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第九章

☆★☆











 8月 21──────────────────────────────────、











 8月 20日、











 8月 19日、











 8月 18日、











 8月 17日、











 8月 16日、











 8月 15日、  8月 14日、  8月 13日、











 12、11、10、9────────────











 そして。











 止まっていた時計の針が、再び動き始める。











 8月 8日――これまでの死亡回数総計 2987回











☆★☆


 懐かしい、風鈴の音が聞こえた。

 生ぬるい風が、頬を撫でていった。

 ゆっくりと目を開けると、そこには、一面の白が待っていた。一年──いや、彼と過ごした日々を合わせれば、きっともう二年近く見ていないはずの、病院の天井が変わらずそこにあった。


「そっか。私──アオトくんに、殺されて……」


 ゆっくりと身体を起こす。まるで自分の身体ではないみたいに、重い。夢想世界とは大違いだ。この身体は病魔に冒されて、何年も病院で生活している貧弱で頼りない身体。触れれば折れてしまいそうだ。活力はなく、胸もぺったんこ。もう高校二年生のはずなのに、女性的魅力は皆無。


 ──きっとアオトくんも、こんな私を見たら幻滅するよね……。


 彼は私のことを好きと言ってくれたが、それは夢想世界の『セラ』への愛であって、このガリガリ貧乳には興味を示してくれないかもしれない。アオトくんだって、男の子だし。


 ──ダメだ。こんな考えでいたら、また彼に怒られてしまう。


 前に進めと言われたばかりなのに、すぐに後ろ向きになりそうな思考を、私はどうにか前向きにしようと考えた。私は思いっきり伸びをして、気持ちを切り替える。


「髪、長い……」


 夢想世界では銀髪のセミショートヘアでやっていたので、現実の黒髪ロングは鬱陶しくて仕方なかった。まあ、自分がそんな髪型をしていたことも、忘れていたのだが。


「……」


 夢想世界で、彼はずっと待っていてくれている。私が何度不安になっても、きっと彼が殺して(救って)くれる。それは分かっているはずなのに、たった一瞬離れるだけで、私はもう寂しさを感じているらしかった。


「うう……」


 すぐに涙が出そうになる。私は、『セラ』よりも泣き虫なのだ。

 すぐにでも眠って、彼の胸の中に飛び込もうか──そんな思考が溢れていることに気がついて、私は一人で赤面した。私はいつの間にか、こんなにも彼に依存してしまっていたらしい。


「アオト、くん……」


 本当の名前も知らない彼。頑張ろうって決めたのに、彼に背を押してもらって前に進もうとしたのに、途端に弱気な心が顔を出す。


 ──やっぱり、私には……。


 そんな弱音を吐きそうになった時だった。




 風が、吹き抜けて。




 風鈴が、涼やかな音色を奏でた。




「…………」


 その音に混じって、聞こえてくる──微かな……涙声?


「うう……う……」


 二つのベッドを遮るカーテンが風に揺れて、隣の患者さんの姿が見えて──







「────────────────」







 時が、止まったかのようだった。







 そこにいたのは、少年。







 何か本を読みながら、その感動に涙を流す男の子。







「──ぅ、そ」







 足はギプスに覆われていて。







「──そん、な」







 細部は違えど、その姿は見たことのある、彼の姿で。







「──ぁ、おと……くん」







 何よりも、その情けない涙声は──私を救ってくれた、彼の声で。


 ──「本当に面白くて、読んでめちゃくちゃ泣いたんだよ。そしたら、お隣さんにめちゃくちゃ笑われてさ」。


 そんな言葉が、蘇って。

 じわ、とあふれ出したと思った時には、もう遅かった。




「ぁ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ…………っ」




 抑えきれない感情が涙となって流れ出す。

 信じられない。何でキミが、私の隣に。そんな言葉を口にしようとするが、しかし嗚咽がそれを邪魔する。

 息ができないほどに泣いて、泣いて、泣いた。


 ──本当にキミは……ずっと、私の隣にいてくれるんだね。


 その言葉に嘘偽りは一切なかったのだ。夢の中でもこの世界でも、アオトくんは変わらず私の隣にいてくれる。


「ん? な、なんだ!? どうかしましたか!?」


 そこで、泣き喚く私にもちろん気がついてしまう彼。私は慌てて涙を拭って、


「え、あ、えと、な、なんかあなたがすっごく泣いてたから! おかしくて、おかしくて……涙が……」

「うっ! は、恥ずかしい……」

「あはは……っ、はははははは……っ」


 私は流れ続ける涙を拭い、必死に笑ってごまかした。どうやらこんな下手な演技でも、彼は騙されてくれるらしい。それは……未来のアオトくんが証明してくれている。


「ぅう……ひぅっ……」


 そう。私が知っているのは、未来のアオトくん。彼が何度も現実と夢想世界を往復する間、私は一度も現実へは戻らなかった。その分の差が、時系列を狂わせているのだ。ということは……。


「そっか──」


 私は彼に聞こえないように小さな声で、呟いた。


「あなたが、これから私を……救ってくれるんだね」


 ここにいるアオトくんはまだ、私のことを知らない。きっと今は「殺人鬼」だとか思ってる頃だろう。

 今すぐに、私が『セラ』だと明かしたかった。でも、それはできない。彼の中の私は、そうしなかったから。アオトくんは、お隣さんについて「めちゃくちゃ笑われた」としか言わなかった。ということは、それしかしていないということだ。

 それに、この時点の私が彼に干渉してしまえば、きっと色々マズいだろう。タイムパラドックス? バタフライエフェクト? 詳しいことはよく分からないが、時間軸のズレた私が、彼の中の私と異なる行動を取ることは得策ではない。

 今すぐ抱きついて甘えたい。そんな衝動がムクムクと湧き上がってくるのは否定しない。でも、ここから先はきっと自分との戦いだ。

 背中を押してもらった。ずっと隣にいてくれる。たとえそうだとしても、ここから先の『選択』は私自身がしなければならない。

 進むのだ。いつか彼と笑いあいながら、あの青空の下で並んで歩く日のために。


 ──だから……今は、お別れだね。


 夢の中ではアオトくんが待ってくれている。そこに彼さえいれば、私はきっとどこにだって進める。

 私はゆっくりと呼吸を整えた。ようやく落ち着いた嗚咽を飲み込んで、眦を決する。

 さあ、始めよう。ここから先は、孤独との戦いだ。


 でも────


 あと一日くらいはキミの隣にいても、いいよね。

 私はベッドに横たわって、隣の少年の息遣いや行動に聞き耳を立てた。

 そうしているだけで心が軽くなって、幸せな気持ちになった。


「なんやねんッ!」


 隣から、そんな声が聞こえてくる。

 なんだろう──と数秒悩んで、すぐに答えに行き当たる。私に殺されたんだ。


「んだァクソッ! ……って、やべ」

「ふふ……ふふふ……っ」


 そうか。彼は、こんなに怒っていたのか、我ながら申し訳ない気持ちになってくる。でも、その様子を隣で聞いているのは……何だかとても、面白い。

 必死に声を落としても意味ないよ。カーテン一枚だよ。丸聞こえだよ、アオトくん──そんなツッコミを入れてみたくなるが、我慢我慢。


「だからッッ!!!!」


 その数時間後。しばらく寝息が聞こえたかと思ったら、また唐突にそんな声が。


「何なんだよアレ! おかしいだろ! 卑怯だ! ズルだ! チートだ! 俺にもあの武器よこせよ! 丸腰だぞこっちは!」

「ぶふっ」


 もうダメだ。思わず吹き出してしまった。必死に寝たふりをするが、面白すぎてプルプル震えてしまう。

 めっちゃ怒ってる。めっちゃ怒ってるよ、アオトくん。

 負けず嫌いすぎる彼の怨嗟の声。私は隣のベッドで笑いをこらえるので精一杯だった。


 ──アオトくん、隣に私がいたって知ったら、どんな顔をするんだろう。驚くかな。笑うのかな。それとも……。


 自分がすでに彼のことしか考えられなくなっていることに気がついて、またもや私は一人で赤くなったりした。


 ──そうして、私はその日一日を彼の隣で過ごした。その後、私は看護師の梨架さんに手術を受けることを伝えた。梨架さんは何も言わずに涙ぐんで、私を抱きしめてくれた。


 そして真夜中、梨架さんにお願いして集中治療室へと移してもらうことになった。

 現実の彼とは、ここでお別れだ。




 ──さようなら、アオトくん。




 ──キミは、今も夢想世界で私と戦ってるのかな。諦めないで私を説得してね。キミの想いは、絶対に届くから。




 私はアオトくんの手をそっと握る。ゴツゴツとした運動部らしい、男の子の手だ。月明かりに照らされる彼の寝顔は、夢想世界のそれよりも幾分幼げで可愛らしい。そして──

 私はそっと、アオトくんの額にキスをした。

 卑怯かな。でも今の私にできるのは、これが限界だから。

 私は彼に背を向けて、病室を後にした。





「……さようなら。必ず、また会おうね」





 一言、そう残して。


☆★☆


 眠るとすぐに、夢の中へと落ちていった。

 もちろんそこには、彼が待っていて。


「おはよう、セラ。キミを殺し(救い)にきたよ」

「うん……お願いします」


 交わされた言葉は、それだけだった。長く会話をすれば、未練が生まれてしまう。私も、きっと彼もそう考えていたからだ。




 そうして私は、明日へと歩き始めた。





☆★☆


 8月 9日──これまでの死亡回数総計 2988回 手術まであと12日


☆★☆


 手術の日は、諸々の準備を含めて八月二一日に決まった。

 私はその日まで、アオトくんに殺し続けられる。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も……殺されるのだ。

 完全に個室で、私以外には誰もいない。空調は効いているが、窓も締め切られていて息苦しい。

 孤独感が波のように押し寄せてくるのを感じるが──大丈夫。私はもうきっと、大丈夫。

 私はいつの間にか眠るのが楽しみになっていた。夢の中では彼が待っていてくれる。彼の腕に抱かれて死ぬのは、とても心地が良いのだ。


☆★☆


8月 10日──これまでの死亡回数総計 2989回 手術まであと11日


☆★☆


「ねえ、セラちゃん」

「……なんですか?」


 手術に向けた検査をしにきた梨架さんが、ふと問いかけを発した。


「なんで突然、手術を受けようって思ったの?」


 私はそれを聞いて、思わず笑いながら答えた。


「……泣きそうな顔でお願いされたので、ワガママを聞いてあげることにしただけです。その人のおかげで私は、前を向けたから」

「何それ、どういうこと?」

「……これ以上は教えません」

「ええ! なんでよお、いいじゃん!」

「嫌です」

「へー、そんなこと言っちゃっていいんだ?」


 突然スッと手を伸ばし、ワキワキと開閉させながら、梨架さんは私をくすぐり始めた。


「にゃっ!? な、あははは! あひっ、はははははははは、ちょ、ちょっと、梨架しゃん……っ!」

「ほれほれほれぇ! なんでか言うてみぃ?」

「い、嫌でしゅ、ははははははははははははっ」


 気がつかないうちに、私は自然に笑えるようになっていた。


☆★☆


 8月 11日──これまでの死亡回数総計 2990回 手術まであと10日


☆★☆


 夕方ごろ、今日も今日とて診察にやってきたリカさんは、突然妙なことを言い始めた。


「ねえ、セラちゃん。腹を掻っ捌いてくる系女子ってどう思う?」

「は、はぁ……?」


 私はまるで意味が分からなくてポカンと口を開けた。


「いやね、私が担当してるもう一人の男の子──ほら、前の病室で隣にいた子なんだけど。彼が突然、そんなことを聞いてきてさ」

「あ、あー……あー……」


 その説明で全部分かった。


「え、ええと……そうですね、いいと思います。とてもいい。私はそういう女子に憧れますね」

「そ、そうなの!?」


 いやだってそれ私だから。


「そ、そっかー……イマドキの女子高生は腹を掻っ捌いてくる系女子がイケてるのか……」

「いや、病院暮らしの私がイマドキかどうかは怪しいですけど……」

「むうう……分からない、分からないぞ……これがジェネレーションギャップというヤツか……」

「梨架さん、そんなに年上じゃないですよね?」

「も、もちろん! 私はいつだって女子高生の魂を宿しているよ!」

「それは流石に無理があるのでは……」

「やっぱりそうかな……最近このキャラ作るのしんどくなってきたんだよね……」


☆★☆


8月 12日──これまでの死亡回数総計 2991回 手術まであと9日


☆★☆


 手術まであと十日を切り、次第に周りも慌ただしくなってきた。検査用の大きな機材が部屋に運び込まれて、管が身体中に貼り付けられる。

 加えて、薄々気がついてはいたが、だんだんと身体が重たくなってきているのがはっきりと自覚できるようになってきた。

 症状が進行しているのだろうか。眠る時間と起きている時間の比率が、少しずつ逆転していく。忘れかけていたが、どうやら私は危篤の身らしかった。



☆★☆


 8月 13日──これまでの死亡回数総計 2992回 手術まであと8日


☆★☆


 夢の中での彼とのやりとりもおぼろげな記憶に包まれていて、思い出せなくなってきた。

 夢と現実の区別がつかなくなってきて、ゆっくりと身体が病魔に蝕まれていくのを嫌というほど感じさせられた。


「アオトくん……」


 彼の名前を呼ぶ日が増えてきた。

 ベッドから身体を起こして、窓の向こうに広がる夜空を見上げる。



 ──キミも今、あの病室の窓から、この空を眺めているのかな。



 そう考えるたびに会いたい思いが強くなって、胸が苦しくなった。



☆★☆


 8月 14日──これまでの死亡回数総計 2993回 手術まであと7日


☆★☆


「それでね、なかなかリハビリ頑張ってくれないんだよ。まったく、嫌になっちゃうよね」

「はは……」


 私を励ますためか、梨架さんはアオトくんの話をたくさんしてくれた。きっと梨架さんのことだから、私の些細な表情の変化から、彼の話をすると私が喜ぶことを見抜いているんだろう。

 梨架さんから伝え聞くアオトくんの話は、散々だった。リハビリはあまりやる気を出さないし、話しかけてもいつも別のことを考えているし、本当に治す気があるのか分からない──ということだった。


「……ねえ、梨架さん。私からってバレないように……彼にメッセージを伝えることは、できますか?」

「ん? どうしたの、いきなり」

「梨架さんの話を聞いていたら、勇気付けてあげたくなって」

「……それはいいことだね」


 梨架さんは、私の突然の申し出にも快く応じてくれた。私は「じゃあ」と一つ、自分にも言い聞かせるようにその言葉を伝えた。











『負けないで。きっとあなたなら、前に進めるから』













☆★☆


 8月 15日──これまでの死亡回数総計 2994回 手術まであと6日


☆★☆

















 前に進まなきゃ。

 でも、どっちが前なんだっけ?

















☆★☆


 8月 16日──これまでの死亡回数総計 2995回 手術まであと5日


☆★☆






















 しゃべるのが、おっくうに、なってきた。






















☆★☆


8月 17日──これまでの死亡回数総計 2996回 手術まであと4日


☆★☆


 その日病室には、仕事を抜け出してきてそのままと思われるスーツ姿の父と、血相を変えた母、そして主治医の先生と梨架さんといった顔ぶれが集まっていた。

 重苦しい空気が流れている。

 嫌な予感しかしなかった。

 そしてもちろんそれは、的中する。


「ごめんなさい。完全に、私の実力不足です。なんと、謝ればよいのか……」


 主治医の先生が悔しげに顔を歪めて、言った。


「予想以上に、病状の進行が激しいです」

「そ、それは……つまり、どういうことになるんですか?」


 母が耐えきれずに質問をする。私はそれを、まどろみの中で聞いていた。


「……手術の成功率に関して、私は最初五割と説明しました。しかし、この現状を省みると……良くて、四割。今後の状況次第では、三割まで落ち込む可能性があります」

「そ、そんな……っ」


 母親が崩れ落ちるのを、隣の父親が支えた。


「申し訳ありません。私にはこれを、予見することはできなかった……」


 四割。その確率が、脳内でぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。

 運命は、かくも残酷に私を責め立てる。

 なぜ、私だけ。

 私はただ……彼と一緒にいたかった、だけなのに。



☆★☆


 8月 18日──これまでの死亡回数総計 2997回 手術まであと3日


☆★☆





















 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない



☆★☆


 8月 19日──これまでの死亡回数総計 2998回 手術まであと2日


☆★☆


「ねえ、アオトくん」


 夢想世界。いつもと同じ病院の屋上で、私はこれまで話すことすら避けてきた彼に、話しかけた。


「聞いて?」

「……」

「手術の成功確率……四割まで落ちちゃった」

「……え?」

「今後の容態次第では……三割くらいかもだって」

「……嘘、だろ?」

「こんな悪趣味な嘘……つくと思う?」


 私は壊れたように笑って、笑って、笑った。


「ねえ、アオトくん」


 同じ問いかけを発する。感情のない人形のように。



「私と一緒に……一生、この世界で暮らそ?」



 彼を苦しめるだけだと分かっていて、それでも私は言葉を続けた。



「やっぱり無理だったんだよ。だって、四割だよ? 半分より低いんだよ? そんなの……無理だよ」



 ふらふらと、助けを求めてアオトの方へと歩み寄る。



「ねえ、アオトくん」



 しかし。



「お願い、だから……」



 彼は。



「ごめん、セラ。俺は……」



 苦痛に顔を歪めて、俯いた。


「なんで?」


 私は自分でも意識しないうちにダガーを引き抜いていた。


「なんで、そんなこと言うの?」


 もう一方のダガーを抜き放って、瞬時に逆手に持ち替える。


「アオトくん……私のこと、好きなんでしょう? 私のお願いも聞いてくれないの?」


 もう自分でも、何をしているのか分からなかった。私はただ本能の赴くままに、行動をした。


「ねえ、なんでよっ!」


 そうして私は、地面を蹴ってアオトくんの喉笛を──


「ぁ……れ」


 それは、容易く彼に防がれた。

 カランカランと音を立てて、弾かれたダガーが転がる。


「どう……して」


 意味が分からない。なぜ敵わない? 実戦の勘が鈍った? そんなわけない。入院中に何千回と死んで身につけた戦闘術は、そう簡単に抜け落ちるはずがない。なら、どうして。


「俺が、何回お前を殺したと思ってるんだ?」

「────ぁ」


 単純なことだった。

 八月十九日。今日に至るまで、私はすでに十回以上殺されている。それによって経験値──武装レベルが、完全に逆転していたのだ。


「そん、な……いや……」


 私は無様に尻餅をついて、後ずさった。アオトくんが、怖い。彼に近づきたくない。くるな、くるな、頼むこっちにこないでくれ。


「死にたくない……死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないっ」

「……懐かしいな」


 そんな私の様子を、アオトくんは辛そうに見下ろした。


「昔そうやって、俺から逃げようとしたことがあったよな」

「……っ」


 アオトくんは泣き笑いみたいな表情で、私に向かって歩いてくる。


「その時もお前は、俺の気持ちを誤解してさ。ダガーを向けてきたよな」


 一歩近づくごとに私も後ずさる。彼との距離は縮まらない。しかし、


「結構きっついぜ? 好きな女に、武器を向けられるのは」


 アオトくんは立ち止まらない。どれだけ私が敵意を向けようが、変わらず一歩一歩、前に進む。


「頑張ってるやつに頑張れっていうのは間違ってる。気持ちだけじゃどうにもならないことだってある──そんなの分かってる! だがあえて、俺はお前にこう言うよ」


 やがて私は、屋上の柵までたどり着いてしまった。そしてアオトくんは、ゆっくりと私の方へ倒れこんできて──




「頑張れ、セラ」




 私を、抱きしめた。


「ぁ……」


 温もりが私の全身を包み込む。彼の心臓の音が伝わってくる。

 人の肌ってこんなにも優しくて──気持ちの良いものなんだと、私は初めて知った。


「不安になったら、何度だって俺がお前を殺して(救って)やる。恨み言なら全部俺にぶつければいい。でも、セラ……お前にだけは、前を向いていてほしいんだ」

「私、は……」

「それに、決意が揺らいじゃうお前をもう一度決心させるのが、俺の役割だからな」

「ぅぅ……」


 ゆっくりと、あの時の気持ちが蘇ってくる。凍りついた心が、彼の温もりで溶かされていくようだった。


「怖いよぉ……」

「それでも、前に進まないと」


 ぎゅう、と彼にしがみついて、弱音をぶつける。


「死にたくないよぉ……っ」

「俺にできるのは、ここから見てることだけだ。でもその代わり、ずっと見ていてやる」

「……ほんと?」

「ああ、本当だよ」


 いつかのやりとりのように、アオトくんはしつこく聞き返す私にちゃんと答えてくれる。不安でいっぱいな私を、安心させてくれる。


「もう一度だけ──」


 もう一度だけ、前を向こう。幾千万の奇跡の先に、彼との幸せな日々を掴み取るために。


「頑張ってみる」


 大丈夫。




 進む道は、彼が示してくれるから。





☆★☆


 8月 20日──これまでの死亡回数総計 2999回 手術まであと1日


☆★☆


 私はその日、最後の準備に取り掛かった。

 重いまぶたを必死にこじ開けて、やるべきことをやる。これを仕上げるまでは、眠れない。


「……たった、これだけのことが……こんなに、辛いんだね」


 私はすぐにでも眠りに落ちそうだった。しかし、どこかから聞こえてくる祭囃子の音色が、かろうじて私の意識を繋ぎ止めていた。


「……って、あれ?」


 その時だった。

 ヒュルルルルと、気の抜けた笛の音のような音が聞こえてきて。


「なん、で……?」




 花火が、上がっていた。




 なぜかは分からない。でも病院から見える角度の空に、次々と花火が打ち上げられている。


「そんな、こと……」


 奇跡みたいな光景だった。

 夜空に花開く、満開の花火。光の花弁が一つ、また一つと刹那の輝きを放ち、散っていく。


「……まさか、これも?」


 そんなわけはないと思っていても疑ってしまう。花火を見たいと、確かにそう言ったけど──まさか、ここまで……?


「……考え、すぎかな」


 理由はなんでもよかった。ただ今は、この奇跡に感謝したかった。


「……ありがとう」


 私はやるべきことを仕上げて、ゆっくりと目を閉じた。

 夢想世界では、変わらず彼がそこに待っていた──だけではなかった。


「あれ、な、何これ……?」


 病院の屋上を埋め尽くすほどの人が集まっていた。


「え……え?」


 困惑する私を見つけたアオトくんはにっこりと笑うと、


「『明日、現実で大切な戦いがある』とだけ説明したら、みんな集まってくれたんだ。というか、レンジが集めてくれたんだが」

「俺は何もしてないよ。ただ、この世界最強の戦士が重要な戦いに挑むって聞いたからね。それを見送りに来たのさ」


 アオトくんに肩を組まれたレンジは、少し嫌そうな顔をしながらも笑った。


「キミにしたこと、許してくれとは言わない。でも……今日だけは、見届けさせてくれ。みんな薄々気がついている。詳しくは聞かないが……これはきっと、キミの心の傷に関することなんだろう?」


 レンジが周りを見渡すと、皆一様に頷いた。


「みんな、多かれ少なかれ同じような気持ちを抱えてこの世界に来ている。だから、応援したいんだよ。そうだろ、みんな?」


 聞くと、あちこちから肯定の言葉が聞こえてくる。


「必ず、戻ってこい。戻ってきて、今度は…………正々堂々、俺と戦ってくれないか。それだけが、どうしても心残りでね」


 その言葉を聞いて、私は。


「……私は、強い」


 口癖のように繰り返していたあの言葉を言い放った。


「……いつでも、受けて立つ」

「だいぶ俺に経験値吸われたし、お前普通に負けるんじゃね?」

「う、うるさいっ。余計な口を挟まないで」


 本当に、もう。アオトくんはこういう時にすぐ邪魔をしてくる。

 でも私は、彼のそんなところも──。


「……うん。大丈夫」


 私は大きく深呼吸をして、両手を広げた。


「もういいのか?」

「うん」


 その時、久しぶりに心の底から笑えたような気がした。


「みんな、ありがとう。私、頑張ります」


 みんなに見送られながら、私は現実へと帰還する。

 そう。これは帰還だ。絶対に戻ってくる──その決意を胸に、私は前に進む。




 だから、きっとこれは「さよなら」じゃない。




 私はこの場にふさわしい言葉を考えて、一言。




「行ってきます!」




 そう言って、私は決戦の舞台へと旅立った。




 そして────────────────。


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