第四章
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8月 14日──これまでの死亡回数総計 43回
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現実世界でも日付が変わり、翌日八月十四日。夢想世界では、既に激しい追い込み漁が始まっていた。
「追え! 追え! 陸地側には逃がすなよ!」
『B班に被害多数! 三人やられた! このままだと薄くなった壁から突破される、応援を頼む!』
「C班の方へ行ったぞ! 気合入れろよ!」
住宅地を舞台に、剣や槍が飛び交う苛烈な戦闘が繰り広げられていく。だが──
その猛攻を紙一重でくぐり抜ける、黒き影があった。
「……っ」
二本のダガーでギルドの刺客を秒殺し、囲まれればアンカーを飛ばして逃げる。次第に狭められる包囲にも構わず、少女は俊速で壁面を駆ける。
「相変わらず速えなあ」
俺がそんなとぼけた発言をしていると、ギルドメンバーの男が笑いながら言った。
「昔はもっと実力差があって、どうにもならなかったんだ。これでも今回は、今までで一番追い詰めてる方だよ」
「へえ」
俺はセラを追いながら、しかし無理に戦闘に参加しようとせずに、後方でその様子を眺めていた。
別にめんどくさくてサボっているわけじゃない。俺はそうして、セラを観察していた。
漆黒のフード付きマント、取り回しの良い二本のダガー、逃走に有用なアンカー。なんというか……そう。
「暗殺者、みたいだ」
暗殺者。俺の彼女に対する第一印象が殺人鬼だからかもしれないが、そんなことを思った。
セラは好き好んであんな黒一色の装備をしているわけではなかった。その境遇から、必然的に影に潜めるような装備にするしかなかったのだ。
正義の味方に追われて、必死になって逃げる暗殺者。犯した罪は重く、皆に粛清される運命にある。そんな役回りを演じさせられるゲームが、果たして面白いだろうか? 皆に暴言を吐かれ、詰られ、責められるような生き方は、果たして彼女が望んだものなのだろうか? 俺には到底、そうは思えなかった。
だって、アイツは……少しも楽しそうじゃないから。
今はフードに隠れて、表情はよく見えない。ただ、狩りが終盤に差し掛かっていくと、次第に肩で息をし始めたのが見て取れた。いかにこの世界での俺たちは膨大なスタミナを抱えているとはいえ、二十人近くに追われ続けたらいつしか限界は来る。
二十人対一人の殺人鬼ごっこ。ここまで逃げ続けられていることが既に奇跡のようなものだった。
「あっ、クソ、マズい──!」
そこでギルドメンバーが小さく悲鳴を上げた。あれだけ疲れていたはずの少女はなんと、独力で包囲網を突破して陸地側へと逃走を図ったのだ。
『陸地側へ逃げられた! 囲い込み直さないと!』
『B班、住宅街を大きく迂回してセラの頭を抑えろ!』
早速本隊のレンジから指示が飛んでくる。それに従って、B班に属する俺を含めた数人が先行する。
「意外とガバガバなんだな、このギルド。さて……」
ターゲットを見失った俺たちは散開してセラを探す。一旦見失ってしまうと、この広い住宅地からたった一人の少女を探し出すのは一苦労だ。
「──ん?」
だがそこで、俺は住宅街の屋根に痕跡を発見した。
屋根の縁には、引っかいたような痕が残っていた。おそらく、アンカーを引っ掛けた時にできてしまったものだ。
それはほんの些細なもので、注意して見ていても気がつかないレベルのものだったが、たまたま俺は見つけてしまった。きっと普段の彼女ならやらないようなミスだろう。
「こっちか……」
俺はその痕跡から進路を推測し、ブースターによる短距離滑空を用いて住宅の屋根を飛び渡った。
そして。
「あ」
見つけた。
五階建てマンションの四階。柵の下から、足が見えている。これも的を絞って注意していないと見つからないだろう。
俺は早速通信機で情報を共有しようと思い──やめた。一旦ギルドのことを忘れて、彼女のいる四階を目指す。
俺はブースターを全開にして、柵に手をかけて一気に上空へ舞い上がった。そのまま二階、三階と駆け上がり、四階の通路に見事着地。そこには、疲弊した少女が柵にもたれかかって座り込んでいた。
「はぁ…………はぁ…………」
注意力すらも散漫になっているのか、俺にも気がついていない様子の少女に、少し大きめの声で話しかけた。
「よお」
すると、
「────────────────ぁ」
セラは素早く振り向こうとしたが、よろめいて尻餅をついた。
「ぃ……や……」
彼我の距離は二メートルを切っている。十分に間合いだ。セラは己の失態を悟り、しかしもうこの間合いでは逃げることは叶わないと察したのか、じりじりと後ずさりをした。
「ぉ、お願い……殺さないで……」
「お、おい」
「いや、死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……っ!」
「聞けって」
「許してぇ……いや……私……死にたく──」
「セラッ!」
「ひっ」
俺はしゃがみこんで、フードを払った。
「俺だ!」
涙に濡れた瞳と、視線が交錯する。身体が硬直し、小刻みに震えることしかできない少女に、俺はボリュームを落として話しかけた。
「アオトだ。俺のことが分かるか?」
「な、なん……いや、私……」
「まずは落ち着け。ゆっくり深呼吸しろ」
「ぇ、でも……」
「いいから! はい深呼吸!」
俺の声に背中を押されるように、セラはゆっくりと大きく息を吸い込み、そして吐いた。
「落ち着いたか?」
「……」
セラはまだ呼吸が荒かったが、ひとまずはこくりと頷いた。だが、
「…………っ」
すぐさま少女は俺から距離を取り、ダガーを構えた。
「……あなたも、私を殺しに来たの」
冷えきって感情のこもっていない声音で、セラはそう一言問いかけを投げた。
「ええと……」
俺は答えに窮した。そうといえばそうだし、そうでないといえばそうでないからだ。
「……」
セラの瞳は銀の前髪の隙間から、じっと俺のことを見据えている。
「……分からない」
「……?」
俺は、そう答えるしかなかった。セラをどうしたいのか、俺の中で答えが出ていなかったからだ。
「どういう……こと?」
セラはマントの襟元に顔を埋めて、訝しげに眉をひそめた。
「俺は、分からないことを知りにきた。ちょっとカッコよく言うと、お前という存在が何なのかを知りにきたんだ」
「…………意味、分かんない」
「ああ、俺もお前が意味分からん」
謎多き、銀髪の少女。セラという少女を知ってから、俺は胸の奥につっかえた違和感が拭えない。それを解消したいのだ。分からないことをそのままにしておくのはモヤモヤ感がある。
だが、その時。
「いたぞ! アオトが抑えてる、援護に回れっ、包囲しろ──ッ!」
「……っ、また……!」
いつの間にかマンションの周りにはギルドメンバーが集まっており、取り囲んで続々と階段を上ってきていた。
「もう、いや……っ」
セラは小さくそう呟きながら、今にも泣きそうな顔で階下に迫る追っ手を見た。そして、何かに気がついたようにハッと顔を上げた。
「足止めされた……っ」
絶望の表情から一転、怒りに感情を染めて、俺を睨みつけるセラ。
「ちがっ、待て、おい──っ!」
少女は小さく舌打ちすると、柵に足をかけた。
「……次に会った時は、殺す」
「っ、まだ話は終わってねェ……ッ!」
セラは空中でアンカーを射出すると、狙い通り向かいのビルの屋上にそれを引っ掛けて空中へ身を躍らせた。
「クソ、なんなんだ……!」
俺もそれに続いてブースターを点火、既に点となった黒い影を全力で追走した。
「待てって!」
俺が追いかけて、セラが逃げる。それは、いつぞやと同じ構図だった。しかしあの時と違うのは、俺もブースターという装置を手に入れたことだ。
「おいっ!」
俺は必死に呼びかける。しかしセラは振り向くことさえせずに逃走を続ける。
──まずい。
俺は内心焦り始めていた。
その理由。それは、セラの逃げる方向にあった。
「セラ、だめだ! そっちに逃げるな!」
どんなに叫んでもセラは耳を貸さない。
病院のある方角へ逃げてはいけないと、その方向には本隊が待ち構えているのだと伝えようとしたのだが──
「いいぞ、アオト!」「このまま追い込もう!」「あと一息だ!」
ギルドメンバーが次々と合流してくる。
今ここで本隊の存在を声高に叫べば、俺の身も危ない。そんな保身が脳内を過っていき、俺は口を閉ざさざるを得なくなった。
「クソが……!」
この状況を打開するためには、ギルメンの誰よりも早く単身セラに追いついて本隊の存在について伝えるしかない。
しかし。
「ダメだ、間に合わない──────」
そう、遅かった。そこには既に、待ち構えたレンジ率いる本隊がいて。
「アオト、君がやってくれたんだな」
人の良い笑み。
誰にでも好かれそうな爽やかな笑顔を浮かべた青年が、抜刀した。
「流石だ。キミは優秀な人材だと思っていたよ、感謝する」
──っ、前だ、セラッ!
俺は叫びそうになるのを理性で必死に抑え込んだ。セラは後ろに気を取られて、前から迫っているレンジに気がついていない。このままでは────
「────っ、」
間合いに入るギリギリのタイミングだった。セラは咄嗟に振り返り、迫る刀を寸前で躱した。
「くっ!」
流石は歴戦の暗殺者。想像を絶する身のこなしで、滞空中に体勢を変えて凶刃から逃れた──かと、思ったのだが。
「ぐ……っ」
セラは体勢を立て直すことができず、そのまま病院の屋上へと墜落した。
「が……は……っ」
息が詰まったのか、派手に屋上に打ち付けられて咳き込むセラ。加えて、右の肩から腕にかけて、黒い服に一筋の線が走っている。どうやら避けきれずに掠ったらしい。
セラは右肩を抑えて、しかし震えながら立ち上がろうとする。その姿からは、どんなに劣勢でも決して折れないという強い意志が感じられた。
だが、現実は残酷に、非情にセラを追い込んでいく。
屋上に次々と集結するギルドメンバーたち。セラというたった一人のターゲットを殺すため、二十人近くが取り囲んでいる。
セラはあたりを見回すが、しかしそこに逃げ場はない。籠の中の鳥、四面楚歌。じりじりと包囲が狭まっていく。
俺のいる場所からでも、彼女が震えているのが分かる。そして、小さな声でひたすら何かを繰り返しているように見える。同じ言葉を何度も、何度も繰り返している。フードから覗く口元から読み取ると、それはきっと────
──『死にたくない』、だ。
先ほどの邂逅でも、まるで狂ったように死にたくない、死にたくないと繰り返していた少女。
その衝動はどこから来るものなのか。死んでも現実で目が覚めるだけのこの夢想世界で「死にたくない」と言う、彼女の心象は一体──
そうして俺が、踏み出そうとした時だった。
「──……ひぅっ……ぅ……」
かすかな嗚咽が聞こえてきて。
こんな状況にあってなお爽やかな、空気を読まない夏風に揺られて、黒いフードがなびいた。
そして。
キラリと光る何かがセラの頬を伝い、風に飛ばされて空へと舞った。
「………………」
俺はその光景を、呆然と見つめていた。
その光を、目で追いかけていた。
一瞬で消えていったその儚い輝きが、俺の目に焼き付いていた。
涙。
そのたった一滴の雫に込められた意味が、感情が、音なき叫び声が、俺の脳内に木霊している。
「………………そっか」
俺は、そう呟いた。
「そうだったんだな」
誰に問いかけるでもなく、言葉を重ねた。
「簡単なことだったんだ」
そう、深く考えすぎていた。
「気づいたよ」
自分の中にわだかまっていた違和感の正体に。
「もう、嘘をつくのはヤメだ」
自分の中にある、この衝動に正直になろう。
「たとえセラが悪だとしても」
正しいか正しくないかじゃない。
「俺は──」
俺の──
「信じる道を、行く」
その先に、本当の真実があると信じて。
そうと決めれば、行動は迅速に。
もう何も気にする必要はない──
さあ、思いっきりやらかそう。
「ちょっといいか、みんな!」
俺は声を張り上げて、注目を集めた。何事かと視線を向けるギルドメンバーたち、そしてセラ。
──いいか。よく見ておけよ、セラ。
「突然だがッッ!!!!」
俺は、腕につけていたギルドの証である通信機を引きちぎると、空へと放り投げ。
「俺は!」
腰を屈めて。
「ギルドを脱退し!」
落ちてきた通信機に向かってサマーソルトキックを決めて──
「セラの側へ着くことを、宣言するッ!」
着地。
一瞬の静寂の後、真っ二つに割れた通信機が、地面へと落ちた。ギルドメンバーはもちろん、セラも完全に硬直し、呆然としている。
「……そう来たか」
しかし、皆一様に表情を驚愕に固めている中で一人、あの気持ち悪い笑みを崩さない男がいた。
レンジ。このギルドのリーダー。みんなのまとめ役の青年だ。
「アオト、自分が何を言っているのか分かってるか?」
「ああ。全部分かってる」
「情が湧いたか? くだらない正義感が芽生えたか? それとも、気が狂ったか?」
「あー、そうだなあ」
俺はその言葉にニヤリと笑いながら、答えた。
「あえて言おう──全部だ」
二十人に追いかけられる少女に情が湧いた? そうかもしれない。
くだらない正義感が芽生えた? そうかもしれない。
気が狂った? そうかもしれない。
ああ、何とでも言えばいい。俺は、俺の中にあるこの感情に従うことにしたのだから──!
「いいか、よく聞けお前ら! このクソ女は俺が殺す! 手出しはさせない! お前らは座ってその様子を見ておけッ!」
………………。
沈黙。
「ははは、ダメだ。おかしくなっちまったんだな」
やはり表情を崩さずに、レンジは言った。
「教えてやったろう? こいつは悪だ。殺さなければならない敵だ。そんな存在に味方するってことは、つまりだ」
笑み、笑み、笑み。貼り付けただけ、空虚で空洞な、感情のない笑み。そんな乾いた笑顔を浮かべながら、レンジは刀を俺に向けた。
「──お前も、同じ目にあうぞ?」
「……ハッ」
俺はそんな台詞を、鼻で笑い飛ばした。
「上等だ。来いよ、返り討ちにしてやる」
その段階に至ってようやく、レンジは俺の説得が不可能だと判断したらしい。ついにレンジは顔に嫌悪感を浮かべた。
「……何も知らない初心者が。正義の味方を気取ってんじゃねえぞ」
「俺程度が、正義の味方ぁ? そりゃあ、本物の正義の味方さんに失礼だよ」
一歩、また一歩と前へ出る。
「俺は正義の味方じゃねェッ! ましてやヒーローでも英雄でもなんでもない! だがなッ!」
俺はセラとレンジの間に割り込むと、人生で一番悪い笑みを浮かべているのを自覚しながら言い放った。
「女が泣いてんだッ! 理由なんざ、それだけで十分だろうがッ!」
俺が盛大に啖呵を切ると、レンジは数瞬固まったのち、高らかに笑い出した。
「……はは、ははは。ハハハハハハハハハ! 馬鹿だこいつ! ハハハハハハハハハ! 面白いことになった、最高だ! 見たことないぞ、こんな馬鹿! おいみんな聞いたか? 聞いたよなぁ?」
レンジは皆を見回し、両手を広げて、まるで祝福するかのように一言、告げた。
「今日この瞬間から、この男もターゲットとする」
「……!」
予想通りの展開とはいえ、俺は冷や汗が頬を伝っていくのを感じた。
周りには臨戦態勢のギルドメンバー二十人。三百六十度完全に包囲された屋上に、二人。俺とセラは孤立している。絶対絶命、そんな言葉がぴったりな状況。それでも、俺は笑った。
「上等だ、やってやる! だが──」
俺はセラの手を取り、思いっきりこちらへ引っ張る。先ほどから状況を理解できずに固まったままだったセラはこてんと俺の方へ倒れこんできた。
「今は逃げるッッ!!!!」
俺は手を掴んだままセラの足を抱え上げて、お姫様抱っこの体勢に移行した。
「ぅひゃあっ!?」
そんな情けない悲鳴をあげるセラを無視し、俺はブースターを点火。そして、始動。
「だあああああああありゃああああああああああああああああァッッ!!!!」
爆音を鳴らしながら急発進。一番薄そうな場所を狙って特攻し、ギルドメンバーの肩を踏み台にして大空へと身を躍らせた。
「セラ、アンカーッ!」
「ふぇっ!?」
「はよ出せ! 向こうのビル屋上!」
「え、あ、」
俺の腕の中で顔を真っ赤にしてわちゃわちゃと腕を動かしていたセラは、ようやく脳内まで信号が到達したのか、右腕を進行方向に見えるビル屋上に向け、アンカーを射出した。ガッチリ引っかかったのを確認して、
「巻け!」
「んっ」
声に応じてセラが一気に巻き戻すと、身体がガクンと揺れた。俺は振り落とされないように、必死にセラにしがみついた。
ブースターとアンカーによる急速離脱で、瞬く間にギルドメンバーの包囲を突破する──かなりギリギリの賭けだったが、どうやら成功したようだった。
──やっぱり、こいつらそこまで統率が取れていない……?
俺は背後から怒号が飛んでくるのを感じながら、してやったりと笑った。
ギルドメンバーの統率が甘いという点もあるが、この脱出劇は俺とセラの二人だからできたことだ。セラのアンカーは、射出して対象へ引っ掛けてから巻き上げるまでにタイムラグがある。囲まれている状況では、逃げようとした瞬間に殺されるかアンカーを弾かれて終わりだろう。
その初動の遅さを補うのが俺のブースターだ。ブースターはゼロから百まで一気に加速する。最高速こそアンカーには及ばないが、平均時速において高い性能を発揮できる。
「追え! 追えっ!」「でもヤツら、やたら速いぞ……?」「こっちには数の理があるんだ!」
追ってきている気配がある。しかし、二人分の加速で逃走する俺たちに追いつけるようなヤツはいない。
「ははは! 見たか、群れることしかできない雑魚め!」
なんだか気分がノってきた俺は悪役みたいな台詞を吐いた。レンジが言っていた通りだ。
ああ、楽しくなってきた。
「ぁ、ぁの……」
そこで、高笑いしていた俺を遮るようにか細い声が聞こえてきた。
「ぃ、いつまで…………これ…………」
腕の中で、まるで借りてきた猫のようにガチゴチに固まった少女が、涙目でぷるぷると震えていた。
「あと……………ぎゅってするの……恥ずかしいから…………ゃめて……」
今にも爆発しそうなほどに顔を真っ赤にしたセラは、思いっきり目を逸らしながらか弱い力でぐいぐいと俺の胸を押してくる。
「降りるか? ここまで距離が開けば大丈夫だと思うが……」
「は、はやくおろして……しぬ……しんでしまう……」
どんだけ重症なんだと思いながら、俺はセラを地面に下ろした。二人で並んで逃げる。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「お前さっきより息が荒くないか」
「誰の! せいだと! 思ってるのっ!」
「おわあ!?」
突然ダガーを振りかぶってきたセラに、俺は飛びのいて回避する。
「危ねえよ! 何すんだ命の恩人に!」
「だ、だって! ぎゅってされた! いろいろ、その……触られた!」
「しょーがねえだろォ!? 俺が助けなかったらお前死んでたぞ!?」
「そ、それは…………そうだけど!」
いつもの熟練された太刀筋はどこへ行ったのか、めったやたらにブンブンとダガーを振り回すだけの攻撃は、避けるのも簡単だった。
「だからと言って身体をまさぐられるのは…………納得いかない!」
「まさぐるってお前、人聞きの悪い!」
せっかく助けてやったのになんで言い方だ。別に感謝の言葉が聞きたかったわけではないが、「ありがとう」の一言くらいあってもいいだろう?
「あれ以外どうしようもなかっただろうが! 死ぬかちょっとおっぱい触られるか選べって言われたら甘んじておっぱいを触らせろ!」
「なっ! へ、変態! 痴漢! ちぎれろ!」
器用に逃げながらぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たち。それを見た追っ手たちが困惑している。
「おい、なんかアイツら……喧嘩しながら逃げてるぞ」
「何してんだろうな、あれは……」
「分かんねえ、馬鹿なのか……?」
……おっしゃる通り馬鹿な俺たちは、いつの間にか稼いだ距離を縮められていた。追っ手はすぐ後ろまで迫っている。
「セラ、今は言い争ってる場合じゃねえ! 一時休戦だ!」
俺は声を張り上げた。依然として続くこのピンチを打開するために、今の俺にできること──それは。
「お前は先に行け! 今から三時間後……お前がぶっかけられた場所で待つッッ!!!!」
「ぶ──」
「「「ぶっかけられた場所!?!?」」」
図らずも同じようなリアクションを取るセラとギルドメンバーの皆さん。
俺は反転し、そんな彼らの驚く様子を見ながらニヤリと笑って、ビルの屋上に仁王立ちした。
「セラを殺すなら、俺を倒してから行けッッ!!!!」
「ぇ、あ、ぁの……っ」
「早くッ! ズヘコベ言わずに行け!」
「…………っ」
逡巡するセラだったが、迫るギルドメンバーを見て心を決めたようだった。
少女が去っていく気配を背中で感じながら、俺はやってきたギルドメンバーと相対する。
「さあ、始めようか。ラスボスに挑もうというところ悪いが、中ボス戦だ」
完全に悪役と化した俺は、指をポキポキと鳴らしながら笑った。
「ちなみに俺は、何度殺しても復活するぜ?」
そうして、二時間を超える地獄の耐久戦は始まったのである。




