第五章
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8月 15日──これまでの死亡回数総計 127回
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夕暮れのオレンジが街を染めて、柔らかい光が目に沁みる。
夜の闇に包まれ始めた空は、オレンジと黒の鮮やかなグラデーションを描き出していた。俺はそんな空を見ながら、ガードレールにもたれかかって座り込んだ。
「っく……はぁ、はぁ……っ」
ようやく収まった猛攻に胸をなでおろす。辺りを見回すが、比較的見晴らしの良い海沿いの道路に人影は見えない。
海原に反射する夕焼けが眩しい。やがて沈みゆく太陽の最後の輝きは、言いようのない哀愁を漂わせながら、俺に何かを伝えようとしているかのようだった。
久しぶりに、ゆっくりと空を見上げているような気がする。こうして静かに空を見ながら波の音に身を委ねていると、空に一番星が輝き始めていることに気がついた。
長い一日が、今終わろうとしている。
「……終わった、のか」
口に出して、改めて実感する。
夢想世界内の時間で、約二時間に渡る大乱戦だった。おそらく、八十回近く殺されたと思う。
追っ手を殺して、殺して、殺して殺して殺してまくった。その分、殺されまくった。だが、何度殺されようと俺は復活してまたヤツらに襲いかかった。
五分タイマーで寝起きを繰り返すのも限界がある。五十回を超えたあたりから頭が痛くなってきた。しかしそれでも俺は、やめなかった。
なんでこんなに本気になっているんだろう?
意地になっていたのかもしれない。別にアイツのためにここまで頑張る義理はない。でも──ここでやっぱりやめたと諦めたら、負けな気がしたから。
俺は負けるのが嫌いだ。そう思った瞬間に、もう戦い抜く以外の選択肢はなくなってしまったのだ。
レンジたちは完全にセラを見失い、何度死んでも意地汚く襲いかかってくる俺と戦う意味もないと判断したのか、一時撤退した。
諦めてはいないだろうが、ヤツらもだいぶ俺との戦闘で経験値を持って行かれている。
捜索中のメンバーを背後から襲うのは簡単だった。それをすれば俺は間違いなく殺されるが、その間に三人は道連れにするので、結果的に俺のレベルが上がってヤツら全体の経験値が減少するという状況に陥ったのだ。
これではまともに捜索ができないと判断して撤退を選んだレンジは、やはりそれなりに頭が回るようだった。
「疲れた……」
俺は人生で一番長いため息をついて、無人の道路に身体を投げ出した。心も身体も限界まで削る死闘だった。
「……行くか」
しばらく休憩をして、俺は立ち上がった。メッセージが伝わっていれば、あそこでセラが待っているかもしれない。
一応警戒しながら進むが、さすがに昼間あれだけ暴れまわった後だと野良プレイヤーの一人も見かけない。俺は誰にも遭遇しないままに、目的地へとたどり着いた。
病院の近所にある公園。それなりの広さで自然が多く、現実世界なら毎日のように子供が遊んでいる。
そんな公園、水道の前に俺は立つ。
「────セラ、いるか?」
正直、仮にメッセージが伝わっていて集合場所が分かったとしても、セラがここに来るかは五分五分だと考えていた。
セラとしては、あの窮地さえ乗り越えられれば別に俺と再び会う必要はない。彼女は基本的に一人でも対抗できるだけの実力を持っているからだ。
俺が味方になることのメリットと、不確定要素が増えることのデメリットを照らし合わせた時、天秤がどちらに傾くかは読めない。
もし来なかったら。
彼女はこれからも、一人で戦い続けるのだろうか。
「……」
一年も一人で戦ってきたというセラは、孤独を感じたことはないのだろうか。それとも、そんな孤独を飲み込んででも、戦わなければならない理由があったのだろうか。
たとえ何らかの理由があったとしても──そんな戦いを続ける彼女の人生が幸福に満ちているとは、到底思えなかった。
「…………」
しばらく待っても、返事はなかった。
来なかったのか、来ているが返事をしないのか、それはどちらでもいい。ただ俺は、心の中にわだかまる感情を吐き出すように、虚空へ声をかけた。
「お前はこれからも、一人で戦い続けるのか?」
胸のうちからあふれ出してくる感情をそのまま、言葉に乗せて。
「そんな生き方を続けてたら、きっとお前……もたないよ」
言い終えると同時、少しだけ涼しくなった風が木々を揺らしていった。静かな公園に、夕焼け色に染まった樹木がさらさらと擦れ合う音だけがそっと響いている。
「……」
それだけ言って、俺は公園を去ろうとした。
その時。
「……………ぁ、」
本当にかすかな吐息が、風に乗って聞こえてきた。
「……返事、しろよ」
振り返ると、木の影から小さな少女がこちらを覗き見ていた。
「だ、だって…………」
ボソボソと何やら言い訳をするセラ。声が小さくて何を言っているのかはよく分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。
「無事か、セラ」
俺が一言聞くと、セラはフードの奥の瞳を揺らしながら、躊躇いがちに頷いた。
「そうか……とりあえずは、生き延びたな」
これでひとまずは難所突破、といったところか。完全に安心はできないし、この先も様々な苦難が待っているのだろうが……とりあえずの平和を獲得することには、どうやら成功したらしい。だが、
「いや……無事……じゃないっ」
「?」
セラがふるふると首を振った。何事かと疑問符を浮かべていると、セラは俺の身体を見回して言った。
「あなたが……無事じゃ、ない」
「あ、ああ……」
確かに、服は至る所が切れてボロボロになっている。リスポーンすれば元通りになるのだが、最後の戦闘で受けた傷などのダメージはもちろん残っている。
「別に痛くはないんだし、大したことないよ」
「何回……死んだの?」
セラにしては珍しく、俺の言葉にかぶせるように聞いてきた。その瞳には真剣な色が宿っていて、俺は嘘をつくこともできずに「八十回くらい」と答えた。
「そんなに……」
信じられないといった様子で驚愕に目を見開くセラ。空気を読んで、あんだけ俺を殺しておいてどの口が言うのか、とは言わないでおいた。
約八十回という数字は、確かに多い。最初は大袈裟かなと思ったが、八十回寝起きを繰り返すのはどう考えても異常だ。
「どうして……っ? どうしてそこまで、してくれるの……?」
心底理解できないと、セラは詰め寄ってくる。あまりにもグイグイ来るので、俺は仰け反りながらセラをなだめた。
「落ち着け、近い近い」
「──っ!」
言われた瞬間、セラは猫のように飛び退った。
そう思うと、なんだか威嚇するさまも猫のように見えてきた。俺は殺されまくった恨みを忘れてはいないが、それはそれとしてこの銀髪少女は可愛らしいと思う。
「……なんで助けたのか、ね」
前にも使ったあのベンチに座り、俺は鮮やかな夕日を眺めながら言った。
「あの時も言っただろ? お前が泣いてた。だから助けた」
「……っ」
それを聞くと、セラは恥ずかしそうに頬を染めて目を逸らした。
「泣いてない」
「はぁ? ここで強がってどうするんだ」
「ううう、泣いてないっ」
「……お前、相当強情なヤツだな」
意地の張り方が小学生みたいだ。年齢的には同い年くらいだろうに、子供みたいな精神を持っている。
「……仮に、私が泣いてたとして」
「仮に、なあ」
「だまって」
「はい」
あんまり茶化すとダガーが飛んできそうだったのでやめた。
「か、り、に! 私が……泣いてたとして。助けて……どうするつもり。あなたに、メリットは…………ないはず」
少女の言葉は正論だった。
確かに、セラ側とは違って、俺がセラに味方するメリットは一切ない。どころか、これからギルドのヤツらに追われることになるという馬鹿でかいデメリットしかない。
じゃあ助けて、どうしたかったのか。
俺は、アイツらが寄ってたかってセラを虐めるみたいに殺そうとしているのが気に食わなかった。
だから代わりに俺が、一人でセラを殺す。正々堂々タイマンで立ち向かい、真正面から打ち破る。そのためにはギルドの連中は邪魔だった。
後からちゃんとした理由を考えるならこうなるだろうが、実際のところ、あの瞬間にそこまでのことは考えていなかった。
ただ、勝手に身体が動いていた。理性よりも先に、感情が行動を起こしたのだ。
と、説明しようとしたのだが──
「はっ、まさか…………」
セラが自分の身体を抱きしめて一歩、二歩とあとずさった。
俺はなんだか先が読める思いだったが、黙ってセラの言葉を聞いた。
「私の身体が目的……っ!?」
「違えよバーカ!」
予想通りだよこの野郎。
「だって、あなた、二度も…………私の……」
「どんだけ根に持ってんだよ! 二回とも不可抗力だろ!?」
どうやら俺はセラに、執拗に胸を付け狙う変態だと思われているらしい。心外である。
「俺はっ! この手でお前を殺すためにお前を助けたんだ! 勘違いするなよ!」
「あ、あなたには…………私は、殺せない」
以前聞いたときよりも少しだけ自信がなさそうに、セラは言う。それはきっと、あそこまで追い詰められたことが理由なのだろう。それに、ここまでの連戦で俺は相当な実力をつけたという自負がある。
「まあ、そうだな……今から殺り合おうとは思わない。疲れちまった」
夕暮れの空は、夜の闇に支配されつつある。この世界では電灯などが付かないので、やがてここも暗闇に包まれるだろう。
「移動しよう。何も見えなくなる前に」
「ん……」
完全に夜の帳が降りる前に安全な場所へ移動する必要がある。俺は無言、無表情のセラを連れて場所を変えた。
☆★☆
選んだ場所は、病院の屋上だ。この周辺で一番背の高い建物だ。ここならばひとまずは安全が確保できるだろう、という判断だった。
セラは屋上の柵の上に腰掛けて、ぷらぷらと足を振っている。夜の闇に紛れる黒いマントが彼女のシルエットを背景に同化させ、逆に白銀のセミショートヘアがまるで月のように輝いている。
「聞きたいことは、いろいろあるけどさ」
俺はその隣に並び、星空を見上げていた。
「死にたくないって、どういうことなんだ?」
最も大きい疑問をようやくセラ本人に聞くことができた。しかしセラは俯いて、首を横に振った。
「話したくない」
「……そうか」
「なんで一年間も一人で戦ってたのかも?」
「……」
「辛くなかったのか?」
「そ、それは……」
「寂しくは、なかったのか?」
「…………だ、だってっ」
セラはほんの少しだけ声を荒げて、目の端に涙を浮かべて言った。
「頼れる人なんて誰もいなかったっ! それに……誰かを頼った所で、どうにもならなかった!」
「せ、セラ……」
「ぅ……ちがう、私は……」
はっとしてセラは口をつぐんだ。自分でもそんなことを言う気はなかったらしい。口をついて出てしまった、というような様子だった。
「別に、俺にならいくらでも愚痴をぶつけていいよ。お前には今まで、そういう話ができるヤツがいなかったんだろう?」
「ぁ……っ」
じわ、とセラの目に涙が浮かぶ。慌ててフードを被って目を擦るセラだが、後から後から涙が溢れてきて止まらない。
「私……わだじぃ……」
「おわあ、泣くな泣くな!」
「泣いでないぃ……っ」
「流石に無理があるだろ!?」
突然泣き始めたセラに、俺も慌ててしまう。泣いている女の子にどんな対応をしてやればいいのかなんて、義務教育では教えてくれなかった。
「泣き虫だなあ、お前」
「うううう、泣いてないーっ!」
「おわっ、やめろ、落ちる! 危ねえッ!」
肩を震わせて逆ギレし、俺を掴んでぐらんぐらんと揺らし始めるセラ。
──これは俺が悪いのか!? 俺が泣かせたということになるのか!?
「え、ええと……」
俺は迷った末、ええいままよとセラの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
「ひぅっ……」
ビクッと跳ねるセラだったが……しかし嫌がることもなく、されるがままにそれを受け入れた。
「……たとえどうにもならなくても、誰かに愚痴や不満をぶつけることで、楽になれることだってあるだろ? お前は一人で抱え込むべきじゃなかったんだよ」
俺は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「ぁ……ぅ……っ」
セラはパクパクと口を動かして、視線をあっちこっちに飛ばしたのち、挙動不審になりながら本当に小さな声で一言。
「ごめん……なさぃ……」
申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい、か」
俺はそんな謝罪の言葉を聞いて、なんだかおかしくて笑えてきてしまった。
「俺、お前に謝られるようなことはされてないよ。あ、いや、殺されまくったのは絶対に許さないが」
「ごめんなさい……」
「それはまあ、今度お前をぶっ殺すからそれでチャラだ」
「死なない」
「黙れ」
「あなたに私は……」
「あーもう! 分かったよ! その話は終わりが見えねえ! そうじゃなくてだ!」
また平行線を辿る議論が始まりそうだったので、俺は話を元に戻した。
「もしセラが何か言うべきだとしたら……それは、『ありがとう』でいいんじゃないか?」
「あり、がとう……?」
「恩着せがましい話ではあるが、客観的に見て俺がお前を助けたという状況ならば、お前が『ごめんなさい』って言うのはおかしいだろ?」
「ん……」
セラはうーんうーんと悩み、首を傾げたのち、
「じゃあ…………ありがとう」
「おう」
少し恥ずかしそうに、そう言った。
──別になんの解決にならなくとも、誰かに話を聞いてもらうことで心が楽になることはある。それは俺にも言えることだった。
自分の抱えるめんどくさい感情を誰かに話してしまいたい。でも、知り合いにこんなことを話しても白い目で見られるだけ。そう思って躊躇ってしまう。
だが、この夢想世界で出会った『他人』であるセラにならば、気軽に話が出来る気がした。
ここは夢の中。目を覚ませば消えて無くなる儚い世界。そんな世界の、微妙な距離感にいる誰かならば……。
「お前が話したくないってんなら、代わりに俺の話を聞いてくれ」
「はぇ?」
突然の申し出に、まだグズっていたセラはポカンと口を開けた。
「ここにきてるヤツは、みんな何かしら心の傷を抱えているらしい。その中でも、すぐに戦闘に適応できたヤツは傷が深いんだとよ」
今は敵対してしまったレンジに聞いたことだ。
「俺は足を折ったんだ。だから靴が武器になったんだろうな」
自分でも分からなかったが、なぜかそんな話を始めていた。
俺はゆっくり時間をかけて、夏の始まりに足を折って甲子園に出られなくなったこと、そのことで不貞腐れて何もやる気がなくなってしまったことを語った。
「クソみたいだよな。たった一回の怪我で、それまで積み上げてきた何時間もの練習が無駄になるんだよ」
「そ、そんな…………」
セラは悲しそうに眉を下げた。赤の他人である俺の話にも共感してくれるセラは、やはり本質的にはいい人なのだろうなと思った。
きっとセラは、自分から人を遠ざけていただけだ。本当は誰かと一緒にいたり、話したりしたかったのではないだろうか。
俺の勝手な推測だが、それは外れていないような気がした。
「あ、そうだ」
ふとその時、本当に唐突な思考が湧いて出た。
「遊ぼう!」
「……?」
また何か変なことを言い始めたと、セラが困惑する。
「遊ぶぞ! セラ!」
「な、なに……?」
俺の勢いに押されて口元を引きつらせるセラ。
「現実世界では足折って出歩くこともできない。だが、ここではいくらでも好きに動ける。この世界に来てるってことは、お前も現実はクソだって考えの持ち主なんだろ? なら、この世界で好き勝手やらなきゃ損だろ」
「ん、んん…………?」
困惑するセラ。泣いたり困ったりと、無表情ではあるが、感情の表現がないわけではないらしい。
「で、でも……ギルドの、人たちが……」
セラは追われていることを気にしているようだ。もはや、俺にとってもそれは他人事ではない。運命共同体といえば大げさだが、俺はセラと境遇を同じくする逃亡者になってしまったのだ。ただ、一つ。
「あれは、まあ多分何とかなると思うんだ。根拠もある」
そう。ギルドはどうも、ハリボテ感がある。それは短い期間だが集団に属していた俺が感じた、大きな違和感の一つだった。
「か、仮にそうだとしても……私に、遊んでる余裕なんてない、し……それに、あなたに付き合う理由も──」
必死に理由をつけようとするセラだったが、先ほどの一幕を思い出しているのか、もごもごと口を動かすだけで続く言葉が出てこない。
「俺を遠ざけようとしても無駄だ。なぜなら、お前を助けたことで俺も追われる身になってしまったからだ」
「そ、それはあなたが勝手に……!」
「でもお前は悪いヤツじゃないから、そんな俺を放っておくこともできない。そうだろ?」
「…………」
「つーことで、お前には俺に付き合うだけの理由があるなあ?」
それを聞くと、セラはものすごく嫌そうな顔で半眼になりながら身を引いた。
「や、やっぱり……遊ぶって、私の身体を弄ぶ気……」
「良い加減にしろよお前!? その胸鷲掴みにしてやろうか!?」
「にゃあ!? へ、変態! 痴漢! さいあく! こっちくるな! ちぎれろ!」
「ハハハハハハハハハッ! 俺から逃げられると思うなよォ……!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
もちろん本当に鷲掴みにする気なんて一切ないが、あまりにも反応がよすぎてついついからかってしまう。
俺は、そうしてセラと馬鹿みたいなやりとりをするのが、少しだけ楽しかったのかもしれない。
そうして夜は更けていく。
殺したいと願った少女と会話をし、笑う。原初の気持ちは変わらないが、それでも今だけは──こうして彼女と、何もかも忘れてはしゃぎ回っていたかった。
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「ギルドの連中、多分ちょっと突っつくだけでコテンって倒れるぞ。コテンって」
翌朝──と言っても、夢想世界での翌朝であるため、現実の日付は変わらず八月十五日。あれからセラを追いかけ回したりしているうちに夜が明けてしまった。
「だいたい、何で二十人いて一人を捕まえられないんだよ。無能集団にもほどがあるだろ」
「私が強いから……」
「はいはい強い強い。んで、作戦なんだが、」
「むぅ」
「おい、聞いてるか?」
「……」
場所は変わらず病院の屋上。日が昇り、問題なく活動可能。ギルドの再来が予想されたので、俺は作戦を立案したのだが……早くもご機嫌斜めなお姫様は、あまり聞く気がないようで。
「私は強いから作戦なんていらない」
「昨日死にかけたくせに」
「うっ」
「俺がいなきゃ死んでたくせに」
「だ、だいたいあれは、あなたが追いかけてくるから……」
「俺はお前があの方向に逃げるのを止めようとしたんだよ……」
「……そうなの?」
「そうだよ。嘘偽りねえよ。この綺麗で透き通った瞳を見てくれ」
「死んだ魚みたいな目」
「なっ!?」
「嘘。生きた魚みたいな目」
「問題はそこじゃねえよ」
お互い常に隙を狙っているような状態なので、全く話が進まない。牽制し合っていても仕方ない。まずは軽くギルドをひねってこなければ。
「あー、話を戻すぞ。お前は、なんか事情があって死にたくない。そうだな?」
「ん……」
目を逸らしつつも、確かに頷くセラ。やはりそこは譲れない点らしい。
「分かった。だが、それを分かった上で、お前には少しだけリスクを背負ってほしい。作戦は──」
俺は考案したギルド崩壊のシナリオをセラに聞かせた。セラは難しそうな顔をしながらも、ちゃんと聞いてくれた。
「……って流れだ。どうだ? 俺を信じてくれるか?」
その作戦を聞いて、セラはフードの奥から俺を見据えた。それは真意を図る視線か。
「……いいよ」
やがてセラはポツリと言った。
「まだ……あなたを完全に信じるつもりは、ないけど……私は、私の強さを……信じる」
「……それならそれで構わない。よし!」
俺は立ち上がって、ブースターを唸らせた。
「さあ、作戦開始だ」
☆★☆
数時間後。俺は、ギルドのアジト前にいた。
「いやあ、悪いな! 時間がかかっちまった!」
快活に笑いながら、俺は糸でぐるぐる巻きにしたソレを蹴り飛ばした。
「懐柔するのにこんなにかかるとはな。だがようやく隙を見つけて、こうして捕らえることに成功した!」
「…………」
簀巻きにされて俺に蹴り飛ばされたセラは、ギルドの面々に見えない角度であるのをいいことに、俺に向かって鬼のような形相を浮かべている。
──ハハハハハハ! その状況がどれだけ屈辱か思い知れ、セラァッ!
俺はそんな心の声を何とか押さえ込んだ。その代わり、これでもかというほど腹の立ちそうな笑顔を向けてやった。
「~~~~~~っっっ!!!!!!」
それを見たセラは身体をぐねんぐねんと揺らして、今にも糸を引きちぎりそうなほど暴れ始めた。
うむ。いい具合に「捕まって悔しそうにしているセラ」感が出ている。完璧な演技をありがとうセラ。
見れば、セラが音を発さずに口元を動かしている。読み取るのは簡単だった。『ぜったいにころす』。直球。もうすごい殺意。
「……ふむ」
ギルドメンバーはほぼ全員揃っている。正面にはリーダー、レンジの姿が。
「つまり……キミは、こう言いたいのかい? あえて俺たちギルドを裏切ったふりをしてセラに近づいて、隙を狙って捕らえるのが狙いだったと?」
「そう、その通り! 騙して悪かったな!」
「リーダーである俺にくらい、相談してくれてもよかったんじゃないか?」
「いやいや、相談なんてしたら、あの真に迫る展開も作れなかったぜ?」
レンジは薄っぺらい笑みを貼り付けたまま、俺の真意を探ろうとしているようだ。だが、無駄だ。レンジが取る行動は、もう俺にはおおよそ見当がついている。
「……うん、まあ、分かった! 事前に相談しなかったのは困りものだが、事実こうしてキミは、俺たちが長い間捕らえることができなかったセラを捕らえてみせた! よくやった、レンジ! ギルドのリーダーとして、キミのターゲットは解除することを約束しよう」
「いやあ、よかったよかった!」
きっとレンジにとって、俺が嘘を言っているかどうかはどうでもいいのだ。重要なのは、セラを殺せるか。
「だが、コレを引き渡すのには条件がある」
「条件?」
俺は辺りを見回す。そして適当にボケーっと立っているギルドメンバーの一人を指差し、
「セラを殺すのは、そこのお前だ」
「……え? 俺?」
突然話を振られた男は口を開けて固まった。何が起きているのか分からない様子だ。
「そうだ。レンジじゃない。お前だ」
「ちょっと待ってくれ。なんでそんなことを指定するんだ?」
すかさず口を挟んでくるレンジ。この時点で俺は、自分の考えが正しいことを確信した。
「平等。レンジ、最初に言ってたよな?」
セラを殺す目的。それは、彼女の存在によって著しく崩れた能力バランスを是正するためだったはずだ。平等に、みんなが楽しめる世界にするために。
「そ、それがどうしたんだ? ……今の話に、何の関係が?」
「いや、それが分からないお前じゃないだろ。だってお前は、頭がいいからな」
「……」
さて、いつその笑みが崩れるか。俺は心の中で笑いながら言葉を続けた。
「お前がセラを殺したら、セラが抱えてる膨大な経験値がお前に移るよな? お前はリーダーだ。このギルドで一番経験値を多く持ってると見えるお前がセラを殺したら、今度はお前がバランスブレイカーになるんじゃないか?」
徐々にひび割れていくその仮面を、俺は愉快に眺める。
「だから、平等を謳うならば、見た感じ一番武器が弱そうなソイツが殺すのが正しいよな? もちろん、俺の方が経験値がない! ってヤツがいるなら、ソイツが殺してくれても構わない。もしくは低いヤツらで分け合うのもいいだろう。だが……お前は、違うよな? レンジ、お前がセラを殺すのは一番おかしいよな?」
「……っ」
パラパラと、欠片がこぼれ落ちていく。もう決壊寸前だ。俺は最後の一押しをするべく、語気を強めて言い放った。
「最初からおかしいと思ったんだ。このギルド、一つの目的のために結成されたにしては統率が取れてなさすぎる。作戦指示も、最終的にレンジがトドメをさせるように構成されてた。ギルド全体の武器レベルもさほど高くない。当たり前だよな? だってこのギルドは、レンジ──お前が最終的にセラを殺して、一人勝ちするためだけに作られたんだから」
その時──バリン、と仮面が割れる音がした。
「都合良く莫大な経験値を抱えていたセラを悪者に仕立て上げ、お前は平等を騙って玉座にふんぞり返っていたってわけだ。気持ちよかったか、王様?」
「──黙れ」
そして、画面の向こうから本性が垣間見える。隠してきた本当の顔が、ようやく姿を現した。
「……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッ!!!! お前に俺の何が分かる! どれだけ練習しても誰にも敵わない、そんな悔しさが……お前には分かるのかッッ!!!!」
レンジは刀を抜いて、正眼の構えを取った。いつぞやも見たその構えを見て、俺は彼の言葉を補完した。
「……剣道、か」
武器が刀。構えは正眼。心の傷をモチーフに武器が作り出されるというのなら、彼の傷はきっと剣道が元なのだろう。
「落ちこぼれ落ちこぼれって、馬鹿にしやがって!」
怒りのあまり、ついにあの笑顔を失ったレンジは、腰を落とした。
「この世界でくらい一位でいさせてくれよ、クソがぁぁああああああああああああッッ!!!!」
そして、駆け出す。洗練された素早い身のこなし、努力の跡が確かに見て取れる、素晴らしい動きだ。だが──
「セラ」
ここには、それを遥かに超越する怪物が寝ている。
俺は足で引っかかっていたアンカーを外した。瞬間、糸が俺の腕へと急速に巻き戻っていく。セラから借りた、アンカー射出装置だ。
「一思いにな」
「……うん」
一瞬の交錯だった。
立ち上がったセラが、目にも留まらぬ斬撃でレンジの腹を斬り裂いた。
「が……は……っ」
光となって解けていくレンジの身体。俺はその光を見ながら、少しだけ罪悪感に駆られた。
彼も彼なりに、思い悩んでいた。道を誤ってしまっただけで、きっと彼もセラと同じように悩み、苦しんでいたのだろう。
「……最後に言っておく。セラは確かに強い。今は誰も敵わないだろう。だけどな、もしそれが気に食わねえってんなら、正々堂々と力をつけて挑め。きっとその方が楽しいと、俺は思うぜ?」
ギルドメンバーたちは呆然と顔を見合わせている。これから彼らがどういう選択をするのかは、俺には分からない。だがきっと、しばらくはセラが狙われることもなくなるだろう。心配なのはレンジだが……彼は頭が回る。自分でどうにかするだろう。
「行こう、セラ」
「……うん」
これにて一件落着。スピード解決だ。
「……レンジには悪いが、小物だったな」
俺は頭の後ろで両手を組みながら、ギルドのアジト前に背を向けた。
☆★☆
「ぇ……えと」
俺の半歩後ろを歩いているセラが、ボソリと声を発した。
「アオタくん……だっけ」
「アオトな! ……で、なんだ?」
「……すごいね」
「ん?」
いつもの病院まで戻る道中、セラがそんなことを言ってきた。
「私は……一年以上も、彼らと戦ってきた。それなのに……あなたは、一瞬で……解決した」
「それはきっと、お前に解決する気がなかったからだよ。その気があれば、セラでもできた」
「そんなことは……」
「自分に自信があるのかないのか、どっちかにしろ」
俺は思いっきりセラの額をデコピンした。
「痛ぁっ!?」
両手で額を押さえて涙目になるセラ。俺はその様子をケラケラと笑いながら、
「とにかく、これで後顧の憂いは断たれた。遊ぶぞ!」
「遊ぶ……」
額をさするセラは、どうもピンと来ていないようだ。遊ぶなんて思考がなかったのかもしれない。
「何かしたいことはないのか?」
「んん……」
「ないなら俺の希望を聞け!」
自分から何かを発さないタイプと見えるセラを引っ張るように、俺は向こうに見える青を指差した。
「海だ!」




