場を後にすると、カイル様は書庫内に防音と侵入防止の魔法を施したのだ。
それと同時に私の緊張感は一気に高まっていった。
「では早速、例の本を見せて貰おうか」
カイル様に促され、私は迷うことなく件の本が置かれていた本棚へと向かう。
あの日と同じく閉架書庫の一番奥にひっそりと置かれた古びた一冊の本。
背表紙や表紙にすらタイトルが書かれていないその本は、古いはずなのにどこか新しさを感じるような、初めて目にするのにどこか懐かしさを感じさせるような不思議な雰囲気を持った本だった。
その印象は今も同じ。
私は難なくその本を見付けて手に取ると、カイル様へと差し出した。
「この本ですわ。どうぞその目でご確認ください」
すると、カイル様は何故か差し出した私の手の中にある本を凝視したまま固まってしまった。
「?」
不思議に思い、王太子殿下のほうを見ると、こちらはあからさまに驚愕の表情を浮かべている。
えっ!?何?この反応?
散々疑ってかかってたのに、まさか本当におまじないの本が出てくるとは思ってなかったってこと?
王太子殿下の後ろに控えていた兄を見ると、私と同様に訳がわからないという顔をしている。
「あの……、中身をご覧にならないのですか……?」
おずおずとそう尋ねると、カイル様は弾かれたように私の顔を見た後、王太子殿下と意味深な視線を交わした。
一体どうしたって云うんだろう……?
訝しむ私を余所に、カイル様は王太子殿下の正面に立つと神妙な面持ちで頭を垂れた。
何?なに?!どういうこと!?
声に出して聞きたいのはやまやまだが、二人の間に流れる只ならぬ緊張感に、私が口を挟むような余地はない。
「……殿下。これを手に取る許可を戴いても?」
「ああ。正当なる王位継承者である、フェリクス・ライナルト・フォン・ベルクの名において、許可する」
目の前で繰り広げられる仰々しいやり取りに、私は唖然呆然。
王族相手だと、たかが本一冊を先に見るだけで許可がいるのかな?
……なんて呑気ことを考えてみたりしたのだが。
無事に(?)王太子殿下の許可を得ることができたカイル様は、私が持ったままでいた本を受け取ると、ようやく中身を確認し始めた。
静かな室内に本の頁を捲る音だけが響き渡る。
黙ったままひととおりの確認を終えたカイル様は、それはそれは深~いため息をひとつ吐いてから、疲れたような表情で本を閉じた。
「……間違いない。──殿下もご覧になられますか?」
「私にも見えるならな」
王太子殿下は受け取った本を数頁パラパラと捲ると、おどけるような仕草で肩を竦めてから、後ろを振り返った。
「エリオット。お前も」
王太子殿下から本を渡された兄は、慎重に一頁一頁本の内容をあらためていった。
「これは、一体……」
頁を捲る毎に兄の眉間に寄せられていく皺が、段々深くなっていく。
やがて全部の頁を確認し終わった兄は、本を閉じると信じられない一言を口にした。
「……何故この本には何も書かれていないのですか?」
「えっ?」
私は驚きのあまり、そう口にしたきり固まってしまったのだった。
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