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第三章

「ようこそ、俺たちのアジトへ」


 そこは、地下街への入り口をそのまま利用した拠点だった。階段を下りていくと、少し開けた空間に何人かのメンバーがいる。ほの明るい昼白色の照明が空間を優しく照らしていた。

 やはりドアや窓は完全に閉ざされているらしく、行動範囲は地続きになっている場所に限られるようだ。店などに出入りしているメンバーはいない。


「みんな、今日は新入りを連れてきたぞ!」


 レンジの言葉に、数人が振り返る。わらわらと集まってきたメンバーは笑顔で俺に挨拶をしてきた。


「こ、こんなにいたのか……」

「ああ。いつの間にか、増えてたんだよ」


 苦笑いするレンジ。俺も頬を引きつらせるしかない。俺はみんなに握手を求められながら愛想笑いをした。


「疲れたりはしないと思うが……一旦、一息つこう。みんなが帰ってくるのも待たないといけないしな」


 そう言ってレンジはフードコートで使われるような椅子とテーブル一式を持ってきた。俺も、身体的にはともかく精神的に疲れていたのでありがたく座らせてもらった。


「ふぅ……」


 思わず俺が息を吐き出すと、隣に腰を下ろしたレンジが「無理もない」と笑った。


「俺も初めてここに来た時は、右も左も分からなくて苦労したもんだよ」


 青色の世界は謎に満ちている。いくらか世界の仕組みを理解したとはいえ、分からないことは依然として多いままだ。


「そういえば、お腹は減らないんですね」

「あ、そうそう。この世界は、そういう普通の理論が通用しない場面は多くあるよ」


 レンジやギルドメンバーが集まってきて、口々にエピソードを語り始める。


「食事不要、トイレ不要、風呂も不要、おまけに寝なくても活動可能、逆に飽きたらこの世界で寝れば現実世界で目を覚ます」

「夢の中で寝るってすごい状況っすね……」


 俺が思わずツッコミを入れると、ギルドメンバーの一人が笑いながら口を挟んだ。


「夢の中ではあるけど、夢の中じゃないみたいだよな。まるで、意識だけが異世界に飛ばされてるみたいな」


 それにレンジが相槌を打つ。


「俺たちもここが何なのかはよく分かってないんだ。ただ……よく分からんが、楽しい! クソみたいな現実を忘れていくらでもゲームができる! 人間をぶっ殺しても捕まらない! 夢のようじゃないか!」


 うんうんと頷くギルメン。

 きっと、その楽しさを守るためにもあのセラという少女は排斥されなければならないのだろう。みんなで鬼ごっこをしている中に、一人だけジェットパックを抱えて全力を出そうとしているヤツがいたら有無を言わせず止めるのと同じだ。


「そうだ、あとで戦闘訓練をしよう。みんなもちょっとだけ協力してくれるか?」

「もちろん!」「いいよ、戦力が増えるなら多少のデスペナは覚悟の上だ!」「早く一人前になってくれよ!」


 口々に好意的な意見を口にするギルドメンバーたち。俺は皆一様に浮かべるその笑顔が――しかし、やはり俺には、どこか空恐ろしいものに思えてならなかった。


☆★☆


「そうそう、この世界だと身体能力が高いから、バク転なんかも余裕なんだ。慣れておくといいよ」


 俺は、現実世界とは比べ物にならないほど動き回る身体の限界を知るために、走ったり飛んだり跳ねたりしていた。

 場所は地下街への入り口近く。見晴らしのいい駅前広場だ。


「あ、もしかしてアオト、運動経験があったりするか?」

「一応、野球部です」

「やっぱりか。この運動能力に適応するのが早いと思った」


 レンジは刀をクルクルと回しながら「これは即戦力かもな」と笑った。


「よし、じゃあ早速戦闘訓練をしよう。ようやくチュートリアルが始まったな、アオト」

「チュートリアル始まる前に殺されるゲーム、おかしいですよ」

「違いないな。……あと、俺には敬語使わなくていいぜ。多分年は同じかせいぜい二個上だ」


 というのも、レンジが言うにはこの世界に来れる人間は十六から十八歳の少年少女に限られるという。


「理由は推測の域を出ないが、初期装備を生み出す心の傷が思春期の多感な時期に生まれるものに限られるからだと考えてる。リアルのことを聞くのはタブーだから、詳しくは詮索してないけどな」


 確かに、ギルドメンバーも同い年くらいの高校生ばかりだった。


「つーわけで、一応リーダーということにはなっているが遠慮はなしだ」


 レンジはそう言うと、正眼の構えを取った。


「チュートリアル戦闘だ。やろうか」

「……!」

「いつでも来な!」

「んじゃ、遠慮なく──」


 俺は身構えて、そして。


「おらァッ!」


 勢い良く蹴りを放った。何の戦法もないヤクザキックである。


「そらっ!」


 もちろん軽くいなされるが、俺は止まることなく連続で攻撃を叩き込む。足に装備されたブースターを唸らせて、空気を排出して推進力へと変えて。


「いい感じだ、勘がいい! レベルを上げれば心強い味方になるな!」


 何合か撃ち合って、強打で距離をとったレンジは最後に両手を広げた。


「よし、最後だ! 綺麗に決めろよ!」

「っ、え? いいのか?」


 無防備に両手を広げるレンジ。殺していいよ、と言わんばかりに。


「ああ。多分レベル差的に、一気に武器が強化されるはずだ」

「……」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。「キルする」というゲームでは当たり前の行為が、今こうして自分の身体を通して体感すると全く違うもののように思える。


「レベルの低い相手に殺されるとデスペナもデカいんだけどな。将来有望なキミのために、ここはリーダーが一肌脱ごうじゃないか、とね!」

「デスペナ?」

「そう。デスペナルティ。見た感じキミはまだキルしたことないと思うんだけど、経験値が入った状態で敵プレイヤーにやられるとレベル差に応じて一定量の経験値が持って行かれる。武器がグレードダウンするんだ」

「なんか、そこまでしてもらうのは悪い気がするな……」

「いいんだいいんだ、そんなことは気にしなくて。これも楽しいゲームのため! みんなでこの世界を満喫するためだからな!」

「じゃあ……」


 レンジは微動だにせずにそこに立っている。今なら俺でも容易にキルを取れるだろう。


「行くぞッ!」


 俺は迷いを振り切り、ブースターを吹かせて急発進。勢いと遠心力を乗せた蹴りを、レンジの腹へと叩き込んだ。


「ぐ、お…………」


 レンジは衝撃に身体を揺らしつつも、笑顔を保ったままサムズアップした。


「いい蹴りだ」


 瞬間、レンジの身体がふわりと解けるように実態を失った。溶けていったレンジの身体は光の粒となり、空へと登っていく。


「これが、キルか……」


 人を殺したと言っても、血が出るわけでもなく、まして実際に命を奪ったわけでもない。一分後には彼は現実世界で目を覚まし、再び眠ることでここへと戻ってくるのだろう。

 そう考えると、あまり実感が湧かなかった──のだが、


「おお?」


 レンジの身体が解けて生まれた光の粒の内、一つが俺の靴へ吸い込まれていった。すると、


「なるほど」


 見れば、足先の刃が鋭く伸び、マフラーが増設されている。加えて、すね当てが装備されて全体的に硬質感が増した。

 カッコいい。

 やはり一気に増えたのはレンジという青年のレベルが高いからだろうか。


「やあやあ、ナイスキックだったよアオト」


 すると、早くも戻ってきたレンジがバンバンと肩を叩いてきた。


「明日からセラ討伐戦に参加してもらおうかな!」

「む、無茶言うなよ……」

「ははは、それはまあ冗談にしても、ここらの野良プレイヤーと戦って腕を磨けば、すぐにでも討伐戦に参加できそうなセンスだよ。最初はビビって剣で刺せなかったりするものなんだけどな」

「スポーツゲームだと思えば気にならないな、俺は」


 実際、そこまで拒絶感はなかった。別に喧嘩慣れしていたというわけでもないが、自由に身体は動いたし、俺は自然と「戦闘をする」という行為を飲み込んでいた。


「たまにいるんだよな、突然戦えって言われてもすぐに適応できるヤツが」


 レンジは虚空へと居合切りを放ち、そのまま二撃三撃と刀を振った。


「俺もそのタイプだった。セラも、そうだった」


 残心し、構えを解いたレンジは自分の斬り裂いた虚空を見つめている。その瞳が何を映し、何を思っているのかは俺には分からなかった。


「どうも、こういう戦闘適正を持ってるヤツは、現実に対して相当な拒絶感を抱いているヤツらしい。現実世界が嫌いだから、夢想世界での生き方に違和感を覚えないんだな」

「へえ……」


 レンジもこの世界に来て長いのだろうか。自己分析が進んでいるようだった。


「となると、俺もお前も現実世界に相当な拒絶感を抱いてるってことになるが……どうだ? 思い当たる節が、あったりするか?」

「え、あー……」


 思い当たる節だらけだった。俺はあのクソみたいな白い監獄が嫌いで、窓から見える美しい景色に嫉妬し、俺を縛るギプスに怒りを覚えている。


「いや。悪い、忘れてくれ。リアルの詮索はナシ、俺が言ったばっかりだったな」


 レンジは、刀を左右に振り払ってから鞘に収めた。


「でもまあ、この世界に呼ばれてるヤツは多かれ少なかれ現実が嫌いだと思うぜ。なんたって、それが武器として顕現してるんだからな」


 その論を聞いて、俺は疑問が一つ氷解した。



 ──なぜこの世界で少年少女たちは戦っているのか?



 きっと、理由なんてちっぽけなものだったのだ。俺のように現実が嫌いで仕方ないヤツがこの夢の世界に集って、現実逃避する。自分が生きやすい世界を得るために、誰よりも強くなることを目指す。

 この世界はきっと、そんな高校生たちに与えられた逃げ場なのだ。

 なんでゲームをするのか? 競い合ってどうするのか? そう聞かれた時、答えなんて「楽しいから」「誰かに勝ちたいから」それくらいしかない。

 あるいは、現実逃避のツールとして利用している人もいるかもしれない。ゲームの中の世界ならば、世の中のしがらみをすべて忘れ去ることができるのだから。

 そして、そういう欲求が人より少し強い少年少女たちが、ここには集まっている。

 ならば戦い、強くなろうとするのは当然の帰結なのかもしれなかった。

 俺も──強くなりたい。負けず嫌いな俺は、おそらく人一倍その欲求が強い。


「アイツは、どうなんだろうな……」


 つい、俺はひとりごちていた。

 あの少女セラはどうなのだろう。

 彼女も現実に絶望してこの世界にやってきて、逃避するために一年以上も戦い続けているのだろうか。凍えきった表情で心の底からつまらなさそうにダガーを振る彼女も。

 もし仮に、そうだとしたら──それほどまでに長い期間逃避しなければならない現実世界は、きっと想像もできないほどのクソッタレな世界なのだろうなと、俺は思った。


☆★☆


 8月 12日──これまでの死亡回数総計 19回


☆★☆


 十二日は、一日中野良プレイヤーとの戦闘を繰り返した。

 何度も殺る殺られるを繰り返して、俺はある程度戦闘に慣れてきていた。

 武装はさらに成長した。すね当てにも刃が生み出され、また足の裏側、ふくらはぎの部分にも特殊な機構が搭載された。折りたたみ式の刃である。


 基本的に、思考だけでこの機構は操作できる。俺が回し蹴りを放つと同時に念じれば、折りたたみナイフのように刃が飛び出してきて一気にリーチが伸びる。

 足のみで扱わなければならない代わりに、非常に優秀な性能へと成長していると言えた。

 正直なところ野球選手なんだからバットをよこせという感じなのだが、まあいい。


 得意技はサマーソルトキック。折りたたまれた刃を展開しつつ目から遠い部分から攻撃を放つこの技は、不意を打つのに最適であった。さらに敵の攻撃範囲からの離脱を兼ねるという便利なもので、俺の愛用技である。

 実際にレベルが数値として現れるわけではないので、どれくらいの実力になったのかは分からないが、相当伸びたのではないだろうか。

 そういうことで、十二日は訓練に徹する一日であった。


☆★☆


 8月 13日──これまでの死亡回数総計 29回


☆★☆


 その日、病室に来客があった。


「お久しぶりだー兄者ぁ!」


 どぉん! という効果音がしそうな勢いでやってきたのは、不肖俺の妹──鈴音すずねであった。

 黒髪ツインテールで、服装はなんと……ゴスロリ。

 あちこちにフリルがついた黒に統一された衣装で、ノースリーブの肩からは透き通るような白い肌が覗いている。

 カチューシャには大きなリボンが付いていて、首元には何やらガチャガチャとしたドクロだか十字架だかのネックレスがかかっている。派手で仕方ない。

 スカートもフリルがあしらわれたチェック柄のミニスカートで、柄物のニーソックスを履いている。今にも折れそうなほどに細い足は、やはり黒と対比されて神々しい。胸はないが顔は整っているし、こういうファッションが好きな人にはモテそうなものだが……こいつには、とある欠点があった。


「……病院だから黙れ」

「おっと失礼。今日も機嫌が悪そうだねお兄ちゃん!」

「お前が来たからさらに機嫌が悪くなった」

「あらあらぁ? ツンデレさんかな?」

「…………ふう」


 俺は今にもサマーソルトキックを繰り出しそうになる気持ちをどうにか抑えた。

 もうお分かりだろうか。

 この妹……死ぬほどウザいのである!

 それはもうウザい。俺が紳士的で大人なナイスガイであるために生存が許されているのであって、普通のお兄ちゃんならきっと手が出ている。

 あと、重度のオタク。これも鈴音がモテない理由だった。まあ、オタサーの姫にはなれそうだったが。


「もー、私はこんなにお兄ちゃんを愛しているのに、なんでお兄ちゃんは振り向いてくれないの?」

「振り向いたらきっと俺はお前を殴り飛ばしてしまうからだ」

「うーん、愛の形は人それぞれだよね。私はどんな性癖も受け止めてみせるよ」

「俺がお前を受け止めきれないんだよなあ……」


 こいつの言動はただ楽しいからそうしているだけであって、別に本当に超ブラコンというわけではない。そこらへんも、魔性の妹という感じであった。


「あ! そういえば貸した本読んだんでしょ!? どうだった!?」

「……メールで言ったろうが」


 そろそろ本を取りに来い、と連絡して来てもらったのだが……俺は、こうなるから妹を呼ぶのは嫌だったのだ。


「ねえ今どんな気持ち? ねえねえ?」

「………………面白かったよ」

「えぇー? なんて? 聞こえないよ? もう一回言って?」

「殺すぞ」

「死なない」

「……」

「♪」


 鈴音は本当に楽しそうに笑う。ナースの梨架さんとは正反対な服装だが、本質的に二人は近いような気がした。


「うん、でもよかった! ……久しぶりに笑ったり泣いたりしたんじゃない?」

「……」


 にっこりと無邪気な笑みを浮かべる鈴音。

 馬鹿みたいに笑いながら、しかしこの少女は誰よりも人のことを考えて生きている。何も考えていないようで、常に周りのことを見ながら生活している。

 だからこそ、俺が病室で不貞腐れていることにいち早く気がつくし、何かできることはないかと本を持ってきたりしてくれる。

 そういうところがあるから、憎みきれない。鈴音の厄介なところは、ここなのだ。


「風鈴、いい音で鳴ってるね」


 今も風に揺れている風鈴。これは鈴音がプレゼントしてくれたものだ。青色の色素が混ぜられており、まるで波のようにうねっている。遠く窓の向こうから運ばれてくる潮の香りと風鈴の音色は、荒んだ心を落ち着けてくれる。

 鈴音の心遣いは嬉しかった。

 だが、それでも俺は素直に「ありがとう」と口にすることができなかった。

 本当に些細なプライドが、そのたった一言を言わせない。ちっぽけで、どうでもいい感情が邪魔をする。

 負けて慰められていると余計に悔しくなってくる、という経験がないだろうか。

 俺はどうやら、そういうのが特に強いらしい。別に怪我は敗北でもなんでもない。そんなことは分かっているのに、どうしても感情が納得できない。俺がこうして病院に縛り付けられている間に、野球部のみんなは汗水流して甲子園の舞台で戦っている──そう思うと、黒い劣等感がじわじわと心を侵食していく。

 俺を置いて行くなと。待ってくれ、と。

 焦りが不安を呼び、不安は苛立ちを呼ぶ。

 何で俺だけこんな目に遭うんだ──油断すればすぐに、そんなセリフが出てきそうだった。

 人に劣るのが嫌いだ。追い抜かれるのが嫌いだ。負けたくないし、常に勝利して上に立っている自分を見ていたい。

 そう思うくせに、負けた自分と向き合おうとは思わない。

 例えば、俺よりも勉強ができるヤツがいたとする。そいつはたくさん努力していて、俺ではどうやっても今からでは追いつけない。

 そういう時、俺がどうするか?



 ──見て見ぬ振りをする。



 下を見て、自分の価値を確かめる。俺の下にはこれだけいる、だから俺はすごい。勉強をして上のヤツに追いつこうとは、決して考えない。

 だからこそ、こうやって鈴音に声なき声で「大丈夫。きっとまた追いつけるよ」と励まされるのが大嫌いなのだ。俺が無視をしようとしたものを、鈴音は目の前に掲げてくる。

 俺は、臭いものには蓋をしたいのに。

 鈴音に悪気がないのは百も承知だ。別に俺はそのせいで鈴音を嫌いになんてならないし、むしろ遠回しに心配してくれる鈴音を兄として愛している。

 ただ。


 そんな大切な妹にすらこんな黒い感情を抱いている自分が、嫌いで嫌いで仕方なかった。


「お兄ちゃん、大丈夫……?」

「ん、ああ」


 心配そうに顔を覗き込んでくる鈴音。何か言おうとして──しかし、それを思いとどまったのか軽く首を振ると、強引に口角を上げて笑みを作った。


「んじゃ、これ持って帰る! また本とか持ってくるから! ……何かあったら連絡してね」


 無理に上げたテンションで本の山が入った紙袋を担ぐ鈴音。

 何よりも他人と比べることに神経質な俺は、その笑いながら苦しんでいるような表情にすぐに気がついてしまった。

 そして、そんな表情をさせてしまったことが申し訳なくて、罪悪感と自己嫌悪が泉のように湧き出してくる。


「……何してんだ、俺」


 病室を出ていった鈴音の背中を見送り、俺は一人呟いた。


☆★☆


 俺はそんなモヤモヤを抱えたまま、再び夢想世界へと降り立っていた。

 こんな気持ちを忘れるには、この世界に逃避するのがちょうどいい。

 俺は野良プレイヤーを殺して、殺して、殺されて、殺して、殺しまくった。

 ここまでくると戦闘には完全に慣れており、自由自在にブースターを操って戦えるようになっていた。持続時間は短いが、性能の向上により空の滑空も可能になった。

 まるで狂気に支配されたかのように敵をぶっ殺しまくる俺に、ギルドメンバーも近寄ってこない。リスポーンポイントからかなり離れた大きな駅の周辺を狩場とし、目につくヤツらに問答無用でケンカをふっかけまくった。

 五分タイマーによる高速往復で、およそ四十戦ほどこなした。勝率は高く、七割五分をマークした。今日は普段よりも集中していたのもあるだろうが、もう初心者とは言えないレベルに到達したのではないだろうか。

 ちょうど戦闘を終えた時、レンジから貰ったギルドの通信機が電子音を鳴らした。


『アオトか? レンジだ。ちょっとアジトに戻ってきてくれないか?』

「? 何かあったのか?」

『次の討伐戦についてだ』

「!」


 俺はそれを聞くと、一言「分かった」とだけ答えて通信を切り、ブースターを吹かせた。

 俺が呼ばれるということは、つまり次の討伐戦には俺も参加するということだろう。

 もう来たのかという思いと、やっと実力を試せるという思いがせめぎあっていた。

 俺はまだ、心のどこかであの少女の存在が引っかかっていた。その引っかかりが負けまくったことによる苛立ちなのか、彼女の境遇に関するものなのか、はたまた別の何かなのか、それは分からない。ただ、喉の奥に小骨が刺さったままになっているような違和感が残っているのだ。

 俺はセラを殺すためにこのギルドに入った。もともとセラには狩られまくった恨みがある。目的を同じくするギルドに入ったのは自然な流れ……のような気がする。


「……分からんもんは分からん」


 俺は、その結論の出ない思考の迷路を解くことを諦めた。どうしても違和感は残ったが、今は気にしていても答えが出る気がしない。

 そうして考え事をしているうちに、いつの間にかアジトの前にたどり着いていた。俺が地下へ入っていくと、すでにギルドメンバーの大半が揃っていると思われた。


「アオト、来たか。よし、それじゃあ作戦会議を始めよう」


 どうやら俺が最後だったようで、俺が輪に加わると早速ミーティングが始まった。ギルドメンバー総勢二十数名が、レンジに注目する。


「人数も二十名を超え、メンバーのレベルも高くなってきた。そろそろ、ここらで一回くらいは討ち取りたい」


 レンジは壁に貼り付けた周辺マップを用いて、想定される戦闘ルートなどを解説していく。


「セラは病院周辺を拠点としている。まずはこの近辺をローラー作戦で探索する。そして見つけ次第、通信機で全員に共有。そこからは第二フェイズだ。AからC班は海岸へとヤツを誘導してくれ。ゆっくりと包囲を狭めていって、最終的に俺が率いる本隊が待ち構える病院前で殺す」


 皆が頷く。まるで、オンラインゲームの大規模レイドバトルだ。


「口にすれば簡単だが、これがなかなかうまくいかないんだな。でも、大丈夫だ。俺たちはこの日のために強くなった! 決行は、夢想時間で明日の午前十時。頑張ろう、みんな!」

「「「おおおおおお!!」」


 レンジの掛け声に、皆が同調する。イマイチ乗れない俺は、結局一歩引いた位置でその様子を眺めていた。

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