11.兄の登場
私の要請によりカイル様に呼び出された次兄のエリオットは、部屋に入ってくるなり私に向かって絶対零度の視線を向けてきた。
マズい……。これ絶対許してもらえないパターンだ。
こういう目をする時は、兄が相当怒っている時だと相場が決まっている。
まだ何の説明もされていない段階でこの視線。
王族に仇なそうとした容疑が掛かっていると知られたら、ただじゃすまないことは確実だ。
そうなれば身の潔白の証明どころか、問答無用で断罪される可能性すらある。
私はこれ以上最悪な状況にならないよう、どこから説明するべきか頭を悩ませていた。
そんな私を余所に王妃様は穏やかな笑顔で兄のエリオットに言葉を掛けていく。
「エリオット。急にこんなところにお呼び立てしてごめんなさいね。今日は私用で休みだとフェリクスから聞いていたのだけれど、まさか夜会で貴方に会うとは思ってなかったわ」
「先程はゆっくりご挨拶できずに申し訳ございませんでした。今日は私の妹のデビュタントのエスコートために、フェリクス殿下のお側を離れてこちらに参ったのですが、肝心の妹がご挨拶に伺う前に姿を消してしまいまして。見つかり次第改めてご挨拶させていただこうと考えていたのですが、まさかこのような所で再びお会いすることになろうとは」
「そう、妹さんは今日がデビュタントだったのね……」
向かい側に座っている二人がほぼ同時に、私に対して憐れむような視線を送ってきた。
そう。色んな事がありすぎてすっかり忘れるところだったが、今日は私の記念すべきデビュタントの日だったのだ。
貴族の子女にとってデビュタントというのは、単に大人の仲間入りを宣言する顔見せの場というだけでなく、人生最高のチャンスの場でもあるのだ。
社交の場は品定めの場という意味合いが強い。
良縁を引き寄せるためにも、夜会での自己アピールは必須項目なのだが、基本的に夜会という場は周りからは常に厳しい目が向けられ、一度の失敗が命取りになることもある減点方式の場なのだ。
ところがデビュタントの時だけは、不慣れという理由から、多少のことは微笑ましく見てもらえ、そつなくこなすだけで素晴らしいという加点評価がもらえる。
私の場合は人生最高のチャンスともいえるこの機会を、かなり個人的な理由で不意にしてる。デビュタントなのに姿を見せなかったとあっては、余程の理由がない限り醜聞は避けられないだろう。
貴族は皆噂好きだ。
デビュタントの夜会に姿を現さなかった理由をあれこれ勝手に推測した挙げ句、一番他人の興味を引けそうな理由を選んで面白おかしく噂し合う姿が目に浮かぶようだ。
そして貴族の社会は意外に狭い。
噂はあっという間に真実のように扱われ、家族だけでなく一族全体を巻き込んだ醜聞にまで発展していく可能性すらある。
たった一回の失敗が命取り。
ひとりの失敗は個人の事ということというだけでは済まず、一族全体にまで迷惑がかかるようになっているのが貴族社会というものだ。
うん。私もね、知ってはいたのです。……ただ忘れてただけで。
あの時はそれ以上に大切なものがあると思い込んでいたからこそ思い出しもしなかったのだが、今となっては後悔しかない。
だからこそ、この部屋に来たときの兄の凍えるように冷たい視線の理由が理解できるのだが……。
「その妹がまさかこのような所で全ての段取りをすっ飛ばして、非常識にも直接王妃様にお目通りさせていただいているとは夢にも思いませんでした」
そう言って私を見た兄の視線はまるでツンドラ。
「で、どうして愚妹がデビュタントをすっぽかして、こちらにいるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
話す言葉はブリザードと化していた。
考えようによっては最初に入ってきた時の絶対零度よりは幾分マシかもしれないが……。
「エリオット・クレイストン。ひとつ確認させてくれ。ここにいる令嬢は本当に君の妹で間違いないのか?」
カイル様の質問を聞いた瞬間、兄の目がスッと眇られた。
「エセルバート公爵。それはどういった意味での質問かお聞きしても?事と次第によっては、この者は赤の他人だとお答えするかもしれません」
え!?エセルバート公爵?!
私は兄から赤の他人だという認定を受けるという話よりも、目の前にいるカイル様がエセルバート公爵本人だという事実に驚いてしまったのだった。
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完結まで頑張ります。




