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第八章

☆★☆


 8月 18日──これまでの死亡回数総計 129回


☆★☆


 現実に戻った俺は、リハビリに本腰を入れた。彼女に恥じない自分でいるために、俺にできることはこれくらいだから。


「なんで突然、リハビリしようって思ったの?」


 梨架さんが不思議そうに俺の身体を支えてくれる。


「いや、世の中にはもっと辛い境遇にいる人がいて、俺なんかがグズグズ悩んでいるのが馬鹿らしくなっただけですよ」

「へえ。そっか。キミも、前を向けたんだね」

「そんな大層なものではないと思いますけど」

「いいんだよ、情けない理由でも前に向けたのなら、それはもう、立派なことなんだから」


 梨架さんは俺のリハビリを手伝いながら、気持ちの良い微笑みを見せた。


「そんなに情けなかったですか?」

「情けないねー。ウジウジ悩んでる男の子って、まあ一番カッコ悪いよね」

「ぐ……」

「いいんだよ、もう! そうやって前を向いたキミがカッコよければ、それでいいの!」

「そ、そうっすか……」


 俺は若干複雑な思いを抱えながらも、朗らかに笑う梨架さんを見ているうちにどうでもよくなってきた。

 そうして、リハビリは順調に進んだ。


☆★☆


8月 19日──これまでの死亡回数総計 129回


☆★☆


 人気のない道路の上。

 その日、俺は夢想世界にてとある人物と向き合っていた。


「レンジ。何の用だ? 恨み言でも言いに来たか?」

「違うよ。どんだけ俺をクソ野郎だと思ってんだ」

「いや、クソ野郎だろ」

「う……まあ、それは甘んじて受け入れよう」


 俺の数メートル先、向かい合うレンジは苦い顔で頭を掻いた。


「なあ、俺があの後どうなったか、分かるか?」

「みんなに袋叩きにされた?」

「違うよ。……違ったんだ」


 ゆっくりと、噛みしめるように、レンジはその後の出来事を語った。


「あんなことをしてた俺なのに……ギルドメンバーは、受け入れてくれたんだ」

「へえ?」


 意外だった。俺はてっきり、それまで操り人形にされていた怒りをリーダーのレンジにぶつけるものだとばかり思っていた。


「この世界に来てるヤツは、多かれ少なかれ傷を抱えてる。みんなそうなんだ。だからかな……俺の感情を、みんなは理解してくれた」


 この世界だけでいいから、一番になりたい。主役いたい。彼のそんな思いは、同じように現実から逃げてきた少年少女たちにとって、理解のしやすいものだったらしい。


「俺は、初めからみんなと対等でいればよかったんだ。上に立とうとせず、みんなと協力して、競争して、自然な関係を築くべきだったんだ」

「ちゃんと反省してるじゃないか」

「ああ、そうだよ。反省したんだ」


 もともと彼も、悪い人間ではないのだろう。傷を抱えて、どうにもできなくて、ほんの少しだけ道を誤ってしまっただけ。俺はそんなどうしようもなく人間らしいレンジのことが、嫌いではなかった。


「だから、落とし前をつけに来た」

「……と、言うと?」


 レンジは笑って、両手を広げた。


「お前、あの怪物を殺すとか何とか言ってたよな?」

「……そうだけど」

「じゃあ、俺の経験値、持ってけ」


 無防備に、俺に身体を晒すレンジ。俺はポカンと口を開けて、呆然とした。


「……いいのか?」

「ああ。俺は、初めっからやり直すことにした。みんなを利用して稼いだ経験値は全部捨てる。お前が有効活用してくれるってんなら、使ってくれ。お前なら、信用できる」

「…………そうか」


 それは願っても無いことだった。俺にはセラを殺せるだけの力が必要だ。それも、今すぐにでも。


「ありがとう」


 俺は一言、感謝を述べて。


「きっとやり直せるよ、お前なら」


 俺はレンジを、殺した。


☆★☆


 8月 20日──これまでの死亡回数総計 129回


☆★☆


 俺は、明日を決戦の日と定めて、現実で病院の窓から空を見ていた。

 明日、俺はセラを殺す。その覚悟を決めるために、ただ何もせずに星空を見上げていた。

 と、その時だった。


「?」


 スマートフォンが振動した。何事かと見れば、鈴音からのメッセージが届いていた。そこには一言、




『今日は、夏祭りの日だね』




 とだけ書かれていた。


「なんだ、これ?」


 意味の分からないメッセージが届くのは今日が初めてではないが、いつにも増して謎のメッセージだった。夏祭りが今日であることは知っている。この病室にも、遠くから祭囃子が聞こえてきているし──




 その時だった。




 ヒュルルルルと、音が聞こえてくる。そして、




「あ、れ……?」


 お腹の底に響く音とともに、窓の向こうに大輪の花が咲いた。


「なんで……?」


 この窓からは角度的に花火が見えなかったはずだ。なのに、なぜ?


「おっ、見えるねえ」


 するとそこに、梨架さんがやってきた。ベッドの隣の椅子に腰を下ろし、窓の向こうに次々と打ち上がる花火を見上げた。


「どうも、誰かが打ち上げ場所の変更を申し入れたらしくてねえ。危篤の兄に見せてやりたいからって聞かなくて、今年に限って変更になったらしいんだよねえ」

「……まさか」


 スマートフォンを見る。鈴音からのメッセージは一件、『今日は、夏祭りの日だね』。


「てか危篤じゃねえッ!」


 もし鈴音がやったことならば、どうやら俺は死にかけということにされているらしい。腹立たしくはあったが、しかし──


「……綺麗だ」

「良かったね。危篤のお兄さん」

「だから死なねえって!」


 ニヤニヤと笑う梨架さん。俺は怒ろうとしたが、動けるはずもなく。


「……まったく。大した行動力だ、うちの馬鹿妹は」


 俺は満開の花火を見上げながら、そう呟いた。


☆★☆


8月 21日──これまでの死亡回数総計 129回


☆★☆


 示し合わせたわけでもなく、その場所に二人は集った。


「アオトくん」


 病院の屋上。少女は一人、胸に手を当てて俺を見つめた。


「ゆっくり、考えた。私はどうしたいのか……私は、どうするべきなのか」

「うん」


 青い空の下、俺はセラが想いを言葉にするのを、待ち続ける。


「私も……現実でキミと、出会いたい。その思いは、ある」

「……うん」


 深呼吸をして、胸の痛みを堪えるように、セラは必死に言葉を紡いでいく。



「でも……私には、自ら現実世界に戻れるほどの、勇気はない」



「セラ……」


 辛そうな表情で、それでも決して逃げずに俺に意志を伝えてくるセラ。その想いが、気持ちが、俺の胸に突き刺さる。


「無理だよ。何度脳内で想像を繰り返しても……私は、不安に押しつぶされて、逃げ出してしまう」

「……そう、だよな」

「でも」


 そこでセラは、ふと顔を上げて。




「でもね」




 ふわりと、微笑んだ。




「キミが隣にいてくれるなら……もしかしたらって、そう思うんだ」




「ぇ……?」

「一人じゃ、絶対に無理だった。でももし、キミがずっと、隣にいてくれるなら──私は、ほんの少しだけ、前を向けるかもしれない」


 セラは、心の底から楽しそうに両手を広げて、夏風に身を委ねて目を細めた。


「ずっと、一緒にいてくれるんでしょ?」

「……ああ、もちろんだ」

「きっと私……すぐ不安になって、決意が揺らいじゃうと思う。なにせ……一年以上も逃げ続けてきた、意志の弱さだから。筋金入りだよ」

「……大丈夫、逆に考えろよ。お前は、一年以上もこの世界で戦い続けてきたんじゃないか。それだって、立派な意志だよ」

「……そうだね。キミはきっと、そう言ってくれるんだろうなって、思ってた」


 セラは涙の滲む瞳で、俺を真っ直ぐに見据えて。


「ねえ、アオトくん」

「なんだ?」

「絶対、どこにもいかない?」

「当たり前だ」

「私のこと、ずっと見ててくれる?」

「もちろん」


 不安を押し殺すために、セラは何度も確認してくる。俺はそれに、一つ一つ答えて、そして。


「じゃあ……いいよ。しょうがないからそのワガママ、私が叶えてあげる。でもその代わりに──」


 俺とセラの間に、一陣の風が吹き抜けていった。











「私を、あなたの手で殺して(救って)?」











 風に揺れる銀色の髪を押さえながら、セラは一筋の涙を頬に伝わせて──でも、満面の笑みでそう言った。


「……ああ」


 俺は、その言葉を噛みしめるように受け止めて。


「ああ、ずっと一緒にいてやる。何度だって、お前を殺して(救って)やる!」


 そして。そして──



 俺は、



 セラを、



 殺した。



 ふわりと解けたセラの身体が、光の粒になって空へと昇っていく。俺はいつまでも、その光を見上げていた。











 ──夏が、終わる。











 青い空。入道雲。照りつける日差しと、夏風に揺れる草木。夏休みに起きたとある奇跡は今、最後の舞台へと動き始めた。











 二人で駆け抜けた一夏の思い出。偶然と奇跡によって巡り合った俺たちがたどり着いた、終わらない夏の終着点。さあ──











 ──キミと二人、夏の終わりを見に行こう。


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