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第一章

☆★☆


 8月 10日──これまでの死亡回数総計 6回


☆★☆


 それからしばらく、眠るたびにヤツとの戦いを続けたが、どうしてもあと一歩及ばない歯がゆい展開が続く。

 数回やって、これは正攻法では一矢報いることすら不可能だと理解した。明らかに性能面で負けているのだ。奴は武器を持っており、この世界での身体の使い方を知っている。対する俺は無知の塊。

 そこで俺は、ありとあらゆる方法を試した。


 ありとあらゆる方法その一。落とし穴。


「これ、しんどいな……」


 ヤツに見つかってしまえば終わりだ。何度もコンティニューを繰り返して地形を把握したり、スコップやバケツといった必要なアイテムを揃えていく。幸い病院の近辺にはヤツ以外は誰もいないらしく、俺は民家の庭先などに転がっているものを拝借したりしながら準備を進めた。

 結果。


「クソがッ!」


 失敗。

 落とし穴に誘導することには成功した。ヤツは確実に落とし穴を踏んだ。ただ、計算が甘かった。

 あのモンスター猟奇殺人犯、なんと、右足が落ちていくのに構わず左足を前に出すことで落下を免れたのだ。

 この世界の住人が並の身体能力ではないことを完全に忘れていた。生半可な落とし穴では落ちてくれさえしない。

 ということで。


 ありとあらゆる方法その二。投石。


 作戦は簡単だ。ひたすら石ころを投げまくる。以上。


「っしゃ来いやァッ!」


 俺は両手やポケットにあらん限りの小石をぶち込み、野球部内でもそれなりに上位だった強肩を生かし、さながら散弾銃のように小石を投擲した。はたから見るとかなり間抜けな絵面だが、なりふり構ってはいられない。


「オラオラオラオラオラオラオラァッ!」


 結果。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 失敗。

 何が起きたのか精細に描写するのも嫌なのだが、ありのまま今起こったことを話すぜ。


「俺がヤツに向かって石を投げまくっていたはずが、いつの間にか俺が石を食らっていた」


 何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。

 いや、作戦は悪くなかったはずなのだ。道の狭い場所におびき寄せて大量の小石を投げつける。いくら高い身体能力を持っていようと、これには足を止めるだろうと。

 実際ヤツに戸惑いの気配があった。こいつは何を馬鹿なことを考えているんだと首を傾げている雰囲気があった。避けきれない一発が眉間に撃ち込まれるはずだったのだ。

 しかし。

 あろうことかヤツは、その小石を得物であるダガーの腹で捉えると、そのままこちらへ打ち返してきたのだ。


「ホームラン打たれたピッチャーって、こんな感じの絶望感なんだろうな……」


 起床して一言、俺は自分でも虚しくなるようなそんな一言を呟いていた。

 気を取り直して。

 ありとあらゆる方法その三。水攻め。

 なんかもう、あまりにも敵わなさすぎて頭がおかしくなってきたのか、このあたりから俺はだんだん楽しくなってきていた。

 ベッドの上で一日を過ごす、というのは存外ストレスが溜まる。怪我をする直前まで体を動かす生活をしていた俺はなおさらだ。

 そのストレス発散として、この攻防は役に立っていた。どうやっても勝てないと思われるレベルに設定された敵相手に、試行錯誤を重ねて糸口を探す。気の遠くなるような長い道のりだが、着実に何かを得て前に進んでいる気がする。少なくとも、ベッドで寝ているだけの生活よりは、きっとずっと良い。

 水攻めというが、別に攻城の際に用いられる智略のアレではない。単純に、「水で攻撃する」という意味である。

 どういうことかというと。


「へへへ……今度は、これだァ……」


 場所は近所の公園。

 水道の蛇口前。

 はい。もうお分かりだろう。

 行くぞ。



 俺はまるで怒りをぶつけるように思い切り蛇口を捻りッ!



 勢いよく吹き出した水の口元を親指で押さえ込みィッ!!



 その水流をあの憎き殺人鬼の顔面にシュゥゥゥウウウウウッッッ!!!!!!



 超エキサイティン。


「これでもくらえェァッッ!!!!」


 広範囲に水流による爆撃を放つ。これなら打ち返せまい!

 突然高圧水流をぶっかけられたらどんな人間でも怯むだろう。今度こそ決まった! この勝負、俺の勝ち──


「ひゃっ」


 ひゃっ?


 今この生命体は、「ひゃっ」と言ったのか?


 ……俺を殺しまくった出待ちクソ野郎は可愛らしい声で「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げたのか?


「お、お前──!?」


 顔面にモロで水を食らったソレの黒色のフードが、水の勢いで脱げる。

 そして。俺は見た。

 ソレ──改め、その少女の素顔を。


「お前、女だったのかよ!」

「────っ!」


 顔を腕で覆い隠した少女と俺の視線が、交錯する。

 沈黙。

 水が噴き出す音だけが、唯一静寂を妨げている。


「ぁ……うぅ……っ」


 羞恥故か頬を染めた少女。

 俺よりも身長は低く、小柄。服装は黒一色。残影に見えていたのは、漆黒のフード付きマントのせいか。

 何よりも目を引くのは白銀色のセミショートヘアだ。日本人離れしたその髪だが、不思議と違和感はない。

 ポーチなどが装備されたショートパンツは、身軽で動きやすさを重視していると思われた。露出した太ももにはベルトが巻かれており、ダガーがもう一本収められている。


「……」


 黒に統一された服装にあって肌色の輝きを放つ太ももはまさしく太陽のようで、無意識のうちに俺はそこへ視線を集中してしまっていた。


「ひぅ……っ!?」


 少女はバッ! とマントを掴んで身体を隠した。どうやら俺の視線の行く先に気がついたらしく、今度こそ間違いなく羞恥に顔を真っ赤にしている。

 俺は我ながらちょっとキモかったなと感じたが、散々殺しまくってくれたクソ出待ち野郎に義理立てる必要もないなと思い直した。

 拳を握り、メラメラと燃えたぎる怒りの炎を滾らせて、俺は少女を睨みつけながら啖呵を切る。


「てめえ、よくも俺を殺しまくってくれたな。覚悟しろよ、今度はてめえが奈落行きだ────ッ!」

「ひ──」


 だが。


「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」


 あまりにも真剣な俺の形相に恐れをなしたのか、少女は一目散に逃げ出──さずに、悲鳴をあげながら俺の懐に飛び込むと、


「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」


 気が動転したまま、これまた可愛らしい悲鳴をあげて俺の腹をダガーで刺し貫いた。


「おぶえ」


 俺は情けない声をあげた。そして腹を搔っ捌かれる気持ちの悪い感触を味わいつつ、またもや闇の底へと意識を落としていった。


☆★☆


「ちくしょう……」


 俺は目を覚ますと、白い天井に向かって呪詛を吐いた。


「何気ない感じで殺しやがって……」


 すでに十回以上あの少女に殺されている。ちょっと可愛いからといって、この怒りが晴れるわけではない。俺はますます苛立ちを強めた。

 現実でも、異世界ゆめのなかでもムカつきっぱなし。常に虫の居所が悪いような、この腹立たしさ。


「だが」


 ──幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 そう。あれは謎の殺人鬼ではない。ちっこい少女だ。もう恐れる必要はない。

 そろそろ、反撃開始といこうか。


☆★☆


「待てぇええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!!!」

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」


 俺は追われる存在から、追う存在へと変わっていた。

 たまたま落ちていた長い木の枝を振り回しながら、ビルの屋上を飛び回る少女の背中を追いかける。

 なぜこんなことになったかというと、とても簡単な話だった──

 それは、三機前の話。


「死ねェァッ!」

「ひぃっ!?」


 俺は、殺人鬼が少女だったと分かって以降、さらに苛烈にヤツのことをつけ狙い始めた。必ず一発顔面にぶち込んでやる。そうしないと気が済まない。だから俺は執拗にあの女を追いかけ始めたのだ。


「こ、こないでっ、変態っ!」


 最初は何の迷いもなく殺された。俺は反撃する能力も武器も持っていない。なす術なくやられた。

 しかし次第に、あまりのしつこさに少女は顔をしかめ始める。何度殺しても襲いかかってくる俺に恐怖を抱いたのか、少女は「変態っ!」と連呼しながら逃げ始めたのである。

 そうして、現在に至る。


「逃げるなああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「っ、変態っ! ストーカーっ! くるな!」

「お前が言うかお前が! 何度も何度も俺を殺したくせにッ!」


 俺は地面に降りて拳より少し小さいくらいの石ころを拾う。そして再び飛び上がり、ビルを伝って逃げる少女の背中に照準を合わせる──


「セイッ!」


 ちょうど少女が宙へ身を躍らせた瞬間を狙い澄まして、撃ち抜く。


「いたっ!?」


 この程度の攻撃では実際にダメージを与えることはできないが、それでも空中にいる状態で背中から衝撃を食らえば、体勢は崩れる。


「ぅ──っ!?」


 バランスを崩した少女は、ビルの谷間へと落ちていく──はずだったのだが。


「ううっ!」


 マントの裾から腕が出てきたかと思うと、バシュッという効果音がして、何か極細の糸がそこから発射された。


「!?」


 俺は驚愕に口をあんぐりと開けながらその一連の出来事を目で追った。

 少女は腕から発射されたアンカーをビルの柵に引っ掛けると、綺麗な弧を描いてビルの壁面に着地。そらこから糸を一気に巻き上げて飛び上がると、そのまま屋上に着地したのである。


「どこの蜘蛛系ヒーローだよ!!」


 俺はキレながら再び追いかけ始める。


「も、もう……諦めて。あなたじゃ私には、勝てないっ」

「やってみなきゃっ、分からないだろっ!」


 俺は必死に少女の背を追うが、しかし追いつけない。男女の体力差は存在せず、身体能力はほぼ同一。

 しかしヤツの方が、身のこなしが上手く利用できるツールも多い。俺はひたすらまっすぐヤツを追うことしかできないが、あのクソアマは地理を完璧に把握した上で、先ほどの糸などを利用してトリッキーに撹乱してくる。投擲も二度は通用しないし、完全に勝ち目がない。


「うがああああああああ!!」


 それでも諦めずに意地汚く追いかけていると。


「っ、もう! しつこい!」


 そんな一声とともに、バッと振り向いた少女がこちらへ腕を向けた。


「なん──」


 何をしようとしているのか思考する間もなく、発射されたアンカーが俺の身体の横を通り過ぎていく。


「?」


 それに気を取られていた俺は、少女が逆走してくるのに気がつかなかった。少女はアンカーとは反対側を駆け抜けていく。そうして何が起こるかというと、


「ぶふぇっ!?」


 腹にとんでもない衝撃が走った。

 右側を通り抜けたアンカー。左側を駆け抜けた少女。その間にいた俺は見事、糸に捕まった。


「──ふっ」


 少女が鋭い吐息とともに腕を振る。するとアンカーが抜け、戻ってきた糸が俺を簀巻きにした。


「う、動けない……」


 無様に地面に転がる俺。それを見下ろす少女は一言、小さな口を精一杯に開いて言った。


「し! つ! こ! いっ!」

「ひっ」


 地面に転がる俺の視線、その数センチ先にダガーの刃が突き刺さった。


「な、なんなのあなたは! 気持ち悪い顔で追いかけてきて! ストーカーなの!? 変質者なの!?」


 まくし立てられて面食らうが、しかし俺は言い返した。


「は、はぁ? 元はといえばお前がいきなり殺しまくってくるからだろ!? 物申したいのはこっちだ!」

「そ、それは……経験値稼げると思ったから」

「けいけ……は?」

「でも、いくら初心者を殺しても全然経験値もらえないって分かったから…………あなたはいらない」

「は!?」


 経験値? 本当にゲームの中なのか、ここは?


「だからもう追いかけてこないで。私、もうあなたと関わる気はないから」

「……随分身勝手なことを言ってくれるな」


 俺はこめかみを震わせながら、冷たい瞳で見下ろしてくる少女に向かって言い放った。


「ならせめて、何度も何度も殺した理由と、この世界がなんなのかくらいは教えろよ! それくらい、してくれてもいいだろうが!」


 夢の中の登場人物にこんなことを尋ねるのもおかしいが、俺はわけの分からない現状を打破したいという思いからそんな言葉を口にしていた。


「っ、う……」


 さすがに負い目はあるらしい少女は、難しい顔をして腕を組んだ。殺人鬼にも人間らしい心があったらしい。


「………………しかたない」


 はぁ、とため息をついた少女は、歩き始めた。


「ん?」


 歩き始めた。特に何もせず、そのまま歩き始めたのだ。


「おいおい、冗談はよしてくれ」


 俺はまだ簀巻きのままなんだが? そのまま歩き始めたらどうなるか……あれだけ器用に糸を使いこなすてめえなら分か


「ああああああああああああああああああああああ痛い痛い痛い痛い痛い!! コンクリートが! 俺の肌を削ってるから! おいコラ! 解けよ! 痛い! いやそんなに痛くないけど! なんだこの屈辱的な構図は!」


 喚き散らす俺に、煩わしそうに振り向いた少女は嫌悪感に満ちた表情でボソボソと呟いた。


「解いたら……私の身体が危ない」

「俺を何だと思ってんだクソ女」


☆★☆


 病院の近くにある、あの水攻めを敢行した公園へと戻ってきた少女と簀巻きは、ようやく面と向かって会話をすることに成功した。いや面と向かってはいないが。俺は地面に這いつくばったままだが。


「なあ、何もしないから解いてくれないか」

「……信用ならない」

「信用ならないのはてめえだ出待ちサイコパス野郎」

「………………」


 ぐん、と少女が腕を引くと糸が急速に締まっていく。


「痛い痛い痛い痛い! ちぎれる! 身体がちぎれる!」

「ちぎれろ」

「あ!? てめえ殺す気だな!?」


 そうはさせまいと、俺は寝転んだまま勢いよく身体を回転させた。リールと化した俺は、糸で繋がれた少女を思いっきり引っ張り──


「にゃあ!?」

「おわっ!?」


 思い切り手元の糸を引っ張られた少女は、どてん! と思い切り転んだ。

 俺を下敷きに。


「ぶふ」


 顔に思いっきりのしかかられた俺はくぐもった声を上げた。呼吸ができない。

 と、その時。


「ひゃぁん……っ」


 そんな甘い声が聞こえてきた。


「んん、んん……?」


 何事かと顔を動かそうとすると、これまた吐息交じりの小さな悲鳴が微かに鼓膜を震わせる。


「や、ひゃあ……っ、やめ──!?」


 俺がなんとか息をしようとするたびに、身悶えする少女。

 ……?

 そういえば、人間一人分の重さがかかったのに、やけに感触が柔らかかったような……?


「やめてって…………言ってるでしょっ!!」


 瞬間、腹に凄まじい衝撃が走るとともに視界が開けた。俺はまたもや「ぐほえ」と情けない声をあげた。


「げほ、おぇえ……な、なんだ……?」


 何ごとかと辺りを見回すと、飛び退いた少女はバク転をしながら俺から遠ざかっていた。


「やっぱり変態! さいあく! ちぎれろ!」


 少女は胸元を押さえながら顔を真っ赤にしている。

 まさか、あの柔らかい感触は……。


「ちぎれろ……ちぎれろ……っ!」


 連呼し続ける少女。

 いやいや。

 え?

 そんなベタなことあるか? 

 そう笑い飛ばそうとしたが……夢の中ならこれくらいアリな気もする。まあ、そこらへんはどうでもいい。重要なのはたった一つだ。


「お前、意外と大きいな」

「~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?」


 少女は、ぼん! と爆発したのち動作を停止しました。この問題の解決策を確認しています……。


「ち……」


 やがて少女は震えながらもう一本のダガーを抜いた。二刀流の殺人モンスターと化した少女は、目を血走らせながら叫んだ。


「ちぎれろ────────っっ!!!!」

 拘束されたままの俺は、なす術もなくその斬撃を食らった。


 ちぎれた。

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