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プロローグ

☆★☆


 8月 8日


☆★☆




 ──窓の向こうは、神秘的なほどに青かった。




 生温かい夏の風が白いカーテンを揺らして、病室に小さな涼を運んでくる。

 花瓶の花が風に吹かれて、花びらを一つ落とす。俺はそれを手に取ると、くしゃりと歪めてゴミ箱に捨てた。

 照りつける日差し。揺れる陽炎。セミの大合唱。青い空と入道雲。ここぞとばかりに茂った草木と、その間を駆け抜けていく夏風。

 窓の向こうには海原が見え、サーフィンを楽しむ男性や、夏休みを満喫している家族連れが全力でこの季節を楽しんでいる。幸せに満ち溢れた光景が、そこにはあった。

 ああ、楽しそうで何より。


「──クソが」


 俺は、この季節が嫌いだ。

 正確に言えば、このあいだ大嫌いになった。

 理由は今、俺の目の前にある。ギプスのはめられた無残な右足。俺をこの白一色の監獄に閉じ込めている原因。全てを終わらせた元凶。高校二年生の夏休みを棒に振った証。


「っつ……、」


 少し動かすだけでも骨に響く。こんな足今すぐ切り落としてやりたいと思うが、そんな覚悟も持っていない。

 ギプスには部活の仲間からのメッセージが所狭しと書き込まれていた。お見舞いに来た野球部のみんなが好き勝手に落書きしていったものだ。


 ──リハビリ、頑張れよ!

 ──大丈夫。俺たちがなんとかする!

 ──あとは俺たちに任せて、ゆっくり治療に専念しろよ!


 イライラした。

 そんな綺麗事を並べても足は治らない。右足を見るたびに、その無責任な文字列が目に入る。怒りがふつふつと湧いてきて、むしゃくしゃしてたまらなかった。

 彼らの言葉に悪意がないのは俺にだって分かっている。それでも、あいつらは今俺のことなんて忘れ去って甲子園の予選を戦っているのだろうなと思うと、やりきれなくて仕方がなかった。

 不運だった。

 俺が決死の覚悟でホームを目指して、キャッチャーと交錯しながらもぎ取った一点は、二回戦に駒を進める決め手となった一点だった。

 怪我は仕方ない。俺という犠牲のおかげで、野球部は次に進めた。あそこでランナーコーチの指示を無視してホームを目指したことを、俺は悔いていない。

 無事に我が部は決勝を勝ち抜き、甲子園行きを決めた。俺などいなくとも勝てる、ということだ。

 甲子園一回戦は強豪校に当たってしまったらしく、近々試合がある。そのまま負けてしまえと心のどこかで思っている自分がいるのに、俺は気がついていた。

 もうどうにもならないことだと割り切ったつもりだった。しかし俺の脳に、まるで鎖のように思考が絡み付いてくる。甲子園の舞台に俺の姿はないという事実が、重く、苦しく、のしかかってくる。


 だから、夏が嫌いになった。


 夏を、悪者にした。


 医者の話によると、退院まで二ヶ月弱。七月の頭に怪我をした俺は、九月までこの監獄生活を続けなければならない。俺の夏休みは、始まる前に終わりを迎えたのだ。

 これまで一緒に頑張ってきたみんなと汗を流すこともできない。誰かと一緒に海に遊びに行ったり、夜には花火を見たり、バカやったり、笑いあったり、そんな何気ない夏休みの思い出は何一つ許されない。俺の右足には太い鎖が絡み付いていて、決して逃さないと静かに主張をしてくる。


「……はぁ」


 考えても仕方ない。俺はその日五回目になるため息をついてベッドに身体を投げ出した。

 もう何日目だろうか、視線の先にあるのは白い天井だけ。

 見つめても決して何も返してこない白、白、白。頭がおかしくなりそうだ。

 いや、もう頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。


 ──今朝、変な夢を見た。


 そこは青みがかった神秘的な世界だった。建物や地形は現代とさして変わらないのに、色調補正を誤ってしまったかのように色だけが異なる。

 その世界で俺は超人的な身体能力があって、走れば世界記録を超え、ジャンプすれば五メートルは容易かった。夢の中だからなんでもありらしく、足をぶつけてもさほど痛くはないし、転んでも血は出ない。

 この世界は一体何なのか。分からないことは多いが、ただ一つ。明確に意識して違いを感じることができる点があった。

 そう。

 その世界で俺は、なんの問題もなく歩いている。

 いくら走り回っても痛みなんてない。元気快調無問題。青色の世界には忌まわしい文字まみれのギプスは存在しない。


「……漫画の読みすぎかな」


 きっと最近読んだ漫画に影響されているのだろう。

 オタクの妹が大量に持ち込んできた漫画やライトノベルは今朝読みきってしまった。

 センスが近いのか知らないが俺はボロボロと泣いてしまい、珍しく起きていたお隣さんに、目尻に涙を浮かべながら呼吸ができなくなりそうなほど爆笑された。恥ずかしさで今すぐ消えたくなった。

 ともかく、ベッドの脇に積み上がった妹推薦図書の摩天楼はどうやら俺に大きな影響を与えていたようで、今朝の変な夢を作り上げてしまったというわけだ。


「……」


 夏の始まり。学生なら誰もが浮かれる季節。宿題も全部放り出して日差しの照りつけるあの空の下へと飛び出していくはずだった。

 それなのに俺はといえば、窓から見える美しい景色に怒りを覚え、みんなの気持ちが書かれたギプスに苛立ちを感じ、病院という名の純白の牢獄に腹をたてるばかり。


「……寝るか」


 眠る。

 寝て起きればきっとこのモヤモヤとした感情が消えるはずだと、叶うはずもない『夢』を抱いて。

 夢は夢でしかない。目覚めれば終わってしまう、泡沫の幻想。

 だけど、たとえそうだとしても、俺はそんな『夢』に縋りたかった。

 俺はまた、あの青色の不思議な世界に行けるのだろうか。

 たとえ眠っている間だけの儚い世界だとしても、このクソみたいな現実よりはよっぽどマシだと思えた。

 あそこは、自由だ。

 ここではないどこか。現実のようで現実でない、神秘的な青色の空間。俺に自由をくれる理想ユメの世界。


「ふわあ……ぁ」


 長い欠伸をした。

 部活をしていた時は常に睡眠不足だった。練習に追われる生活は、常に眠気との戦いだ。そんな生活をしていたからか、俺はいつでもどこでも眠れる身体になっていた。

 横になって目を閉じれば、すぐに眠れる。

 クソみたいな夏休みの中で、それだけが俺の救いになっているのかもしれなかった。


「……じゃあな、クソッタレな世界」


 そうして俺は独り言を呟くと、ゆっくりと瞼を下ろして睡魔に意識を委ねた。


☆★☆


 目を開けると、そこは本当に青色の世界だった。


「……まさか、本当に来れるとは」


 身体を見下ろす。服装は俺がよく来ていた私服と同じ。体つきや容姿はどうやら違うらしく、若干現実世界との違和感がある。夢の中だから顔も美化されているのか。

 もちろん、足は何の問題もなく動く。夢の中のはずなのに意識は明瞭で、ここが夢の中だと分かっている。明晰夢というやつなのだろうか。

 場所は病院の屋上。あの白一色の監獄ではない。遥か遠くまで見渡せて、近くの海から潮風が運ばれてくる。狂ったように燦々と照りつける日差しは、この世界にあってもジリジリと肌を焼き、熱気が暑苦しくまとわりついてくる。


「どうすっかな」


 頭をかく。

 この世界は何をするための場所なのだろうか。ここに来るのは二回目だが、その謎は解けていない。

 昨日の夢を思い出すと、困惑に満ちた経験が想起される。


 ──そう、あの時。目が覚めたかと思えば、摩訶不思議な世界に立っていた。「どうやら夢の中のようだ」と気がついてから当て所なくさまよっていると、何者かに出会った。


『何者か』いうのは、俺はソレが何なのかを理解する前に目が覚めてしまったからだ。

 いや、覚めさせられたと言うべきか。

 その『人間と思われる何か』を視界に収めたと思うと、次の瞬間にはもう目の前にソレが迫っており、身体に衝撃が走って……そして目が覚めていたのだ。

 まるで意味が分からない。

 とにかく、それが初めての夢だった。目覚めて数分後に辻斬り(?)に殺されただけ。

 痛くはないのだが、何だか負けた気がして腹が立つ。


 ──いつかあのサイコ野郎には復讐をしてやる。


「とりあえず動いてみるか」


 とはいえ、姿を見ることさえ叶わない辻斬りを探そうにもアテはない。

 とりあえず俺は、この世界が何なのかを知るために、友好的な生命体を探し求めて探索をすることに決めた。


「ほっ」


 四階建ての病院を一足で飛び降りる。この程度なら何の問題もなくこなせる。それは初めてここに来た時に実験済みだ。


「よし、行くか」


 華麗に着地を決めて立ち上がる。

 俺は気合を入れて肩を回しながら、行ったことのない住宅街方面へと足を向けた──のだが。


「あ?」


 向こうの方から高速で迫る何か。

 嫌な予感を抱く暇もなかった。

 そう。まずいと思った時にはもう遅かったのだ。

 目にも留まらぬ速度で迫る残影。俺は逃げようとするが、しかし──


「────」


 ズン、と身体に衝撃が走ったと思うと、案の定俺の視界は闇へと落ちていく。


 ──またかよ。


 そんな一言を発する余裕もなく、俺の意識は闇の底へと落ちていった。

「あっという間」って本当にあるんだな、なんて馬鹿なことを考えながら。


☆★☆


 瞼を開くと、あの腹立たしいほどに曇りのない白が視界に入った。


「……っ、」


 俺は何とも言えない気持ちになってこう叫んだ。


「なんやねんッ!」


 最近独り言が増えた。確実に怒りが溜まっている。せっかく自由に動ける世界なのに、得体の知れない存在の攻撃によって強制的に現実世界に帰還させられる。俺の心が休まる場所はないのか。

 なんだかあの辻斬りサイコ野郎に仕返しをしたくなってきた。

 このままやられているままでは気が収まらない。

 俺はもともと死ぬほど負けず嫌いなのだ。野球部でも、試合に負けると誰よりも苛立っていたと思う。そんな自覚があるほどの負けず嫌いである俺が、このままで終わると?

 否だ。


「一矢報いてやるからな……」


 時間としては二時間ほど寝ていたようだ。どうやらこちらの時間と夢の中の時間はリンクしていないらしく、たとえ一分で殺害されようと俺はちゃっかり二時間昼寝しているようだった。

 俺はもう一度ベッドに横たわった。

 幸い、俺には腐るほど時間はある。腐りきって悪臭を漂わせる、考えたくもないほどの時間が。


「今度こそ……」


 俺はそう意気込んで、再びあの世界を目指した。

 今日ほど自分の睡眠スキルに感謝した日はなかった。


☆★☆


 死んだ。


「んだァクソッ!」


 目覚めて開口一番、自分でもどうかと思うほどの怨嗟の叫びが出た。


「って、やべ」


 こんな大声を上げたらお隣さんを起こしてしまう。爆笑してくれるくらいだし悪い人ではないので、気を使わなければ。


「んおおお…… なんなんだあの殺人鬼は」


 静かに怒りながら、俺は腹の辺りをさすった。今回も遭遇から一分と保たなかった。


「だが……」


 タダでは死なない男こと俺は今回、死因を特定することに成功した。

 腹を、鋭利な刃物で刺されたのである。

 残影の正体は依然として不明だが、ヤツの殺人方法は判明した。


「次こそは……!」


 俺は三度寝の体勢に入る。

 どうすれば、あの攻撃を躱せるのか。

 好機は一瞬だ。アイツが現れてから、わずか数秒。その中で何ができるのかで、俺の生死は決まる。

 思考する。自分にできることを列挙し、カードのように脳内に並べ、そして足りないカードを導き出す。

 必ずやりようはあるはずだ。一撃避けるだけでいい。たったそれだけなのだ。

 だが、言葉にすればこんなにも簡単なのに、いざ目の前にするとそれが何よりも難しい。

 俺はぎゅっと拳を握り締め、意思を固める。


 ──あの通り魔に一矢報いる。


 それを俺の、くだらない夏休みの目標にしよう。

 退屈で仕方のないクソッタレな夏休みに見つけた、ちょっとした暇つぶしとして。

 不思議と俺は、眠ればまたあの世界に行けるという確信があった。何度でもあの世界に行って、何度でも挑んでやる。

 そうして、俺とヤツの長い長い戦いの幕が上がった。


☆★☆


 死んだ。


「だからッッ!!!!」


 俺は跳ね起きた。


「何なんだよアレ! おかしいだろ! 卑怯だ! ズルだ! チートだ! 俺にもあの武器よこせよ! 丸腰だぞこっちは!」


 完全にキレた。


 ──というかさっき、完全に逆転が始まる感じのモノローグだっただろうが!


 だいたい、前提がおかしいのである。

 ゲーム初心者、右も左も分からないニュービー。さあ冒険を始めようと世界へ降り立った瞬間、トッププレイヤーの出待ちに遭遇。殺戮。死亡。ゲームオーバー。

 要はこういうことである。


「おかしいだろ」


 俺の妹なら間違いなく「はーツマンネ。何このクソゲー。売却」だ。

 だが良き心を持つお兄ちゃんはそうやって妹が売ろうとするのを止めてこう言うのだ。「俺もやってみる。少しだけ待ってくれないか?」と。もしかしたら俺には合うかもしれない。面白いと思えるかもしれない、と。

 そして良き心を持つお兄ちゃんはちゃんと全部プレイし終えた上で「はーツマンネ。何このクソゲー。売却」と言いながらそのゲームを売る。

 多分こういうところからセンスが似てくるんだろうなと思いつつ、俺は突如として脳内に現れたクソゲーに対峙する。


「俺は怒ったぞ……」


 人生初の四度寝に挑戦しようとしたが──さすがに限界だった。いつでもどこでも寝られるとはいえ、これ以上寝たら頭が痛くなってきそうだ。

 というわけで、俺はこのイライラを抱えながら眠気がやってくるのを待ち続けた。


☆★☆


 真夜中。リハビリを終えてベッドに戻ってきて、ようやく睡魔の到来を感じた俺は、臨戦すいみん態勢に入った。こんなに身構えながら寝ようとする人間はきっといないと思う。


「行くぞオラ……」


 あのクソサイコパス辻斬りモンスターに一矢報いるためには、まだ情報が足りない。俺は次の『一機』を捨てることに決めて、手札集めに専念することにした。

 睡眠。

 世界が闇の底に落ちていき、再び浮上する。目を開けると、そこはやはり青の世界。


「……なるほどな」


 辺りを見回す。

 まず、場所は病院の中庭。やはりリスポーン地点はランダムのようだ。現実世界の俺が眠っているベッドを中心として、半径百メートル程度でバラついている。

 院内に入ろうとするが、扉や窓を動かすことができない。どうやら建物内に侵入することはできないようだ。ただし、チラリと見えるナースステーションには時計があり、時刻は九時五分を指している。

 もう一つ確認すべきことがある。俺は落ちていた木の枝、土を少々、そして石ころの三つを拾い、付近で最も高い病院の屋上に登った。その材料たちを使って屋上の地面に簡単な仕掛けをする。


「すぅ────」


 そして、大きく息を吸い込み。


「出てこい、辻斬り野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」


 ビリビリと空気が痺れるほどの叫び声を上げた。

 気でも狂ったか? いいや、違う。これはれっきとした作戦だ。

 とりあえず今回は殺されてやる。だが覚悟しろよ。俺は諦めの悪い、タチの悪い負けず嫌いだ。


「来やがったな、人でなし通り魔!」


 程なくしてやってきたのは、例のクソ野郎。俺は身構える。


「っしゃ来いッ!」


 捨てるとはいえ、一撃ぶち込むくらいはさせてもらう──と、俺は拳を握りしめながら迎え討ち、そして。


☆★☆


 8月 9日──ここまでの死亡回数総計 4回


☆★☆


 死んだ。


「だよな」


 まあ今回に関してはなかったことにしてやろう。もともと捨てる気だったし? 仕方ないというか?


「朝、か」


 窓の外を見れば、すでに日が昇っている。時刻は朝六時。健全な生活だ。

 ぐーっと伸びをする。しっかりとした睡眠をとったおかげか、晴れやかな朝で気持ちがいい。それに開放感もある。


「ん……?」


 ふと見ると、どうやらお隣の患者さんは引っ越しをしたらしい。これでこの部屋には俺一人となり、迷惑をかける心配はなくなった。思う存分怒りの叫びをあげるとしよう。いや、次にあげるのは勝利の雄叫びに違いない。

 ということで今回も無事に──いや無様に死んだが、しかし必要な情報を集めるための手段は講じた。早速二度寝の態勢に入る。

 睡眠。

 通算六回目。俺は再び青い世界に降り立った。 場所は駐車場。やはり病院との距離は百メートル程度だ。


「まずは……」


 病院の屋上に向かう。そこに作った仕掛けで、この世界についての情報が一つ手に入る。

 早速向かうと、そこには一機前の俺が仕掛けたものがちゃんと残っていた。

 病院の屋上に残されたのは、超簡易的な日時計である。なにを知りたかったかというと、この世界の時間についてだ。

 不本意ながら俺は基本的に三分以内に死んでいるため、この世界の時間が進んでいるのか分からなかった。夜寝ようが、昼寝をしようが、この世界は朝だったからだ。


「太陽は動いてる、と」


 石で地面につけた目印と、影の位置がほんのわずかだがズレている。太陽は動いていると確認できた。

 続いて中庭に降りてナースステーションを覗き込む。そこにある時計を見ると、時刻は九時八分を指している。

 俺がこの世界に来てから、屋上を経由してここまでくるのに約二分程度。つまりどういうことかというと──


「リスポーンタイムは一分ってところか……?」


 ますますゲームのような夢だ。いや、夢なのかどうかも怪しくなってきた。

 時系列が怪しくなってきたので、脳内でまとめると、

 まず前回、叫び声でサイコ野郎を呼んで死亡。これが九時五分。

 その結果、現実世界の俺が目を覚ます。睡眠時間は五時間程度。

 次に俺が二度寝をかますと、九時六分頃と思われるこの世界に降り立った。丸一日と一分進んでいる可能性を捨てれば、この世界は俺が前回死んでから一分程度しか時間が進んでいないということになる。

 時間の流れが違うとは気がついていたが、ようやく仕組みが分かった。

 簡単に言うと、夢の中の時間は睡眠時間量に関わらず一分間隔で地続きになっているということだ。どれだけ現実世界で時間が経過しようが、次に夢に潜ると前回死亡から一分後の世界に入る。


「これはもう夢というより、異世界だな」


 いよいよ、単なる夢ではなくなってきた。

 まるでファンタジーゲームだ。『眠る』ことで始められるゲーム。


「面白くなってきたじゃねえかコラ……」


 こうなればあとは、あのクソ殺人鬼との根くらべだ。

 俺は周回プレイや作業ゲーが得意だぞ。覚悟しろよ、名前も分からんトッププレイヤー。

 カードは揃いつつある。一発出し抜くことくらいは、きっとできるはずだ。


 ────そう。これは俺とアイツの根くらべ。



 これから一ヶ月に渡って殺し合いを続けることになる俺たちの物語の序章が――



 ようやく始まったのだ。


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